表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

小話  ●使用人は見すぎ

 残念な使用人A視点本編ダイジェスト

 旦那様が、未来の奥方を連れていらした日のことをよく覚えております。


 あんなに王族としての伝統的な振る舞いを軽視し、幼き頃よりお仕えする我ら使用人の介在すら時に疎ましくお思いのようだった旦那様です。

 よもや、客人の為に自ら我らに最大のもてなしを依頼するなど、この屋敷の誰が思ったでしょうか。しかも来客は当日の午後で、晩餐を共にするなどとおっしゃるではありませんか。青天の霹靂とは正にこの事。


 え、なぜ陛下とお呼びしないかって?

 このお屋敷は、あくまで御自宅なのです。私共使用人は、王としての旦那様ではなく、このお屋敷の主としての旦那様個人へとお仕えする身。

 重要なお立場であるからこそ、公私を分けられることは心身ともに大切なことでしょう。とはいえ、不精な旦那様ですので、隣の公館より書斎へと自ら仕事を持ち込んでおられます。

 完全に公私を隔てるなど無理でしょうが、もう少しご自愛いただきたいものです。


 さて、急な来客について話を戻します。

 普段の旦那様は腹に入れば良いとばかりに、質素で簡素な食事を好まれます。故に、来客用の食材も献立も大慌てでの決議です。

 調理人は国一番の宿で腕を磨いたにも関わらず、その腕が腐る事を嘆いて半ばやさぐれ、調理場で心を癒すべく大切な銅鍋を一つ観葉植物用の鉢植えにしてしまっていたほどなのです。


 皆その日は興奮気味に、各々の力を発揮すべく立ち働いておりました。そして最も格式高い部屋での夕餉(ゆうげ)をと張り切ったのですが、旦那様はお気に召さなかったご様子。

 それもその筈です。

 旦那様がお連れになったのは、確か幼き頃に懸想なされていた旅人のご身分の方ではありませんか。しかも、うら若き女性です。此度は女性の気を引こうと躍起になる若い殿方だったのでございます。席の距離が近い、狭い部屋にてロマンチックに過ごしたかったに違いありません。


 あまりに異例の事に、お客様のことをお聞きするという基本的な事をすっかり失念しておりました。これは私共の失態であります。


 普段の素っ気なく気難しい旦那様はどこへやら。甲斐甲斐しく女性を気遣っておられます。ようやく、仕事一辺倒だった旦那様にも発情期、もとい、春が訪れたようです。

 そのお姿を目を皿のようにし、一同ニヤニ……微笑ましく見守りました。


 しかし旦那様も、いきなりハードルの高いお相手に挑戦したものです。その心意気や良し。

 ですが世界を股にかける旅人の女性にしてみれば、王様の皮を被ってなければ旦那様など(うぶ)すぎて手玉に取るどころか、鼻息で転がせるほど面白みの無いお相手ではないでしょうか。

 世間ずれしていないお坊ちゃまですから、自信満々の鼻をへし折られたとて良い人生経験ではございます。失敗しても我らは変わらずお仕えするのみ。


 とはいえ失意の殿方の扱いは大変面倒でございますし、旦那様はへそを曲げるとすぐ書斎に篭ってしまわれて、我らも仕事が大変遣り辛いことこの上ないのです。

 ともかく旦那様の色恋の行方を、生暖かく見守ることにしましょう。




 とまあ、そのように少々意地の悪い心持ちでいたのです。

 私は旅人の女性のお世話係の任をもぎ取……賜り、しばしお二人のご様子を伺っていたのですが、どうやら旅人の(かた)も旦那様に負けず劣らずの純情ぶり。しかも、あの旦那様ですらリードできるほどの乙女ぶりなのです。あまりにもチョロインではありませんか?

 こんな調子でよくも旅など続けてこられたものだと驚嘆してしまいました。


 これはこれで困りものです。私は大穴目当てなどではなく忠誠心故、皆が旅人側へ賭けているところを旦那様へ賭けたのですが、これでは一人勝ちで恨まれて……コホン、今のお話は何も聞こえませんでしたね?

 言い直しますと、これではあまりにじれったく、結果がうやむやになる危険すらはらんでおり由々しき事態でございます。

 ここまであからさまな態度で接しておりながら逃げられてしまっては恥でございますよ。

 王の黒歴史がまた一頁――なんて増えても全く喜ばしい事ではありません。そういうことは少年期までに卒業していただきたいものです。



 しかしながら幸いなことに、旅人の女性も、旦那様にかなり好意を寄せておられるようです。純情な方ですのでかなり直接的な意思表示や反応を見せております。

だのに、そこは鈍感な旦那様。華麗にスルーしてしまわれます。

 旦那様をよく知らぬお方が見れば、駆け引き上手とでも申すところでしょう。残念なことです。


 旦那様の方も、ちょっと良いところ見せちゃおっかな~と馬を走らせてみたり、思い切って直接的に屋敷へ足止めしてみたりと幼稚な画策をされております。

 しかし遺憾ながら、純粋な旅人の方も、まんまと稚拙な策に嵌っておりまして、これはいけますよ旦那様と思わず声援を送るところでした。空咳で誤魔化したので旅人の方には気が付かれなかったと思います。


 それなのにです。せっかく釣り上げられてくれた魚に目もくれず、あろうことか旦那様は別のことに気を取られているご様子。恋焦がれる相手が目の前にいるのですよ旦那様、一時のアバンチュールくらい良いではありませんか、仕事のことはこんな時くらいお忘れください、このような歩みでは逃げられてしまいます! そう何度叫びが喉から出掛かったことか。




 ここは我らがお助けせねばと、痺れを切らした使用人一同で如何にお二人が仲睦まじいかをあることないこと、お噂を立てておきました。外堀から埋めるのは戦の基本でございましょう。もちろん軍の方へも御者へ噂を流すようお願いしておきましたので、現場で散々弄られたはずです。

 ななななんで知ってるのと狼狽し、部下の前で威厳を取り繕おうと苦心される旦那様の御姿がありありと浮かびますね。



 時折、あの鼻持ちならない所詮中間管理職の分際である執事が、茶々を入れているのには大変苛つかせられました。通路の掃き掃除がてら、その干した鰯のような痩せた身体を大外狩ってやろうかとの思いはどうにか心に仕舞っておりましたが。


 しかし翌朝のこと。旦那様の艶々とその御顔が光源かのように燦々と輝く朗らかな笑顔に、私も溜飲を下げました。前夜、大層げっそりしてお帰りでしたので、きっと私共の噂で部下に散々(けしか)けられたのでしょう。よくぞ踏み越えられましたと、私も誇らしく思ったものです。

 これでしばらくは、私共も玩具、いえ仕事に事欠かないだろうと安堵し、期待に胸を膨らませていたのです。



 ところが、その夜の旦那様の今朝との落差はひどいものでした。

 私共も、一時唖然としてしまいました。一体何が起こったというのでしょう。旅人の方が、少々思い悩んでおられたご様子なのは気付いておりましたが、突然の失踪です。幾ら旅人といえども、それまでの彼女自身の態度とは繋がりません。行方を探そうと必死になっておられる旦那様のお姿はおいたわしいものでした。


 軍の者には、夜の探索はままならぬものなので明日な! と軽く追い払われたようです。

 ああ見る間に旦那様が暗黒時空を生み出しかけております。片手でご自分の顔を半分隠し「くっこれまでか……っ!」などと呟いております。なりません、闇落ちには早過ぎますよ旦那様!



 その日の仕事を終えるべく、裏庭で他の使用人らと掃除道具を片付けようとしていたときのことです。勝手口から続く廊下を執事が通りかかり、嬉しそうに薄笑いを浮かべるのを見てすぐさま気が付きました。何かをやらかしたのはコイツだと。

 その刹那(しゅんかん)、地面に横たわる熊手の先を爪先で踏んで跳ね起こすと、柄を手に取りつつ叫んでおりました。


「来たれ我が腕にっ! 掻き踊る琥珀の槍身スピニング・ベアークロウラー!!」


 即座に周りの使用人らから羽交い絞めにされたのは不覚でございました。

 能力を隠しながらの訓練は辛いものですが、次の休日には姿見に向かって動き易さと美麗さを追求したポーズを編み出すことに費やそうと心に固く誓ったものです。

 悔しさに歯噛みする私を執事は怪訝そうに一睨みくれましたが、我が身をまとう殺意の闘気など意に介さず去って行ったのです。屈辱千万。


 我らの楽しみを奪った恨みつらみは永年の呪詛となり昏い焔へと姿を変え、その愚身を無限に焼尽くさん!


 どうにも魂が震える言葉が足りません。訓練は、もっとパンチの効いた詠唱を考えることも加えることにしました。



 翌日は気が重い中、執事の下品な宴の準備に追い立てられます。

 これも仕事です。胸中で怨念の糸を紡ぎ、冬場はより寒くなる上着を編み上げるくらいの憂さしか晴らせません。

 しかしお客様の大半は、気の良いこの街の商人達です。官民一体の互助組織である商工議会員の方々もいらっしゃいます。皆様単純に出不精な旦那様への謁見の機会を喜んでおいでのご様子。開催者が不愉快な者といえども、無碍にはできません。


 一部、執事から格別丁重に扱うよう念を押された、海向こうから足を運んだ金色の玉姫には顔を顰めさせられました。外見の金ぴか目潰し装束と裏腹に、この方の足元から漂う常闇の底から這いずり出る血塗られし(あぎと)が獲物を狙わんと開いているのです。一言で言うと、感じ悪い、です。


 そんな訳で記憶から抹消しかけておりましたが、時折商取引の際にくっついて来ていたのを思い出しました。小賢しい娘っころが、よくぞここまで邪悪に育ったものです。心の安寧のため、後でお祓いでもしておくことにしましょう。



 会場へ皆様をご案内していた時、かの人は現れました。素朴で押し付けがましくない品を匂わせる貴婦人。我が目を疑いました。

 ですが、その程度の幻影能力で私を欺こうなど笑止。即座に展開された我が精神素子感知領域エレメンタルマインドリフレクションが、その貴婦人の頭部から純情花伝ピュアリーフラワーフィールドを捕捉したのです。

 無論、わざわざ能力で窺い見るまでもなく、旦那様のアチラの技能にドン引きして出て行ったかと私共が勝手に思って噂していた、旅人の女性ではないですか。


 そのお気遣いとお悩みに今更ながら気付き、密やかに涙しました。私も同じ女性ですから、愛する殿方の前では、少しでも美しく見ていただきたいという願いについて考え及ぶべきでした。私共から旦那様に進言していれば、無用な心配をおかけせずに済んだかもしれないのですから。




 旦那様は昼も大分過ぎてからお戻りになりました。急ぎ旅人の方のご帰還をお知らせします。しかし気の逸る旦那様をお引止めし、執事や屋敷所持の馬車と共に、旅人のお姿と、どうでも良いのですが金の玉姫も、開催直後よりお見かけしませんとお伝えしました。

 言うが早いか、旦那様は何かに思い至ったのでしょうか、仕事用の面の皮を被りなおすと、部下と共に颯爽と駆け出していきました。やはり仕事と欲に打ち込むお姿は、殿方を彩る素晴らしいスパイスでございますね。



 それにしても、執事の凶行には驚かされました。いくらあの細い鉤鼻を金下ろしで磨り減らしてやりたい程度には苛立たせられていたとはいえ、私共同様に先代から仕え、仮にもこのお屋敷を任されていた立場の者でしたから。

 よもや執事の見栄の為に開かれたような下品な宴会への準備に駆り出され、目が届かぬ内に旅人の方が拉致されておられたなど、私としたことがなんという落ち度でしょう。

 もっと早い内に、うっかり絨毯に簀巻きにして日干しにしておくべきだったのです。



 何があのゴボウ執事を悪事に駆り立てたのでしょうか。いやいや元から底意地が悪かったですわね、そういえば。ああいった輩には切っ掛けなど些細なことで構わないのでしょう。全く嘆かわしいことです。悪意はもっと純粋な邪悪を目指すべきなのです。なんでも中途半端はいけません。何事も努力です。


 しかし人の欲とは行き着くところまで行ってしまうのでしょうか。危うく我が国随一の文化遺産である神塔と共に、旦那様の青春も燃え尽きるところだったのです。

 これは洒落になりませんでした。万死に値する行為です。あら、それは金玉姫のせいでしたっけ。まあこの際どちらでも構わないでしょう。



 それにしても、禄でもない輩がこんなに巣食っていたとは油断も隙もありません。基本が能天気な気風の国ですから、悪いことへもノリノリで突き進んでしまったのでしょうか。主導は狡猾な海向こうの商人、金ぴか姫の父親だった訳ですが、どうやら本国でも悪さをしていたようで、外交問題に発展することがなかったのはせめてもの救いでした。



 悪事の規模が大きく後始末は大変なことになり、私共もなかなか休めず目の下に隈を作ることになってしまいました。そのことだけでも恨みをこめた執事人形を深夜に神塔の森にて打ち付けて歩きたいところです。

 ですが皮肉なことに、執事が道を踏み外したことによって、旦那様と旅人の方の絆は強まったようでございました。


 これが贄の力か――――。


 いえ違いますわね。考えてみれば、初日からお互い想い合っておいでのようでした。放っておいてもお二人の恋の行方に問題はなかったのかもしれません。

 旦那様の本気が見て取れただけに、やはり私共も少々調子に乗っていたのかもしれませんね☆


 無事に挙式まで漕ぎ着けた初々しいお二人の姿に、使用人一同初心に返らねばと気を引き締め直したのでございます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ