148話 無垢なる食欲、その身を焦がす
それからしばらく経って、何事もなく夜が明けた。
暖かい日差しが徐々に山肌を照らし、俺たちの新たな一日が始まる。
朝食の準備をしているとベルがようやく目を覚まし、もぞもぞとイモムシのように寝袋から這い出てきた。
朝日を浴びて、金髪のツインテールがキラキラと光る。
その顔は、どこかふっきれたような清々しさに溢れている。
「ん、んん~~! あら、おはようございますわ、二人共!」
「……おう、おはよう。 よく眠れたか?」
「もっちろんですわ! 今なら【サモン・セバスチャン】を何十発も出せそうですわ……!」
「……うん、元気そうで何よりだが、不気味過ぎるんでやめてくれ」
俺がそう言うと、ベルは優しく微笑んだ。
「ベル殿、おはよう」
「あぁ、ラヴィちゃん! おはようございますですわ! 今日も今日とて可愛らしい……!」
「うん、ありがとう」
「はぁ……! 素直なところも素敵……!」
昨日の大号泣はどこへやら、ベルはいつも通りの元気を取り戻したようだ。
……いや、心なしか元気すぎる気もするんだけどな。
俺は苦笑気味に鍋をかきまわした。
「……さて、お前ら! 今日はいよいよバジリスク戦だ! どんな激闘が繰り広げられるか分からないが、兎にも角にもまずはメシだ!」
「メシ! その言葉を待っておりましたわ! 今日の朝食はなんですの?マヒルシェフ!」
"メシ"の言葉に、ベルの目はいっそう輝きを増した。
「ふっふっふ……聞いて驚け、見て叫べ。 今朝はなんと、”イノシシのスープ山菜仕立て”だ……!」
「まあ……! もったいぶった割にとっても普通ですわ……!」
ジャジャーンと、両手を広げて料理の紹介。
まあ、単純に残り物をスープにしただけの一品ではあるが。
「おまっ……ズバズバ切り込んでくるんじゃないよ。 普通なのは認めるが……」
「フフッ、普通でも充分過ぎるくらいですわ! もう食べていいんですの?」
「まあ、そうせっつくなって。 後はこの山菜を――って、あれ……?」
ガサガサと袋を漁るが、無い。
今朝ラヴィが採ってきたはずの山菜が。
「……? どうしたんですの、マヒルさん」
「いや、さっきラヴィが山菜採ってくれてたんだけど……おっかしいな……。 なあ、ラヴィ、何か知らな――ラヴィ?」
ラヴィの方へ振り返ると、当のラヴィは視線をふいっと逸らしてあらぬ方向を向いた。
表情は分からないが、ふわふわの耳がぺたんと畳まれている。
こいつ、もしかして……
「……食った? 生の山菜を」
聞くまでもないかもしれないが、一応聞いてみる。
やはりというか、ラヴィは俺の言葉にビクッと震えた。
「あのう、ラヴィさん? 怒らないから、教えて?」
「…………食った」
「おふぅ……」
ラヴィはぷるぷると小刻みに震えながら、申し訳なさそうに行った。
いや、別に食べるのは構わないんだが、ボリボリ食べてもうまいもんじゃないだろうに……
「もしかして、お腹空いてた?」
ラヴィ、コクリと頷く。
「それで、つい食べちゃったと……?」
ラヴィ、うんうんと頷く。
「……そんで、美味しくなかったか?」
ラヴィ、恥ずかしそうに頷く。
「あったり前だろ! あんなに硬くて苦そうなもん、よくサラダ感覚で食えたな!」
「えへへ、つい……」
「豪快で野性的なラヴィちゃんも、素敵ですわぁ……」
ラヴィはポリポリと頬を掻き、ベルはさっきからうるさい。
まあ、無いものはないで仕方ない。
「おまっ……まあ、いいや。 今日の朝食は、シンプルイノシシスープで!」
「え、いやいや、それは申し訳、ない。 すぐ近くだから、採ってくる」
「え? あ、おいラヴィ! ……行っちまった」
ラヴィは俺が制止する間もなく、茂みの方へ駆けて行った。
まあ、あいつの気が済むならそれでいいか。
「……さて、じゃあもうしばらく待ちますか。 ベル、お腹空きすぎて倒れないか?大丈夫?」
「んなっ!人を魔獣みたいに言わないでくださいまし! あと数分は我慢できますわ!」
「いや、誰だよソイツ! ってか、あと数分しか我慢できないのかよ! ギリギリじゃねぇか!」
「……それでも、ワタクシは耐えてみせますわ! 決して《バンザ》のように食欲に負けたりは――」
「だから誰だよソイツ!!」
ったく、やっぱりちょっと元気になりすぎてるなこいつ……!
あぁ、頼むから早く戻ってきてくれラヴィ。
早いところ飯でこいつの口を塞がないと、俺のほうがもたない……!
俺は祈るように鍋をかきまわす。
ただ無心を心掛け、平常を装って――
だがその時、茂みの向こうで小さな悲鳴が聞こえた。
「むぐぅっ……!」
ラヴィの声だ。それも近い……!
「ラヴィ!」
「ラヴィさん!?」
俺とベルは、慌てて声のした方へ駆け寄った。
まさか、モンスターの奇襲……!?《バジリスク》か!?
はたまた、野盗か他のモンスターか――!?
様々な思考が、憶測が頭を巡る。
「……っ!! おい、ラヴィ、どうした!?」
「……ま、マヒル殿……」
俺たちが目にしたのは、青い顔をしてうずくまったラヴィ。
幸いにも外傷はないようだが、明らかに様子がおかしい。
「ラヴィ、おい、どうした!? 何にやられた!?」
「ラヴィさん、しっかり……!」
「……うっ、ぐっ……あ、”あれ”――」
ラヴィが震える手で指差したのは――
「あ、あれって――さっきの……山菜……?」
「う……ん……お腹……痛い」
「お腹……え……?」
ラヴィ、まさかの食あたり。
山菜を生でボリボリ食べたもんだから、お腹の一つも痛くなるってもんだろう。
ベルは心配半分、呆れ半分という絶妙な表情で立ち尽くしている。
……まあ、もう放っておいてもいいんじゃないかな?
これもきっと、ラヴィの為になるよ、うん。
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