魔王の連れ去り
「いててて……、何とか間に合った、のか?」
鼻に手を当ててみるが、折れたりはしていないみたいだ。
(しかし、かなりの威力だったな。人間だったら人相が変わるか、下手したら首がもげていたぞ。)
顔面に対する衝撃はかなりのものだったが、後頭部に対するそれは大したことはなかった。まるで柔らかいクッションの上に倒れこんだような。
「何やってるのよ!早くどきなさい!」
上からサリーに言われ、俺は状況を確認する。俺の上には抱えていたミレイユ。怪我は多分増えていない。大丈夫だ。で、俺の後頭部に触れていたのは、下になっているサニーのふくよかな胸の膨らみだった。
「う……」
サニーが意識を取り戻す。
「ぬっ!?」
俺達はお互いばっと起き上がって離れる。サニーは胸を両手で抑えて顔を赤くする。非常に気まずい。
「その、なんだ。」
俺は二人から目を逸らして、さっきから鼻が痛そうにして、かつ状況を掴めていないガーゴイルに向き直る。
「ご苦労だったが、ここはもう良い。別のところを頼む。」
ガーゴイルは俺の指示を聞いて飛び去って行った。
「どうして……」
やがて、絞り出すようにサニーが口にする。
「どうして私を助けたりしたんですか?」
「お前達には手を出さないと、約束したからだ。などと言いながら、このようなことをやってしまったのは許してほしい。」
「でも、それは私があなたを罠にかけたからでしょう?」
「お前達が私とした約束は、ミレイユの居場所を教え、その場所を案内するところまでだ。その後でお前達が何をしたかは関係ないことだ。」
そう言いながらも、俺は心の中ではこのように考えていた。
(殺しにかかってきたわけでもないし、殺したいほどの恨みができたわけでもないからな。それになにより、この二人、それなりに美人だし。)
そんな下心など露知らず、サニーは自責の念に駆られているようだった。
「これじゃまるで、私が悪者みたいじゃない。」
「悪者?とんでもない。サニーは街やその他大勢の人間を救うためにやったんだろう。悪者というのは、私のような魔王のことを言うんだ。」
俺とサニーが話していると、俺達の様子を見ていたサリーがこちらに入ってきた。
「そこまで話が分かるなら、何であなたみたいな人が悪事を働いてるのよ?こういうのも難だけど、こうして話してると、とても魔王とは思えないわ。」
「いきなり何を言い出す?」
「正直に言うけど、あなたには悪い人は向いてないんじゃないかって思う。だって、本当に悪い人だったら、そもそも約束なんて守りはしないしさ。
何か、あなたにはもっと別の生き方の方が向いてるんじゃないかな。」
サリーが言ったことに、サニーが頷く。
「魔王がいなくとも、各地で暴れる魔物や、争いが起こる地域はあります。あなたが魔王として、もう悪さをしないというのなら、こちら側もあなたがクエストを受注できるよう手配はするつもりです。
クエストの中には、あなたでなければ解決できないものも多くあるはずです。」
サニーの話は、悪くないように思う。正直、それに乗ってしまっても良いような気もする。ただ、それでも、
「それはできない。」
サニー、そしてサリーの表情が曇る。
「何かお気に召さない点でもありましたか?」
「いや、良い話だとは思う。だが、私は今までに何人もの冒険者を殺してきた。今更引き返すことはできない。それに、私は今の暮らしを悪くないと思っている。」
生前、俺は誰とも親しくなれず、人との接し方も分からずに死んだ。魔王に生まれ変わっても同じだ。だから、魔王として世の中から疎まれるのが当たり前な方が、気が楽だった。
俺の頭に少しだけ、クレアのことが浮かんだ。
(まあ、まれに例外もいるがな……)
サニーは浮かない顔だった。
「あなたがそう考えるなら、私も無理強いはしません。ただ……」
サニーが言い辛そうに口籠る。その疑問を察したように、サリーが説明してくれた。
「本当に良いの?あなたがこれからも魔王として悪事を続けるっていうなら、それはつまり、冒険者に首を取られても文句は言えないってことよ?」
「承知の上だ。悪事を働くなら、相応のリスクが伴うのは世の常だ。」
俺がそこまで行ったところで、
「綺麗ごとを抜かすなよ。御託を並べたところで、お前の罪が消えるわけではない。」
横から足音と共に声が聞こえた。
「お前にとっては悪事で殺した人間など、虫けら同然の価値しかないだろうが、それで人生を狂わされた奴もいる。」
振り返るとそこには一人の冒険者がいた。黒い短髪にブラウンの瞳は鋭い。西洋の鎧によく似合う剣を持った青年だ。
こいつ、できる。
第一印象がそうだった。
「何者だ?」
俺は身構える。
「俺の名はライラ。我が妹の仇だ。覚悟してもらおう。」
俺はミレイユを後ろに静かに下ろし、
「お前達は離れていろ。」
俺が言うと、サニーもサリーも、それに従い、俺から距離を取った。
先程この青年、ライラは「妹の仇」と言った。基本的に俺は女には手を出さない。なのにこの青年が言うには、俺が彼の妹を殺した、ということらしい。
考えてみる。一人の女性の顔が頭に浮かんだ。
アリス。
俺が唯一死なせてしまった女性だ。殺すつもりなどなかったし、あれは事故なのだが結果から見ればただの言い訳にしかならない。
「良いだろう。かかってこい。」
俺がそう言うが早いか、ライラは瞬間的に剣を抜いて切りかかってきた。辛うじてよけたが、衣服の腕が僅かに裂ける。
「素早いな。」
内心では相手の俊敏さに驚きつつも、俺は何とか魔王としての威厳を保とうとした。
「いや、遅いさ。お前がくたばるにはなッ!」
ライラは再びこちらに突っ込んできた。俺は爪で防ぐが、思いの外速い剣捌きに防戦一方になる。相手が大きく振りかぶって放ってきた切り付けを、なんとか爪で受け止める。ライラもかなりの力を持っているが、力比べならこちらに分がある。
俺は剣を振り払い、相手が仰け反った隙を狙って神通力を放った。ライラは吹き飛び、地面の上に落ちる。
(やったか!?いや、駄目だ!)
ライラはすぐに起き上がり、再度攻撃してくる。この間合いなら、神通力を出す余裕もあるというものだ。
「くらえっ!」
俺は再度神通力を放つ。ライラは今度は剣で防御し、押されながらも踏み止まっているが、次の瞬間剣を大きく横にかざし、衝撃波を薙ぎ払った。横にあった木が衝撃波に当たって倒れる。
「なんだと!?」
俺は驚愕した。
先程は至近距離からで対処が難しかったとはいえ、俺の神通力を受け止め切れなかったライラが俺の神通力を防いで見せたのだ。一気に間合いを詰められる。
俺は急遽爪で応戦した。すれ違いざまにお互いが切り付ける。すれ違った直後、俺の攻撃が命中したらしく、ライラは腹部から出血し、膝を突く。
「今度こそ、やったか!?」
「この程度、かすり傷だ!」
ライラがまたしても襲ってくる。爪で剣を防ぎながらも、俺は違和感を感じていた。
衝撃波を受けたり、爪で切り付けられたり、ライラは相当ダメージを受けているはずだ。なのに、勢いが衰えるどころか、むしろ以前より俊敏になっている。現に剣の速さは、もはや受け止めるのは困難だ。
ライラが俺の首を狙ったなぎ払いを出すのを、俺は上体を後ろにしてかわす。バランスを崩して後ろに倒れかけるが、バク転して体勢を立て直した。
(まずは、あの剣をどうにかしなければ!)
着地した俺に対してライラが突きを放ってきたのを、俺は掌で受け止める。剣が手を貫通するが、魔王ならば後でどうとでも回復できる、はずだ。そのまま相手の手を受け止める。
俺は手に力を入れて剣を下げさせ、もう片方の手で手刀を振り下ろして真っ二つに折った。
「貴様っ!」
ライラが折れた剣を手放し、腰にあったもう一振りの剣に手をかけたところで、俺は神通力を込めた拳を放った。彼は吹き飛び、後ろにあった壁に体を打ち付ける。魔物と冒険者との戦いで既にひびが入っていた壁は崩れ落ちた。ライラはその下敷きになっていく。
俺は掌に刺さったままの剣先を抜いて足元に捨てた。だが、瓦礫が吹き飛んだかと思えば、再度ライラが立ち上がっていた。
(これだけのダメージを受けて何故平然と動ける!?普通なら重傷だぞ!?
早く疲れるなり気絶するなりしろよッ!)
ライラの切りかかりを、俺は跳躍してかわす。
と、その時、肩に衝撃が走る。剣で斬られたのとは全く違う、何か大きな力で肩を鷲掴みにされているような。
上を見た俺は、実際に肩を大きな爪で鷲掴みにされていることに気が付いた。爪の主は翼を持つドラゴン。こんな奴は現在の魔王の配下にはいなかったはずだ。そう思っていると、そのドラゴンの背後から顔を出す者がいた。
「ミレイユ!?貴様!」
その者はミレイユだった。いつの間にか意識を取り戻している。となると、このドラゴンはミレイユの召喚獣だろう。ドラゴンは俺を掴んだまま、上空へと飛び去っていく。
「待て!貴様!その魔王は俺の獲物だぞ!」
ライラが地上で俺の方を見上げて叫んでいる。
「大変!このままでは、魔王さんがドラゴンの餌になってしまうわ!」
「あれ?ミレイユって魔王の部下じゃなかったっけ?」
「魔王さんの様子を見るに、そうじゃないみたいよ。となると、もしこのまま魔王さんがミレイユに殺されたら、誰がミレイユを倒すの!?ミレイユは私達が話してどうにかできる人じゃないわ。」
「でも、そうだとしたらますます分からないわね。あの魔王はどうしてミレイユを助けに来たんだろう。」
ギルド嬢姉妹が話し合っている間に俺達はギルド街より離されていった。




