2-10 止める為の戦い
拙者がここに住まう人間を殺害するのに使ったのは、長さ1m程のキュービットで出来た柱であった。角材、と言った方がイメージとしては正しいか。
手始めに、拙者の異形を見ると逃げ出した女性を捕捉し、殴り、殴り、ひた殴り、撲殺した。
もう少し拙者はショックを受けるものかと思っていたが、自らが作り出した女性の死体が思いのほか原型を保っていたので、さしてやってしまったという気にはならなかった。
それよりも、女性を殺し悪人になったことからレインに灼かれるという恐怖の方が大きかった。手に持っていたメガスロットを遠くに投げ飛ばすと、拙者は審判の時を待った。
一分、十分、一時間、三時間。拙者はその場から微動だにしなかったが、悪を裁く光は降らなかった。そして夜が明け、拙者は歩き出した。
「足りない、犠牲が足りないのか」
遠い日の過去、レインが降りてきたときも我々の仲間内では数万単位の犠牲者が出ていた。人一人殺した位では降り注がないのも無理はない。
「それならば───」
そうして、この場所では数少ない人間を探しに歩を進めるのであった。
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「やあっ!」
私エスは、威勢の良い掛け声とともにチャンに突貫する。
手に持つのは、キュービットでとっさに生成した棒である。腕力がないためチャンのような太い柱は振るえなかったが、果敢に挑みかかる。
この棒を至近距離で打ち付けたかった。そうすることで、私の鬱悶をぶつける事ができ、彼がそれに対してどう反応するかが分かるような気がしたからだ。
「...フン」
ガキイィン!という音とともに、チャンの振るう巨大な鎚と私の細身な棒が激突した。二本の棒は衝撃を吸収した。反発により、チャンは微動だにせず、私は数メートル先まで吹き飛ばされた。
「うぐっ!」
ゴロゴロともみくちゃになりながら回転し、なんとか大の字になって回転が止まった。
「ぐっ...痛っ...」
全身を打ち付けられた衝撃を振り切るように、右脚から順番に立ち上がる。ふらつく身体とは正反対に、両眼はまっすぐ相手の方向を見据えていた。
「抵抗しなければ楽に殺すことができるぞ」
「何のために...反抗してると思ってっ!」
ゆっくり歩いてくるチャンに対し、私は両腕を突き出す。
直後、チャンの左右から彼を沈める程のキュービットが押し寄せてきた。メガスロット操作の本懐。ノーモーションで大掛かりな命令ができるのは私の特権だった。
「ほう!奇怪な技を使う」
慌ててチャンが上空へ飛び出すのが見えた。しかしキュービットの暴波を躱しきれず、右足が巻き込まれる。
「引きずりこめっ!」
私はチャンの右足を中心に、キュービットを渦巻かせた。勢いに飲まれ、チャンはキュービットの渦に沈んでいく。
「これなら脱出できないですよ!このままあなたを───」
チャンを、どうする?
彼はメガスロットと違い、生きた人間である。
仮に相手がメガスロットであれば躊躇なく破壊出来たのだが、チャンの生命活動を止める訳にはいかない。
そうしてしまうと、私が散々非難していた人殺しになってしまうから。
突如、チャンの元にキュービットで出来た板が何枚も飛来した。
それらは渦の横腹にがつがつと刺さると、渦を成す細かなキュービットはベクトルを変えられ、四方八方に放射していった。
「拙者も、便利なものを持ち合わせていてな」
「そっか、ロンが...!」
先ほどディエゴが捕らえたメガスロット、ロンはチャンの手元に未だ保持されていたままだった。
「おい、男!あの生娘を殺せばワシは解放されるのか!?」
「エスの首をへし折るなど、拙者一人で容易い。便利であるから生かしている、それだけである」
「ぐぬ...」
どうやらチャンとロンは協力関係という訳ではないようだ。私の力を目の当たりにしたチャンが、油断はしないと大振りの鎚を片手に持ちながら突っ込んでくる。
「やめてチャンさん!私じゃあなたを殺せない!」
「拙者はうぬを殺すためにいる」
水平方向に振られた凶刃を、私は後方に飛びのいて躱す。続く縦方向の一撃も、真横に転がり込むことで回避する。巨大な鎚は、私がいた位置をドゴン、という音とともに破砕した。
防戦一方の最中、私はキュービットの弾丸を両手の指ほど生成し、チャンに突撃させた。
チャンは鎚でいくつかを防ぎ、三つが空を切ったが、残りの弾はチャンの肉体に命中した。
「ぐっ...」
体勢が崩れたが、決定打にはならない。どうしても、弾丸の勢いが、足りない。
「足止めにしか、ならない...」
現在私は横向きに倒れ込んでいる状態であり、再び弾丸を作ろうとしても僅かの時間がかかる。その間にチャンは体勢を立て直し、私に襲いかかるだろう。
だが、この好機を活用できる方法を思いついた。
「っ!ロン!どうにかして!」
チャンの手に捕まっているロンは、嫌々利用されているようであった。もしかしたら叛意があるのではないか。
「命令するな、生娘!」
直後、チャンが持っていた巨大な鎚が霧散し、彼の顔に向かって結集していった。ロンの目的は、窒息。
「機械の板ごときが...!」
チャンは空いた手で顔を覆うキュービットを剥がそうとするが、余裕が出来た私が弾丸を二発打ち込む。
大柄の男が、頭部をキュービットで覆われたまま背中から倒れ込んだ。
「フンッ!ワシを利用しようとするからじゃ!」
チャンの手から逃れたロンが毒々しげに呟く。
「よしっ、これで...」
私は顔以外をキュービットで拘束しようと考えを決めた直後。
「ぐるぅぅぅっ!!」
人間のものではないような咆哮。思わず立ち止まってしまうと、チャンは視界を塞がれたまま、掌から逃れたロンを捕まえていた。
「おいっ!やめろ!ワシは...」
ロンがそう答える前に。
めきり、という音とともに、大きな手に包まれたメガスロットは握りつぶされた。
「どうして、見えるの」
私はそう呟くと、一目散に駆け出していた。
「うぉぉぉお!!」
対するチャンは、キュービットで覆われた頭部を何度も地面に打ち付けた。激突の度に響く砕け散る音は、キュービットなのか頭蓋なのか分からない。何度目か分からない衝突を繰り返すと、外装となっていたキュービットは陶器を落としたように割れ、チャンの頭部がでてきた。
白いターバンを赤に染めた姿は見るも無惨で痛々しい。チャンはひしゃげたメガスロットを捨てると、新鮮な空気を吸いながら私がいた方向を見据えた。
「ハァ...ハァ...油断で私が殺されそうになったのは初めてだ...今度は確実に...いない」
チャンが見据えた先には、私の姿はなかった。
「ぐっ...!」
なぜなら彼の背後に移動し、死角から攻撃する準備を整えていたからだ。
彼の背中にキュービットの大槍を突き刺す。元が立方体なので貫通力はないが、ダメージを与えるには十分だろう。
「決めたんです」
私は槍を持つ手を緩めずにこう告げる。
「チャンさんを死なせることは出来ないけど、たとえ大怪我させてでも改心させる!それが私に出来ることだって!」
私はチャンより圧倒的に非力だ。だから容赦はしない。槍を腕力ではなく体重をかけて押し込む。
「そこまで抗うか、エスよ...!」
「当然っ!」
チャンの姿勢が傾いた。
「死なないために...死なせないためにっ!」
どさっという音が鳴る。
巨漢は地面に倒れ伏した。その上に立つのは、あまりにも不似合いな槍を抱えた小柄な少女であった。
だが。
「もう、後戻りはできないのだ!!」
男が丸太のような片腕を振るった。為す術もなく、少女は真綿のように吹き飛ぶ。
男が持つ底力は、いたいけな彼女が御せるものではなかった。




