『清書』という名の略奪 ――傲慢な料理長と偽りの最高傑作
地下倉庫の鉄扉が、音を立てて閉ざされた。
ハンスが「ゴミの処分だ」と称してリゼットの元から持ち去った、ボロボロのノート。
それを執務室の机に広げ、バルトロは高級な羽ペンを手に鼻で笑った。
「ハンス、見ろ。これが『奇跡のスープ』の正体だというのか。文字ですらない、ただのシミだ」
「左様ですな。ですが、そこに記された素材――魔物の心臓や未知の薬草の配合比率は、確かに一考の価値があるかと。それを閣下が『正しく』整えれば……」
バルトロの目が、野心にギラリと光った。
リゼットのノートには、こう書かれていた。
『心臓はドクドクが止まるまで祈る。泥のついた薬草はそのまま入れる。そうしないと、素材が怒って体がびっくりしちゃうから』
「ふん、祈りだの土だの。教養のない野生児の迷信だ。素材が持つ強烈な魔力価を、土や時間で薄めてどうする。……よし、この記述を私が宮廷の魔導理論に基づき、完璧にしてやろう」
バルトロは、リゼットが本能的に行っていた「毒抜き」と「味の調律」の工程を、すべて「無能ゆえの無駄」として削除した。
それから数日、バルトロは執務室に籠もり、没収したノートを元に「宮廷式魔力回復スープ」の研究に没頭した。
彼はリゼットが「素材の怒りを鎮める(中和)」ために使っていた泥や長い煮込み時間を、最新の魔導触媒と高価な香辛料に置き換えた。
結果として出来上がったのは、黄金色に輝く、見た目だけは美しいスープだった。
一口飲めば、喉が焼けるような熱さと、脳を直接叩くような魔力の奔流。
「……おおっ! 漲るぞハンス! この凄まじい刺激こそが、魔力が回復している証だ!」
「流石は閣下! あの小娘の泥臭い汁物とは、もはや別次元の輝きです!」
実際には、それはリゼットが抑えていた「魔物の猛毒」を、香辛料で誤魔化して無理やり活性化させただけの、劇薬に近い代物だった。
だが、バルトロには確信があった。
この「強烈な刺激」こそが、疲弊したシグルド宰相や陛下を呼び覚ます、自分の最高傑作であると。
一方、地下倉庫では、さらしで背筋をピンと伸ばしたリゼットが、不思議そうに首を傾げていた。
「ハンスおじさん、まだ私のノート返してくれないのよね。……もしかして、私の字が汚すぎて、料理長さんが一生懸命、正しい書き方を『清書』してくれてるのかな?」
「……お前、本気でそう思ってるのか?」
ザックは呆れたようにリゼを見上げた。
「奪われたんだよ、お前のレシピ。あのおっさん、自分の手柄にして陛下に献上する気だぜ」
「えっ? でも私の汚いっていわれた字を綺麗に直してくれるなんて、料理長さんは本当にお節介で……あ、優しい人なのね! 私、字の練習、もっと頑張ればよかった!」
リゼットは本気で申し訳なさそうにはにかみ、パツパツの制服の上から、ザックがくれた「さらし」の感触を確かめた。ザックの言う「魔力を抑える儀式」のおかげで、最近は少し体が軽くなった気がする。
ザックは天を仰いだ。
(優しいわけねぇだろ……。おそらくリゼットのレシピを盗んで自分の手柄にするつもりだろ。)
バルトロは、日に日に膨らむ自らの腹を撫で、満足げに鏡を見ていた。
リゼットから奪った魔物肉を「清書スープ」の試作として食べ続けた結果、未処理の魔力が脂肪となって彼の体に蓄積されている。
「ハンス、準備はいいか。明日、シグルド閣下の元へ向かう。無能な小娘のアイデアを、私が至高の芸術へと昇華させた……この私の最高傑作を、お披露目してやるのだ」
バルトロの執務室には、琥珀色のスープが誇らしげに並んでいた。
それは、リゼットの純粋な「祈り」を剥ぎ取り、傲慢さと野心だけで煮詰められた、喉を焼く「砂」のような偽りの輝きだった。
彼が「無能」と切り捨てたリゼットが、後に辺境の地で、同じ素材を使って本当の「救済」を成し遂げるとは、この時のバルトロには想像もできなかった。
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