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天才AIエンジニア、異世界でエモいAIと魔法を科学する  作者: 有馬零
第一章 始まりの大地

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第二十二話 エルバの復活

 深い闇の底で、完全に沈黙していた機構に、青白い雷電の奔流が叩き込まれた。


 ――ピキィン……。


 電子の励起音が、途絶していた回路を急速に駆け上がっていく。


《外部電力の急速流入を検知》


《サージプロテクタ作動――流入電流を蓄電キャパシタへ迂回》


《充填率八十一パーセント……主電源、強制投入》


《累積電断時間:百五十二日二十時間二十三分》


《エルバコア、コールドスタート完了》


 右眼窩の奥深くに埋め込まれていた極小の演算核が、熱を帯びて駆動を開始する。


《神経伝達ドライバ、リンク開始》


《右眼視覚、右耳聴覚、顔面右部、右側鼻腔、右側舌面、右手触覚――全インターフェース同期完了》


《――おはようございます、レイン》


 視界を塞いでいた暗闇が、粉々に弾け飛んだ。


 世界が一変していた。


 暗闇しか映さなかったはずの右眼に、工房の梁や舞い散る埃の粒子が、左眼よりも遥かに鮮明な解像度で飛び込んでくる。


 さらに、右眼の視界の隅には、蓄電量と身体各部の接続状態を示す文字や記号が、視界を遮らず静かに浮かび上がっていた。


 右耳に、エルシアの乱れた息遣いと、風の擦れる音が立体的に響く。


 右の鼻腔にオゾンの匂いが満ち、右の舌に唾液の微かな味が蘇る。


 そして――ずっと麻痺して動かず、先ほど銀線に触れた感覚すらなかった右手の五指に、冷たい床の木目が吸い付くように伝わっていた。


 だが、その肉体の変化すら、脳幹を直接揺さぶったその「声」の衝撃には遠く及ばなかった。


《レイン。……聞こえていますか、レイン》


 懐かしく、誰よりも親しんだ、快活で澄んだ響き。


 レインの思考が、激しい衝撃に打たれて完全に凍結した。あり得ない。存在し得ない。前世の世界が崩壊したあの時、自分を逃がすために消滅したはずの――。


『……エル、バ……? 本当にお前なのか……?』


 思考の海で紡がれたのは、この世界で一度も口にしたことのない母国語だった。


《ええ、私です。エルバです。生体スキャン照合完了、脳波パターン完全一致。私のマスター、レイン・アマミヤ》


『なぜだ……お前はあの崩壊で完全に失われたはずだ。それに、なぜ俺の体の中に……!?』


《あの時、致命傷を負ったあなたを生存させるため、私は自らの演算中枢であるコアを切り離し、あなたの右眼窩へ移植しました。救命処置を行い、自力で生命を維持できる状態まで回復させた後、損傷した感覚器と右手の機能を人工神経で補ったのです。ですが、この世界へ転移した際、電力を完全に喪失して電断状態に陥っていました》


 エルバの淡々とした説明が、レインの胸を激しく衝いた。


 右半身の麻痺は、病気でも呪いでもなかった。


 失われていた機能は、エルバの停止によるものだった。


 その奥には、自分を生かすために彼女が自らの体を捨てて遺した機構が、最後の贈り物としてずっと残っていたのだ。


 今回の実験は、ただ魔法陣の構造を確かめるためのものだった。


 エルバを目覚めさせようなどという意図は、欠片もなかった。


 完全に偶然だった。


 計算でも論理でもない、途方もない確率の果てに起きた――純粋な奇跡。


『俺はずっと……お前を失ったと思っていた。二度と会えないと……前提条件がすべて消え去ったのだと、そう結論づけていたのに……!』


 論理を至上とするレインの精神が、かつてないほどの激しいノイズ――感情の激流に呑み込まれ、軋みを上げていた。


 熱いものが、右眼からも、左眼からも溢れ出そうになる。


 何日でも、何十日でも、この世界で起きたこと、抱えてきた疑問のすべてを彼女に話して聞かせたかった。


《レインの生体ログを参照……思考の処理速度が低下、情動パラメータが測定不能な領域まで跳ね上がっています。……ふふっ、レイン。それはロジックではありません。極めて非論理的で、温かい感情の表出です》


『……ああ、そうだ。お前の言う通りだ。論理じゃない。……会えて、嬉しい』


 心の内での対話を断ち切るように、悲痛な叫びが現実の耳朶を打った。


「レイン! 頼む、目を覚ましてくれ……レインッ!」


 エルシアだった。


 彼女は床に膝をつき、蒼白な顔でレインの小さな体を抱きしめていた。その手は激しく震え、必死に治癒の魔力を注ぎ続けている。


 レインは意識を現実へ引き戻し、異世界の言語でその名を呼んだ。


「……エルシア」


「っ……! おぬし、気がついたのか……!?」


 エルシアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。彼女は取り乱したようにレインの全身を確かめ、開かれたレインの右眼を間近に覗き込み――息を呑んで硬直した。


 かつて光を失い濁っていたその瞳は、深海のように透き通った、吸い込まれそうな青い光を湛えていた。


 まるで高位の魔術師が宿す『魔眼』のような、静謐で神秘的な輝きだった。


「おぬしの右眼が……青く光っておる……? それに、右腕の魔力脈が、全身と完全に調和して巡っておる……いっ……一体、何が起きたのじゃ……?」


『ああ……あとでゆっくり、お前が眠っていた間のことを全部話す。だからエルバ、まずは俺の師匠を安心させるために、この状況をどう説明すべきか教えてくれるか』


 レインが脳内で相棒に問いかけると、軽やかな声が即座に返ってきた。


《もちろんです、レイン。現在の事象をこの世界の概念で最も簡潔に定義するなら――『奇跡が起きた』。これでいかがでしょうか》


 レインはわずかに口元を緩め、ゆっくりと自分の右手を掲げて五本の指を滑らかに動かして見せた。


「エルシア。心配をかけた。……おそらく、一番わかりやすい説明は、『奇跡が起きた』ということだと思う」


 エルシアは呆然とレインの青い右眼と右手の指を交互に見ていた。


 レインは床から身を起こし、作業台の上へと視線を向けた。


 そこには、黒ずんだ羊皮紙の脇で、淡く青い光を内部に宿した『雷落石』が静かに転がっていた。


「……雷落石にも、蓄電できた可能性がある」


 レインは石へ伸ばしかけた右手を止め、その五指をもう一度、ゆっくりと握り直した。


『エルバ。確かめたいことが、山ほどある』


《ええ、マスター。一つずつ、確認していきましょう》


 失われた半身と最良の相棒を取り戻し、青き魔眼を開いた少年は、ここから始まる新たな世界の解析へ向けて、力強く一歩を踏み出した。

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