3-2 イトスギ区
また、夢を見た。これは同じ悪夢なんだなって私は認識は出来たが、体は夢魔に支配されたように感覚がない。
この夢の内容はざっくり言うと、追われる夢だ。死人たちの手を振り払い、感覚が無い身体でひた走る。この夢の悪いところは、内容が同じでも結末が違うところだ。私は振り切ったはずの大柄な手に、後ろから首を掴まれ───
「はっ!?」
がばっ、とダイナミックな起床。悪夢のいい所は一瞬で入眠から覚醒まで持っていけるところだと理解した。
「もう、明るくなってる」
毛布を退かし、動悸と息を整えながら、私は外を見渡す。壁の上に立てた拠点からであったが、街には賑わいがあるのが見られた。
「あらー!!やっと目覚めたわねエスちゃん!!うなされすぎてそのまま起きてこないかと思ったわーっ!!」
「うるさい...」
起床後の頭に響く金切り声はライムのものだった。私は右耳を塞ぎながら、目線だけをそちらに向ける。
「あら?アナタたちが寝ている間、この区について私は調べてきたのよっ!オンリーかつロンリーで!」
「え、どうしたの?私たちのメリットになることをするなんて。中身のヒトが変わったのかな?」
「うそーん!!アタシ、もしかして信用されてない!?」
うんと頷きそうになったがとりあえずやめておく。このメガスロット、ライムについてはさっぱり素性が分からない。なぜ私に付いてくるのか、何を目的として行動しているのか。私の脳内メガスロットを回復させたいようではあったが、彼(彼女?)の真意は掴めない。
そう思っていると、背後から筋肉質な手が伸びてきて、ライムの躯体を鷲掴みにした。
「なぜこの場所に俺たちを先導した?答えろ」
カード状のライムを詰問する形で把持しているのは、同行者であるディエゴである。筋肉質な体躯と剣呑な眼光、粗雑で横暴な物言いや行動は暴君のイメージを対面した人間に持たせるが、私はライムよりはまだ信頼できると思っている。問題はライムも同じ同行者なのだが...
「やれやれって奴だよ...まったくもう」
私は腰に手を当て、ため息を付く。私たち一行はなんの脈絡もなしに仲間割れを起こしていた。
壁に作った窓の桟から、暖かい色の光が差し込んでいた。
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「ここはイトスギ区、平和の上に立っている質素な街...だったハズなんだけどねっ!!」
私たちは壁の上に建てた簡易の宿を後にし、イトスギ区の市街地に降り立っていた。
往路を出歩いてる人を見て感じたところは、一見して女性や子供の比率が多いか。活気もありごく普通の街といったところと思われる。よく見ると、彼女らは揃って同じことをしている。それは何かと言うと...
「裁縫?」
「あら、エスも気になるかしら?ン?」
人間の顔ほどもある糸巻きから糸を引っ張り、布と布を手作業で縫い合わせている。てきぱきと行う人もいれば、上手くいかないのか苦戦している人もいる。
「そう、ここでは裁縫技術が普遍し、綺麗で丈夫な衣類の製造に関してはトップを行く、ハイスペックな都市なのよっ!!」
「そうなんだ...」
私たちが着ている服や先ほどまで包まっていた毛布は、電子板から取り寄せれば遠くから輸送されてくる。しかし、その服がどのように造られているのかは考えたことがなかった。
私はレモン色のパーカーに付いているフードを手で遊ばせる。見るとイトスギ区の住民たちは色とりどりの衣服を一人一人作っていた。その中でも私は、ある女性の手元に輝く金属の光沢に注目する。
「布と鉄を縫い合わせてる...鎧を作ってるの?」
「あら、鋭いじゃない!」
ライムがくるくると私の周りを舞う。ちなみにメガスロットの躯体では目立つため、カード状の体を最低限のキュービットで覆った状態だ。これでも声量は落としている方である。
「この街では現在、衣類の他に鎧みたいな武具が増産されているわ。それがアタシの知ってるイトスギ区と違う所よっ!変わっちゃったわねっ!!」
「へへ...そうなんだ」
昨晩出歩いた際に武装している人がいたため、鎧ではないかという推定に至ったのだ。それにはもちろん、巨大な女武者である武紗士も寄与している。
この街で作られる衣服のバリエーションに感心していたところだった。それは突然のことだった。
不意に、私の脳裏に影がちらつく。それは目の前で鉄と丈夫なレザー素材を縫合し、鎧の一部分を作っている女性を見たからか。それにより、戦いの匂いを感じ取ったからだろうか。
「えっ...?きゃっ!?」
突如、裁縫を行う女性の悲鳴とともに、ガシャン!という音が辺りに響いた。私にもその破砕音は鮮明に聞こえてきた。
「...何っ!?」
一体何があったのだろうか。私は強く衝撃が残る額を撫でながら状況を俯瞰する。
「ん...?額?」
路地でライムと話していただけなのに、私の額に強い衝撃が襲う訳がなかった。石頭なのか、強い痛みは無いのだが、じくじくと頭を打ち付けた感覚だけが残る。
正面を見ると、倒れた糸巻き機が地面に横たわっていた。 その横には、糸紡ぎの女性が得体の知れないものを見る目で私を見下ろしていた。
私は前傾した体勢のまま、何が起こったか把握できずに身体を動かすことができなかった。
「な、なんですか!?いきなり突っ込んできて!」
「突っ込む...わ、私がですか?」
そんな事はした覚えがない。ぼーっと鎧を編んでいる女性の手元を見ていたら、急に脳裏に何かがよぎり、気がつくとこの体勢になっていただけだ。
「お前も大概だな。俺に勝手なことをするなだの、とやかく言えないぞ」
背後から声が聞こえ、私はパーカーのフード越しにひょいと持ち上げられた。横を見るとディエゴが諌めるような目で私を持ち上げたまま見ている。
「ディエゴ...えっ?私がなにかした?」
「突拍子もなくそこに倒れている糸巻き機に体当たりしていった」
「...嘘だよね?」
再三だが、そんな事をした覚えはない。だが、額に残る衝撃と周囲の状況が、ディエゴの発言を裏付けていた。
「失礼したから許せ。何も破損している訳では無いからいいだろう」
ディエゴが女性にそう言うと、女性は憮然として何か言いたげな表情だったが、倒れた糸巻き機を元に戻し再び作業に移っていった。
ディエゴの手から解放された私は、自分の行動が信じられなかった。
「エスちゃん、なぜあんなことをしたのかしら?」
ライムが質問してくる。
「...体当たりだなんて、してないしわからない」
してないは間違っているのかもしれないが、わからないは正しい答えであった。
「...くっ!」
「ちょっと!?また!?」
私は居た堪れなさから、その場に背を向け走り出した。
わけがわからなかった。往来を歩く人を避け、時折ぶつかりながら、宛もなく疾駆する。そうしてここが、私が来たことのない未知の場所であるということを今更ながら思い出した。
どれくらい走ったのだろうか。
私はすっかりディエゴとライムの二人とはぐれてしまった。二者の自分勝手な行動に悩まされたものだが今回は立場が逆転、私が衝動的に逃げ出す形になってしまった。
「はぁっ...はぁっ...」
ほうほうの体で息を整える。私は一度来た道は忘れないのだが、遮二無二に全力で疾走していたせいか、自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。
「なんでこんな、所にいるんだろう、私...」
頬を滴る汗を拭う。檻のように閉じこもっていたヒナゲシ区から飛び出し、現在は見知らぬ地で迷子になっている。何をしているんだという焦燥が私の中に芽生えていた。
「頼れる人なんている訳ないし...」
初めて訪れた場所で、頼りになる人なんている訳が無かった。だが、人生とは思いもよらぬことの連続であるのだった。
「いや、待てよ?」
ちりっ、と、不意に遠い日の記憶がよぎって去っていった。私は消えていった記憶の断片を掴むべく、唇の前に拳を当てる。
「あれじゃないこれじゃない...」
悶々としているが、取り留めのない記憶ばかりがヒットして中々思い出せない。だが、唯一心を許せる人間のぶっきらぼうな声は忘れるはずも無かった。
「アタシが住んでる所?あー、ひときわでっかい建物があってだな、そこで男どもがどんちゃんやってるの。バカだろ?」
「...病院だ!」
私は確信した。この場所で彼女に会えるとは思いもよらなかった。今度はちゃんと目的を持ってダッシュする。
目当ての施設は早々に見つかった。他の住居より一回り大きい建物には、赤い十字のマークがシンボルとして取り付けられていた。私はドアを開け、広いエントランスへと進む。そこには数人の女性がいたが、目当ての人物にすぐ目線が吸い込まれた。
桃色の長髪が肩にかからないよう切り揃えられ、背が高くすらりとした体型を白衣で包んでいる。顔はやや童顔だが、肌が綺麗だからか、僅かなニキビの跡が目立つ。女性のきりっとした細眉の下にある力強い両眼が、私の姿を捉えた。
女性は手に持っていたキュービットの箱を落とした。いるはずのない私の姿に唖然としている。
静まり返る空間の中、私は一歩進み、四年振りに出会った恩人に声を掛ける。
「久しぶりだね、カンナ。元気にしてた?」
思わぬ再会だった。私は感極まって胸の裡が熱くなるのを感じていた。
カンナもそう思ったのだろうか。我を取り戻すと、こちらに大股で歩いてくる。そして歩くスピードを増し───
「てめーなんでここに居るんだ!!」
「ぶっ!?」
四年越しに再会した命の恩人から、容赦ない飛び蹴りを食らったのだった。




