終章 割れた皿
エリオ・ラウゼニクの処刑から、30年が経った。
一部の評論家は、この事件を2つの私的法による殺害と評した。エリオは自分の法でマルタを裁き、国際社会は国際法の制約を外した巨大な私的法でエリオを裁いた。どちらの死刑も、実態は理不尽な私的殺害であり、人を殺す権力を縛るはずの公的法は、一度も機能しなかった、と。
ある都市の郊外で、数千人の信徒が白い服を着て集まっていた。
胸には、青い鎖の断片。
祭壇には、エリオの肖像画と、1枚の白い皿。
司祭が皿を掲げた。
「我らが父は、男たちの罪を背負い、その命を捧げられました」
信徒たちは頭を下げた。
「父の恩に報いるため、我らもまた、命を捧げねばなりません」
「捧げます!」
「我らの命は、誰のものでしょうか!」
「解放軍のものです!」
「もう1度!」
「我らの命は、解放軍のものなり!」
司祭が皿を床へ叩きつけた。
エリオの言った「国家という食器」を壊すために。
白い破片が、壇上に散った。
歓声の中で、次の信徒が新しい皿を運んできた。
これが、聖霜会の儀式だった。
祭壇の教典は、父のために死ぬ者を讃える頁で開かれていた。
┌────────────
君の命は、君のものだ。
└────────────
その言葉は、どの頁にも載っていなかった。
同じ日の午後、ある大国の政府庁舎で、非公開の政策会議が開かれていた。
担当官が、男性徴兵制度への抗議に関する報告書を配った。
「反対運動は、依然として続いています」
議長が尋ねた。
「抗議団体と、聖霜会との関係は?」
「ありません。主要な改革団体は、聖霜会を批判しています」
「世論は、区別していますか」
「ほとんど区別していません」
「結構よ」
担当官が、別の書類を重ねた。
「聖霜会への施設用地の貸付は継続しています。許認可についても、引き続き関係部署が便宜を図っています」
「私があの土地を用意したときの条件は、守らせているのね」
「はい。エリオを殉教者として祀ること。教団側も、その方針を維持しています」
「結構よ。彼は男だから、男を守りたかったんでしょう。立派な教祖様になったわね」
「はい。信徒の数も増えているそうです」
議長は、用地貸付の更新に関する書類を引き寄せた。
「今回の更新で、条件をもう1つ追加してちょうだい」
「どのような条件でしょうか」
「教団が編纂した公認語録を、唯一の一次情報とすること。それ以外の資料や研究成果は、すべて語録の解釈に用いる二次的なものとして扱わせるの」
担当官のペンが止まった。
「外部の知見によって、語録を訂正したり、否定したりすることも認めない、ということですか」
「ええ。エリオの政治利用を防いで、思想の純粋性を守るためよ」
「これだと、学問が発展しにくいですね」
「研究は続けてもらって構わないわ」
議長は、書類から顔を上げた。
「彼が正しかった理由を、まだ十分に説明できていないでしょう」
担当官は頷いて条件欄に書き加えると、次の頁を開いた。
「旧WEGの記録は、今も公開されています。削除はできません」
「公開したままでいいわ。誰も読まないもの」
議長は報告書を閉じた。
「騒がれたら、聖霜会の映像を流せばいいの」
会議室に、静かな笑いが起こった。
担当官も笑みを浮かべたまま、次年度の助成金審査に使う評価表を開いた。
発行元の名称は、WEGが解散した年に変わっていた。
男性だけの徴兵による死者数を記入する欄は、なかった。
「今年の男女平等ランキングについて、ご報告します」
「首位は?」
「今年も、わが国です」
議長は頷いた。
リヴィナ共和国は、今年も「世界一男女平等な国」と評価されていた。
会議が終わり、出席者たちは退室した。
議長は、閉じられた報告書の上に手を置いたまま、最後の1人が扉を閉めるのを待った。
「ペンは剣よりも強し。だから私はかつて剣を持った男たちを称え、代わりにペンを取り上げた」
「私だって女よ。女だから女の子を守りたい。ただそれだけ」




