第二十一話 雷撃の魔法陣
調薬を終えたレインは、完成した煎薬の瓶を光へ透かしていた。
草系素材の煎薬は、同じ処方でも仕上がりによって等級が分かれる。茶褐色の五級、緑色の三級、透き通った若草色の二級と分かれ、不純物が十分に除かれて光の魔力が均一に馴染んだ一級品は、ほとんど透明になるという。
液体はほとんど透明だった。
瓶の向こう側まで見える。
ただ、傾けたときだけ、ごく薄い若草色が光の中に浮かぶ。
「濁りはほとんど残っていない。これは、一級品と判断してよいのか、エルシア?」
エルシアは瓶を受け取り、淡い光へかざした。
「この透明度なら効果も問題ない。店に並べれば、最上級品として扱われるじゃろう」
そして、呆れたように息を吐く。
「おぬし、さらりと作りおったが、その透明度を出すには、並の調薬師なら何年も光属性の魔石をすり減らして修行せねばならぬ。自前の光魔力ですぐに安定させるとは……相変わらず出鱈目な魔力じゃ。おぬしには光の魔石の希少価値など関係ないようじゃな」
その言葉に、レインの思考が別の領域へ跳んだ。
レインは視線を一点に固定したまま、小声で論理を組み上げ始めた。
思考の回路に入り込むと、周囲の音が消えるのは彼の癖だった。
「魔力のまま蓄える必要はあるのか。現象化した後の力なら……」
「おい、何の話をしておるんじゃ?」
エルシアの問いかけも、レインの耳には届いていない。
「まったく、人の話を聞かぬ奴じゃ……」
レインはしばらく考え込んだ後、突然顔を上げた。
「エルシア。魔石に蓄えられるのは、魔力だけ?」
「そうじゃ。魔力を器に留めるもの。それが魔石じゃからな」
「現象化した力そのものは?」
「現象化した力?」
「例えば、火属性の魔力を行使した際に生じる熱や炎、あるいは木属性魔力による風や雷電だ。魔力そのものではなく、結果として発生した物理現象を魔石へ蓄えることは可能か?」
「それはできぬ。魔石が受け入れるのは属性を持つ魔力じゃ。熱や炎そのものは蓄えられん」
エルシアは少し考え込み、何かを思い出したように言葉を継いだ。
「ただ、魔石ではない別の石ならあるぞ。動力としては使い道がなく、一般的にはガラクタ扱いや『忌み石』と呼ばれる類じゃがな」
「ガラクタと忌み石?」
「一つは『雷落石』じゃ。落雷の多い地帯で、雷の高熱により砂がガラス状に結晶化し、その中に現象化された雷電が蓄えられた天然鉱物じゃな。これは魔力が一切入らぬ器で、扱いを誤ると激しく感電する」
「もう一つは?」
「『蓄象石』じゃ。極限環境の歪みによって生まれた結晶でな。マグマや地殻圧力、電磁嵐など、生成された環境に応じた特定のエネルギーを取り込み、内部に保持する鉱物じゃ。これも触れた者を火傷や凍傷、負傷させるため、鉱夫たちからは忌み嫌われておる」
「エルシアの手元に、その石はある?」
「雷落石なら、王宮時代に実験で使った残骸がどこかにあるはずじゃ。待っておれ」
エルシアは作業台の引き出しをいくつか開け、奥から拳より一回り小さい、薄い板状の石を取り出してきた。
すでに放電しきっているのか、パチパチとした気配はない。
レインは石を受け取り、何度か角度を変えて観察した。
「して、今度は何を企んでおるのじゃ?」
「雷落石を、魔石に代わる動力源にできるか確かめたい。安価に調達でき、充電と放電を繰り返せるなら、魔道具の動力を共通化できる可能性がある」
レインは石の表面を観察しながら、平然と言葉を続けた。
「動力源が一つに統一されれば、魔道具や魔法陣は共通規格のもとで劇的な進化を遂げ、人々の生活基盤へ浸透する。そのためには、雷電の充電、一定出力での取り出し、そして動力への変換という三つの工程が必要になる」
「随分と大きな話になったの。言うは易しじゃが……雷電などという荒ぶる力を、どうやって制御するつもりじゃ」
「だから、まずは一段階ずつ検証する。エルシアが持っていた雷撃札を調べた。この札から、雷電を発生させ、指定した場所へ誘導する基本構造は分かった」
レインは作業机の上の札を指差した。
「別の札で確認したように、外核から銀線を引き、その先に石を置けば、現象化した雷電を指定した場所へ導ける。雷落石をそこに置けば、直接蓄えられるかもしれない」
レインは机の上に検証用の魔法陣を展開し、その外核から雷落石へと銀線を繋ぎながら説明を続けた。
「術式の中で、第三環より外側の意味がまだ分からないが、どこで現象化を宣言しても、おそらく外核から銀線を通り、現象化された雷電が雷落石へ流れ込む構造だと思う」
レインは環を指でなぞった。
「中心核を空白にし、そこへ光属性の魔力を入力する。第一環で流れを整え、第二環で土属性を経由して木属性へ変換する。ここまでは確実に動くことが分かっている」
「その後、雷電になるということか」
「おそらく。外核から銀線を引いて雷落石へつなげれば、木属性の魔力ではなく、現象化された雷電が銀線を伝う可能性が高い」
「危険ではないか?」
「第三環以降の働きは、まだ確定していない。入力は札の試験時より絞る。発生した雷電が銀線へ導かれるか、まず確認したい。エルシアの見解は?」
エルシアは術式と石を見比べ、やがて杖を手に取った。
「わらわが遮断の備えをする。銀線には触れるでないぞ。異常があれば即座に止める」
「分かった。入力を開始する」
レインは魔法陣の中心へ手をかざした。
光属性の魔力が中心核へ流れ込む。白い光は第一環へ広がり、乱れていた流れを一本に整えた。続いて第二環が一度淡い黄色に変化し、その後黄色から淡い緑へ変わった。
レインは、環の変化に全神経を集中して観測していた。
(光から土を経由して木属性へ……よし、二段階の変換が第二環の内部で処理されている)
「第一環、整流。第二環で二段階の属性変換。第三環――」
第三環の変化を追おうと、レインは無意識に身を乗り出した。中心核へかざした右手がわずかに傾き、小指が外核から延びる銀線に触れた。
淡い緑の光が第三環へ触れた瞬間、術式の線上で白い火花が弾けた。
流した魔力は、煎薬に馴染ませたときよりも少ない。それでも、第三環に生じた白い火花は予想を超えて膨れ上がった。
「現象化の記述は、第三環にある!」
直後、魔法陣から轟音が響いた。
「その入力で、この威力じゃと――! レイン、止めよ!」
エルシアの警告が飛ぶ。
止めようとした瞬間、レインの右手が強張った。銀線に触れた小指から、すでに雷電が流れ込んでいた。
第三環から生じた雷電は、予想を超える勢いで外側へ走った。白い閃光が銀線へ流れ込み、雷落石へ向かう。
エルシアが咄嗟に杖を振り抜いた。
「夜根帳! 流れを断てッ!」
漆黒の根の帳が魔法陣を覆い、雷電の継続供給を強引に断ち切った。
だが――術式が遮断されるまでのごくわずかな遅れの間に、奔流となった莫大な雷光は銀線を走り、二つに分かれて迸っていた。
一つは、先端に置かれた雷落石へ。
そしてもう一つは、銀線に小指が触れていたレインの右手へ。
ドバッ――!!
全身が大きく跳ねた。
視界が真っ白に弾け飛ぶ。指先から腕、胸、そして頸椎へと、莫大な電気エネルギーが奔流となって駆け抜けていく。
声を発することすらできない。
激しい閃光と衝撃の中、その奔流は全身へ広がりきる前に、なぜか右眼の奥深き一点へと凄まじい勢いで吸い込まれていく――そんな不可解な感覚を残したまま、レインの意識は白い光の底へ沈んでいった。
雷電の流れが途切れた。
その場に残されたのは、倒れたレインと、内部に淡い光を宿した雷落石だった。




