操りの術
ゴキブリに襲われて崖下に転落し、結局俺は自力で崖をよじ登ることになった。上に着いてクレアに追いついてみれば、クレアと男達が言い合っていた。どうも話の内容から察するにクレアの元パーティーメンバーらしい。
俺は彼らを一瞥する。この中に前回クレアを操ったデリーという男がいるはずだが、初対面の俺に誰だか分かるはずもない。服装から察するに、呪術を使いそうに見えるのは、眼鏡をした気弱そうな少年と、黒髪長髪の男の二人だ。
「おいおい、魔王がどういう風の吹きまわしでこんなダンジョンにいるんだ?」
大剣を持った青年が質問を投げてくる。
「そんなことはお前達の知ったことではない。それより、だ。クレアはお前達のパーティーメンバーだったようだが、この娘は今や私のものだ。奪おうというなら、地の果てまで追ってでも奪い返す。」
クレアの気持ちを尊重させるなら、ここで彼女の希望を聞くべきなのかもしれない。それは分かっているが、クレアがいない生活など、俺にはもう想像できなかった。それほどまでに、彼女の存在は俺にとって身近なものとなっていた。
「魔王様!?」
クレアは驚いた顔でこちらを見るが、その眼に嫌悪感は浮かんでいない。
「ふざけるな!クレアを物扱いしやがって!ここで会ったが百年目だ。魔王、ここで討伐する!」
リーダーらしき男が剣を抜いて構える。大剣を持った男、斧を持った男も身構える。
「言ったはずだ。自分の力を鑑みない奴は愚か者だと。それとも、命がいらないのか?」
俺が言うと、三人の表情が一様に引き攣る。そもそも、魔王の城に入ったはいいが、実際に俺のところまでたどり着けなかったような連中だ。実力は知れている。デリーを除けば、だが。
「あら、心配ないわよ。」
長髪の男が口を開く。パーティー一同は思わずその声の主を振り返った。
「魔王と言っても、復活してまだ間もない新米よ。束になってかかれば、私達に勝機があるわ。
むしろ、魔王城の仕掛けをクリアする必要がない今が倒す絶好の機会だと思うけどね。」
この声、この口調、覚えがあった。この長髪の男こそがデリーなのだ。言うに事欠いてパーティーメンバーを煽ってくる。
(こいつ、余計な事を……
こいつらを殺すことはわけないが、元々クレアのパーティーメンバーだった奴らをクレアの目の前で殺すことは流石に抵抗がある。できれば戦うのは回避したかったが……)
デリーの言葉に
「確かにそうだな、デリー。このチャンスを逃しちゃ男が廃るぜ。」
「ここでこいつを倒して、英雄になるんだ!」
小太りの男、大剣を持った男が再度武器を構える。
「待て!お前達!」
リーダーの制止も聞かず、二人がこちらに向かってくる。
「ええい、やむを得ん!」
俺は爪先に魔力を集中させ、両腕をクロスさせてカマイタチを二発放った。
「ぐわあああ!!」
二人ともカマイタチを喰らい、後方に吹き飛ばされた。
「う、嘘だろ!?離れた位置から、こんな!?」
リーダーの男は青ざめる。眼鏡の少年に至っては、驚きのあまり声も出ないようである。クレアも驚いていた。だが、クレアには何となく分かっていたようだ。二人を殺さないよう敢えて急所を外したということに。
「まだ続ける、というのなら、ちゃんと準備をしろ。こいつらのようになる覚悟をだ。」
俺はもう一度相手の出方を伺う。リーダーの方も、決めかねているようだ。
「余計なことかもしれないが、この場は引き下がった方が賢明だと思うがな。
逃げることは恥かもしれないが、生きてさえいれば汚名返上の機会はある。」
さらに揺さぶりをかけてみる。
「くっ、わ、分かった。この場は退却する。」
リーダーが苦渋に満ちた表情で決断する。俺は内心ほっとしていた。
これで戦いは回避できた、と思った俺だったが、リーダーの背後にいたデリーが短刀を取り出すのを見て息を呑む。
「うぐっ!?」
デリーが背後からリーダーを刺した。
「な、何をする!?デリー!?」
リーダーが振り向いたその時、
「うわああああ!!」
デリーが短刀を振りかざし、彼を斬り付けた。リーダーは地面に膝をつき、前のめりに倒れた。
「ふんっ、腰抜けが。もっと骨のある男かと思ってたけど、とんだ見込み違いだったようね。」
デリーがリーダーを見下ろしながら言い放つ。そして、さらに眼鏡の少年の方に目をやる。
「ひっ!?」
彼は悲鳴に近い声を上げる。
「さて、あなたはどうする、ロア?あなた、戦闘に役立つアビリティはもってないけど、肉壁ぐらいにはなりそうね。」
このままではロアと呼ばれた眼鏡の少年もやられる。クレアは俺に目で訴えかけてくる。
「やめろ!私の前でそれ以上の醜態を晒すのは!気でも違ったか!?」
俺がデリーに向かって叫ぶと、デリーはこちらをゆっくりと振り返った。
「魔王、あなたはここに来るまでの間、どれだけの魔物を殺した?五匹?十匹?それとも、数えきれないぐらい殺したかしら。」
「何を言っているんだ!?」
デリーの意図が読めず、俺は警戒する。
「今に分かるわよ。」
デリーが不気味な笑みを浮かべる。俺達が来た道の方から、大量の羽音が聞こえてくる。俺はクレアと共にそちらを見る。
「洞窟蝙蝠か!?」
大量の洞窟蝙蝠達が一斉に俺の方に向かってくる。どれも体の一部が千切れていたり、血が吹き出ている者までいる。
「あの傷……俺が攻撃した蝙蝠!?お前のアビリティか!」
襲いかかってきた蝙蝠達を爪で斬り裂きながら、俺はデリーの能力を思い出した。
「そうよ。前にも言ったけど私のアビリティは、操りの術。気絶したり死んでいたり、意識がない者に限られるけど、操ることができる。
マジックアイテムを使えば意識があろうと可能だけどね。」
俺が斬り落とした蝙蝠達が再度起き上がり、飛び立つ。同時に、さっき俺がダメージを与えたパーティーメンバー、及びデリーが斬り付けたリーダーも起き上がり、襲ってくる。
小太りの男が背後から俺に斬り付けてくるのを横にかわす。小太りの男が再度斧を振り上げてきたタイミングを見計らい、俺は蹴りで斧の柄をへし折った。武器を失った小太りの男に勢いを付けて拳で腹部を突いて吹き飛ばした。
そうしている間にも、洞窟狼、コカトリス、スライムなど、俺達が倒してきた魔物が次々と襲ってくる。
「魔王様!!」
クレアがこちらに駆け寄ろうとする。
「待て、クレア!お前が私を助けに来たら、デリーはお前から先に攻撃してくるぞ!」
クレアを見てにやりと嫌な笑みを浮かべたデリーを見て、俺は直感的にそう判断した。クレアは思わず立ち止まる。
デリーのアビリティの関係上、戦闘不能者が増えるほど、こちらが不利になる。ここでクレアまで操られたら、完全に詰んでしまう。
「お前が助けずとも、所詮は雑魚共。手出しは不要だ!」
俺は攻撃してくるコカトリスを爪で斬り裂きまくる。コカトリスはバラバラになって、地面に転がる。肉片がガタガタと震えはしたが、それ以上は動かなくなった。
「どうやら、バラバラにしてしまうと、それ以上は操れないようだな。お前がやられるのも時間の問題だ。」
俺が言うも、依然としてデリーは余裕の表情を浮かべている。
「そうね。雑魚だけならね。」
ガサガサと聞き覚えのある音、そして、ベタベタと粘り気のある音が聞こえてくる。デリーの背後からやってきたそれは、ボススライムと大ゴキブリだった。
「げっ!?さっきの!?」
大ゴキブリの方は頭がなく、体だけにも関わらず動いていた。ボススライムに至っては、ほぼ無傷に見える。
「ならばデリーお前から先に攻撃するまでだ!」
俺はデリーに向けてカマイタチを放とうとした。だが、デリーの前には小太りの男が立っている。
「くっ!」
俺は攻撃を中断する。
「どうしたの?バラバラにしてしまえば良いでしょう?さっきやったみたいに。
もっとも、それができるならとっくにやってるわね。」
俺がクレアの元パーティーを殺せないことを見抜かれてしまっている。悔しいが、今は彼らのことを心配している場合ではなかった。
大ゴキブリがこちらに勢いよく走ってくる。俺は爪先に魔力を溜め、カマイタチを放つ。ゴキブリは吹き飛ばされ、かわりに今度はボススライムが飛び上がり、こちらを押しつぶそうとしてくる。
俺は横にかわし、再度カマイタチを二発放つ。ボススライムは弾けて辺りに破片が飛び散るが、その破片が集結して見る間に再生していく。
(こいつはまずい。キリがない。ならば、再生不能になるほどバラバラにしてやるしかない!)
俺がボススライム目掛けてカマイタチを放とうとした瞬間、飛んできたゴキブリの首が俺の腕に食いついた。
「何だと!?こいつ!!」
俺が攻撃を受けている間に、大剣を持った青年が、背後から得物を振り下ろしてくる。俺はぎりぎりでかわし、回し蹴りで青年を吹き飛ばす。
「この死に損ないがっ!」
俺は掌に魔力を集中させ、ゴキブリの頭ごと地面に打ち付ける。地面に向かって衝撃波を放ち続けると、やがてゴキブリの頭はバラバラになった。それでも本体は動き回っている。その光景に、流石にこちらも意気消沈してくる。
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魔王が苦戦する様子を、少し離れたところでロアは見ていた。
(まずい。全然役に立ててない。でも、僕のアビリティは戦闘向けじゃない。
じゃあ、逃げるか?僕のアビリティを使えば確実に逃げられる。でも、クレアを残して逃げるわけには……)
ロアは魔王が雑魚の魔物をバラバラにしていっている中、助けに行きたくても行けず、おろおろするクレアを見る。
(そうだ!僕がクレアを連れて逃げればいいんだ!)
ロアは閃き、クレアに近付こうとした。そこで、大剣の青年が立塞がった。
「う、うわあああ!!」
不意を突かれてロアは対応が遅れた。だが、青年が剣を振り下ろす前に、魔王が横から入って青年を殴り飛ばした。
「早く逃げろ!できないなら、そこから動くな!ここで戦闘不能者が増える方が困る!」
そう言うと魔王は再度デリーの方に向かっていった。
(よりにもよって、魔王に頼るしかないのか?)
ロアは現状を心の中で嘆いていた。




