ダンジョンに潜む黒い悪魔
装備も整え、ダンジョンに入った俺達は内部にいる魔物と戦うことにした。スライム、コカトリス、洞窟狼など、何体もの魔物を、クレアは俊敏な剣捌きで倒していく。俺は蝙蝠の魔物を爪や神通力で倒しながらも、その光景に圧倒されていた。
虫も殺せないように見えるクレアだが、剣の腕に覚えはあったようだ。
「大したものだ。」
一通り魔物を倒し終えたクレアに俺は近づいて話しかける。
「この辺りの魔物は、ボスを除けばそんなに強くないから当然だよ。」
「それはそうなんだが。剣の扱い方、相当鍛錬したと見えるな。」
「お兄ちゃんの見よう見真似でやってきたからね。」
「なるほどな。」
俺は辺りを見回してみると、周囲の魔物は全滅したようだ。また新たな魔物が出現するのを待つには時間がかかりそうだ。
「この辺りの魔物は十分倒せるようになった。もっと奥へ行ってみるか?」
「うん、強い魔物と戦った方が、練習になるよね。」
俺達は洞窟のさらに奥を目指したのだった。
■■■
洞窟のさらに奥まで来た俺達であったが、
「なあ、クレア。このダンジョンは初心者用のダンジョンという認識で間違いないな?」
「うん、多分そうだと思う。」
「それにしては、少々険しすぎやしないか?」
洞窟の奥へ続く道。進んでいると、足場が狭くなり、俺達は壁に張り付くように通っていた。すぐ背後は崖で、ちょっとでもバランスを崩したら真っ逆さまである。
「おかしいな。前に私が来た時にはこんな道じゃなかったのに。」
クレアも不思議そうだ。となると、この洞窟はつい最近何者かの手によって魔改造が施されたと見て良いだろう。魔改造と聞いて、俺はある人物のことが思い浮かんだ。
(マチルダか……)
魔王の城へ来るまでの道のり、何箇所か罠や魔物を配置していたと言ってはいたが、まさか初心者用のダンジョンまで手を加えているとは思わなかった。
いや、実際それが合理的なのかもしれない。最初のダンジョンで、まだ弱い冒険者を潰してしまった方が、将来的には魔王に対する不安の芽を摘み取れるのだし。
(今回のこの状況。どう見てもそれが仇になっているよな。)
現状、その仕掛けに自分が引っ掛かっている。気を取り直して進もうとしたところ、妙な物音がしていることに気が付いた。目の前の壁から、かさかさと何かが這うような音が近づいてくる。同時に、大きな魔力を感じる。
「な、なんだ?」
俺もクレアも立ち止まって身構える。
突然、俺の目の前の壁が砕けたかと思うと、中から黒い塊が飛び出してくる。不意を突かれた俺は、塊に押し出され、共に崖下へと落ちていく。
「魔王様!?」
クレアが崖上から驚愕の表情で俺を見ている。
「こ、こいつは!!」
自分と共に崖下に落下していく、人間の5倍ぐらいはある黒い塊の正体に気付いた。
「ゴキブリ!?」
そう、それは見紛う事なきゴキブリであり、かの黒い悪魔と呼ばれているそいつが魔物化したものだった。武器屋が言っていた得体のしれない魔物の正体はこいつだったか。
「魔王様ッ!!」
クレアが俺に手を伸ばそうとするが、とても間に合わない。
「くそう!」
俺はこちらに突っ込んできている奴の触角を掴み、頭を下に下げさせる。
「お前が下だッ!地獄に落ちろッ!!」
片方の腕で頭の上から殴り付ける。俺達はそのまま崖下に転落した。転落の拍子に、俺の体にもかなりの衝撃がかかる。以前魔王城から誤って転落したことはあるが、その時と同等かそれ以上だ。
それでも、何とか俺は生きていた。落下後、すぐに跳び退いてゴキブリとの距離をとる。ゴキブリはすぐに頭を地面から引き抜くと、がさがさと気持ちの悪い動きでこちらに迫ってくる。
「この虫けらがッ!」
俺は爪を伸ばすと、上に振り上げて斬り付けた。ゴキブリは斬られると白い液をまき散らして後退した。その白い液が俺の皮膚に当たると、鋭い痛みと熱さが同時に訪れる。
「こいつ、体液に毒があるのか!」
ゴキブリは体勢を立て直すと、再度向かってくる。
「爪が駄目なら、こいつでどうだ。」
ゴキブリが近くまで来たところで、素手で殴り付ける。続いてもう一撃殴り、下から蹴り上げた。ゴキブリが吹き飛ぶタイミングに合わせて神通力を放って吹き飛ぶ勢いを加速させる。ゴキブリは壁に激突し、その壁が崩れて瓦礫で埋まっていった。
と思ったその直後、瓦礫を飛ばしてゴキブリが飛び出した。
「何ということだ。ただでさえしぶといゴキブリだが、魔物になるとこれほどまでになるとは。」
無論、感心している場合ではない。斬撃で粉微塵にすれば流石に死ぬだろうが、爪での攻撃は毒液がかかるので危険だ。斬撃という言葉で閃いた。
「そうだ、これがあるじゃないか!」
クレアと一緒に始まりの村で買った剣。剣なら直接相手に触れずに切れる。
「いくぞ、微塵切りにしてくれる!」
俺はゴキブリと距離を詰めて剣を抜いて斬り付けた。だが、ゴキブリの装甲は思った以上に固かった。続けて薙ぎ払うが、いずれも決定打になっていない。その上、ゴキブリが剣を前脚で振り払うと、呆気なく剣が折れた。
「なんなんだ、この剣は!?ちっとも焼きが回っていないじゃないか!?」
考えてもみれば、初心者用の武器を売る村で良い装備を期待していたのがそもそもの間違いだったのだ。
「マチルダァッ!何てことをしてくれたんだッ!」
俺はそう叫ばずにはいられなかった。ゴキブリが俺に迫ってくる。
「やむを得ん。手間はかかるが、神通力で少しずつダメージを蓄積させるか!」
俺は手を構える。そこに、さっきまでクレアと魔物を倒してきたときの感覚が蘇ってくる。極めつけに、さっきの剣で斬り付けるイメージが鮮明に思い起こされる。
(この感覚……、神通力とは違う、もっと強力な何かが?)
俺はその感覚に従い、一旦神通力の構えを解くと、魔力を爪に集中させ、宙を切るように薙ぎ払った。すると、爪に直接当たったわけでもないのに、ゴキブリが液をまき散らして吹っ飛んだ。
「これは……!」
俺は自分の爪の中で光る魔力を見る。空気中に魔力を使って斬撃を作り出す、カマイタチだ。それを俺の手で発生させた。
これならいける。相手の体に直接触れることなく、斬ることができる。
「よし、来るなら来い!」
ゴキブリは飛び上がると、羽を震わせ、滑空して襲ってくる。その気持ち悪さに背筋が寒くなる。だが、これはチャンスだ。空中なら避けられない。
俺はカマイタチを再度放つ。手を休めず、更に二発放った。いずれも全てがゴキブリに命中し、最後の一撃でゴキブリの首を両断した。
地面に落ちてもぞもぞするが、次第に動かなくなった。
「さすがのゴキブリでも首を切られたらもう終わりだろう。」
俺はゴキブリから崖に視線を移す。
「それは良いが、どうしたものかな、これは。」
俺が落ちてきた崖は結構な高さがあった。これを自分の力で登っていくのかと思うと気が滅入るばかりだった。
■■■
クレアは崖のエリアから抜けようとしていた。
(魔王様、無事かな。助けを呼びたいけど、魔王様を助けてくれる人がいるとは思えないし、だからといって、私一人じゃどうにもできないし……
どこか下に降りる道とかないかな。)
クレアは細い道を抜けて、開けた空間に出た。そのときだった。
「クレア……!?」
前方からかかった声に、クレアはそちらを見る。いつの間にか、そこには5人の冒険者がいた。
「何故、ここに?てっきり、魔王の城で死んだと思っていたぞ?」
大斧を持った小太りの男が言う。
「本当に、クレアなのか!?」
メガネをかけ、ローブを着た少年が言う。
「みんな、どうしてここに?お城の中で逸れたと思ったのに!」
そこにいた一同は魔王城で離れ離れになったはずの、クレアの元パーティーのメンバーだった。
「魔王城ではまったく太刀打ちできなかったから、魔王に挑むために鍛え直そうという話になってな。
それで心機一転、始まりの村近くのダンジョンで修業をしていたというわけだ。」
リーダーの青年が前に出てクレアに説明する。
「クレアが生きていて、こうして会えたのは本当に嬉しいぞ。もう一度我々のパーティーに入らないか?」
リーダーの提案にクレアは戸惑う。そこでふと、自分に向けられている視線に気付いてそちらを見る。
瞬間、クレアは固まった。そこには、先日トラブルを引き起こした元凶、デリーの姿があった。いつものように微笑んではいるが、その眼は笑っていない。
「でも、私なんかが入っても、みんなの足を引っ張るだけだから……」
クレアはどうにか断ろうとした。
「水臭いぞ。元パーティーのよしみだ。遠慮するなよ。」
大剣をもった青年が屈託のない笑顔で言う。その笑顔が今はクレアにとって痛かった。
「遠慮なんかじゃなくって……そう!私には呪いがかけられてるの!
魔王がそばにいないと死んじゃう呪いが!」
クレアはどうにか誤魔化そうとした。
「それは変ねえ。私も呪いには精通してるつもりだけど、あなたに呪いがかけられているかどうかなんて、一目見れば分かるわ。
どうしてそんな嘘を吐くのかしらね。」
デリーにあっさりとばれてしまう。
「そ、それは……」
「それに、魔王なんてどこにもいないじゃない。今の話が本当なら、あなたとっくに死んでるはずよね?」
クレアはさりげなく後ろに目をやるが、魔王の姿はどこにもない。
「おい、どういうことなんだ!嘘まで吐いてパーティーに入らないのは何故だ!?」
小太りの男が次第に苛立ちを募らせる。
「あ、でも……」
眼鏡をかけた少年がそこで遮る。
「前に僕達が魔王城に行ったとき、吸血蝙蝠に襲われてるクレアを助けずに逃げたよね。
なのに、もう一度パーティーに入ってくれって言うのは、ちょっと虫が良すぎるんじゃないかな。」
クレアは思わず少年の方を見る。
「だから、もしクレアがそのことを気にしているなら、謝らないといけないのは僕達の方だよ。そりゃ本心を言えば、僕はクレアとまた冒険がしたい。
でも、クレアの希望に反してまで誘う権利は誰にもないよ。」
クレアは判断に困った。クレアがパーティーに再加入できないのは、少年が言う理由の通りではなかった。
ただ、魔王と共に暮らすには、ここでパーティーに加入するわけにはいかなかった。
「ごめんね。」
クレアは頭を下げた。
「ううん、いいんだ。」
少年は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「おい、ちょっと待て!」
リーダーが詰め寄ってくる。
「ロア!リーダーは俺だ!お前が勝手に決めるな!」
リーダーがロアと呼ばれた眼鏡の少年に怒りの矛先を向ける。
「だ、だって、クレアの意思を尊重しないと。」
「俺達は以前のような醜態は絶対に晒さない!そう決めただろう!だからクレア!俺達のことを信用してくれ!一緒に魔王を倒そうじゃないか!」
ロアの制止も聞かず、リーダーはクレアに迫る。その時、クレアの背後から足音があった。
「魔王を倒す。そのような大それたことを言う者なら五万といた。だが、私は未だにピンピンしている。何故か?」
足音はだんだんと近づく。
「理由は二つ。
ひとつは、その者が舌先三寸の詐欺師だったか。もうひとつは、自分の実力を鑑みることができない愚か者だったか。」
クレアの近くでその足音は止まった。クレアが振り返ると、そこには自分が見知っている魔王の姿があった。
「お前達は、どちらかな?」
「魔王様!」
「魔王だと!?」
安堵の表情を浮かべるクレアとは対照的にパーティーメンバーは動揺した。




