三、姫の悲しみ
あの人の事が好きだ。
綺麗な桜だ。
今夜は豪華な白米だ。
朝まで酒飲むぞ。
いい和歌ができた。
賭けに勝った
賭けに負けた。
文の返事が来ない。
父上が死んだ。
敵が倒れた。
戦に負けた。
仲間が死んだ。
息ができない。
熱い。
寒い。
辛い。
悲しい。
苦しい。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
――――――――――――
「はっ!」
かぐや姫が布団から跳ね起きる、息を荒げ頭を抱える。
「今のは…」
かぐや姫は胸に手を当て、呼吸を整える。
「誰かの記憶…?…けど…」
かぐや姫は、その数多の記憶と感情をゆっくりと/\思い出す。
(…恋?…喜び?…悲しみ?)
天人となったかぐや姫には、そんな感情は一切ない。
つまり、その正体が分からない。
「悲しみ…」
その得体のしれない「悲しみ」が、かぐや姫になにか違和感を覚えさせた。
かぐや姫の心にひっかかる。なぜか、素通りしてはいけない気持ちになる。
「悲しみ……?悲しみ……悲しみ…。」
かぐや姫は目を閉じて頭をかかえた。
はっと顔を上げる。
「悲しみを、私は知っている…」
なぜだろう。
そんな感情は存在しないはずなのだ。
けれど、かぐや姫は知っている。
悲しみの正体を。
「わたしは、…悲しい。今もずっと、悲しい。」
月に来てから今までずっと抱いてきた感情だ。
それが言語化された。
私は、ずっと悲しいのだ。今、悲しいのだ。
自分には何か足りないものが有る。何かが欠けている。
だから悲しい。
かぐや姫はそう信じる。
けれど、何が欠けているのかは見当が付かない。
彼女は障子の隙間から差し込む光を見つめる。
そして、それに吸い込まれるように彼女は立ち上がった。
さぁ…。
かぐや姫が障子を開くと、目の前に青と緑に煌めく星が見えた。
目の前といっても、実際は信じられないくらい遠い。
「あ、」
かぐや姫が小さく息をのんだ。
それと同時に、かぐや姫の中で何かが動いた。
決して動いてはいけない何かが。
「父上、母上…」
彼女の瞳の端に、涙が浮かぶ。
「み、帝様…」
彼女はその明るく輝く星、地球の方へ手を伸ばす。
そう。
彼女は思い出してしまった。
天人として、捨てたはずの『かぐや』を。
そして、その思いはだんだんと肥大化して行く。
――――――――――
「姫様、もう大丈夫ですか?」
王のいる神殿に向かい歩くかぐや姫に、女官が声を掛ける。
「ええ、もう大丈夫です。」
かぐや姫が返事をする。
「そうですか。」
女官が小さく頷くき、さっさとどこかへ行ってしまった。
「…主上。」
かぐや姫は、誰にも聞こえないよに呟く。
彼女の悲しみは、次第に『会いたい』という感情に変化していた。
そして、いつしか彼女の瞳から光が消えていた。
「王。」
かぐや姫は、神殿の中央に正座し、口を開いた。
「おぉ、来たか。」
低い声が応える。王の声だ。
「あの時のことを、教えてくれ。」
前と同様に声はすれども王の姿は見当たらない。
「はい。あの時、光の球体が私の中に入り込みました。すると、色々な者たちの声が聞こえてまいりました…」
喋るたびに、かぐや姫の頭は痛む。
「魂が取り憑く…女官から聞いた話と同じだな。」
王の声が響く。
「はい。そして、『痛い。』やら『悲しい。』やら、そのような言葉が聞こえました。」
痛む頭を抱えたい気持ちを抑え、かぐや姫は姿勢を正したまま淡々と答える。
「悲しい?」
王が呟く。




