悪魔の所業
俺は部屋から飛び出した。どうなっているのか分からない。もし、ミレイユが何者かに攫われたというなら、それでも良い。いや、良くはないが、俺が頑張れば助けられる可能性はある。
だが、もしも彼女が被害者ではなかったとしたら?思い浮かぶ嫌な予感を俺は振り払う。
どうする?この非常事態に誰かを呼ぶか?クレアは駄目だ。万一のことがあった時に危険な目に遭わせたくはない。マチルダも駄目だ。戦闘用のアビリティも身体能力も持ち合わせていない。
ならば、魔王軍の他の魔物か?そう考えかけたが、それも駄目だ。夕方侵入してきた冒険者達によって大半の魔物が倒されてしまった。今から作ったり連れてくるのでは時間がかかり過ぎる。
考えがまとまらないうちに、半ば無意識にとある部屋の前に来ていた。いつも挑戦者を待ち受ける玉座がある部屋の前だ。意を決し、扉を開いた。
部屋に明かりは付いていなかったが、窓から射す月明かりのおかげで、周囲は見える。月明かりに照らされて、ある人物の姿が目に入る。
「ミレイユ!」
俺が呼ぶと、ミレイユは今までと変わらない笑顔でゆっくりとこちらを振り向く。
「お早い御着きですね。」
まるで俺がここに来るのが分かっていたと言わんばかりの言い様だ。これで彼女が魔物に攫われたという説は消えた。聞きたくはなかったが、こう聞かずにはいられなかった。
「あの魔物は、お前の仕業か?」
本心を言うと否定して欲しかった。ミレイユは
「流石ルイ様ですね。その通りです。」
笑顔で言った。
「何故……今までお前が言ったことは、全部嘘だったのか?」
どうにか平静を装ったが、本当は目眩すら感じていた。
「本当のことですよ。」
ミレイユは頷いてから
「途中までは、ですが。」
と付け加えた。俺が何も言葉を出せないでいるのを確認し、ミレイユは話を続ける。
「伯父が村人達を無理矢理働かせ、暴利を貪っていたのは本当です。伯父が村人達に殺されたのも事実ですし、彼らから聞くまで伯父がそのような悪事を働いていたことを私が知らなかったのも事実です。
ですが、その後私は伯父と同じように自らの利益のため、村の人達を無理矢理働かせたのです。私にはちょっとしたアビリティがありますから、言うことを聞かせるのは簡単なことでしたよ。」
一つ一つ丁寧に、はっきりと口に出していく。ミレイユは確かに半分以上は、本当のことを言っていた。ただ、自分にとって不利になることだけを隠していた。だが、それでも俺を巻き込む理由がない。
「私の命を狙ったのは何故だ?」
「ルイ様、あなたは御自分の首にどれだけの賞金がかけられているのか御存じないのですか?普通の人なら、やりくりのしようによっては一生食べていけるでしょう。
それに、この魔王城の裏手の鉱山には、加工すれば装備、道具の貴重な素材になる鉱石がたくさん採れるのです。魔王を倒してこの土地を乗っ取ったら、更に利益を得られますからね。」
今までの冒険者の中には、報酬目当てで来た者もいただろう。それでも、一応は正義感というものも持ち合わせていた。でなければ、命がけでこんなところに来はしない。まあ、デリーのように世界征服を目的とした奴もいるにはいたが。
ミレイユの場合はお金のためだけに俺を殺そうというのだ。今まで自分の命を狙ってきた者の中では間違いなく最低の部類に入る動機だった。
「今の話が本当なら、悪いが私はお前をこの城に置いておくことはできない。早々に立ち去った方が得策だ。」
何はともあれ、一度は信じた女性だ。手を上げるような真似はしたくない。
「そうでしたね。ルイ様はクレアにだって、手を出したことはありませんものね。でも、そのような考えでは痛い目を見ますよ?」
ミレイユは杖を出現させて上に掲げると、ミレイユの足元に魔法陣が現れる。その魔法陣から強い光が輝くと、次に光が消えた瞬間には巨大なモンスター、ゴーレムが姿を現していた。
ミレイユはゴーレムの右肩に乗り
「私には『召喚』のアビリティがあるのですからね。ルイ様が戦う気がないならそれで構いません。その方が簡単ですからね。」
ゴーレムが拳を振り上げ、こちらに振り下ろす。俺はそれを回避すると、ゴーレムの上半身に思いっきり拳を叩きこむ。
途端、さっきのトロルとは比較にならない物凄い衝撃が腕を走る。痺れるようなこの感覚。硬すぎたのだ。殴ったこちらの方が逆に痛い。
そうこうしているうちに、ゴーレムが上から俺を思いっきり叩き落した。俺は地面に叩きつけられ呻き声を上げる。今まで魔王の拳を無傷で受けられた者等いなかっただけにこの状況をどうすればよいか分からない。
ふと周りが陰になったので上を見ると、ゴーレムが足を振り上げ、こちらを踏み潰そうとしていた。辛うじて後ろに飛んでかわす。あんなのに潰されたら魔王でも致命傷になりかねない。
ゴーレムは、今度は巨体を生かしてこちらに体当たりを仕掛けてくる。
「ならば、これならどうだ!?」
俺は後ろに跳ぶと同時に、カマイタチを二発放った。
しかし、ゴーレムの体の表面が軽く削れただけで全然止まらない。そのままの勢いで体当たりを食らって俺は壁に叩きつけられた。
直接殴っても駄目、アビリティも効かない。まさか、こんなところで万事休すか。ゴーレムの上にいるミレイユには表情らしいものは浮かんでいない。
「私のためだけに仕えてくれると言ったのも……嘘だったのか?」
俺は絞り出すように言った。それに対して、ミレイユは憐れむような顔をして言った。
「ルイ様。魔王を愛する人間がいると、本気でお思いですか?」
「そんなはずは……!」
俺の頭にクレアのことが思い浮かび、咄嗟に反論しようとするが、
「あのクレアのことですか?人間誰しも、腹の中で何を考えているかなんて、分からないものですよ。
彼女があなたのことを心から慕っていると、根拠をもって言えるのですか?」
ミレイユの言うとおり、根拠はない。ただ、そうであってほしいという俺の願望に過ぎないからだ。
失望、とはこういう状況を言うのかもしれない。メイドどころか、この女はまるで悪魔だ。それに気が付くのがあまりにも遅すぎた。
やりたくはなかったが、もはやゴーレムに攻撃が効かないとすれば、召喚主本人を狙うしかない。俺はカマイタチをミレイユ目掛けて放った。そう思った直後、カマイタチはミレイユ本人に当たる前にゴーレムが腕で明後日の方向に弾き飛ばしてしまった。壁に傷が付く。
(くそっ、やはりデリーの時と同様、この手のアビリティをもった奴は本体が狙われることは想定済みということか!)
ミレイユの方を見上げていた俺は、ゴーレムが横から振りかぶってきた拳に一瞬気が付くのが遅れた。そちらを向いた瞬間、勢いよくぶっ飛ばされた。
「女相手に攻撃してきたということは、本気で戦うつもりになったようですね。では、こちらも相応の対応をさせていただきます。」
ミレイユの言葉とは裏腹に、いくら攻撃してもびくともしない、本体も狙えないこの状況に俺の戦意は喪失していく。俺はなおも攻撃を続けるが、いずれも効かず、かわりに張り倒し、蹴り、体当たり等を連続してくらってしまった。
ダメージの蓄積で力が出ない。俺は吹き飛ばされ、再度壁際に追いつめられた。逃げ場はもうない。ミレイユを見上げると、さっき寝室で見た笑顔とはまるで違う、嘲笑を浮かべていた。
「悲しい?可哀想。次は、もっと良いものに生まれ変われるといいですね。」
そのまま大きくゴーレムが腕を振り上げる。もう駄目だ、動けない。
俺は魔王として、この世界で暴虐非道の限りを尽くしてきた。何人も冒険者を殺してきた。いくつもの国を占拠し、財産を乗っ取ってきた。それらのツケが今になって返って来た。連れてきた奴隷に騙され、殺されることこそが、俺に相応しい末路だったのか。
「さようなら、ルイ様。」
ゴーレムはとどめに拳を振り下ろし、こちらを叩きつぶそうとしている。それらの動作がゆっくりに見える。死の直前、人は五感が麻痺するらしいが、まさにその通りだった。俺は、覚悟して目を閉じた。




