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キュービット・オン・ザ・グラウンド(改訂前)  作者: TATA
第二章 崖と狭間の道
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2-14 チャン・ザ・リンの記憶

 それは、拙者が二十三歳の時であった。


 2030年に勃発した、北米と南米との戦争。この戦争は南北アメリカ戦争と呼ばれ、今も世界に多大な爪痕を残している。拙者が住む国であるコロンビアも、苛烈に破壊の限りを尽くす戦火の侵略に晒されることとなった。


 500人の北米軍が強行軍として送り込まれた。彼らは密林を這い回る蟻のように市街地を制圧した。当時のコロンビア大統領が反抗の意を構えると、続々と建物から火の手が上がった。


 強行軍は初動の勢いこそ良かったものの、住在のコロンビア・ベネズエラ連合軍によってまたもや蟻のように潰されていった。


 この顛末がコロンビアを襲った悲劇の始まりである。


 戦争は、膨張した熱気のように熱量を持って拡大していった。


 不幸にも、南米大陸のうち北米側に位置するコロンビアは、壊滅的な被害を受けることとなった。


********


「母ちゃんもロディもトマスも、みんな南の方へ避難していっちまった。未だここに残っている俺達は物好きなのか?チャン」


「命惜しいとは言うが、ここも軍人達が守ってくれている。この大陸にいる限り何が起きてもおかしくはなかろう。その点では安全ではないか?カルロスよ」


「よく言うよ...ここは激戦地だっていうのに」


 拙者たちが話しているのは、残骸になった建物の中。粉塵が舞う中、外の状況を確認する。


 外には常駐の兵士達が数十人規模で配置されていた。拙者達は戦えないため、後方で言わば雑用を行っている。


「にしてもチャンよ、あれの噂知ってるか?空からばーって打つヤツ」


「ばーっとはなんだカルロス。神の使いでも来ると言うのか」


「神なんか信じてないくせによく言うよ。あれだよ、どんな大群も一撃で葬る最強兵器!」


 拙者らの間で噂になっているものだ。南米軍が所持する切り札。南米大陸の烏合の国々を纏めた統率者のカリスマだけでなく、広範囲を殲滅する兵器の存在が、強大であるはずの北米軍と対等に渡り合う因由となっていた。


「それはもう既に発射されてるんだってよ!俺が権力者だったらバンバン連射してるのに」


「馬鹿なことを言うなカルロス。それだけの超兵器、頻繁に打てる訳ないだろう。核兵器と同じだ」


「戦争なんだから手加減なんてやめりゃいいのに...」


 カルロスは手元で瓦礫を放り投げ遊ばせている。拙者は立ち上がり、外の様子を見に行った。


 外は今のところ平和だ。勃発から戦争に慣れた兵士たちが雑談している。


「...いや」


 拙者は全身の筋肉に力が入るのを感じた。赤茶けた大地を踏みしめる足から振動が伝わってくる。辺りは夕暮れが過ぎ夜になろうとしていた。


「おいどうしたチャン...って、来たのか」


「ああ、逃げるぞ」


 拙者は地響きの方向から反対に向かって駆け出した。振り返ると、迷彩色のヘリコプターが数機、兵隊の手前へと乱暴に着陸していた。


「来たか!米国の悪魔共!」


「俺たちがぶっ殺してやんよ!」


 威勢の良い声が聞こえてきた直後、銃撃戦が始まった。


「急げ!跳弾一発でもたまったもんじゃない!」


「分かっている!」


 拙者らは必死に悪路を走る。破壊された建造物の瓦礫が足を捕らえそうになるが、なんとか転ばずに走りきる。


 どれだけ走っただろうか。


 拙者らはある程度無事な建造物群の中でひとまず息を整える。


「ふぅっ、ふぅっ、今回も生き残ったか」


「はぁっ、はぁっ、大事なし、だろう」


 戦場から逃げ切った事に安堵する。戦火の中にいても、拙者達には的になることしかできない。ゆえに、絶対安全な場所まで毎度避難している。


「これ、何回繰り返すんだろな...」


「我々が、勝利するまでだろう」


「へへっ、いつになる事やら...」


 我々は二階建て民家の二階に居た。大きな窓が一つある書斎のような部屋である。


 拙者らが避難した、誰かが暮らしていたであろうこの民家も埃が堆積している。今だ生活感が残る民家を後にしようとする。


「なぁ、折角だし貴金属とか探そうぜ?」


「やめろカルロス。非常時とはいえそんな罰当たりな事を」


「罰当たりって...お前の神はどこにいるんだよ」


「それは...」


 拙者は無神教者であった。僧侶のような見た目に反し、信仰を持たない事によく驚かれる。


 もう少し休憩してから戻ろうと考えたところであった。


「!、ふせろ!」


 カルロスが鋭く言葉を上げる。私は反射的に室内で匍匐の姿勢を取った。


 直後、開きっぱなしの窓からプロペラの回転音が聞こえた。それは絶望を我々に運んでくる毒虫の羽音である。


「...負けたのか?駐在軍が」


 おおよそ五十人近く居たはずの軍団が壊滅したであろうことは、拙者たちが隠れる市街地にヘリコプターが到来したことで容易に想像できた。そして、窓から顔を覗かせた瞬間、その理由が明らかとなった。


「ドローン...」


 空を覆うのは大量のドローン兵器であった。拙者らはすぐさま身を隠す。


 突如、南西の方向から銃撃の音が聞こえた。それと同時に、細い悲鳴が混ざっていたことも聴き逃してはいない。


「......ここも終わりか」


 カルロスが古びたズボンのポケットから、年代もののタバコを取り出す。ライターで火を付けると、辺りに副流煙が立ち込めた。


「ヤケになるな、まだ逃げられる道は残っているかもしれない」


「うるせぇな、この状況でどう逃げろってんだよ」


 空を覆うドローンは、密林で見られる蝙蝠の群れの似ていた。蝙蝠達は集団で統制を取り飛ぶため、密集した姿が一匹の龍として見える。しかしドローンは等間隔に飛んでいるため、獲物を逃がさない網のように見えた。


 悲鳴と銃声。建物には目をくれず、人の命だけを刈り取っていくのが見て取れる。


「あー、俺も母ちゃんと一緒に南へ逃げときゃ良かったぜ。どっか別の大陸でもいいしな」


「とりあえず今は見つからないよう身を伏せて...」


 そのように拙者が宥めたところに。


 ドカガガガッ!と銃撃が窓ガラスを直撃した。


 タバコを咥えやさぐれていたカルロスも、ドローンが近づいてきたら咄嗟に逃げようと用意していた拙者も、二人揃って硬直する。


 一瞬で室内にはガラスの破片が広がった。幸い、外からドローンが入り込んでくることは無かった。


「やべ、死ぬ」


 カルロスが呟く。拙者に出来ることはもう誰かの助けを得ることのみだった。


「頼む...誰か!無力な我々を助けてくれ...!!」


 目を閉じ、蹲る。だが、見知らぬ誰かが階下から誘導し、我々を逃がしてくれるなんて都合のいいことは無かった。


 だが、代わりにといってはなんだが。


 北東の方向より。まるで地球が悲鳴を上げるような、耳をつんざくような爆音が鳴り響いた。


 ドオォォォォォォオオオオオン!!!!


 それはもはや音ではなく、衝撃波だった。未だ新しい部屋の壁が震え、本棚から本がいくつも落下する。


 外を見ると、ヘリコプターが墜落していったのが一瞬見えた。ヘリは地面の高さまで下降すると、爆風にその姿を変えた。


 空を覆っていたドローンは言うまでもない。一軒家を震わせるほどの衝撃波には無力であった。


 急いで階段を下り、外へと躍り出る。


 そこで見た光景を、拙者は一生忘れないだろう。


 陸地を超えた遥か遠く。そこには目を灼かれるほどの虹色の光柱が屹立していた。光の正体は、エネルギーの塊であることが一目で見て取れる。この瞬間だけは、あの光を中心に世界の理が歪んでいた。


 襲い来る突風を見に受けながら、見上げた姿勢のまま目を離せなかった。隣のカルロスが舌を巻いた。


「やべぇ...ホントにあるなんて、すげぇよ超兵器」


「カルロス...あれは?」


 隣に聞きながらも、目線と意識は光の柱から離せなかった。全身全霊が虹色の光に釘付けとなっていた。


「ふははっ...あれさえあれば、北米軍なんて敵じゃない!レイン・■■だ!!」


 突風でよく聞こえなかったが、カルロスが言い放ったあの光の名前は耳朶に染み付いた。


「レイン...!!」


 拙者は全身で畏れを感じた。圧倒的な威光で、身に迫る危険を全て吹き飛ばしてしまった。絶対的な光は遮るものが何も無かった。眼前に聳える虹色の光は、天からの裁きの鉄槌だった。


「あれこそが、あれが、神の光!!」


 圧倒的であること。それが陶酔の条件だった。


 2030年、南北アメリカ戦争の最中。それが拙者の、レインとの出会いであった。

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