152話 恐怖、バジリスク峠④
山道を進むこと一時間。
道中の《バジリスク》をバッタバッタと倒しながら進み、俺たちは山頂付近まで迫っていた。
「そろそろ山頂だな。 ゲームとかなら、ここらへんでボスが待ち構えていたりするもんだが……」
俺はそう言って荷台から辺りを見渡す――が、やはり現れるのは通常の《バジリスク》ばかり。
いや、カッコイイのは充分分かったんだけど、さすがに多いて。
何体かいたけど、俺たちは流れるような連携であっという間に撃破。
数だけ多く出てくるもんだから、ラヴィはどこか物足りなさそうにしている。
「……おかしい、ですわ」
手綱を握ったまま、ベルは神妙な面持ちで呟いた。
「おかしいって、お前が覚える魔法のことか?」
「ちっがいますわぁ!? おかしいのは、《バジリスク》ですわ! 普通の群れにしては、多過ぎますし……何だか変な感じがするんですわ」
「そう、なのか?」
こっちの世界のバジリスク事情に乏しい俺は、ベルの気がかりをまったく理解できないでいたが――
「……うん、やっぱり、変かも」
戦闘経験豊富なラヴィが呟いたことで、ようやく異状事態なんじゃないかと思い始めた。
「変っていうのは、どういうことなんだ? こんなにたくさん出てくるのがおかしいことなのか?」
「うーん……群れだけど、群れじゃない。 たくさんいるけど、統率が、感じられない」
ラヴィが難しそうな表情を浮かべて頭をひねる。
「統率ねぇ……なんか、そういう時期的なもんじゃないのか? 新人の訓練期間とか、もしかしたらリーダーに対する反抗期とか――」
「……ッ! マヒルさん、それですわ!」
ベルが小さく叫んだ。
え、どれ?
「"そういう時期"――確かにありますわ。 ドラゴン系のモンスターにだけある、特別な時期が……!」
「ベル殿……まさか、それって――竜明季……?」
「……そうですわ。 "もしも"の話ではありますけど」
ベルとラヴィは、深刻そうな顔で黙り込む。
「ちょ、なんだその竜明季ってやつは? ヤバいのか?なあ、それヤバいんじゃないのか?」
「……かなり、激ヤバ」
「……マジぃ? 詳細を聞きたいような、聞きたくないような――」
「竜明季は、簡単に言えばドラゴン系モンスターがたくさん集まる時期のことですわ」
「おおいっ!? 心の準備位させてくれよ!!」
ベルは俺の心の準備を待たずして、淡々とと詳細を語り出した。
「竜明季はドラゴン系モンスターにだけ共通して起こる現象で、起こる理由は単純――強いドラゴン系モンスターが現れた、ということですわ」
「強いドラゴン……この近くに? ヤッベぇじゃん、そんなの」
「まあ……ヤバいはヤバいのですが、さすがに伝説級のモンスターの誕生とかってことではないですわ。 例えば、同じ種の中の上位種や特異個体などが該当するそうですわ」
「な、なるほど。 じゃあ、そこらへんのモンスターでもそれは充分に起こり得るってことなのか」
「そうですわ。 でも、近隣のドラゴン系モンスターは《バジリスク》位しかいないらしいので、竜明季が発生したとなれば、恐らくバジリスク種の上位種が現れた可能性が大きいですわね。 あくまで、可能性ですけど」
俺はひとまず、生唾をゴクリと飲み込んだ。
もしかしたら、俺たちがいるこの近くで何かしら特別なドラゴン系モンスターが現れたかもしれんってことなんだよな?簡単に話聞いただけなのに、すごく帰りたい気分なんですが?
「それが本当なら、俺たちヤバい場所に足を踏み入れちゃってるんじゃ……っていうか、ベルお前、やけに物知りじゃないか」
「うん。 ベル殿、博識」
「そ、そうですの?」
「ああ。 意外とお前のモンスター知識って、随所で光る所があるんだよなぁ。意外と」
「んなっ、何か失礼じゃありませんこと!?」
ベルは俺たちからの暖かい言葉に、照れて髪をいじったり、プリプリと声を荒げたり忙しそうだ。
実際、今の異状事態にもいち早く気付いていたし、思い返せば、これまでだってそういう場面があった――つまりベルちゃん、実はできる子ってこと……?
「そ、そりゃあワタクシだって日々研鑽してますもの! 特に、モンスター知識においてはそれなりのものと自負しておりますわよ?」
そう言ってベルは、フフンと鼻を鳴らした。
「……へぇーお前、モンスターの勉強してたのか。 すげえな。 絶対そんなことしないと思ってたわ」
「そうでしょうそうでしょう!……やっぱりちょっとバカにしてませんこと?」
「フフッ……いやいや、本当にすげえよ」
なるほど、そういうことだったのか。
元貴族で、本来モンスターとはほとんど無縁のお嬢様は、お嬢様なりに陰ながらの努力をしていたんだな。
俺よりも立派な冒険者じゃないかよ。
全く、俺の知らないモンスターの名前とかが会話に出てきたりしてたのはそのせいだったのか。《バンザ》とか、後なんだっけ……?あぁ、《グレーターデーモン》か。マジでなにもん?
努力の結果が色んな所で滲み出てますよ、お嬢様。
「……それで、そんな勤勉なベルに聞きたいんだが……その竜明季ってのは俺たちだけで対処できるもんなのか? 恐らくバジリスク系の強いやつだろうって話だけど」
「それは……難しいですわね。 竜明季の厄介なところは、別の種のドラゴン系モンスターも集まって来るってところですわ。 本来生息地でないはずのモンスターも、何かを察知して集まってきたりするんですの」
ほうほう?ただでさえたくさん数が集まって、さらに強いモンスターがいる上、他のやつらまでやってくると……?
「よし、帰ろう」
「そ、即答ですの!? あくまで、可能性の話で――」
「でも、危ないっていう可能性があるんだろ?」
「そ、それでも――」
ベルは御者席から慌てて振り向く。
……うん、その「どうにかしないと」っていう目。
その目が、俺の考えを――少しリスクを帯びた冒険者的考えってやつを、後押しするんだよなぁ。
俺は思わず、フッと笑みをこぼした。
「――まあ、もちろん全てを確認した上で、だけどな。 本当にそんな危ないことになってるなら、その事実だけでも持ち帰らないとな。そうだろ、ベル?」
「……フフッ、もっちろんですわぁ!」
ベルの顔にこぼれそうなほどの笑顔が浮かんだ。
何だかんだ言って、こいつも立派な冒険者だよなぁ、本当に。
「さすがベル殿、マヒル殿……! いざ、強敵との、戦いへ……!」
ラヴィは意気揚々と刀を抜いて、荷台で立ち上がり叫んだ。
「よしよし、ラヴィ、おすわり。《ドレイク》の時みたく、事故って飛んでったりしたら大変なんだからな?」
「うぐっ!……は、はい」
あれが相当恥ずかしい出来事だったのか、大人しく言うことを聞いてちょこんと座り込むラヴィ。
よし、これで良い。
竜明期だろうがなんだろうが、俺たち三人が揃えば最強だ!
待ってろよ、未知なるモンスター。
待ってろよ、強大なるドラゴン……!
全くこいつぁ、痺れる戦いになりそうだぜ!!




