表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

『清書』という名の略奪 ――傲慢な料理長と偽りの最高傑作

地下倉庫の鉄扉が、音を立てて閉ざされた。


ハンスが「ゴミの処分だ」と称してリゼットの元から持ち去った、ボロボロのノート。


それを執務室の机に広げ、バルトロは高級な羽ペンを手に鼻で笑った。


「ハンス、見ろ。これが『奇跡のスープ』の正体だというのか。文字ですらない、ただのシミだ」


「左様ですな。ですが、そこに記された素材――魔物の心臓や未知の薬草の配合比率は、確かに一考の価値があるかと。それを閣下が『正しく』整えれば……」


バルトロの目が、野心にギラリと光った。


リゼットのノートには、こう書かれていた。


『心臓はドクドクが止まるまで祈る。泥のついた薬草はそのまま入れる。そうしないと、素材が怒って体がびっくりしちゃうから』


「ふん、祈りだの土だの。教養のない野生児の迷信だ。素材が持つ強烈な魔力価を、土や時間で薄めてどうする。……よし、この記述を私が宮廷の魔導理論に基づき、完璧にしてやろう」


バルトロは、リゼットが本能的に行っていた「毒抜き」と「味の調律」の工程を、すべて「無能ゆえの無駄」として削除した。


それから数日、バルトロは執務室に籠もり、没収したノートを元に「宮廷式魔力回復スープ」の研究に没頭した。

彼はリゼットが「素材の怒りを鎮める(中和)」ために使っていた泥や長い煮込み時間を、最新の魔導触媒と高価な香辛料に置き換えた。


結果として出来上がったのは、黄金色に輝く、見た目だけは美しいスープだった。


一口飲めば、喉が焼けるような熱さと、脳を直接叩くような魔力の奔流。


「……おおっ! 漲るぞハンス! この凄まじい刺激こそが、魔力が回復している証だ!」


「流石は閣下! あの小娘の泥臭い汁物とは、もはや別次元の輝きです!」


実際には、それはリゼットが抑えていた「魔物の猛毒」を、香辛料で誤魔化して無理やり活性化させただけの、劇薬に近い代物だった。

だが、バルトロには確信があった。


この「強烈な刺激」こそが、疲弊したシグルド宰相や陛下を呼び覚ます、自分の最高傑作であると。


一方、地下倉庫では、さらしで背筋をピンと伸ばしたリゼットが、不思議そうに首を傾げていた。


「ハンスおじさん、まだ私のノート返してくれないのよね。……もしかして、私の字が汚すぎて、料理長さんが一生懸命、正しい書き方を『清書』してくれてるのかな?」


「……お前、本気でそう思ってるのか?」


ザックは呆れたようにリゼを見上げた。


「奪われたんだよ、お前のレシピ。あのおっさん、自分の手柄にして陛下に献上する気だぜ」


「えっ? でも私の汚いっていわれた字を綺麗に直してくれるなんて、料理長さんは本当にお節介で……あ、優しい人なのね! 私、字の練習、もっと頑張ればよかった!」


リゼットは本気で申し訳なさそうにはにかみ、パツパツの制服の上から、ザックがくれた「さらし」の感触を確かめた。ザックの言う「魔力を抑える儀式」のおかげで、最近は少し体が軽くなった気がする。


ザックは天を仰いだ。


(優しいわけねぇだろ……。おそらくリゼットのレシピを盗んで自分の手柄にするつもりだろ。)


バルトロは、日に日に膨らむ自らの腹を撫で、満足げに鏡を見ていた。


リゼットから奪った魔物肉を「清書スープ」の試作として食べ続けた結果、未処理の魔力が脂肪となって彼の体に蓄積されている。


「ハンス、準備はいいか。明日、シグルド閣下の元へ向かう。無能な小娘のアイデアを、私が至高の芸術へと昇華させた……この私の最高傑作を、お披露目してやるのだ」


バルトロの執務室には、琥珀色のスープが誇らしげに並んでいた。

それは、リゼットの純粋な「祈り」を剥ぎ取り、傲慢さと野心だけで煮詰められた、喉を焼く「砂」のような偽りの輝きだった。


彼が「無能」と切り捨てたリゼットが、後に辺境の地で、同じ素材を使って本当の「救済」を成し遂げるとは、この時のバルトロには想像もできなかった。

【読者の皆様へお願い】 もしも「続きが気になる!」と思っていただけたら、 下にある【ブックマーク】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をいただけると、執筆の大きな励みになります! よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ