第5章 許す資格
ユアンが20歳になった日、食堂には小さなケーキが用意された。
砂糖は貴重品だった。
苺はなかった。
それでも、誰かが赤いジャムで「20」と書いていた。
「おめでとう」
兵士たちが拍手した。
ユアンは嬉しそうに笑った。
その夜、彼はエリオに言った。
「司令官。俺を正式に入隊させてください」
「理由は」
「命を救ってもらいましたから」
「それだけか」
「俺の命は、解放軍のものです」
エリオの表情が硬くなった。
「違う」
「え?」
「君の命は、君のものだ」
「でも、俺は……」
「感謝するなら、長生きしろ」
それから少し考えて、エリオは付け加えた。
「ほかにやりたいことがあるなら、それをやればいい」
ユアンは困った顔をした。
「そんなこと、急に言われても」
「ゆっくり考えなさい。君はまだ20歳なんだ」
翌朝、ユアンに手紙が届いた。
母からだった。
いくつもの中継地を経て届いた封筒は、角が折れていた。
母は、上の姉が働く工場で勤務時間が減ったこと、下の姉が学校に通っていること、庭の花が咲いたことを書いていた。
近況のあとに続く文字は、筆圧が強かった。
┌────────────
あなたが生きていたことは嬉しいです。
でも、お父さんが命をかけて守った国から、あなたが逃げてしまったことを、母親としてどう受け止めればいいのかわかりません。
政府にバレれば、私たちの年金も止まるでしょう。
そうなれば、私の稼ぎとお姉ちゃんの給料だけで、どうやって暮らしていけばいいのか、私にはわかりません。
ほかの家の息子たちは、いまも戦っています。
あなたのことを許せる日が来るのか、私にもわかりません。
└────────────
ユアンは、その手紙をエリオに見せた。
「やっぱり、母さんは俺を許せないんです」
エリオは最初、黙って読んでいた。
2度目に目を通したとき、椅子を引く音がした。
「許す?」
声が低かった。
ユアンが顔を上げた。
「君が死ななかったことをか」
「司令官……」
「お母さんは、君の代わりに戦場へ行くのか」
「いえ」
「君が死ぬとき、君の代わりに死んでくれるのか」
「そんな……」
「なら、何を許すというんだ」
エリオは手紙を机に置いた。
「安全な場所に立っている人間が、死ぬことを拒んだ人間に向かって、許すだの許さないだのと言う。私は、そういう卑怯さが一番嫌いだ」
ユアンは震えていた。
「でも、母さんは悪い人じゃありません」
「私は、君のお母さんが悪人だと言っているんじゃない」
エリオは声を抑えた。
「君のお母さんが、君の命を裁く資格を持っていると思っている。そのことが許せないんだ」
「母さんは父さんを亡くしてるんです」
「知っている」
「だから、父さんが守った国を……」
「では、父親を失った息子は、母親のために死ななければならないのか」
ユアンは答えられなかった。
エリオは立ち上がり、窓辺へ歩いた。
「君のお母さんは、君を愛しているんだろう」
「はい」
「君も、お母さんを愛している」
「はい」
「なら、そのままでいい。ただし、愛している相手に、生きる許可を求める必要はない」
ユアンは、手紙を胸の前で握りしめた。
母を責められるのは嫌だった。
だが、自分のためにこれほど怒ってくれる人がいることが、どうしようもなく嬉しかった。
母に謝りたい気持ちも、消えなかった。
その夜、ユアンは返事を書いた。
最初の下書きは、こう始まっていた。
┌────────────
母さん、逃げてしまってごめんなさい。許してください。
└────────────
ユアンはその1文を消した。
長い時間、机に向かっていた。
そして、書き直した。
┌────────────
母さんに許してもらえなくても、僕は生きていたいです。
└────────────
翌朝、彼は再び入隊を申し出た。
「また同じ話か」
エリオは苦笑した。
「違います」
ユアンは首を振った。
「俺みたいに、自分のことを卑怯者だと思っている人を助けたいんです」
エリオは、しばらくユアンを見ていた。
「では、入隊を認めよう」
「ありがとうございます!」
「ただし」
エリオは指を1本立てた。
「君の命は、軍のものではない。退隊したくなったら、いつでも言え」
ユアンは敬礼した。
そのとき彼は、その条件の意味をまだ十分には理解していなかった。




