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秘密の宴・地下に棲まう『回復の神』



「よーし、じゃあ“祈り”を込めて調理しますね!」


地下倉庫の奥。


リゼットはザックを木箱に座らせると、


床に転がった巨大な一角大トカゲを見下ろして、黄金色の瞳を爛々と輝かせた。


「……祈りって言うと聞こえはいいけどよ。お前、さっきから目が完全に『手慣れたハンター』なんだよな……」


ザックは脇腹を抑えながら苦笑したが、次の瞬間、その笑みは凍りついた。


リゼットが手にしたのは、倉庫の隅で赤錆にまみれていた、研ぎ跡すら怪しい古い包丁だ。


「おいおい、それ刃こぼれしてるぞ。そんなもんじゃトカゲの鱗一枚――」


シャッ、シャッ、シャッ――ッ!


銀色の閃光が、地下の薄暗い空気ごと切り裂いた。


錆びついていたはずの包丁が、リゼットの手の中で生き物のように躍動する。


一角大トカゲの鋼鉄のごとき硬い皮が、まるで熟した果実の皮のように、スルスルと、かつ精密に剥がれていく。


「……は?」


ザックの口が半開きになった。


大の大人が必死で解体するような大物を、この少女は鼻歌まじりに「分解」している。


「修道院ではね、包丁が錆びてても、祈りを込めれば切れるんですよ!」


「いや、祈りじゃねぇだろそれは! 完璧な刃筋と関節の把握だろ!? なんだその手際……!」


リゼットは気にせず、心臓、肝、骨髄、尾の肉を次々と「栄養」として仕分けていく。


その淀みのない動きは、もはや料理人というより、生命の構造を知り尽くした『解体の聖者』だった。


リゼットは大鍋に地下の湧き水を張り、骨と心臓、そしてザックが「雑草だ」と捨てようとした野草を放り込んだ。


「ザックさん、今日は“生きてる人用”に優しい味にしますね!」


「その、生死による成分の分類をやめろって言ってんだろ……」


鍋が温まり始めると、澱んでいた地下倉庫の空気が一変した。


ふわりと広がったのは、魔物から出たとは思えない、どこか懐かしくて、胸の奥がじんわりと熱くなるような香り。


「……なんだ、この匂い……。魔物のスープって、こんな……『慈悲』みたいな匂いがするもんなのか?」


「しますよ! ちゃんと、明日も生きていたいって、素材の代わりに祈ってあげれば!」


「祈り万能かよ……」


リゼットは鍋をかき混ぜながら、ふとザックの傷口に目を向けた。


「ザックさん、傷がひどいですね。スープができたら飲んでください。明日も生きられるように、私がたっぷり祈っておきますから!」


「……ああ。なんかもう、お前の祈りなら、死神すら追い払えそうな気がしてきたわ」




その頃、地下倉庫の真上――。


魔力抽出の重労働で精神を摩耗させ、ふらふらと廊下を歩いていた若い魔術師がいた。


「……っ、もうダメだ。魔力回路が逆流して……頭が割れる……」


彼は壁に手をつき、崩れ落ちようとした。その時だ。


換気口の隙間から、えもいわれぬ「芳香」が鼻腔を突き抜けた。


「……なんだ、この……香り……?」


吸い込んだ瞬間、胸の奥に温かい奔流が流れ込んできた。


ささくれ立ち、悲鳴を上げていた彼の魔力波形が、まるで母親に抱かれたかのような安堵と共にみるみる整っていく。


「……あれ? さっきまでの……頭痛が……消えた……?」


魔術師は驚愕し、自分の手を見つめた。


回復魔法ではない。


だが、この香りを嗅ぐだけで、体内の魔力が「調律」されていく。


「……まさか、地下に高位の聖職者でも隠棲しているのか……? いや、これは……『食べ物』の匂いか?」


彼はふらふらと香りの出所を探したが、地下倉庫の重い扉には鍵がかかっている。


後に彼は同僚にこう語ることになる。


「あの夜、俺は地下に棲まう『食の神』に救われたんだ」と。





「できました! ザックさん、どうぞ!」


リゼットが差し出したのは、湯気の立つ琥珀色のスープ。


ザックは恐る恐る口をつけた。――瞬間。



「なんだこれ……美味い……なんてレベルじゃねぇ。力が……底から湧いてきやがる……!」


細胞の一つ一つが歓喜の声を上げ、脇腹の裂傷が肉を盛り上げ、塞がっていく。


「よかった! ちゃんと“生きてる人用”に祈りを込めましたから!」


ザックは夢中で器を煽った。


今まで飲んだどんな高価なポーションよりも、どんな高級酒よりも、


このドロドロで黄金色の「魔物スープ」は彼の魂を震わせた。


「……お前、本当に何者だよ……」


「リゼットです。地下倉庫番の見習い料理人!」


「……そういう意味できいたんじゃないんだが。リゼットか覚えとくわ。お前、その腕があれば王宮のトップにだって立てるだろうに、なんでこんな地下にいやがるんだ?」


リゼットは首を傾げ、鍋に残ったスープを自分も啜りながら笑った。


「だって、上の人たちは『トカゲは不味い』って決めつけるんですもの。私は、誰も知らない美味しいものを、一番美味しくしてあげたいだけ。……ねえ、ザックさん。明日も、何か面白いもの持ってきてくれますか?」


ザックは空になった器を置き、口元を拭ってニヤリと笑った。


「ああ。……明日も、死なない程度にヤバい獲物を狩ってきてやるよ。……『下処理』の準備、しとけよな?」

ザックは呆れながらも、スープの温かさに、生まれて初めて「生きていてよかった」と本気で思った。


「はい! まかせてください!」


地下倉庫の片隅で、古びた鍋に最高のスープを囲む二人。


こうして、二人の“秘密の宴”は始まった。


地上ではバルトロたちが豪華な晩餐を楽しんでいるが、この夜、世界で一番贅沢な食事をしていたのは、間違いなくこの地下の二人だった。


一方この香りが、王宮の地下を静かに通り抜け、疲れ切った騎士や魔術師たちを「勝手に」救い始める。


それが、王都で囁かれる奇妙な噂――。


「地下倉庫には、極上のスープを振る舞う神が隠れ住んでいる」


その始まりの夜だった。



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