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さらしの奥に眠る「至宝の美」


「よし、決めた。待ってろ、動くなよ! 絶対にそのままで外へでるなよ!」


ザックはそう言い捨てると、地下倉庫を飛び出していった。


一時間後、彼がどこからか調達してきたのは、東方の国から流れてきたという、白く長い綿布――「さらし」だった。


「……何、その布? 雑巾にするには長すぎない?」


「いいからこれを巻け。胸のあたりにな、ガチガチにだ!」


「えぇー、苦しそう。なんでそんなことしなきゃいけないの?」


不満げなリゼットを、ザックは真剣な眼差しで睨みつけた。


「お前がこの地下で、誰にも邪魔されずに料理を続けたいなら……俺の言うことを聞け。これは『拘束具』だ。お前の溢れすぎる魔力を……その、物理的に抑え込むための儀式なんだよ!」


「魔力を抑える……? さすがザック、物知りなのね! わかったわ、やってみる!」


リゼットは素直に、ザックから手渡されたさらしを受け取った。


もちろん、ザックは背を向けていた。


背後から「よいしょ、よいしょ」と布を巻きつける音や、「うぅ、きつい……」

「あ、でも守られてる感じがするわ!」という無邪気な声が聞こえてくるたび、ザックの耳は火傷しそうなほど赤く染まっていた。


(……俺は一体、何をしてるんだ。灰かぶりの死神とまで呼ばれた俺が、小娘の体型を隠すために東奔西走するなんて。だが……あいつのあの笑顔を、薄汚い連中に曇らされてたまるかよ)


やがて、「できたわ!」という声がして、ザックは恐る恐る振り返った。


さらしによって限界まで締め上げられたリゼットの体は、確かに先ほどまでの「暴力的な突出」は抑え込まれていた。


だが、その代わりに全体的な肉体の厚みが増し、どこか「がっしりとした」印象を与えている。


「どう? ザック。ちょっと苦しいけど、背筋がピンとするわ!」


「……ああ。それでいい。それなら、遠目には『少し太り気味の見習い』に見えるだろうよ」


ザックは安堵の息を吐いた。


リゼット本人が気づかない以上、こうして物理的に隠蔽するしかない。


しかし、リゼットは体を動かしているうちに、別の利点を見つけたようで、黄金色の瞳を輝かせた。


「あ、これ意外と便利ね! 走っても揺れないし、重たいお鍋を持つのも楽だわ! ザック、これならトカゲを追いかけるときも全力で行けるわね!」


「……追いかけるためのもんじゃねえんだが。まあ、お前が気に入ったならいい」


リゼットは満足げに笑い、さらしの上から再び窮屈な制服を羽織った。


さらしで抑えられ、さらにその上から布で覆われた彼女の姿は、バルトロのような節穴の目から見れば、単に「不摂生で体が肥大化した小娘」にしか見えないだろう。


事実、その数日後。


地下の様子を覗きに来たバルトロは、鼻を鳴らしてハンスにこう告げた。


「見ろ、ハンス。あのリゼットとかいう娘を。地下で食いすぎて、あのようにだらしなく、ぶよぶよと膨れ上がるのだ。我が局の清廉な美学に反する、実に見苦しい、不衛生な個体よ」


バルトロは、さらしの奥に眠る「至宝の美」など露ほども知らず、


単に彼女を「管理の行き届かないゴミ」として蔑んだ。その軽蔑こそが、後の追放劇を決定づけることになるとも知らずに。


一方でリゼットは、ザックがくれたその「さらし」を、彼からの最初の、そして最も大切な贈り物として深く刻み込んだ。


「ねえザック、この布、予備がある?」


「……ああ、すまないがそのひとつきりだ」


「ふふっ、ありがとう。大事に使うわね!」


地下倉庫の片隅で、さらしを巻き、鍋を振るう少女。


それは、ザックという最強の盾によって守られ、バルトロという無能によって見逃された、嵐の前の静かなる時間だった。





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