贖罪のための奉仕
奴隷としてやってきた女性がメイドだった。その事実は俺の心を湧き立たせるのに十分過ぎて興奮し、言葉を出すのに数秒要した。
「お前が、奴隷になってくれるという者か?」
辛うじて、それだけ口にする。
「はい。今日から魔王様にお仕えする、ミレイユ = フレッソンと申します。以後お見知りおきを。」
深々とこちらに礼をする。まさに願ったり叶ったり、と大喜びしたいところだが、一つだけ違和感があった。
普通魔王の奴隷となって働くというのは、若い女性には過酷なことであり、こちらに少なからず恐怖感や嫌悪感をもっているはずだ。
だが、目の前のミレイユと名乗った女性は、怯えるどころか、むしろ嬉しそうにさえ見える。
「奴隷を要求しておきながらこのようなことを聞くのも奇妙だが、まあ、許して欲しい。どういった経緯でここに来た?」
俺が問うと、ミレイユはゆっくりと顔を上げる。
「話せば長くなりますが、宜しいでしょうか?」
「構わん。」
そう答えると、ミレイユは服装を正し、経緯を話し始める。
「私はここから少し離れた村、ブレキアの領主の姪に当たる者です。」
ブレキアの領主。以前マチルダから話を聞いたことがあった。
「あの、民に強制労働を強いていたという悪徳な領主か?」
ミレイユは頷く。
「私は、伯父のマランにメイドとして仕えていました。私は幼いころから両親を亡くし、身内は伯父しかいなかったのです。
伯父は私に大変優しく、色々なものを買い与えてくれましたし、待遇も大変良くしてくれました。それこそ、本当の娘のように大事にしてくれたことを覚えています。
ですが、その裏では伯父は村の人々から高い税金を取り立てたり、劣悪な労働環境で働かせたり、言うことを聞かない者を投獄したりとかなり手ひどいことをやっていました。
そのため、とうとう伯父は反乱を起こした村人達に殺されました。そのときに彼らの口から、私は初めてそのことを聞かされました。
知らなかったとはいえ、私が村人達を苦しめるのに加担していたのはまぎれもない事実です。私が伯父から与えられたもの全てにかかったお金は、村人達から徴収されたものでしたから。
私は彼らに謝罪し、村の自治権や徴収された金品を皆に返すことにしました。当然ではありますが、そうしたところで彼らが私を許してくれることはありませんでした。
私は村の人達とのトラブルを避けるために村の外れに一人で住み、どうすれば村の人達に伯父がやってきたことを償えるかを日々考えていました。」
彼女がメイド服を着ているのは、元々メイドの仕事をやっていた名残のようだった。
「そこで今度の奴隷募集を見て、償いができると考えたわけだな?」
俺が聞くとミレイユは微笑んで頷く。
「仰るとおりです。だから、私は嬉しいんです。ここへ来てようやく村の人達に迷惑をかけてきたお詫びができるのですから。」
なるほど。筋は通っている。
「尤も、これで村人達が私のことを許してくれるかは分かりませんけど。」
ミレイユは苦笑する。
俺は考えてみた。彼女の伯父が悪人だともっと早く気が付くべきだったと、後から言うのは容易い。しかし、愛する親族が実は悪人だった、などと当人に疑うこと等できるものだろうか。
村人達が怒る理由は分からないでもないが、それを目の前のこの娘に向けるのも筋違いのような気もする。
「差し出がましいですが、お名前をお聞かせ頂けますか?」
考えていると唐突に質問が来た。
「私はルイ = アントワールだ。好きに呼ぶがいい。」
「では、ルイ様とお呼び致しましょう。ルイ様、お望みのことがありましたら、何なりとお言いつけ下さい。」
ミレイユは改めて一礼して申し出る。
(どうしたものか。この様子では頼めば何でもやってくれそうな気がする。まずは、家事全般をやってもらうか。)
俺は宙に泳がせた視線をミレイユに戻す。
「この城は広くて、掃除も大変なのだ。頼めるか?」
「かしこまりました。ルイ様。宜しければ掃除ができそうな魔物を数体貸して頂いても宜しいですか?」
「ああ、構わんぞ。」
俺はミレイユに言われた通り、オーク、コボルド等、人型で掃除ができそうな魔物を数体、彼女の言うことに従うよう命令した。
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待つこと約一時間半。
壁といい、床といい、光沢が見える。埃一つ落ちていない。一時間半だけで、よくこれほどできたものだ。俺は城があまりにも広すぎるため、よく使う部屋以外は掃除していない。その上、掃除している部屋でさえもここまで綺麗にはならない。
それを俺よりも短時間でこれほどまでに綺麗にするとは。仕事のできる人間とは要領の良さが違うのかもしれない。魔物を使って掃除をすることは、俺もやってはみたのだが、こんなに早くは終わらない。まるで倍以上の人手を使っているようだ。
「次は何かありますか?」
ミレイユが笑顔で、まるで仕事が楽しいと言わんばかりに聞いてくる。
「では、洗濯物を頼めるか?」
「洗濯物は私の仕事だよ!」
クレアが割って入る。
「まあ、待て、クレア。もしクレアが病気になった時に、ミレイユが代わりにできるかどうかをここで見た方が良いだろう。」
「う~ん……そうだね。私が病気になった時に魔王様にやってもらうのは悪いし。」
少し不服そうだが、クレアは納得してくれた。
「では、洗濯をお引き受けしますね。」
ミレイユは再度部屋を後にした。
■■■
洗濯は手洗いだ。当然水が必要になる。生活に必要な水は、魔王の城の傍を流れている川から引いてきているのだ。引いた水はそのままパイプを通り、城の中を循環している。あとは、蛇口のごとく、取っ手を捻れば水は出る。勿論、こんな仕掛けをしているのは魔王も含めた金持ちぐらいで、庶民は井戸で水を汲んでいる。
ミレイユは洗濯物を洗い終えると、魔王の城の裏手のバルコニーに干しにかかる。すると、バルコニーにクレアが入ってくる。
「手伝うよ。」
ミレイユに声をかけると、彼女は振り返って相変わらず笑顔で
「お気遣いありがとうございます。ですが、仕事ですからここは私にお任せ下さい。」
そう言って、再び仕事にかかる。クレアは諦めてバルコニーから出ようとする。すると
「失礼ですが、あなたは人、ですよね?何故魔王の城におられるのですか?」
ミレイユから問いかけられる。クレアは振り返る。ミレイユの表情は真顔であり、その感情を窺い知ることは出来ない。
クレアは迷った。いつもなら洗脳されている、と言えば済むが、ついさっき魔王と親しげに話しているのを見られてしまっている以上、それは通用しない。
「魔王様には恩があるからだよ。」
間違ってはいないはずだと思い、クレアはそれだけ答えた。ミレイユはクレアをじっと見た後再び笑顔になり
「あなたはお優しいのですね。」
そう言った。まるで魔王を信じる人間の方が異常だと言われているみたいで、クレアはむっとした。
「馬鹿にしないで!」
クレアはバルコニーから出て行った。
(私、何で怒ってるんだろう。ミレイユは美人で、魔王様のために一生懸命働いてくれてるのに。)
クレア自身も自分の不可解な感情に悩んでいた。
■■■
俺達は夕食を摂っていた。俺は非常に感動していた。誰かが自分のために食事を作ってくれること等、もう何年ぶりだろう。
「魔王様、泣いてる?」
クレアが顔を覗き込む。
「泣きたくもなる。小さいころから録に世話もされず、身の回りのことは料理も含めて全部自分でやっていた。」
「聞けば聞くほど可哀そうな話がエスカレートするね。」
クレアも困った顔をする。一方のミレイユは俺が感動して涙していると思ったのか、嬉しそうな様子だ。
「そこまで喜んで頂けると、私も作り甲斐があります。」
食卓で食事を食べながら、まるで家族団欒のように話す。料理は確かに俺が作ったものより格段においしく、それがまた涙を誘う。
ふとミレイユがお盆を持って待機しているのに気が付く。
「ミレイユは食べないのか?」
「給仕もメイドの仕事です。私は皆様が食べ終わってから、自室で頂きますから。」
どうにも真面目すぎる。
「食事の盛り付けぐらい、私が自分でやる。ミレイユも一緒に食べてくれ。これは命令だ。」
今日一日沢山働いてもらったのだ。食事の時ぐらいゆっくりしてもらいたい。
「命令であれば、聞かないわけにはいきませんね。」
ミレイユは微笑み、自分の食器に料理を盛り付け、ついでに俺達の分にも新たによそってから自分の食事を始める。
「ルイ様はつくづく変わった方ですね。私のようなメイドにさえお気遣いしてくださる人など、そうおりません。」
「そういうものなのか?」
正直な話、メイドを雇うなんて正真正銘初めての経験なので、どこからどこまで仕事をさせるものなのか、俺には分からない。
「人間は、甘い顔をしているとすぐに増長するものです。少しきつめに押さえ付けるぐらいで丁度いいとはお思いになりませんか?」
「そうかもしれないが、あまり無理をさせて体を壊しでもしたら困るだろう。」
「代わりになる者等、たくさんいるとしても、ですか?」
彼女は自分の伯父のことを未だに引き摺っているのかもしれない。
労働者を人間ではなく、道具と見ていた彼女の伯父なら、きっとそう考えただろう。もっとも、俺はその考えにはいまいち賛同できなかった。
「ミレイユの代わりになる者等おらぬ。もちろん、クレアもだ。」
「本当!?魔王様!」
クレアが嬉しそうに俺を見る。
「本当に変わったお方ですね。」
ミレイユも満更ではないようだ。
「私は入っておりませぬか?」
マチルダがいじけたように言う。
「すまない、忘れていた。」
決して悪気があったわけではない。と、そこへノックがあったと思うや否や、連絡係のオークが入ってくる。
「魔王様!冒険者がやってまいりました!」
「なんだと?今食事中だというのに。」
「申し訳ありません。」
「いや、お前が謝る必要はないのだが。」
食事中に冒険者が魔王討伐に来るのは正直困る。のんびり食事を楽しむこともできやしない。次からはマチルダに相談して、夜は城の入口を封印してもらうか。
「やむを得ん。いくぞ。」
俺は席を立つ。
「魔王様、御武運を。」
クレアが言う。
「くれぐれもお気を付けて。」
ミレイユも畏まって言う。
「分かっている。」
それだけ言い残して、俺はオークと共に食堂を出る。
「何でもブレキア出身の冒険者みたいですよ。持っている武器にブレキアの紋章が入っていました。」
「それだけでは、ブレキア出身とは判断しかねる。単にそこで武器を買っただけかもしれないだろう。」
「そうですね。まあ、それは魔王様が直接お聞きになって下さい。」
「直接聞いてはくれなかったのか?」
「当たり前です!あっしもまだ命が惜しいですよ!」
冒険者の元に向かう途中、オークが説明してくれる。
ブレキア。もしそうだとしたら、ミレイユの出身と同じだ。偶然なのか、何らかの意図があるのか。
会えば分かるだろう。そう結論付けて俺は魔王の玉座の間へ向かった。




