151話 恐怖、バジリスク峠③
「ラヴィさん、今治してあげますわね。 【セロガン】」
腹を押さえてうずくまったままのラヴィに、ベルが魔法をかけた。
淡い緑色の粒子がラヴィの体を優しく包み込む。
「う……うぅ――あ、あれ? 治った……?」
「フフッ、良かったですわ」
脂汗を浮かべていたラヴィの苦悶の表情はスゥッと消え去り、代わりにポカンとした呆れ顔となった。
それを見てベルは、優しく微笑んだ。
どうやらこの【セロガン】って魔法も今日新しく覚えたらしいんだが……これは普通にすげえ。
状態異状の回復ってことだろうが、まともな回復魔法をようやく覚えてくれたことに感無量だわ。
お気持ち程度も回復しない【ヤヤヒール】とか意味分からんもんな。
「ベルぅ、俺は嬉しいよ……お前の急な成長っぷりが……」
「なっ、大袈裟ですわねマヒルさん! これくらい、朝飯前ですわよっ!」
ベルはそう言ってドヤァっと胸を張る。
「いや、でも実際すげえと思うぜ? 戦略の幅も広がるし、俺の麻痺が誤射しちまったとしてもこれなら問題ないしな!」
「へ……?」
「……え?」
ベルは、何を言ってるんだろうという不思議そうな顔で俺を見つめる。
「……え、いや、さっきの魔法って状態異状とかを回復するんだろ?」
「えぇ……? いえいえ、【セロガン】はそんな大雑把な魔法じゃありませんくてよ!」
「へ……? じゃあ、一体何の効果が……?」
「ズバリ、腹痛を治す効果ですわ! ありとあらゆる腹痛に特化した、最強の魔法ですわ!」
ドヤドヤァッと胸を張るベル。
対して俺は、まさに"絶句"の一言に尽きる。
目がシパシパして痛み出すまで――俺はまばたきも忘れて虚無のようにベルを見つめた。
「あ、あの……?」
ベルが困惑した様子で何か言ってるが、俺のほうが確実に困惑してるからな?
いやいや、広い意味で言えば腹痛も状態異状と言えなくもないかもしれないが……そんな限定的な効果なんてことある?なんなら、なんでも食べちゃうラヴィ専用なところまであるよね?
なんか、頭痛くなってきたわ。
「なあ、ベル……頭痛に効く魔法はないのか?」
「えっ、頭痛……ですの? すみません、まだ覚えていないですわ」
「うん……ごめんな」
なんかもうあれだ、今日はもう飯食って帰ろう。
無事に《バジリスク》も倒せたことだしな。
そう考た俺は、野営場所に戻って消えかけた焚き火に薪を足す。
「ラヴィは《バジリスク》の素材回収頼む。 俺は飯を仕上げるから、サッサと食って帰ろうぜ」
「えぇ、帰る? 何でですの?」
「……いや、何でも何も、もう《バジリスク》倒したじゃねえか。 六体も」
不思議そうに俺を見るベルに対して、俺は《バジリスク》の死骸を指差す。
「でも、まだ倒していませんわよね?」
「倒すって、何をだよ」
「それはもちろん、群れのリーダーですわ」
「え……? なにそれどういうこと?」
なにこれ全く話が見えないんですけど?
さっきの六体でも結構頑張ったほうなんだけど……リーダーとかいるの?まだやるの?
「《バジリスク》は、十体位の群れ、作る。 リーダー倒さないと、すぐに増える」
「そういうこと、ですわ! 見たところ倒したやつは全部同じサイズですし、群れの本隊は別にいるんじゃないんですの?」
「同意。 恐らく、もっと山のほう」
「マジかよ……」
てっきり今までの流れから、今日はもう帰って酒場直行コースだと思ってたのに。まだまだ酒はお預けだな。
「……まあ、そのリーダーってやつも見てみたいし、もう一踏ん張り、頑張りますかぁ……」
「そうですわ! まあ、ワタクシの力があれば一瞬で終わりますけれども! お~っほっほっほっほ!」
既に気の抜けた俺と、ヤル気満々のベル。
そこにラヴィが、おずおずと手を上げた。
「あの……とりあえず、ご飯、食べたい……」
「……はいはい。 まずは飯にしようか」
* * *
それからしばらくして、特製スープを堪能した俺たちは再び山道を進み出した。
さっきみたく、茂みから突然……なんてこともありえるから、緊張感は増し増しだ。ベルの操縦する馬車の荷台で、俺とラヴィは目をこらして辺りを警戒する。
「――いた。 二十メートル先の岩陰。 少なくとも、三体」
ラヴィは淡々と告げ、ベルは静かに馬車を停止させた。
さっきまでの頼りなさはどこへやら、集中したラヴィは誰よりも研ぎ澄まされた感覚でいち早く敵を察知する。
俺なんて、場所を指差されてもまったく分からないというのに。
「……了解。 どうする?俺が麻痺を撃つか?」
「ううん、あの数だったら、すぐ終わる。 ちょっと待ってて」
「ラヴィさん、気を付けてくださいね」
ラヴィはコクリと頷くと荷台から飛び降り、音もなく駆け出した。
ヒュウッと風が吹いた後、岩陰の向こうからザシュザシュと何かを斬る音が聞こえたかと思うと、ラヴィがヒョコッと顔を出してOKサイン。
どうやら倒したようだ。
「うん、頼もし過ぎる」
「ですわね」
俺とベルは、しみじみとラヴィを称賛。
そのまま馬車を進め、ラヴィと合流した。
「ただいま。 これ、三体分の魔結晶」
ラヴィは涼しげにそう言うと、コロコロと《バジリスク》の魔結晶を俺に手渡した。
手際の良さが尋常じゃないんだが?
「……なんか、解体の腕もあがってね? 見つけてから倒して、回収するまでに五分もかかってねぇぞ」
「へへ……それ程でも……」
ラヴィは照れた様子で小さくはにかんだ。
当然のように返り血を浴びていたけど、なんだか俺も見慣れてきてしまったようだ。
というか……うん、あれだ。日常が血みどろ過ぎるから感覚が麻痺してるだけだわ。
俺はどうにも釈然としないまま、山道を進む。




