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男性解放軍  作者: 平田智剛


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第4章 裏切り者

ユアン・フェルクは、自分を卑怯者だと思っていた。


その考えは、南極に来てからも消えなかった。


ユアンの祖国ベルガ共和国では、男性は原則として20歳になる年に召集される。


法律上の対象は18歳以上だったが、大学生には卒業までの猶予があった。


ユアンも、大学に通っていた。


隣国との国境紛争が激化すると、その猶予は打ち切られた。19歳の彼にも、召集令状が届いた。


母のミラは、封筒を握りしめて泣いた。


23歳と21歳の姉たちは、封筒を覗き込んだ。下の姉が、戦争はいつ終わるのかと尋ねた。


ユアンには答えられなかった。


父親は、7年前の戦争で死んでいた。


家の棚には、父の写真と、国から授与された勲章が飾られている。


母はその勲章を、毎週磨いていた。


召集の日、ユアンは玄関で靴紐を結びながら言った。


「母さん。俺、死にたくない」


母は何も答えなかった。


「父さんみたいにはなりたくない」


その瞬間、母の表情が変わった。


「そんな言い方をしないで」


「でも」


「お父さんは、国を守ったのよ」


ユアンは黙った。


母は泣いていた。


姉たちは、母とユアンを見比べていた。


「母さんたちを置いていけって言うの?」


そう言われたとき、ユアンには返す言葉がなかった。


母も、姉たちも愛していた。


故郷の小さな家も好きだった。


春になると窓辺に咲く白い花も、隣家から聞こえる古いラジオも好きだった。


けれど、それらを守るために死ねるかと問われれば、答えは決まっていた。


死にたくなかった。


軍に入って17日目、部隊が前線へ移動することになった。


その前夜、ユアンは逃げた。


ベルガでは、脱走兵の家族は年金の支給が打ち切られる決まりになっている。


それでも逃げた。


真夜中の輸送列車から飛び降り、森を抜け、3日間ほとんど眠らずに歩いた。


最後に辿り着いたのは、男性解放軍の連絡地点だった。


そこでユアンは、銃を向けられた。


「名前を言え」


「ユアン・フェルクです」


「所属は」


「ベルガ共和国軍、第11歩兵連隊」


「ここへ何をしに来た」


ユアンは泣き出した。


「お願いします。帰さないでください」


隊員たちは顔を見合わせた。


「俺、逃げたんです。母さんも、姉さんたちもいるのに。父さんは戦争で死んだのに、俺だけ逃げたんです」


「落ち着け」


「でも、死にたくないんです」


それ以上、言葉にならなかった。


ユアンはその場に膝をついた。


「俺は卑怯者です。でも、死にたくないんです」


数日後。


輸送機を乗り継いで南極へ着いたユアンは、基地の司令官室でエリオと向かい合った。


エリオは、机上の書類に目を通していた。


「ユアン・フェルク。19歳。ベルガ共和国軍所属」


「はい」


「君は、自分が脱走兵だと思っているんだな」


ユアンは俯いた。


「はい」


「違う」


ユアンが顔を上げた。


エリオは1枚の書類を差し出した。


「君は捕虜だ」


「……え?」


「男性解放軍が、君を捕虜として収容した」


「でも、俺は自分から……」


「我々の保護下に入った時点で、君の身柄は我々が拘束した。ヴァルド連邦との協定に基づく、捕虜収容記録も作成している」


ユアンは書類を見つめた。


そこには、自分の名前と、捕獲場所と、収容日が記載されていた。


「ベルガ政府には、君が我々に捕らえられていると通知する。脱走兵として引き渡せという要求には応じない。向こうが何と言おうと、我々はその立場で君を守る」


「でも、本当は逃げたんです」


「そうだな」


エリオはあっさり認めた。


「だが、君を拘束し、帰還を妨げている責任は、我々が負う」


「そんな……」


「ベルガ政府が文句を言うなら、私のところへ来ればいい」


ユアンの唇が震えた。


「俺、母さんを裏切ったんです」


「そうかもしれない」


「姉さんたちも……」


「そうかもしれない」


エリオは立ち上がり、ユアンの前にしゃがんだ。


「それでも、君は生きていていい」


ユアンは声を上げて泣いた。


エリオは何も言わず、その背中に手を置いた。


ユアンには、その手が父親のものに思えた。


母には、北方の拠点で手紙を出していた。


生きていること。自分の足で軍を逃げたこと。解放軍に保護され、南極へ移ること。


捕虜だという書類ができても、母にだけは、自分のしたことを隠せなかった。

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