第16章 判決
エリオ・ラウゼニクを裁く臨時国際裁判所の審理は、世界中に中継された。
裁判所は、国際軍の参加国が結んだ設置協定によって設けられた。
捜査と審理は長引いた。投降から判決が出るまで、数年が過ぎた。
その間、エリオ以外の構成員には、投降合意と暫定保護命令が適用された。拘束の必要がないと判断された者から、順に新しい生活へ移っていった。
WEG幹部が殺害された当時、ローヴェンの法には死刑がなく、ICCも死刑を科す裁判所ではなかった。
各国は、事件後に定めた特別規程へ死刑を置き、エリオの行為に遡って適用した。
弁護人は、法の不遡及を主張した。殺害が当時から犯罪だったことと、その刑罰をあとから重くしてよいことは別だ、と異議を申し立てた。裁判所への同意によって、その制限まで消えるわけではないと。
裁判所は、被告が特別規程の適用に同意しているとして、異議を退けた。
侵略戦争への加担、越境作戦、拉致、WEG幹部9人の殺害と遺体に対する行為。
エリオは、事実関係を争わなかった。
自分の指示であり、兵士が望んだからという理由で責任を消すつもりはないと述べた。
検察官は尋ねた。
「あなたは、それらの行為が法的に正当だと考えていたのですか」
「私の軍法では、正しかった」
「国際法に違反するという認識は?」
「あった。そちらでは、私は犯罪者だ」
検察官は、書類から顔を上げた。
「それを承知で、実行したのですね」
「法とは、暴力の執行方針だ。どこへ、どう使うかを決める」
エリオは答えた。
「私たちの方針と、君たちの方針がぶつかった。君たちのほうが強かった。それが、今ここに私がいる理由だ」
「あなたも、そのために兵士を使った」
「使った。否定はしない」
エリオは、検察官を見た。
「だが、法を強くするために、戦いたくない男の命まで材料にする。それだけは、どうしても許せなかった」
「今も、そう考えている?」
「変わらない」
ダニエル・オルヴィスは、故郷の写真を持って証言台に立った。
3分遅れる中央駅の時計。駅前のパン屋。母と妹が暮らしていた家。
「俺は、男だけが徴兵される制度を正しいとは思っていません」
彼は、エリオを見た。
「でも、俺は生きたかった。国も守りたかった。両方です」
写真を置く手が、震えた。
「WEGは、女性から見た平等のためなら俺たちが死んでもいいと言った。あんたは、男性からみた平等のためなら俺たちの国が滅んでもいいと言った」
エリオは動かなかった。
「俺がどう生きたいか、どっちも聞いてくれなかった」
「君の選択を奪ったことは、認める」
エリオは答えた。
「だが、君をあの戦場に戻してもよかったとは、今でも思わない」
ダニエルは頷いた。
「それなら、俺もあなたを許しません」
「そうしなさい。君に、私を許す義務はない」
エヴァも出廷した。
記録の真正性と、幹部たちが男性の被害を認識し、意図的に除外していたことを証言した。
資料を渡したその日に、9人が拘束されるとは予測していなかった、とも。
「私は、あの人たちに証言させたかった。誰が協力し、誰が利益を得たかを」
エリオは、彼女の証言を遮らなかった。
「あなたには、記録を確かめてほしかったんです。9人を殺すかどうか、決めてほしかったんじゃない」
エリオに下された判決は、死刑だった。
┌────────────
WEGの行為には調査と責任追及が必要である。しかし、その事実は、被告の行為を正当化しない。
└────────────
判決には、構成員への保護を確定する付随命令が添えられていた。エリオ以外の全員への死刑、拷問、報復の禁止。本人の意思に反する徴兵目的の送還の禁止。個別の公開裁判と医療の保証。
裁判所は、収容記録と出身国への通知、本人の証言を照合し、ユアンらの身分も確定した。
男性解放軍を正規の軍隊として承認する判決ではなかった。出身国の兵役と社会保障上の取り扱いについては、協定に基づき、不法武装組織に拘束された捕虜として扱う。その拘束を理由とする軍務への不在を、脱走とはしない。
拘束に先立つ逃亡についても、合意に従って処罰を免除し、脱走兵としての登録を抹消する。軍への復帰は強制しない。
家族の年金や給付を、本人の逃亡や不在を理由に停止することも禁じられた。すでに停止された給付があれば、遡って回復させる。ベルガを含む当事国は、その処理に従う義務を負った。
身分の確定と逃亡の免責は、殺害や拷問への一括した無罪の宣告ではなかった。各人の責任を問う場合にも、保護の条件は守られなければならなかった。
エリオは、弁護人へ尋ねた。
「私を処刑したあとも、その命令は有効なのか」
「はい。あなたの刑とは独立して、協定の当事国を拘束します」
エリオは、保護命令の頁を読み直した。
「それならいい」
彼は、上訴を断った。
WEGは解散した。記録は各地に保存され、徴兵制度に抗議する集会も開かれた。
独房に届く新聞には、それより大きく、9人の処刑方法が載っていた。
処刑の3日前、ユアンから手紙が届いた。
┌────────────
司令官へ。
俺は元気です。いまは小さな町で働いています。
母さんにも会いました。裁判所から、俺を捕虜として扱い、脱走兵の登録も抹消するという通知が届いたそうです。
父さんの年金も、これから先、俺のことで止められることはありません。
母さんは、泣いて謝ってくれました。
「捕虜でも、脱走兵でも、死ななくてよかった。生きて帰ってきてくれて、よかった。許せないなんて言って、ごめんなさい」
そのあと、うまく話せなかったことがあるからと、手紙をくれました。少し、写します。
「あなたのお姉ちゃんたちが生まれたとき、周りの男の人たちは、男の子は産めないのかと私を責めたの。
でも、あなたのお父さんは言ってくれた。
『お前は産む機械じゃない。産んでくれるのはお前だ。自分で産むわけでもない男が、安全な場所から責めるのは間違っている』
私は、あの言葉に救われたんだった。それなのに、あなたが死にたくないと言ったとき、私は安全な家にいて、あなたを責めた。
お父さんは、私を産む機械にするなと言ってくれた。その私が、あなたを年金を作る機械にしてしまった。最低だった。
あなたをお金に変えようとした私が間違ってた。
貧しくてもいい。泥水を啜ってでも、4人で生きていきましょう」
母さんは、姉さんたちと話し合って、年金を受け取らないという届を出していました。
俺も給料を家に入れます。これからの暮らしは、4人で相談して決めます。
母さんに許してもらわなくても生きるつもりでした。でも、生きて帰ってきてよかったと、母さんから聞けたのは嬉しかったです。
今度の休みに、姉さんたちと3人で出かける約束をしました。
基地を出て初めて迎えた誕生日に、自分でケーキを買いました。それからは、誕生日が来るたびに買っています。
司令官と一緒に食べることが出来ないのが残念です。
└────────────
エリオは、「生きて帰ってきてくれて、よかった」という箇所を何度も読んだ。
ユアンが、母親を裏切ったと泣いていた日のことを思い出した。
父親が母親を守った言葉が、いま、ユアンへ返されていた。
あの子はもう、生きて帰ったことを責められずに、家族のいる家へ帰れる。
手紙を折りたたみ、胸の前でしばらく持っていた。
肩の力が、少しだけ抜けた。
処刑当日、係官が、最後に言い残すことはあるかと尋ねた。
「息子たちには、長生きしてほしい」
それが、最後の言葉だった。
自分の行動を後悔していなかった。
記録は残った。男たちの死は、もう消せない。
エリオは、そう信じて死んだ。




