寄生された少女
魔王の寝室。他の部屋より広めで、ベッドも少し大き目なので、俺を入れても子供二、三人余分に眠れるだけのスペースは十分にある。
「心細くなったら、いつでも言って下さい!」
数分前にクレアがそう言っていたのが思い起こされる。そして現在、クレアは安らかな寝息を立てていた。何とも無防備な。試しに前髪をかきあげてみるが、何の反応もない。
(くそっ、モヤモヤするな。)
俺は天井を見上げながら、どうすべきか考える。そうしている間に、俺の瞼は次第に重くなっていった。
■■■
「ん…?」
夜中、クレアは何の気もなく目を覚ました。横を見ると、魔王は静かに寝息を立てていた。
クレアはそっと手を伸ばすと、魔王の髪を優しく撫でてみた。起きる様子はない。起こすつもりもなかった。ただ、何となくそうしたくなっただけだった。そのままベッドから抜け出し、部屋を後にする。
部屋を抜け出し、クレアが辿り付いた先は城の屋上だった。月が綺麗に見えている。クレアは月を見上げながら物思いに耽っていた。
(魔王様、私のお願い本当に聞いてくれるかな。私、まだ魔王様の役に全然立ててないし。)
そう考えているとき、彼女の髪飾りがぼんやりと赤く、光を発する。
(まったく、何やってるの。今がチャンスでしょうが。)
どこからともなく、頭の中にデリーの声が囁く。
(何だろう……頭がぼんやりする。)
まるで催眠術にでもかけられているように、クレアの目は眠たげに半分閉じる。
(私……どうしたらいいの?)
(もういいわ。何も考えなくて。後は何とかしてあげるわ。ただし、動くのはクレア、あなた自身よ。)
髪飾りの赤い光がぼんやりとクレアの体全体を包む。クレアは体中が温かく、そして、何かを求めて止まない気分になっていく。そっと胸に手をやるが、心臓の鼓動は別段いつもと変わらなかった。
赤い光が消えると、クレアの髪飾りが外れ、ぽとりとクレアの足元に落ちた。髪飾りからまるでスライムのようなゲル状の体が姿を現していく。クレアはその様子を何の気もなく眺めていた。
髪飾りは芋虫のように這いだすと、クレアのドレスの裾から中へと入って行った。ドレスの内部に入った髪飾りは、クレアの靴に貼り付くと、そのままゆっくりと、クレアの足から腿へと歩みを進めていく。下着から腹部を通り、そして胸元を覆う水玉模様のブラの上に乗る。
(魔力の補給は、胸元からが効率が良いからね。あなたにはアビリティはないけど、魔力があるみたいだから、それを分けてもらうわ。)
芋虫状の体が脈打ち、魔力を飲み込み始める。クレアは、胸元から聞こえる声の方をただ黙って見ていた。
(んん。やっぱり布越しだと少々魔力が吸収しにくいわ。やはり肌に直接付くべきね。)
芋虫はブラの上を登ろうとしたが、その拍子に体を滑らせ、床の上へと落下した。体を動かそうにも、逆さになり起き上がれない。
(むむ、私としたことがこんなドジを踏むとはね。遠くから操作するのって難しいわ)
起き上がろうともがいているところ、クレアは髪飾りの上から移動した。そのままじっと床でもがく髪飾りを見つめる。髪飾りの前で、クレアはゆっくりと横たわる。するりとドレスの上半身を肌け、髪飾りを自分の胸の膨らみ、ブラへと抱き寄せた。
(驚いたわね。これは母性っていうのかしら?そんなことより。)
触手は足を懸命に伸ばし、そこで胸の膨らみに直接触れることができた。先程とは比べ物にならない効率で魔力を吸収すると、ムクムクと体が肥大化する。自分の胸に抱き付く大きなスライム状のものを、クレアは手を回し、まるで子供をあやすように抱き締めるのだった。
(よし、もう良いわね。)
髪飾りは魔力を十分に吸うと、再び体を小さく圧縮する。
(後は、形状は自由に変えられるわ。大きくしたり、小さくしたりもね。では、頼むわよ、クレア。)
髪飾りの呼びかけにクレアは頷き、自分の胸に髪飾りを乗せると、髪飾りはクレアのブラの中へと入って行った。クレアは再びドレスを着直し、その上からそっと胸を撫でた。
■■■
夜更け。俺は何かの気配を感じて目を覚ました。そっと目を開けて横を見ると、ベッドの横にクレアが立ち、こちらを見つめていた。
「あ、ごめんなさい、魔王様。起こしちゃいました?」
「いや、何となく目が覚めただけだ。」
俺はクレアの様子を見る。彼女の眼が虚ろになっている。眠たいのだろうか?
「眠いのなら、もう寝た方が良いぞ。」
「そうします。私もすぐ寝ますから、魔王様も先に寝ていて下さい。」
「ああ。」
目が覚めたとはいえ、まだ夜中だ。眠いことに変わりはない。俺は再度目を閉じて眠りにつこうとした。数秒経過したが、クレアがベッドに入ってくる気配がない。どうしたのだろうと思ってうっすら目を開ける。
そこで俺の目に飛び込んできたのは、こちらを目掛けて剣を振り上げるクレアの姿だった。
「なにっ!?」
剣が振り下ろされる直前で、転がって身をかわした。ベッドの上に剣が突き刺さる。俺はベッドから床に飛び降りてクレアに向き直る。
「何故……」
聞こうとして、すぐにその気は失せた。
(何故こんなことをする、だって?俺が魔王だからだ。それ以外に理由なんて必要ない。)
クレアはこちらとの間合いを詰めると、剣を振り下してきた。連続で来る攻撃に、俺は避けることに徹するが、不意に背後に何かが当たる。
「!?」
すぐ後ろに壁があった。部屋の中というのを失念していた。いつもの玉座の間ではない。間髪いれず放たれるクレアの剣を、横に跳んでかわした。クレアが再度間合いを詰めようとした瞬間、自らのドレスの裾を踏んで盛大に転んだ。
「おいおい、ドレスで動き回るからだぞ。」
転んだクレアはゆっくりと起き上がった。ここで俺は違和感を感じた。
(転んだというのに悲鳴も上げないし、無表情だ。なんだか変だぞ。)
起き上ったクレアは、ドレスに手をかけると、するりと脱いだ。パサリと小さな音をたてて、ドレスがクレアの足元に落ちる。
「お、おいお前!?何をしている!?」
反射的に俺は目を逸らした。その瞬間、早い突きが飛んできた。何とか横にかわしたが、剣先がかすり、服の袖が避ける。クレアの方に目をやると、クレアのドレスの下は何も付けていないわけではなかった。
白いレオタードのようなものを身に纏っていた。とはいえ、その表面は綿のようにもこもこしているので、本当のレオタードというわけでもなさそうだ。レオタードより上の、肌が露出した部分には水色のブローチが付いている。
無論、見惚れている場合ではない。身軽な服装になったクレアがこちらに斬りかかってきた。先程よりその速度は飛躍的に上がっている。かわしきれないと踏んだ俺は、爪を伸ばして剣を防御した。クレアが剣に力を入れて押してくる。その力は思ったより強く、俺は押されかける。
俺は剣を上に振り払った。クレアがバランスを崩しかける瞬間を狙って、今度は俺から間合いを詰めた。クレアが剣を振るより早く、俺は両手でクレアの両手首を捕まえた。
「どうしたんだ、クレア!?誰かに操られているのか!?」
こちらに対する殺気は零。そして、表情一つなく、転んでも、こちらに手首を掴まれても、何の反応も示さない。寝ぼけている可能性もあるが、転んで目を覚まさないなんてことはまずないだろう。そうなると、操られているという答えが一番しっくりくる。
「ん……んん…」
クレアが初めて、呻くような声を上げる。そして、無表情だったその瞳に少しずつ感情が戻ってくる。
「あ…れ…?魔王様……?それに、ここは…?私、何して……?」
まるで今起きて寝ぼけているような様子だ。クレアの様子を見て、俺は掴んでいたクレアの両手首を離す。
「正気に戻ったのか、クレア?」
「正気…?何の事……?」
クレアはこちらの言っている意味が理解できないというようにきょとんとした顔をする。そして、
「え!?何で私、こんな恰好を!?」
自らのレオタード姿に驚く。無理もないことだ。
「一体、何があったんだ?何か覚えていないのか?」
「えっと、確か、夜眠れなくて、ちょっと月を見に屋上に行って……」
クレアは思い出そうとして宙に目を泳がせる。
「そうしたら、頭の中に声が聞こえてきて……」
「声?」
俺が訪ねたとき
「そうよ。この私の声がね。」
どこからともなく、女口調の男の声が聞こえてきた。
「誰だ!?どこにいる!?」
俺は周りを見回すが、誰かが隠れている気配はない。
「あ、出てきちゃ駄目!」
クレアが慌てる。
「ここにいるわよ。」
クレアの忠告など聞かず、謎の声はそう告げる。次の瞬間、レオタードの胸より上に人間のような眼、そして胸元には口のような形の皺が寄っていく。
「お前は……!」
予想外の登場の仕方に俺の方が面食らう。
「私の名はデリー。クレアのパーティーメンバーの魔導士よ。夜まで魔王退治だなんて、眠くて仕方なかったのよ。なのにあなた達は気持良さそうに眠って。」
不満そうに話すと、堪えていた眠気を発散するかのように口を大きく開いて欠伸をする。相手方は今、クレアが着ているレオタードの一部だ。レオタードが口を開くに従って、クレアが中に付けていた水玉模様のブラと、それに包まれた胸の膨らみが顔を出していく。その胸は大きすぎず、かといって小さすぎるでもなく、付けられたブラの大きさにちょうどフィットしていた。
「きゃあっ!!」
クレアが気付き、顔を赤く染めて両腕で胸を抱きしめるようにして隠す。
「ちょっと、抑えつけないでよ。話しにくいじゃない。」
「う……うん……」
デリーに言われ、クレアはしぶしぶといった感じで手を離す。
「クレアのパーティーメンバーが、何故こんなことをする?」
「元々私達のパーティーは魔王を討伐するために結成されたものよ。でも、このクレアだけは殺気がないというか、どうも魔王を倒そうという意欲が見られなくてね。
魔王との会話を聞いていれば、案の定、魔王の奴隷になりたいだとか、血迷ったことを言い出してね。そういう事態を想定していたからこそ、こちらも事前に手を打っていたわけよ。」
「お前は、仲間を利用したというのか?」
「仲間も何も、魔王討伐の目的さえ達成すれば私にとっちゃ赤の他人よ。情なんてものはないわ。どう使おうと私の勝手。それに、魔王を倒せば世界は平和になって結果オーライって奴よ。」
デリーが会話している間にも、レオタードの口はパクパクと動き、ブラがちらちらと見え、クレアは顔を赤らめる。
「私のアビリティは、操りの術。意識のない者か、こうしてマジックアイテムを介して相手を操ることができる。それにしても魔王。どうやらあなた、このクレアとやらに情が移ったようね。そうでなければ、とっくにクレアを始末しているはずだからね。」
「ふん、どうかな?私は魔王だ。人間の少女一人殺すことができないとでも思っているのか?」
俺は何とか虚勢を張ろうとする。こちらがクレアを攻撃するつもりがないことを見抜かれたら、完全に相手のペースに嵌ってしまう。とはいえ、そんな簡単には通用しなかった。
「ふ~ん、ならどうぞ?今ならクレアをお好きに始末しても良いわよ?」
クレアの両腕がぴんと左右に引き伸ばされる。まったくの無防備の状態だ。
「体が……動かない…!?」
クレアが呆然とする。武器も手に持っていない。始末しようと思えばすぐにでもできる状態だ。
「姑息な事を……!」
こういう時こそ、頭の使いようだ。ではあるが、元々俺の頭はそう良くない。学校の授業だって、基本問題は解けても応用問題は解けないのだ。
「魔王様……」
クレアが怯えた表情をこちらに向ける。
(そんな顔をするな。俺だってどうしていいのか分らないんだ!)
数刻後、クレアの体から呪縛が解かれ、腕を下げられる。
「もういいわ。タイムオーバーよ。これでクレアにあなたが攻撃できないことが証明されたわ。クレア、これなら負けることはないんだし、楽勝でしょ。」
「待って!魔王様が本当に私を攻撃できないなら、尚更私には魔王様を倒せないよ!」
クレアがデリーに訴えかける。
「だって、それは魔王様が悪い人じゃないってことだから。魔王様がノエルの王子様やお姫様を殺したことは私にも分かってる。でも、きっと何か事情があったはずよ。
だから、ここは私に任せて。話せばきっと分かってくれるよ。」
デリーを説得しようとするクレアを見て、彼女は見た目によらず、強い心の持ち主だと思った。デリーは、クレアを魔王討伐の道具として利用しようとしたのだ。そのことを恨むわけでもなく、彼女は彼女なりに、最善の解決法を考えていたのだ。
それが相手に伝わるかどうかは全くの別問題だが。
「なるほど。あなたの考えは分かったわ。こんなやり取りは野暮ね。じゃ、後はあなたに任せようかしら。」
そうして、レオタードから顔が消えていった。
「えっ?」
一見元の姿に戻ったレオタードの胸元をクレアは試しにそっと撫でてみる。ふわりとした、高級な綿のような感触が返ってくるだけで、それ以外は何もない。俺も妙だなと首を捻る。悪い奴というのは、話が通じないから悪い奴なのだ。こうもあっさり手を引くことがあり得るのだろうか。
すると、次の瞬間、クレアのレオタードの背から白い天使のような羽が生えてくる。同時に、足元は白いブーツ、手元には同色の薄いグローブ、頭の上にはティアラが出現する。俺は何事が始まったかと思って目を丸くする。クレアも異変に気付いて、鏡の方に目をやって自分の格好を確認する。
「すごい、これ、まるで天使みたい。」
クレアが率直な感想を口にした。俺も同意見ではある。魔王である俺のことを悪い者ではないと言ってくれた後でもあり、白を基調としたクレアの衣装は本当に天使のようだった。
とはいえ、問題なのは、何故デリーとやらがこんな衣装を作り上げたのかだ。普通に考えるなら、何かある。
やがて、俺達には見えない衣装の内側で一つの目と、大きな口が浮かび上がっていく。口はゆっくりと舌なめずりしながら、目の前のクレアの体に狙いを定める。
一方でクレアは、
「分かってくれたのかな。デリーも。」
もう一度レオタードの胸元を優しく撫でた。クレアにとっては、曲がりなりにも共に冒険をしてきた仲間なのだから、彼を信じたい気持ちがあるのだろう。
撫でられて情が移ったのか、中にあった顔はレオタードを張りつかせてクレアの胸元にぎゅっと抱きつく。
「ん?」
その違和感に気が付き、クレアは手を止める。
「クレア?やはり、その衣装に何かあるのか?」
俺がクレアに近づこうとすると、
「あ。」
クレアが自分の胸元の衣装を軽く引っ張って、
「ううん、何もないよ。」
自分で中を確認し、中に何もないと言って俺を制した。
「そうか。」
流石に俺が中を覗くわけにもいかず、見合わせる。
クレアはクレアでまるで自分に懐くかのような衣装を敵だとは感じなくなり、咄嗟に庇った。クレアは再び視線を胸元にやり、引っ張っていた衣装を戻す。衣装は見つかりそうな恐怖のためか、しばし固まっていた。
「これ、可愛いし大事にしたいな。」
クレアがそう言って、まるで我が子をあやす様に衣装をさっきよりも優しく撫でると、衣装は再びクレアに抱きつき、更に胸元に頬擦りするように僅かに擦れる。そんな様子をクレアは優しく微笑んで見守る。
(悪い子じゃ、ないよね。)
そう思いながら。




