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悪人面の魔王でも友達になってくれますか?  作者: 梅三六角
第三章 ハニートラップは毒の味
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後悔

 まるで子供のように抱き付いてくる衣装を撫でた後、クレアは俺の方に顔を上げる。


「魔王様、今日はもう寝よう。デリーのことは明日考えようよ。」


 クレアが俺の方に声を掛けたその時、


(いつまで遊んでるの。早くやっておしまい。まったく、これだから意思をもったマジックアイテムは……)

 

 衣装に、囁きかけるようにデリーの声が届く。その声で衣装は頬ずりを止め、クレアの体を一瞥すると口から緑色の体液を吹き出し、クレアの腹部の肌に付着させた。その液体の中に、デリーの顔が浮かび上がる。


「そうだな。クレアが気に入ったというのなら、仕方あるまい。もう遅いし、早く寝るとしよう。」


 そう言って俺はクレアに背中を向ける。直後に感じた気配に、すぐに左に身をかわした。俺の右肩があった辺りに剣が突き出された。後ろに目をやると、虚ろな目になったクレアが剣を構えていた。クレアはそのまま後ろに跳んで、俺との距離をとる。


「随分と見え見えの罠を張ってくれるじゃないか。」

「いやあね、クレアを信じてたんじゃなかったの?」


 デリーの皮肉がどこからともなく聞こえる。

 

「クレアのことは信じているが、デリーとやら、お前のことを信じるつもりはない。私とのことをクレアに任せると言ったのは、お前自身だ。その約束を反故にしおって。」

「あら、嘘は言ってないわよ?クレアを説得するなんて野暮なことは止めて、魔王の始末はクレアに任せることにしたのよ。ついでに言っとくけど、その衣装は魔王が天使に退治される様を表現した演出、ってだけじゃないのよ。」


 クレアが再度切り込んでくる。スピードがさっきより上がり、かわしきれない。俺は爪を伸ばし、受け止めた。


「時間はかかるけど、成長させることで装備者の身体能力を限界まで引き上げることができるのよ。変身ヒロインにありがちよね。」


 クレアが剣を押す力は、確かに女子にしては強すぎる。油断していると押される。俺は力を込めて押し返す。クレアは背後に押されるが、間髪入れずに助走をつけて、回し蹴りを放ってきた。腕で防御すると、強い衝撃が走る。


 防御されるとクレアは背後にバク転し、剣を構える。


(手加減して戦うには少々厳しい。しかし、本気を出せばクレアを殺しかねない。シビアだな。)


 クレアは跳躍して、俺の頭を飛び越えた。


「なにっ!?」


 予想以上の身体能力に、俺は一瞬クレアの姿を見失う。背後から繰り出された突きを辛うじてかわしたものの、かすった右腕から血が数滴落ちる。


「惜しいわね。あと数センチだったのに。」


 デリーの声がまた聞こえる。このままでは完全に相手のペースだ。だからといって、クレアを攻撃することはできない。


(いや、待てよ?さっきクレアの衣装にデリーの顔が出てきたってことは、クレアを操っているのはあの衣装なのか?

 ならば、あの衣装を攻撃すれば!だが……)


 クレアが放つ切りつけを爪で防ぎながら、俺は踏ん切りをつけられずにいた。


(衣装を攻撃して破損させるってのは、つまり、女の子の服を破るのと同じことで絵面的にまずいんじゃないか、やっぱり!?)


 俺の気が逸れた時、クレアの剣が俺の顔目掛けて薙ぎ払われる。

 

「うおっ!?」


 俺は体を背後に反らし、そのまま背後に回転して逃れる。

 

「ええい、仕方がない!これはお前を助けるためでもあるんだ、許せ、クレア!」


 俺は両手から爪を伸ばしながら間合いを詰めた。クレアが放った剣撃を片方の爪で防御しつつ、もう片方の爪で衣装を切りはらった。


「ちっ!」


 俺の意図に気付いたのか、デリーはクレアを後退させる。クレアが着ている衣装の腹部が落ち、その切れ端が床の上にひらりと落ちる。衣装の腹部にぽっかりと開いた穴からは、クレアの肌と、そこにくっついている緑っぽい液体、そしてそこに浮かび上がるデリーの顔を見た。


「あら、見つかっちゃったわね。」


 悪びれることもなくデリーが言う。


「そこからクレアを操っていたのか!」


 俺はデリーの方に視線を移す。


「だとしたら、どうする?クレアに腹パンチでも決める?そんなことしても、私は痛くもかゆくもないけどね。」

「くっ!」


 悔しがる俺の前で、衣装の穴は見る間に塞がっていく。

 

「再生できるのか!」

「その通り。お分かりの通り、クレアを止めるには彼女を殺すしかないってことよ。さて、もうちょっと出力を上げようかしら。」


 衣装の中で、デリーの口から再び液体が零されると、そこから百足のような形をした虫が数体現れる。そのままクレアの肌を這っていき、ブラの中へと入っていく。

 

「う、ああっ……」


 クレアが胸元を押さえて呻く。操られているとはいっても、痛み、苦しみは感じるようだ。


「クレアに何をした!?」


 俺が駈け出したその時、俺の目の前に剣が突き出される。何とか両腕の爪を交差させることで防いだ。何かは分らないが、より強い力を注ぎこまれたように見える。


 それでも、諦めるわけにはいかない。俺はクレアの攻撃の隙を狙って、何度も衣装を狙って攻撃を叩き込む。しかし、衣装に攻撃が当たっても、いずれもすぐに回復してしまう。こんなことをいつまでも続けていてもきりがないし、そのうちこちらがダメージを受けてしまう。


「だから、無駄だって言ってるでしょう。早く決めなさい。クレアに殺されるか、クレアを殺すか。」


 デリーの余裕ぶった言葉も癪に障る。クレアは操られているだけで、こちらに対して悪意は全くない。それはさっきの会話で証明された。


 彼女がここに来てからのことが頭を巡る。走馬灯なのか?自分のものか?彼女のものか?疑問は尽きない。


 だが、その記憶の中で俺はあるところで引っかかった。クレアが付けていた髪飾りがなくなっている。クレアに似合うと思っていたから覚えている。どこに行ったのだろう?クレアの姿を見直してみる。すると、クレアの胸元に付いているブローチが、その時の髪飾りに酷似しているのに気が付いた。第一、ブローチは普通服に付けるものだ。肌に直接付くなんてことはない。

 

(そういえば、クレアはあの髪飾りはデリーにもらったと言ってたな。そして、デリーは操るのにマジックアイテムが必要だと言っていた。じゃあ、まさか、今クレアの胸元に付いているブローチがマジックアイテムか?

 それを壊せばもしかしたら……!)


 俺はクレアに向かって走る。間合いに入ったところでクレアが剣を振り下ろす。悪いとは思ったが、ちょっと本気で拳で突きを放ち、剣を薙ぎ払う。もう片方の手でブローチに爪を振りかざそうとしたところで、クレアがブローチを守るように体を横にする。


「!!」


 クレアの体に爪を立てそうになり、俺は躊躇して後ろに跳び退く。


「甘いわねぇ。私があなたなら、躊躇なくクレアごと引き裂いてたわ。」


 デリーがこちらを嘲笑する。俺は何だか急に可笑しくなってきた。


「ふっ、ははははは!!」


 こちらの突然の笑いにデリーは困惑する。


「な、何が可笑しいのよ!?」

「いや、失礼。というのも、お前が今やったことは、そのブローチが本体だと自分で言ったようなものだからな。加えて、お前は口調は妙だが、男だろう?男ともあろうものが、女の子に守ってもらって得意顔で語ってくれるものだから可笑しくなってしまってね。」


 俺はなおも笑いを堪えるのに骨を折る。表情は分からないが、デリーが苛立っている雰囲気が伝わってくる。


「だからなんだって言うのよ!?クレア、あのアホをやっておしまい!」


 デリーの命令で再度クレアが斬りかかってくる。

 

「良いか?男らしさを見せようと思ったら」


 俺はクレアが突き出してくる剣の軌道を読む。自分の胴体に刺さる前に腕で防御した。


ズブッ!


 きれいに突き刺さる音と共に、俺の左腕に突き刺さる。どくどくと血が出る。

 

「これぐらいやらないとな。」


 その無謀な行動にデリーも絶句する。その隙を逃さず、下からクレアの足を払った。


「あんた!?」

 

 デリーも対応できず、剣を俺の腕に残したまま手放し、クレアの体ごと後ろに倒れる。俺はその上に覆いかぶさるようにして、左手でクレアの右肩を押さえる。


「今度こそ!」


 右手でクレアの胸元上に付いたブローチに手を掛け、渾身の力を込める。見る間に、ブローチにひびが入っていく。


「私の、マジックアイテムが……!!」


 次の瞬間、鋭い音と共に、ブローチが砕けた。クレアの衣装が蒸発するように消えていった。俺は一息吐き、剣を自分の腕から抜いた。クレアは意識を失っていたが、数秒後、ゆっくりと目を開ける。


「魔王…様…?私は、何をして…?」

「気が付いたか。」


 正気に戻ったクレアに心底ほっとする。クレアはすぐに俺の腕の怪我に気が付く。


「魔王様!その腕……」

「別に大した怪我じゃない。数刻すれば治癒する。城の中には回復陣の仕掛けもあるしな。」


 俺がそう言っても、クレアは浮かない顔だった。


「謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい。」


 クレアが頭を下げてくる。

 

「お前がやったことじゃない。お前は利用されていただけだ。」

「デリー……」


 彼女の表情を見て、あのような男であっても、クレアにとっては信頼していた仲間だったのだろうと想像できた。ただ、そう思っていたのはクレアだけだった。


「お前はお人好しすぎる、なんて分かったことを言うつもりはない。純粋な人間が、人間不信に陥る様なんて見たくないからな。もし……もしもの話だが、クレアが本当に私の奴隷になってくれるつもりだと言うなら、その手の裏切る輩から、守ってやっても良い。」


 我ながら、随分と調子のいいことを言っている。そもそもクレアだって、俺の奴隷になんてなりたくないだろうに。

 

「で、でも、私は奴隷として来たんだから、魔王様にそんなにいろいろしてもらうわけには……」


 クレアが慌てた様子で言葉を出そうとする。そこでクレアはふと自分の体に目をやる。衣装が消え去ったせいで、今彼女は完全に下着姿だった。


「きゃああ!?」


 彼女は反射的に目の前の俺に抱き付いてくる。

 

「うおお!?何をする!?くっつくな!」

「だって、そうしないと見えちゃうよ!」


 脱ぎ捨てられたドレスのところまで若干の距離がある。着直すにしても少々時間がかかる。

俺は手の届くところにあったベッドの上の毛布を取り、彼女に羽織らせる。


「どっちにしても、そのままでは風邪を引く。」

「うん。」


 クレアは素直に俺から受け取った毛布を纏う。ようやく落ち着いてきたように見えたタイミングで俺は切り出した。


「教えてくれないか?クレアは何故私の奴隷になろうと思った?何か理由があるのだろう?」


 本当ならもっと早くに聞けば良かったのだが、奴隷という響きに舞い上がりすぎて失念していた。俺が言うと、クレアは数刻の間口を閉ざし、視線を落とす。


「……助けて欲しかったの。」


 クレアが少しずつ話し始める。


「私はこの近くの村で、お母さんとお父さんと、お兄ちゃんと一緒に暮らしていたの。家族皆、私には優しくて、いつも楽しかった。お父さんは村の村長で、村の皆からも慕われていたよ。

 お父さんはたまに森でお兄ちゃんと冒険者の特訓をしに行くけど、ある日

お兄ちゃんだけ帰ってこなくなった。お父さんに訳を聞いても、答えてくれなかった。」


 クレアの瞳に涙が溜まる。


「それだけじゃない。お父さん、その日から急に人が変わって。ちょっとしたことでもすぐに怒るようになって、言うことをきかないと私やお母さんに暴力を振るうようになって。何回も理由を聞こうとしたし、やめてくれるようお願いもしたけど、聞いてもくれなかった。

 でも、村の皆には普段と同じように接していて、お母さんや私が村の人に訴えても、誰も信じてくれなかったの。」

「村人は皆、村長のことを信頼していたというわけか。」

「うん。お父さんは村長として、困っている人がいれば放っておかないような人だったから。そんな人が家の中で暴力を振るってるなんて、誰も考えないよね。だから、村の人を頼ることはできないって思ったの。」

「余所の村の人間に頼むことはできないのか?」


 俺が言うと、クレアは首を振り


「余所の村の知らない人にこんな話できないよ。それに、聞いても誰も助けられないと思う。お父さんは村長だから、下手に関わると村同士の揉め事になるかもしれない。」

「だから、魔王の私を頼ったのか?」


 クレアは今度は頷き、


「勿論、ただでどうにかしてもらおうとは思ってなかったよ。私が魔王様の奴隷になって、その見返りに助けてもらおうと思ってた。」


 ようやく、クレアが魔王の奴隷に拘っていた理由が分かった。しかし、もうひとつ気になることがあった。


「私は魔王で、お前達の言葉を借りれば悪者だ。そんな奴のことを安易に頼って良かったのか?」


 俺の問いに、クレアは静かに頷く。


「魔王様が悪い人じゃないってことは、最初から分かってたよ。だって、あの時私を助けてくれたじゃない。」

「え……!?」


 俺が今までの人生で女の子を助けたことなんて、あの時以外思い付かない。


「まさかお前、あの時の下級生か!?」

「そう、だけど、もしかして忘れてた?私はてっきり最初から気付いてると思って。」


 俺がまだ魔王になる前、同級生に苛められていた下級生の女の子を助けたことがあった。その子とは言葉を交わすこともなく、その時以降会うこともなかったので、顔なんて覚えていなかった。


「あの時は本当にありがとう。それと、ごめんなさい。お礼を言いたかったんだけど、あの日の後、すぐに引っ越ししちゃって、言えなかったの。

 それが、この間メローナへ買い出しに行った時、魔王様が、村の女の人達を熊から助けるところを見かけて。ちょっと嬉しかったよ。また会えたことも、魔王様が昔と変わってないことも。」


 優しい笑顔を向けてくるクレアに、俺は何故だか涙が溢れてきた。


「ど、どうしたの!?」


 クレアも慌てる。それでも俺は涙を止めることはできなかった。俺は間違っていたという後悔が今更になって押し寄せてきたのだ。


 俺はどれだけ他人に優しくしようと、人から好かれる人間ではないと思っていた。だから魔王となって人間達を屈服させ、自分にとって都合の良い『友達』を作ろうとしていた。だが、そのやり方で、今のクレアのように、自分を心から慕ってくれる者ができるのだろうか?自分がやっていたことは、ただの独りよがりの虚しい行為だったのだ。地道に、誰かに好かれるよう努力するしか方法はなかったのだ。俺は自分の顔を言い訳にして、そこから目を背けてきただけだった。


「もう、遅いんだ。私はクレアが思っているようなまともな人間じゃない。

 私は魔王となって、多くの悪事に手を染めてきた。人を殺したことだってあった。もう後戻りもできない。今の私は、あの頃の私にも劣るんだ。」


 俺は人目も憚らず、クレアの前で崩れ落ちて泣いていた。


「私は、魔王様のこと信じてるから。」


 クレアは泣きじゃくる俺の方に両腕を伸ばす。毛布がはだけ、彼女のブラが露になるが、彼女はもう気にしなかった。そのまま俺の首筋に手を回して、俺の頭を胸元に抱き寄せる。女の子の甘い香りと、ブラ越しでも分かる肌の温もりを感じた。


「魔王様がいろいろやってきたのは、人間とは違う魔王の立場になったからだよね?それに、その立場になったのだって、事情があるって思うの。

 私は魔王様がやってるのは、正しいことだって信じてるよ。だから、変わらなくていい。今のままの魔王様でいて。」


 クレアは俺が泣いている間、ずっと俺を抱き締めたまま、時折頭を撫でてくれた。

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