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二、魂



「あ、」


かぐや姫が、目を見開く。


シュゥ


光の球体の一つが、かぐや姫に入り込む。


「姫様!」


女官が駆け寄り、後ろへ倒れていくかぐや姫を抱きかかえる。


「…ちがう。そうじゃない。私は、吾は、違う、なにが?なにが違う?」


かぐや姫が宙を見つめたまま、ぼそぼそ呟く。


「そうじゃない! 私は、私は、違う!違う!違う!」


かぐや姫が叫ぶ。


「だ、大丈夫ですか? 姫様、私がわかりますか?」


女官がかぐや姫に必死に呼びかける。


ヒュン


大量の、先ほど切り裂いたはずの光の球体がかぐや姫に迫る。


「そんなっ!」


女官が必死に槍を振り回す。

しかし、光の球体は槍にあたろうと、びくともせずかぐや姫に迫る。


シュゥ シュゥ シュゥ シュゥ


五、六個ほどの光の球体がまたかぐや姫の体に溶ける。


「私は、かぐや…違う!いや、合っている。私は、吾は、余は、あぁぁ…何が?なんで?声が…」


かぐや姫が、涙目に何かを必死に訴える。


「大丈夫です、貴方はかぐや姫です。」


女官がかぐや姫を地面に寝かせ、槍を構える。


「ちがう!私は、かぐやじゃない。いいえかぐや。ちがう!何が?何が違う?教えて…」


「大丈夫です。姫様。」


女官は叫ぶようにかぐや姫にそういうと、槍を大きく振りかぶり、迷うことなく床にその矢じりを突き刺した。


「神殿を傷つけることをお許しください。」


床に亀裂が入り、その亀裂に光の球体が吸い込まれていった。


「ふぅ。」


女官が小さくため息をついた。

それは、安心と不安の混じった声だった。


――――――――


「今は寝ていますが、時々意味の分からない事をつぶやきます。」


王の宮殿で女官が跪いて王に状況を説明した。


「…そうか。」


王が言う。その声から感情は読み取れない。


「…これは私の責任です。どうか、私に罰を。」


女官が下を向き、少し暗い表情をした。


「そなたはかぐや姫を必死に守ろうとした。そのような者を罰することは無い。かぐや姫の回復と原因の究明が先だ。」


「はい。御心の侭(まま)に。」


女官が小さくお辞儀をし、立ち上がった。

女官は、宮殿をあとにし、典薬寮に向かう。


「姫様。」


女官が障子を開ける。


「あ、貴方は…」


畳の上に敷かれた布団の上で横たわるかぐや姫が、天井から女官に視線を移す。


「あの、姫様。あの時あったことを教えて下さいませんか?」


女官がかぐや姫の隣に正座をする。


「はい。」


かぐや姫が口を開く。


「あの時、なにか記憶…の様な物が見えたのです。それも大量に。」


かぐや姫の言葉に、女官は頷く。


「それで…誰かの意識が私に入ってきて…」


かぐや姫が、口を動かすたびに、辛そうに顔を歪める。


「それ、で…」


言葉が止まる。それでもなお言葉を繋ごうとするかぐや姫を、女官が止めた。


「姫様、もうおやすみ下さい。」


かぐや姫は、子供のようにぎゅっと握りしめていたこぶしをほどいた。


「…はい。では休ませていただきます。」


かぐや姫が、目を瞑りまどろみ始めたのを確認して、女官は立ち上がった。


(あれは魂。私達に取り憑くことなんて…)


女官は顔を曇らせながら、典薬寮を後にした。


――――――――


「魂…」


女官が、床に亀裂が入った神殿を歩く。まだ数個の光の球が彷徨っている。

攻撃してくる意思は感じられない。


「消えなさい。」


女官が力なく呟くと、残っていた光の球体が溶けるように消えていった。


その場に立ちすくみ考え込んだ後、女官は意を決したように中央に向かって歩を進める。

鏡の前で止まると、手を鏡面にかざす。その手は小刻みに震えている。


深呼吸を重ねても、その震えは止まらない。

時が永遠に止まってしまったかのように感じる。


(…じ、自分の判断だけで、この世界の境を断ち切るのは…)


「ふぅ」


彼女は目を閉じて迷いを断ち切るように深い呼吸を一つした。

自分に「大丈夫、」と言い聞かせる。そして、目を開け鏡を見据えると低い声で呟いた。


「閉じなさい。」


ピキッ 

高く小さな音が静寂を破る。


滑らかで美しい鏡面の真ん中にひびが入った。


みるみるうちに亀裂が広がり、厳かな光をなみなみとたたえていた鏡が粉々に崩れていく。

鏡のかけらが床に散らばるのがスローモーションのように女官の目の端に映る。


しばらくして、女官は血の気を失った口から細く息を吐き出した。

それを合図に先ほど凍り付いた時が動き出したように感じられた。手の感覚が戻ってくる。

まだ止まらない震えを抑え込むように、彼女は左手で自分の右手をぎゅうっと包み込んだ。


(これで、すべての魂は行き場を失い、一時的に冥界に溜まるはず…)


魂は、取り憑く依代が死ぬと、冥界を経由してこの月にくる。

この、月と冥界の架け橋である鏡、『境結之鏡(サカイムスビノカガミ)』を抜け、この神殿に出現する。


つまり、この鏡を壊せば、かぐや姫に入り込んだ元凶の光の球体、つまり魂を封じ込めることができる。


…はずだ。


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