188話 これが俺たちのお正月って感じ
一連のお餅騒動もいよいよ佳境――色々あったが待望の瞬間が近付いていた。
ベルのお得意の魔法、【暴波泡】を彷彿とさせる爆発を起こした鍋だったが、その中には白くてもったりとした物体が溢れんばかりにつまっていた。
ふわっと香る甘い香り、むっちりした白いボディ……これは期待できるぞ。
思わず、ゴクリと唾を飲む。
「これがさっきの木の実だって……?完全に、蒸しあげられたもち米のビジュアルじゃないですかぁ! ってか、明らかに質量バグってね?元々は鍋の半分にも満たない量だったぞ?」
「これが、モチモチノミの特徴。 限界まで、茹でられた木の実、一気に水分吸って膨らむ」
「へぇ、すっごいですわね……それに、こんなにたくさんお餅を食べられるなんて……!」
目をキラキラさせながら、鍋にフォークを突っ込もうとするベルをラヴィが制止する。
「待って、まだ。 ここから、最後の仕上げ」
ラヴィはそう言うと、鍋の中身を大きな木の器へ移した。
そしてその隣には、水の入った桶――うんうん、そうそう……お餅と言えばやっぱり”餅つき”だよな!今移した容器はさながら臼のようだし……分かってんじゃん異世界さんよぉ!
ペッタンペッタン、古き良き餅つきの情景を思い浮かべて一人感心している俺。
餅をつく前の準備運動にぐるぐる肩をまわしていると、ラヴィが桶に手を入れて深く息を吸う――その表情は、真剣そのものだ。
「おいおいラヴィ……気持ちは分からなくもないけど、たかが餅つきだろ? そんな、餅つき大会の県大会決勝戦前みたいな集中力いらないだろ」
まあ、そんな大会があるのかは知らんけど。
「……参る」
ラヴィは静かにそう言うと、臼の前で腰を落としてどっしりと構えた。
いや、参るって……そういえば杵は?あのひょろ長いハンマーみたいなやつ。あれがないと餅”つき”にならな――
「セイッ!セイッ! セェイッ!!」
「「ッ!?!?」」
ラヴィが無造作に拳を振り下ろし、その度にパツーンペツーンと音がする。
俺とベル、目をまんまる、口をあんぐり。
目の前で起きている状況に、頭の整理が全く追い付かない。
なぜ、ラヴィは空手のような掛け声をあげながらモチモチノミを殴っているんだ?んで、やってることの荒々しさの割に、殴る度に餅がふっくらびよんとうまそうになっていくのは何??
こんなの、俺の知ってる餅つきじゃない。
「ラ、ラヴィさん!? これは一体なんですの!?」
「そ、そうだよラヴィ……! これは、こんなのは、餅つきなんかじゃぁ――」
「セイッ!!」
俺の嘆きを遮るように、ラヴィの掛け声が響く。
ガッチリと握りしめられた拳が餅に向かって垂直に振り下ろされ、パツーンと小気味いい音を立てる。
違う、こんなの餅つきなんかじゃ――いや、待て?この動作、掛け声……
「ハッ……!」
俺、ハッと気付いた。
「これはもしかして、餅……”突き”……?」
そう、これはまごうことなき餅つき――もとい餅突きだったのだ。
もうやだ、この世界こんなんばっか!俺の知ってる常識と、やたらと接触事故起こしていくのはなんなの!?
それからラヴィがセイセイすること数分、彼女は満足げにふぅっと一息ついた。
「……ん、完成」
「か、完成って……これはなんですの?」
「ふふん……これ、我が家に伝わる、料理。 母が、よくやってた」
「いやお前のお母さんスゲッ。 怖っ」
まあ、原理的には間違ってないよな。
要するに餅を叩いてすり潰して、食感をよくするってんだから。
……それを己の手一つでやるというのは、流石に聞いたこと無いけど。恐るべしラヴィ一族。
俺はひっそりと、この調理工程を「秘拳、餅突き」と名付けた。
「……ほら、あったかいうちに、どうぞ」
そう言ってラヴィは突きたてほやほや、見るからにうまそうで熱そうな餅を素手でひとすくいして皿によそってくれた。
「おぉ、ありがとう。 いやでも、完成度高ぇなおい」
指でつつくとむにょんと広がり、軽~くつまめばびよんと伸びる。
お餅部分の優しく甘い香りに混ざって、小さく砕かれた殻のこうばしい香りが鼻を刺激する。
ゴクリ――俺とベルの、よだれを飲み込む音がハモる。
「それじゃあ……いっただっきまーす!!」
「いただきます、ですわぁ……!!」
がぶっと、熱々の餅に食らいつく。
噛むごとに押し返してくるような強い弾力、粘り気、そして香り――
遠い遠い昔を思い返し、俺の頬にはふと温かいものが流れた。
「……うめぇ――う、うめぇ!!」
それはもう、言葉にできないほどの衝撃だった。当然、もち米から作られる従来の餅との違いはあれど、味といい食感といい、これはさながらクルミ餅。
俺の人生で二度と味わうことができないかと思われた、ふるさと日本の味――
「ラヴィッ!!!」
「ん……えっ!?」
俺は気付けば、ラヴィの手をガッシリと握りブンブンと振っていた。
突然のことに驚いたラヴィは、耳も尻尾もビョンと立てて慌てている。
「ラヴィの作ってくれた餅、めっちゃくちゃうまかった……!! なんていうかこう、心にバシッと響いたぜ!!」
「そ、そう……喜んでくれたなら、嬉しい」
「喜ぶどころか、もう大喜びだよ!!」
「……フフッ」
有頂天気分の俺を見てラヴィは小さく笑い、スッと俺に顔を近付けて耳打ちした。
「また、来年も作ってあげるね」
「……!? お、おぉう、たたた頼むわ!!」
耳元でぼそりと呟かれ、俺、心臓バックバク。情けなく言葉に詰まりまくりながらも、グーサインを決める。
いや、いきなりあれは卑怯だろうよ……
俺は気を紛らわせるためにベルに話を振った。
「そ、そうだ、ベル! どうだ、初めての餅――」
「むぐぐぐぐッ――!!」
「ベルぅッ!?!?」
そこにいたのは、頬をパンパンに膨らませて薄紫色の顔をした奇妙な生物だった。
突然の緊急事態に、俺、心臓バックバク。
さっきまでの甘酸っぱい気分、返せよな!?
「ラヴィ!そのアホの背中を強めに叩け!!」
「了解……!」
「こんの食いしん坊がぁっ!! ちょっと我慢してくれよなぁっ!!」
「むぐッ!? むぐぐ――ッ!?」
ラヴィがバシバシと背中を叩き、俺はベルの口にみっちり詰まっている餅をせっせとかき集める――まさに地獄絵図。
そして――
「ぶはぁっ……!! はぁっ、はぁっ……んはぁーーっ!」
今度は顔を真っ赤にしながら、大きく息を吸うベル。
なんとか事なきを得たが……まったく、ヒヤヒヤさせやがって……!
「ったく、正月からな~にしてるんだ、お前は」
「うぅ、美味しくて、つい……」
「拙者の村でも、子どもがよく、こうなってた」
「うぅぅ…………も、もうお餅はこりごりですわぁ~~~!!!」
こうして、俺たちのお正月はお餅騒動で幕を閉じた。
そして、新しい年になってから数日が経ち、街には冒険者たちの喧騒が少しずつ戻ってきた。
また、いつも通り騒がしい日常が始まる。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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