奴隷と言う名の従業員募集
日が落ち、俺達は魔王城の中で夕食を摂っていた。クリームシチュー、白身魚のソテー、トマトパスタ、シーザーサラダ。今日も一汁三菜を心掛けて作った。
「うん、美味しい。魔王様、今日もありがとう。」
クレアがクリームシチューの鶏肉を口に頬張りながら言う。
「最近クレアも頑張っているからな。しっかり栄養を摂ってくれ。」
クレアに料理を評価され、俺も上機嫌で魚を口にする。
「しかし、いつもながらルイ様は器用ですな。料理等という魔法より難解なものを簡単にやってのけられるとは。」
マチルダもパスタをすすり、称賛する。
「料理なら、物心付いたときから毎日やっていたからな。他に作ってくれる者もいなかったし。」
施設暮らしの暗い過去がまた蘇る。
「そ、そうなんだ。魔王様も大変だったね。」
「まあ、今は良い暮らしをさせてもらっているし、不満は特に……」
言いかけたところで俺は食事の手を止める。
思い出した。今の俺は魔王だった。実感が湧かないせいか、たまに自分が魔王であることを忘れてしまう。
「どうかされましたかな?ルイ様?」
マチルダが俺の顔を覗き込む。
「なあ、マチルダ?先代の魔王というのはいつも食事の用意を自分でやっていたのか?」
「そんなことありますまい。奴隷や召使に用意させるに決まっておりましょう。」
常識的に考えるとマチルダの言うとおりだった。魔王とは、魔物達の『王』だ。王が自分で身の回りの家事をやっているところなど、想像もできない。
しかし、だ。
「魔王様?私が食事、作ろうか?」
クレアが心配そうに俺を見つめる。
「気持ちは嬉しいが、遠慮しておく。」
以前クレアが作った料理で魔人が発生したことがあった。あの時は俺が傍にいたからどうにかなったものの、それではクレア一人に料理を任せるのは危険だ。
かといって、マチルダは料理ができないし、する気もなさそうだ。
「この機会だ。先代の魔王のように召使でも雇うか。」
「ええ~!?私、魔王様の作る料理気に入ってたのに。」
クレアが心底残念そうに言う。
「良いか、クレア。他の者に仕事を任せた方が私もクレアと一緒にいる時間を増やせる。掃除も、収支の計算もだ。洗濯は…クレアに任せているが。それに、召使を働かせるといっても毎日じゃない。
そいつを休ませるときには、私がやるさ。でないと料理の腕も鈍るからな。」
「う~ん、それなら良いかな。」
クレアもようやく納得してくれた。
(金なら周辺の町や村から徴収しているから余裕はある。召使の一人や二人雇うぐらいわけない。)
俺は頭の中で召使一人雇うのに必要になる金額をざっと計算してみる。
「さてマチルダ、召使を雇うに辺り、まずは何をすれば良い?というより、どこに依頼すれば良いのだろう?」
俺が聞くと、マチルダは
「召使ならば、一部の町にそういうサービスがあります。ですが、雇用主が魔王様では皆勘繰って来ないでしょうな。」
至極尤もな意見をくれた。いきなり行き詰った。
「そう悲観されなくても良いですぞ、魔王様。名目上は奴隷を渡さねば国を滅ぼすと脅しておけば、正義感の強い真面目な者が数名来ることでしょう。後はそれなりの報酬を与えてやって厚遇してやれば、反旗を翻すこともないでしょう。
人間というのは単純ですからな。金さえ積めばルイ様の身の回りの家事ぐらい異議なくやってくれるでしょう。」
「なるほどな。流石はマチルダだ。では、さっそく近隣の村にでも知らせるか。」
俺とマチルダが着々と話を進める中、
「本当に大丈夫かな。」
クレアだけが不安そうな顔をしていた。
■■■
魔王城から比較的近くにある村、ブレキア。
この村では、今朝から大変な騒ぎになっていた。村に魔王の使いの鳥の魔物が大量にやってきたかと思うと、以下の内容が書かれた紙をばらまいていった。
『魔王の城に奴隷とする人間を一人寄越すこと。さもなければ、魔王軍がこの村を滅ぼすであろう。』
人々はこの紙を見て、どうしたものかと困り果てていた。
「何という魔王だ。ただでさえ貧しい暮らしをしているのに、それに加えて奴隷を寄越せとは!」
「しかし、どうするんだ?誰か行かなければ、村は滅ぼされてしまうのだろう?」
「私が行ってあげたいけど、でも嫌だわ、魔王が怖い。」
人々は相談し合うが一向に良い案は出てこない。
すると
「私が参りましょう。」
人々の背後から声がかかる。
「な、何故あんたが!?」
振り返った人々は皆、驚きの声を上げる。その人物は人々の様子を見ながら口元に笑みを浮かべるのだった。
■■■
魔王城の中。俺はいつもの玉座に腰掛けていた。何しろ、今日は来客、それも奴隷が来るかもしれないのだ。初対面で変な印象を残してはいけないので、威厳のあるところを見せなければならない。
「ルイ様が仰られた通りの内容が書かれた紙を、八咫烏達に届けてもらいましたぞ。」
「うむ。御苦労。」
俺はマチルダを労う。
「村を守るために自らが犠牲になってやってくるということは、真面目な人物であることは間違いない。若くて綺麗な女性ならばなおよしだな。」
身の回りの世話をする若い女性 = メイド。そんな図式が俺の頭の中にあった。メイドなど前世では空想上の存在だったが、魔王となった今なら望みを叶えられそうだ。今から心が躍る。
「魔王様、若い女性を御所望なのですか?」
マチルダが俺に確認を求めてくる。
「まあ、そうだな。」
隠しようがないので肯定する。
「魔王様も男の人だから気持ちは分かるけど、いやらしい目で見たりしたら駄目だからね。」
クレアが膨れて言う。
「大丈夫だ。下心があるわけじゃ……、いや、全くないとは言わないが、あくまでも雇用者と被雇用者の関係だ。」
クレアはまだ納得していないようだったが、それ以上は何も言わなかった。
「その点についてですが、あの紙には、若い女性でなければならないとは書いておりませぬ。となると、魔王様のご希望通りの女性が来ない可能性もありますぞ。」
マチルダはそう続けた。
俺は考えてみた。若い女性希望、とは何となく恥ずかしくて書けなかった。家事ができて、他人のために犠牲になる程の博愛精神のある者はきっと若い女性に違いないと何の根拠もなく思っていた。マチルダの言うとおり、世の中には家事ができる男だって五万といる。現に俺がそうだ。
となると、家事ができて博愛精神のあるおばさんがやってくるか、或いは婆さんがやってくるか。下手をすれば、家事ができて博愛精神のある筋肉むきむきの男がやってくるかも。嫌な汗が額に浮かぶ。と、そこへ部屋の扉がノックと共に開き、使いのオークが顔を出す。
「魔王様、奴隷になろうという者が一人やってまいりました。」
「よし、通せ。」
気を落ち着けて言った。どんな人物が来る?男か?女か?おばさんか?婆さんか?
(せめて婆さんであってくれ。婆さんなら、ばあやという言葉もあるぐらいだしまだ耐えられる。)
そう心の中で念じてみる。
「失礼致します。」
落ち着いた答えと共に、奴隷候補の人物が入ってくる。
一目その姿を見て、息を呑んだ。白銀で、肩まで伸ばしたセミロングの髪。肌は色白、やや垂れ気味の目に吸い込まれるような碧色の瞳。静かに微笑をたたえたその表情は、こちらより少し年上に見える。女性にしては背が高く、着ているエプロンの上からでも分かる程に胸は大きい。
(エプロン!?)
そう、その女性が着ていたのはメイド服だった。まるで狙ったかのようにこちらの好み全部をこれでもかと言うほど混ぜ込んでいた。




