2-4 生まれて初めての死合い
キュービットの特性は、1立方センチメートルの質量を持つこと、無数にあること、一つ一つが結集できること、燃料を用いず三次元的に移動できること。
この特性を利用し、主に建造物の組立および物品の輸送に用いられている。
そう、誰かを攻撃することは本来の用途には含まれていないのだ。歴史的にはキュービットが先にあり、そこから人間が生まれたと聞いているため、元来自然にあるものに対して本来の用途と定義するのも些かズレてはいるが。
仮にキュービットを人間にぶつけるとする。単体では殺傷力を持たないため飛来の慣性を保ったままぶつかる。軽い物質のため当たっても痛みを感じないくらいだ。
だがキュービットが結集し、大きさと重さを得るようになったら。進行方向に人間がいた場合は急制動がかかり、衝突を防止する仕組みが設けられている。むろんベクトルを殺しきれず、衝突事故が起きてしまうこともあるのだが。
何はともあれ、キュービットへ人間以外の相手に攻撃用途で命令できるのか。そしてメガスロットの攻撃は人間に対してのセーフティはあるのか。
「フンっ!」
「ぐっ...!」
私が電子板で命令した攻撃と、ロンと名乗ったメガスロットの攻撃。お互い10cm程に結集させたキュービットを相手に向け放ち、すれ違いによる擦過で軌道がズレた塊が各々の操作者に直撃した。
私の塊はロンの腹に直撃したが、ダメージなど受けておらずビクともしていないように見える。
対して相手から飛来してきた塊は、私の肩を打ち付け、そのまま後方に流れて行った。当然というか、ロンは電子板を用いずにキュービットを操作していた。
「キュービットを、人間に向けて飛ばせるんだ...」
私は肩を押さえそう零す。質量に見合った、硬式のボールが直撃したような痛みがあった。
「おい娘!お前一人でわしをどうにかできると思っていたのか!?浅はかにも程があるわい!」
そう言いながら、ロンはピアノと呼んだ机に指を下ろす。ドーンといった耳障りな音が空間に反響する。
「どうにかしなきゃだよ、いつだって」
私は内気で温和な性格だと自負している所があったが、結構頑固な所があるとこの瞬間分かった。
そして更に分かったことがふたつ。
ひとつは、キュービットはメガスロット相手には進行を中断しないこと。つまり攻撃の手段として使えてしまう。あくまでも事故防止のセーフティは人間に対してだけというわけだ。
もう一つは、メガスロットが操るキュービット群は、そのセーフティが一切機能しないこと。目の前のロンのように、悪意をもってキュービットを操るものが出てきた場合どうなるか。犠牲者は三十二人にも上った結果となった。
「...私を殺すの?」
ズキズキと鈍痛を伝えてくる左肩は、遅まきながら私に恐怖を伝えてくる。さらに傷が増えれば、身体の震えが増えるのだろうと思った。
「この世界ではなぁ!支配者であらねばならんのだ!メガスロットは!ゆえに鏖殺しなければならないんじゃよ!人間は!」
傍若無人な物言いは、私と機械の間に大きな懸隔があることを感じさせた。醜悪なエゴの塊は、人殺しを正当化させる程思想を歪めてしまうのか。
もしくは、最初から被虐的な思想が土壌にあったのだろうか。
「知らない、知らないよ。あなたの事は」
相対する彼の主張を蔑ろにしてはいけないと思った。例えそれがどんなに私の常識とかけ離れていたとしても。
「だから私は勝手に知るよ。あなたがどうしてここまで酷いことができるのか。メガスロットは、私たちにとって何なのか」
私は目の前のキュービットで出来た人形を見つめる。
「うるさい、死ね」
相対的にロンは会話をする気はないようだ。キュービット群を10cm程の塊にし、それをいくつも投擲してくる。
「嫌っ!」
私はその場から飛び去り、塊を避けようとする。
四つ目までは躱すことができたが、五つ目が右足に直撃する。
「ぐっ...」
思わずうつ伏せの姿勢で倒れ込む。打擲のショックで身体が動かなかった。
「ぐあっ!」
背中に重いものが落下してきた。めきり、という音が鳴ったような気がしたが、どうやら骨は折れていないようだ。
「ようやっと人を殺せるわい、無惨に潰れて死ね!」
まるで長らく辛抱していたという様子で、ロンのトドメを下す声が聞こえた。
危険の瀬戸際で頭の回転が速くなったのか、私はとっさに先程あった男達の言葉を思い出していた。
「あの怪物は火を嫌うんだ。だから俺たちは火を絶やさない。死なないためにだ」
火事場の馬鹿力というのだろうか。
むろんここには火種もなく、燃えるものも乏しい。心当たりがあるとすれば、先程会った集団は火を絶やさず灯していた。
場所を飛んで、ここから2km程。
「うわっ、何だ!?」
男が目の前で煌々と燃やしていた焚き火が、一部を抉り取られたようにキュービットの箱で包まれる。その後、火を包んだキュービットは、猛スピードで彼方に飛んで行った。
「な、何だったんだ...?」
怪物の敵襲かと思われたが、以降は何も無かった。
かくして、エスとロンが対峙している場所に戻る。
私は背中に重石が乗っかり逃げられない状態。おまけにショックと緊張で電子板もまともに操作できない。
だから切り離した。私が倒れ伏す床ごと建物の一角を。
建物の一部が抉り取られたように傾き、ロンが放ったであろう凶刃...凶キュービット塊は私が伏臥していた場所にゴトンという音を立て落下した。
「な、なんじゃその髪は...」
目の前のキュービットで形作られた怪物が唖然としている。それもそのはず、私の色素が抜け落ちた頭髪は淡く発光し、そこに得体のしれないコードの羅列が放射状に流れていた。
「私だって、怪物になれるんだから...!」
脳内に埋め込まれたメガスロットの起動。デメリットとして寿命が縮むが、生死の狭間でそんな事を言っている場合ではない。
これにより、電子板コンソールに依らないキュービットの直感的な操作が可能になる。そして、以前キュービットの高度限界を超えたように、幾つかの制限を超えた命令を下すことが出来る。
「来いっ...!」
「何を言っている?気味が悪い娘、その動けない体で何ができる!」
実際私の身体は動かなかった。それがダメージによるものか、恐怖によるものか、緊張によるものかは分からなかった。
だが脳内メガスロットの命令はしっかり機能していた。開けた建物の隙間から、ピアノに向かって猛スピードで何かが打ち込まれた。
ドォンという打撃音とジャアンという断末魔にも似たピアノの音色。それらが合わさり、歪な音が鳴った。二人ともその方向に気を逸らされる。
ピアノを直撃したのは手のひらサイズのキュービットで出来た箱であった。そしてそれが元の形状に霧散する。
直後、そこを起点として炎が湧き上がった。
「火、嫌いって聞いたから!」
火は消えそうな程弱々しかったが、開けた外から風が吹くと、大きく舞い上がり、次第にピアノを蝕んで行った。
「ひ、ひいっ!?」
ロンは泡を食ったようにたじろぐ。見るからに近づきたくない様子だ。
発火を起こしたタネはこうだ。
先程出会った篝火を燃やす集団、彼らのいた場所は座標として覚えていたため、そこから勘で炎をキュービットで密閉する。
炎を包装したキュービットを、この場所まで飛ばす。直線距離で2kmあり、通常の速度ではかなりの時間がかかる。だが、ここに来るまで遮蔽物が無いことを確認したこと、そしてメガスロット操作により速度制限に囚われない輸送が出来たこと。
物が小さかったため、時速150キロでの輸送を可能とした。2kmの距離を飛行し、この場所に着弾するのはおよそ48秒。
何処にでも当たればよかったが、幸運にもピアノに着弾する結果となった。
「またっ、また火なのか!わしを殺すのは!」
ロンの声が響く。直接燃えている訳では無いが、効果は覿面のようだ。
「女!貴様は必ず殺す!覚えていろ!」
直後、ロンの肢体はキュービット単位にバラバラになる。そして、はっきりと見えた。人間で言う心臓がある位置、そこからカード状のメガスロットが露出し、天井から飛び出し脱出して行ったところを。
この場所には私と燃えるピアノだけが残された。
「はぁ...はぁ...うっ」
ショックから解放された私は、ゆっくりと立ち上がる。だが、攻撃を食らったところが痛くて、そのまま座り込んでしまう。
「メガスロットって、何なんだろう」
私には戦うことは荷が重すぎたのかもしれない。
今更襲ってきた手の震えを感じながら、ロンが逃げていった方向を見つめる。
チリチリと燃えるピアノの音が、この場所に敵はもういないと知覚させるのであった。




