2-11 信ずるものは何処に
「これでも...だめなのっ」
勢いよく上空に弾き飛ばされた私は、地面への衝突を避けるべく、キュービット操作を行う。中空を舞う一畳程の板を作成、更にパーカーのフードにキュービットを入れこませる。
キュービットが入ったフードを中心に回転運動。体勢を整える後、板に着地する。
落下する私を支えた板は、衝撃に耐えられずに地面へと失墜する。
「ぐっ...まだっ!」
硬いもの同士がぶつかる衝撃は相当なものだ。私は背面で緩和された衝撃を受け止めながら、すぐさま立ち上がる。
「これ以上レインに無様は見せられない。エス、うぬを必ずや縊り殺す」
鬼気を孕んだチャンの言葉は、私を金縛りのように硬直させる。退くことも選択肢の一つだったが、私はチャンと対話することを選んだ。
「私だって、あなたを止める。そして、そして...えーと」
「...?」
チャンを止める。それはこの争いの目的であり、火を見るより明らかな事柄だ。
しかし、その後は明確なイメージが湧かなかった。チャンの執心を曲げさせられる未来は見えなかったし、殺すのも違うと思った。
「そもそもおかしいですよ、何で私たちは争っているんですか。数時間前までは普通に話して、普通に食事して、敵意なんてお互いに持ってなかったのに」
チャンは一瞬だけ眉を顰めたあと、このように注釈した。
「決まっているだろう。拙者は無辜の人間を殺害し、レインの裁きを受ける。その人間にうぬを選んだだけだ」
「それならしょうがないや、なんて言えないですよ。レインのために、なんて...」
私ははっとした表情になる。この争いの原因はレインという高次の存在だ。それが何なのかは分からないが、チャンの言い分から推測すると...
「悪い奴を滅ぼして、無実潔白の人を守る」
なるほど、と私は思った。争いの原因がそれであるなら、相手の言い分を聞いてみるのも解決の一途かもしれない。
「チャンさん!」
私は相手の正面に向き直る。
「私エスは、レインに助けを求めます!」
右手を天に掲げる不格好なポーズを取る。こんな事をして意味があるのかと思ったが、レインの本質が分からない以上、出来ることはやるべきだと思った。
「レインに助けを乞う、だと。そんな、レインは...」
「悪を灼く光なんでしょ!?敵から助けられたんでしょ!?それなら!」
私は掲げた右手でチャンを指さす。
「私一人助けるなんて造作もない事でしょう!?だってあなたは、自分のためにたくさんの人を犠牲にした恐ろしい悪人なんだから、レインが応えないのはおかしい事だ!」
ツギハギだらけの論及だが、チャンは最後まで真剣に聞いていた。そして、足元に落ちていた、私が作ったキュービットの槍を手に取る。
「...見てみたい」
「何がですか」
「レインは本当に弱者の味方なのかを」
そう言うと、槍を私に向けて構えた。
「もしうぬの祈りが届いたのなら、拙者ごと光に灼かれ、この槍はうぬには届かないだろう」
「...」
「反対に、この槍がうぬの頭を貫くのなら」
ざりっ、と靴が地面を擦る音が聞こえた。
「レインとは何なのか、もう一度考え直さねばならない」
私の背中に冷や汗が走る。それだけか、と思いはしたが、私の主張を告げる。
「私、死ぬのは怖いです。遠くないうちに来る寿命に怯えて、狭い部屋に閉じこもるのが安心だったんです」
左端にあるメガスロットの数値は4574とある。度重なる権能使用でライフは刻々と減っていた。
「でも、それでも部屋を抜け出してここまで来たんです。それはこんな所で死ぬためじゃない」
なし崩し的にせよ、閉塞を感じていた区から抜け出したのは私の意思だ。その選択を、無為なものにはしたくない。
「本っっっ当に不安だけど、私の命をレインに預けます。そうすることで、あなたが正しいかってのがわかるから、だって」
私は一呼吸置いて、作り笑顔でこう言った。
「チャンさんだって、自分の信じるもののためにここへ来たんでしょ?」
「...うぬは、愚直だな」
一瞬の従順の後、槍を持つチャンの手に力が込められた。
遠い世界で行われた、ガンマンの早打ちとはこういったものだろう。両者の間には遮るものは無く、崖下に向かって吹く風と空中を移動するキュービットだけが背景だった。一つ異なるところは、ガンマンの片方は銃を持たず、自身の無事をを天命に委ねている所であったが。
私は、遥か遠い過去のようなつい先程の記憶を思い出す。
「ふぉっふ、なんていう料理なんれすかこれ、考案ひた人は悪魔れすよ」
「うむ、これはロコト・レジェーノという。」
※ロコト(トウガラシ科のピーマンのような野菜)をくり抜き、ひき肉を詰め焼いたもの。
私はチャンに振舞ってもらったロコト・レジェーノの辛みに口腔ならびに唇を焼かれながら、この料理だか劇物だか分からないものの正体を伺う。この赤黒い料理はチャンの悪ふざけではなく、れっきとした伝統と支持に裏付けられた料理であることがわかった。...支持があったかどうかは定かではないが。
「拙者の世界では、生鮮品を長い間手元に置いておく必要があった。この場所のように、ボタン一つで即時配膳されるという訳にもいかぬゆえな。ゆえに、辛味に味付けすることで、腐敗から守るという意味合いもあったのだ。古代からの知恵だ」
「へぇ〜そのためにこんな激辛な味付なんれすね...」
腫れが引いてきた唇で感嘆の意を紡ぐ。
確かに、食事は調理された状態で即座に届き(パッケージできない料理は厳しいが)、鮮度を気にする必要もない。これは食資源を用いるに当たっての究極の形だ、と私の主治医も言っていた。
「このロコト・レジェーノも、さりとてまずいわけでもなかろうに」
「...」
「なぜ押し黙る?」
しばしの沈黙の後、お互いに「ふっ」と笑みが零れる。私は気合いで空にした皿を眺めていると、チャンはこう言った。
「...レインに、巡り会えると思うか?」
「えっ?」
私は聞き返すが、すぐに返答を返すことにする。
「会えますよきっと。だってそのためにここへ来たんでしょ?」
私は天蓋で覆われた空を見上げる。
「会いたいって望みを持っていれば、いつかきっと会える事になるんですよ!だってそうじゃなきゃ、私たち報われないでしょう?」
未だにレインが何かは分からない。だが、チャンの真摯さは報われるべきだと思った。
「そうか...痛み入る、エスよ」
チャンは後ろを向き、身支度を始めていた。
......まさかその私が、そのレインに天命を委ねることになるとは思わなかったが。
「レインよ、未だ健在であるのならば、あの時の私のように彼女を守ってくれ」
これから殺す相手の為に読む祝詞。
行動とは裏腹に、言葉には本心が籠っていた。
槍は大きく振りかぶられ───
私の頭蓋目掛けて投擲された。
飛来する槍を止める光が空から降り注ぐ───そんな事を私も少しは期待していたけど。
遮るものも無く、槍は私の頭蓋に直撃した。
私の意識は暗転した。
視界を一面の黒が支配した。




