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廃棄場の『奇跡』と、地下への左遷

このお話は前作の※第17話「氷の魔術師と調律の味」の裏側です!

https://ncode.syosetu.com/n6607lr/17/

「捨てろと言っただろう! この、野蛮な……泥土の塊を!」


副料理長ハンスの怒声が再び調理場に響いた。

リゼットが勝手口で「収穫」した一角大トカゲの尾。それはバルトロが重んじる「宮廷の品格」を汚す不浄物として、即座に廃棄を命じられた。


「ええっ、捨てちゃうんですか? これ、すごくいいお出汁が出てるんですよ? 命を余さず頂くのが、一番の祈りなのに……」


「知るか! 不浄なトカゲを煮込むなど、宮廷料理のツラ汚しだ! 閣下に知られる前に、今すぐ裏の廃棄場へぶちまけてこい! 鍋も、二度と使えんよう洗い潰せ!」


ハンスは顔を真っ赤にして命じた。

リゼットは「もったいないなあ……」と肩を落とし、ずっしりと重い銀鍋を抱え、廃棄場へと向かった。


その途中のことだ。


「……そこの、君。待ってくれ」


声をかけてきたのは、王宮魔術師団の末端に所属する、一人の老魔術師だった。


彼は過酷な魔力抽出作業の末に、魔力回路がボロボロに毛羽立ち、歩くのもままならないほど衰弱していた。


「捨ててしまうなら……その汁を、私に一口……恵んではくれないか。……もう、魔法薬すら受け付けんのだ……」


「わっ、魔術師さん!? 顔色が真っ白よ! ……いいですよ、捨てるくらいなら全部飲んじゃってください。明日も生きられるように、たっぷり『祈り』を込めてありますから!」


リゼットは手近な器に、なみなみとスープを注いで手渡した。


老魔術師は、黄金色に澄んだスープを震える手ですすった。


――瞬間。


「……な、なんだ、これは……っ!?」


老人の濁った瞳が見開かれ、乱れきっていた魔力波形が一瞬で凪ぎ、静まり返る。


ただの「回復」ではない。乱れた波長が完璧に「調律」されていく感覚。


その劇的な変化を、鋭い視線で見つめる影があった。


王宮魔術師団の筆頭、カシアンである。


彼は老魔術師の異常な魔力回復を察知し、音もなく背後に降り立った。


「……おい。その器を貸せ」

「ひっ、カシアン殿!? これは、その、廃棄場で……」


カシアンは老魔術師の手から、底にわずか一匙分だけ残っていた琥珀色の液体を奪い取った。


不信感を隠さず、一口、それを口に含んだ。


瞬間。カシアンの脳内を、圧倒的な衝撃が駆け抜けた。


「………………ッ!?」


彼の体内では、長年の酷使でボロボロになっていた魔力回路が、みるみる滑らかに整っていく。


(これだ……。これこそが、魔導の極致……! 誰だ、これを作ったのは!?)


カシアンが周囲を見渡したが、そこには空になった銀鍋が一つ、地面に転がっているだけだった。


リゼットはハンスの怒鳴り声を恐れ、空の鍋を置き去りにしたまま、調理場へと逃げ帰ってしまったのだ。


調理場に戻ったリゼットを待っていたのは、ハンスの烈火のごとき怒りだった。


「お前! 鍋はどうした! 閣下お気に入りの銀鍋を、まさか廃棄場に置いてきたのか!?」


「あ、あの、魔術師さんが美味しそうに飲んでたから、つい……」


「道具を粗末にする料理人など、調理場に立つ資格はない! お前は明日から地下の備蓄倉庫番だ! 二度と鍋を触るな!」


ハンスは好都合とばかりに、リゼットを「無能な見習い」として地下へと追いやった。


だが、ハンスは知らなかった。


宮廷の備蓄倉庫は、城のあらゆる場所に繋がる「血管」のような場所であることを。


そして、そこには時折、激務で疲れ果てた「王国の重要人物」が、人目を避けて風に当たりに来る隠れスポットがあることを。


一方、廃棄場で立ち尽くしていたカシアンは、銀鍋を鑑定し、調理場へと乗り込んだ。


そこにいたのはふんぞり返るバルトロと、怯えるハンスだけ。


「魔物のスープ? ははは、カシアン殿。我が聖なる厨房にそんなものがあるはずがないでしょう。

その鍋は、無能な見習いが勝手に捨てたゴミですよ」


バルトロは鼻で笑い、リゼットの存在を「いなかったこと」にした。


この時、カシアンは確信した。


この宮廷には、至宝をゴミと呼ぶ「盲目な無能」どもがのさばっているのだと。


そして、その「ゴミ」として捨てられた一匙の輝きが、


かつて自分を一瞬で救った『奇跡のスープ』であったと――カシアンが、後に王都で、野生児リゼットの手元にそれを見出すのは、もう少し先の話である。

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