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天才AIエンジニア、異世界でエモいAIと魔法を科学する  作者: 有馬零
第二章 黒猫族と星霜花

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第二十九話 禁忌の森への旅立ち

 全員の視線が、一斉にタオへと集中した。


 卓の奥に座る村長ティーシャが、片眉をわずかに上げて低く問う。


「タオ。自分が何を言っているのか、分かっているのか」


「分かっています」


 タオは村長の鋭い視線を正面から受け止めた。


「危険なのは承知しています。けれど、他に道がありません。母さんだけじゃない、倒れる仲間は日に日に増えています。このまま手をこまねいていたら、全員が苦しんで死ぬのを見届けるだけです」


「お前一人で、あの北の森へ潜り込むつもりか」


「一人のほうが身軽です。魔獣の縄張りを避ければ、群れに遭遇する可能性も減らせます」


「無謀だ」


 ティーシャの叱責が鋭く響いた。


「あの森の奥で力尽きれば、誰にも助けられず、何が起きたかすら村には伝わらん。ただでさえ戦士の少ないこの村で、お前まで無駄死にさせるわけにはいかぬ」


 タオは唇を噛み締めた。


 長老の言う通りだった。自分が命を落とせば、村の防衛力は大きく削がれる。


 だが、それでも引き下がるわけにはいかなかった。


「それでも、行かせてください」


 タオは深く頭を下げた。


「俺は、母さんを助けたい。父さんが命を賭けて守った仲間たちを、失うわけにはいきません。母さんも、見殺しにはできません」


 部屋に張り詰めた沈黙が流れた。


 ティーシャは目を閉じ、深い息を吐く。


「……お前の父親も、同じ目をしていた。一度守ると決めたら、誰が止めようと前へ出た男だった」


「父さんは、誇り高く戦って死にました」


「そうだな。そしてテルマは、その遺志を継いで一人でお前たちを育て、村を守ってきた。二人を知る私としても、お前を犬死にさせたくはない。だが――」


 ティーシャは目を開いた。


「このまま病に村を食い破られるのを待つことも、村長として許されん。北の森へ向かうことを許可する」


「ありがとうございます!」


「喜ぶな。条件がある。出発前に期限を決めておけ。その日までに星霜花が見つからぬなら、引き返せ。禁忌の魔女の気配を感じたら、背を向けて逃げろ。決して命を捨てるな」


「分かりました。必ず守ります」


 タオが頷いたとき、横から澄んだ声が割り込んだ。


「私も行きます」


 タムだった。


「何を言っている、タム!」


 タオが振り返る。


「森が危険なのは聞いただろう。お前は村に残って、看病を手伝うんだ」


「残らない。私が行かなきゃ、星霜花は見つけられない」


 タムは震える拳を握った。


「兄さんは剣も弓も使える。でも、植物の細かな違いは分からないでしょう? 星霜花には、よく似た猛毒の偽物もある。薬草の採集法や毒の見分け方を教わってきたのは私よ」


「シルに特徴を聞けばいい」


「特徴を聞くだけで、見分けられるとは限らないでしょう? シルは四人の重症者を診なきゃいけないから、村を離れられない。だから、私が行くの!」


 タムの目から涙がこぼれた。


「母さんが苦しんでいるのに、ここでただ祈って待っているだけなんて耐えられない。兄さんが迷ったら? 毒虫に刺されたら誰が手当するの? 私だって、テルマの娘だよ!」


 兄妹は互いを見つめた。


 タオの耳が苦しげに伏せられる。


 怒っているのではない。妹を危険な森へ連れていく恐怖に、葛藤しているのだ。


「……危険すぎる」


「足手まといにはならない。言われた通りに走るし、気配を消す訓練もしてきた」


 二人のやり取りを見守っていたティーシャが、卓を叩いた。


「タム。北の森では、戦えぬ者は重荷になる。タオが逃げろと言ったら従い、戻ると言ったら引き返すと誓えるか」


「誓います。何があっても、二人で生きて帰ることを最優先にします」


 ティーシャはタオを見据えた。


「タオ。妹の命、お前が背負えるな」


 タオは目を閉じ、静かに息を吸った。


「……必ず守ります。二人で生きて帰ります」


「よし。ならば二人で行くがよい。村の未来を、お前たちに託す」


 反対の声は、もう上がらなかった。


 ――翌朝。


 空はまだ群青色の薄闇に覆われ、森の冷気が足元に立ち込めていた。


 タオは革の鎧を着込み、片手剣と小振りの弓、矢筒を身につけた。背嚢には水と干し肉、火打ち石を入れている。


 タムは採取袋を肩から掛け、腰には薬草を根から掘り起こすための細身の小刀を差していた。


 出発の直前、二人はテルマの寝床へ向かった。


 戸が開く気配に、テルマが重い瞼を持ち上げる。


「……行くのかい」


「ああ。星霜花を取ってくる。母さんを、必ず治す」


 タオが一歩踏み出しかけると、テルマはかすかに首を横に振ってそれを制し、代わりにその唇を微かに綻ばせた。


 これから過酷な森へ向かう二人に、病をうつすわけにはいかない。手を握り合うことさえできない距離が、かえって互いの想いを強く伝えていた。


「無茶をするなと言っても……無駄だね。父親そっくりの頑固者め」


「母さんの子供だからね」


 タムも戸口で胸に手を当て、気丈に微笑んだ。


「私も行ってくる。一番いい花を見つけるから」


「タム……兄を頼んだよ」


「うん!」


 テルマは熱に潤む目で、愛おしそうに二人の姿を焼き付けた。


「……二人で、必ず生きて帰っておいで」


「約束する」


 小屋を出ると、朝靄の中に動ける村人たちが集まっていた。


 二人は深く一礼し、村の北側に伸びる細い獣道へ歩み出す。

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