豹変の原因
「すまない。みっともないところを見せてしまった。」
ようやく落ち着いた俺だったが、改めて思い返すと恥ずかしさが増してくる。俺がこんな甘ちゃん人間だったとは初めて知った。
「ううん、全然構わないよ。むしろ可愛かったよ。」
笑顔で言うクレアに逆に俺は複雑な心境になった。可愛いという言葉は、頼ってほしい女の子から言われて嬉しい言葉では決してなく、むしろ自分が情けなく思えてくる。この思いを払拭するには、クレアの悩みを解決する以外にない。
それとは別に、気になることがあった。
「クレアは、どうしてわざわざ冒険者としてやってきた?そんな事情があって奴隷になりたいなら、直接来て言ってくれればもっと簡単に済んだというのに。」
「だって、このお城に来るまでには何個もダンジョンがあるでしょう?私一人じゃとても乗り切れないから、悪いとは思ったけど冒険者のふりして、他の人とパーティーを組んだの。」
クレアの言うとおりだった。まだ拙いながらも何個かダンジョンを配置した。誰でも彼でも簡単に魔王城へ来られてしまうのでは、隣町へ遊びに行くのと同じ感覚になってしまうからだ。
こんなことなら、町に奴隷募集でもかければ良かった。クレアのように生活に困っている人が案外来てくれるかもしれない。
「良いだろう。お前の父親を見てやる。」
「良いの!?だって、私まだ、魔王様に何もしてあげてないよ!?」
「借りなら、十分すぎるぐらい返してもらったさ。」
彼女は俺が欲していたものをくれたのだ。これほどまでにない報酬だ。クレアの顔が明るくなる。
「本当にありがとう、魔王様!」
心の底から礼を言われるのは悪くないな、そう思った。
■■■
翌日。
クレアは自分の家の前に帰ってきていた。疑われないよう、出かける前と同じ装備をして。クレアはゆっくりと深呼吸して気を落ち着けて、扉に手を掛け、開けた。
「た、ただいま。」
部屋の中にいるであろう父親に声をかけた。
「クレアか。どうした、魔王は倒せたのか?」
父親はソファーに腰掛けて煙草を吸いながら応じた。すぐ近くでは、また父親に何かされたらしい母親がおろおろしていた。
「その、ごめんなさい。私じゃやっぱり無理だった。」
クレアが言うと、父親は露骨に舌打ちする。
「だから言っただろう。お前の力じゃ無理だと。それを絶対どうにかするって出て行ったのは、どこのどいつだ!?」
父親が声を荒げ、母親、クレアはびくりとする。
「冒険に出るための装備に金を使っておきながら魔王を倒せないんじゃ、金の無駄でしかなかったな。」
「お、お金って言っても、お母さんや私が働いて稼いだお金じゃない!お父さんの村長のお仕事だって、ほとんどお母さんが代わりに書類を作って、お父さんはそれを皆の前でそのまま伝えるだけじゃない!」
「お前達が稼いだ金は家族の金。つまり俺のものでもある。家族というのは協力し合うものだろうが。」
父親はふんぞり返って酒の入ったグラスを飲み干す。
「お願い、お父さん。どうして変わってしまったの!?昔は優しかったのに、お兄ちゃんがいなくなってからは毎日のように私やお母さんに暴力を振るうし、仕事も押し付けるし!何かあったのなら、私だって協力するから教えてよ!」
クレアが懇願するが、父親は「ふんっ。」と鼻で笑った。
「俺は何も変わらん。むしろ昔の俺が甘すぎただけだ。お前達はそんな俺の甘さに付け込んでいい思いをしてきた。もう充分だろう。今のこの状態こそがあるべき姿だ。」
父親の言葉にクレアの目から表情が消える。
「そして、この話は今までに何度もやってきたはずだ。まだ理解できないのか?また教育が必要だな。」
父親は立ち上がって、木刀に手をかける。
「やめて、あなた!」
母親が父親を止めようとするが、
「うるさい!黙れ!」
父親が母親を突き飛ばした。
「お母さん!」
クレアは壁にぶつかって倒れた母親に駆け寄ろうとしたが、父親に阻まれる。クレアは背を向け、家の入口に向かい扉を開けて外へ出て行った。
「外に行って助けを求める気か?無駄だ。村の連中は俺の言うことを信じるからな。」
父親は特に走るでもなく、ゆっくりと歩いて扉を開けた。だが、そこで待っていたのはクレアだけではなかった。数匹の魔物を連れた、魔物の王ともいうべき魔王、そして村人が十人ばかりいた。
■■■
俺はクレアと昨晩のうちに段取りを話し合っていた。そこでクレアにはこう伝えていた。
『少しでも父親にまだ情が残っているなら、豹変した原因をもう一度聞いて欲しい。尤もらしい理由があるなら、その問題を解決するために私も動いていい。
だが、大した理由がないか、答えるのを拒否するならそいつは家族のことを省みない屑だ。その場合は、クレアと母親を私が連れていく。』
だから、この村に来てからクレアが家に入ってからの様子をマチルダからもらった透視の水晶玉で観察させてもらった。マチルダ本人は、今日はダンジョンの仕掛けや魔物の配置で忙しいとのことで来てはいないが、役に立った。俺一人が観察してもつまらないので、村の人間十人ばかりと一緒に観察することにしたのだ。彼らには、付いて来なければ殺すと脅しをかけて。
結果分かったことはあの男が屑だったということだった。
「村長、これは一体……?」
「あんた、まさか……」
水晶でさっきまでの村長の裏の顔を見た村人達がわなわなと口にする。
「お前達、どうして……!?」
村長自身も予想外の状況に呆然としていた。俺は前に出る。
「お前の村出身の冒険者が私のところに攻め入ってきてね。ちょいとそのお礼に来たということだが、中々面白い余興だった。この村人達のことはあまり気にしないでくれ。ちょっとした立会人だ。」
「立会人だと!?」
村長はこちらを警戒する。
「そうとも、お前が持っている金は村人達から税金として徴収したものがほとんどだろう?その使い道について、賛同してもらうためにな。
まあ、回りくどいのは嫌いだから率直に言おう。」
俺はクレアの頭を鷲掴みにする。クレアは演技と言うよりも、この計画に対して不安な表情を見せる。
「私のところに攻め入ってきたこの娘が村長の娘というのは私にとって幸運だった。金を積めば、この場で殺すのはやめにしてやろう。」
この時点で、俺は既にクレアと母親を連れていくことは心に決めていた。それでも、この男が少しでもクレアのために迷いを見せるなら、この男に手を出すのはやめにするつもりだった。さもなければ、強盗を働こうと思っていた。
「娘も騎士になった身。相応の覚悟はあったはずだ。それに、村の者全員に迷惑をかけるなど、生き恥も同然。むしろ、早いところ命を絶たれることを娘も望んでいるだろう。」
想像通りだが、俺は嫌な気分になった。
(こいつ、金額交渉しようともしなかったな。こいつにとってクレアの存在はその程度ということか?)
村人達もざわめく。誰もが村長に疑いや嫌悪感を滲ませる。
「お前の娘の覚悟の話など聞いていない。金を渡さぬというなら、力づくでいただくぞ。」
そういって近付くと
「そうはさせん!」
手に持った木刀で殴りつけてくる。
「蝿が止まる!」
力勝負になれば、負けはしない。木刀を振り下ろす前に下から相手の顎に蹴りを入れる。攻撃を受けた村長は思わず木刀を取り落とす。更に、回転蹴りを加えると、村長は吹っ飛んで家の壁にぶつかる。クレアの顔が青ざめる。
「素直に聞く気がないようだな。ならば、金と娘と、行き掛けの駄賃としてお前の妻も連れていくぞ。」
俺の言葉に、離れて聞いていたクレアの母親も青ざめる。
(おいおい、そんな顔をするな。少なくとも暴力上等のこの男よりはまともな生活をさせてやれる自信はある。)
心の中でそう突っ込んでいると
「新米の魔王が……良い気になるなよ。」
村長の口調ががらりと変わる。
「むっ?」
違和感は口調だけではない。雰囲気と言うか、魔物が発する独特の空気の流れ。それがこの村長から発せられていた。
「貴様、人間ではないな。」
今度は俺が村長を注意深く見据える。やがて、村長の体が大きく肥大化してきたかと思うと、見る間に巨大な魔物、トロルになった。身長は俺よりでかい。
「その通りだ。俺はトロル。ちょっと上級の魔物になれば、人間に化けることぐらい朝飯前さ。お前も知っているだろう。人間社会での高い地位や身分は、魔物にとっての格好の隠れ蓑だ。おかげで随分と充実した暮らしができたよ。」
クレアの母は、ショックのあまり気絶した。クレアの方は、辛うじて正気を保っていた。
「お父さんは!?お兄ちゃんはどこへやったの!?」
トロルはにやりと笑ってクレアの方を見る。
「村長なら、森で息子と訓練しに来た時を狙って食ってやったさ。息子は崖下に落としたから、もう死んでるだろうな。」
「そんな!……許せない!」
クレアの目に初めて怒りの色が浮かぶ。が、しかしだ。俺がトロルの前に立つ。
「お前は、魔王の配下ではなかったのか?」
「ああ、配下だったさ。前代の魔王の時からずっとな。だが、魔王の言いなりになることに辟易して抜けだしたのさ。
それから先はあちこちを転々とした後、この村で良い具合に暮らしてたんだが、まさか新米の魔王が追ってくるとはな。言っておくが、俺はお前のところには戻らないぞ」
丁度良かった。これで、こいつを倒す口実を得られる。
「魔王軍から離脱しただけでは飽き足らず、この村で好き放題に暴利を貪っていたということか。覚悟はできているだろうな。」
「覚悟?覚悟が必要なのは、死ぬ直前だ。お前がな!」
トロルは拳を振り上げてこちらに襲い掛かってくる。十分に見切れる速さだ。俺は掌で受け止める。トロルだけあって力は大したものだが、魔王の力には及ばない。おかえしにこちらも逆側の手で殴りかかると、相手ももう一方の手で再び拳を振りかざす。何度こようと同じことだ。
そう思ったのが甘かった。俺の手は相手の拳に弾き飛ばされ、掌に衝撃だけが残る。唖然とした。力比べでは負けるはずがないと踏んでいたのに。そう思っているうちに、うっかり相手の手を離してしまったようだ。相手が殴りかかるのを、俺は両腕を交差させて防御する。
途端、俺は大きく後ろに飛ばされる。体の感覚がおかしい。もっと言えば、体が妙に軽いような気がする。さては、
「貴様、アビリティをもっているな!?」
「そうさ。俺のアビリティは、相手から重さを吸収する。重さが増えれば増える程、力が増すことは知っているだろう?反対に、重さを吸われたお前は力が落ちていくということさ。」
「力か。ならば、これならどうだ!」
俺は爪を伸ばすと、相手目掛けて振り下ろす。トロルは大きく息を吸い込むと、俺の方目掛けて噴き出した。
(うお!この程度の風で!?)
思った瞬間、俺の体は宙に飛ばされ、地面に叩きつけられた。間髪いれず、トロルが足を上げて踏み潰そうとしているのが見えた。
「ちっ!」
辛うじて跳び退いて逃れる。クレアがこちらに走り寄ろうとする。俺は目でそれを制する。ここでクレアが魔王を助けるのは、不自然だ。何より、魔王がこんな奴に負けるとあっては恰好が付かない。それに、相手の能力が重さを吸い取るものだと分かったのなら対策もある。
「考えているな?俺の能力は重さを吸い取る。その分俺は重くなり、動きは遅くなるとな。」
「その通りだ!」
トロルが腕を振り下ろすのをかわし、背後を取る。
「だが、無駄だったなぁ!軽くなったお前がどう攻めてこようと、俺にダメージなど、与えら…れ……!」
俺は背後から両手を使って、トロルの首を締めにかかる。首元が太くて掴むのに苦労するが、両手ならどうにかなった。
「き…貴様…!」
「確かにそうだ。殴るのも駄目。蹴るのも駄目。その上、神通力も今の重さでは効果は薄いだろう。
だが、抜け道はある。体重が軽くなっても、私自身の筋力は落ちていないことだ。真綿で絞めるように、首を絞め落としてくれる。」
トロルは俺の手を掴んで離そうとするが、筋力は落ちていないのだから振りほどけない。
「ぐ……息…が…」
トロルは呼吸の苦しさに耐えかねて膝を突く。急に体が重くなったような気がした。重さが戻ってきたのだ。
「くらえ!」
俺は背後から爪でトロルの体を貫く。
「うおっ!?お、おのれ!!」
トロルは振り返り、反撃してこようとする。それより早く、相手の振り返りざまに爪を振りかざしてもう一撃、さらに顎に蹴りを放ち、止めに至近距離から神通力を放つ。
「うわああああ!!」
トロルは吹っ飛び、民家の壁に激突する。壁が崩れてしまったが、まあ、許して欲しい。
「さて、そろそろ止めだ。」
俺はトロルに近付く。だが、その時だった。
「待って!魔王様!」
クレアが俺とトロルの間に割って入ってきたのだ。
「な、何をしている、クレア!?何故こいつを庇う!?」
「だって…!!」
こいつはクレアの父親ではない。その上、兄と父の仇である。そんな奴を庇おうと言うのか!?
「く…くくく……こいつはありがてぇ。おかげでこの場は助かりそうだぜ。」
トロルがクレアに手を伸ばそうとする。
(クレアを人質にしてこの場を逃れるつもりか!)
俺はクレアに向かって叫ぶ。
「そこをどけ!」
「だって…この人は…この人は…!」
クレアがトロルの方を振り返ったその瞬間、飛び散ったものは…
「ば…馬鹿な……」
血を噴き出し、倒れたのはトロルだった。
「この人は…、私のお兄ちゃんとお父さんの仇なんだから…」
クレアの手に握られていたのは剣。振り向きざまに瞬時に剣を抜いて薙ぎ払ったようだ。
全くの予想外の展開に俺は立ち尽くす。クレアもその場に膝を落とす。
「ああ…き…斬れた。私が振った剣で斬れて血が出た…」
おまけに何やらぶつぶつ呟いている。
(人を斬ったのが初めてなのか?いや、トロルは人ではないが。)
そんなことを考えていると
「クレア!」
最初に声を出してクレアに近付いたのは、母親だった。いつの間にか意識を取り戻している。
「お母さん!」
クレアも振り向き、二人は抱き合う。
「もう、あなたは本当に心配ばかりかけて!」
「ごめんね、でも、良かった。お母さんが無事で。」
「この子は、本当に……」
娘の功績のためか、無事のためか、母親は涙を流しながらも笑顔だった。
(良かったな。クレア。)
その雰囲気を壊さないよう、俺は村人達がそちらに注目している間にその場を去った。




