2-3 見つけた
無垢の大地を早馬の如く駆ける。
行く先には危険があるというのに、私の目先には欲求を捉えていた。
すなわち、知りたいという欲求。
鳥籠の外には何があるのか?なぜ三十二人もの人間を惨殺できる存在がいるのか?果たしてそれはどんな喋り方をするのか?
怖いもの見たさというのだろうか、私エスは見たこともない場所を一直線に横断していた。
左手には底が見えない谷が口を開けており、万が一にでも転落したら無事で済まされないことを想起させる。
対照的に、右手には水平線が広がっており、命令が入力されず手持ち無沙汰なキュービット群が乱雑に蠢いている。
私は目線を前に向け、目的地を見据える。
道行く先には、巨大なテコが空をつんざく勢いで聳えており、上下とともに何かが汲まれ、対となる方向に流れ落ちていく。
汲まれ滴る流体は、莫大な質量であるということを視覚からひしひしと伝えてくる。
細かな地響きが足元に伝わり、遅れて空気を響かせる音響が届いてくる。
流体が地面を打擲する余韻が互換より伝わり、それが私などキュービットの一片ほどに等しいちっぽけな存在だと伝えてくる。
窮屈なのは嫌いだ。
何ヘクタールも連なる世界に、160センチ程の人間は無力であり、眇眇であることが甚く心地が良かった。
「区を出て、良かったのかな」
私が住んでいたヒナゲシ区。そこではある程度不自由がない暮らしを享受していたが、盆地の中にある構造上や、樹立する建物群のせいで閉塞的な日常であった。
反して今ひた走る場所もわからない世界。開放感というのだろうか、頭の上に覆いかぶさっていた重りを取り払ったような感覚は私の足を普段以上に軽快に弾ませる。
「...たてものだ。」
私の目の前に、ヒナゲシ区でもよくあるようなビルが見えた。
目を凝らし、仔細を確認する。
違うところは、大人数の収容・生活には向いていないであろうところ、ビルを成すキュービットの欠落かりやや寂れた印象を与えるところ、そして、屋上に必死でその場から逃げようとする女性がいるところ。
「っ!人が死ぬ!!」
私は七割のペースで続けていた移動を全力疾走に切り替える。
外に出てからはほぼ使用していない電子のコンソールを呼び出し、最小の入力命令を下す。
直後、私の目の前にキュービット群が集まる。区外でも問題なくキュービットの移動命令が行えるという認識は必死すぎて気が付かなかった。
キュービットは1立方メートルの立方体をつくり、それらが屋上までの階段状に並ぶ。
私は急拵えの階段を手早く登る。
「お姉さん!早くこっちに来て!」
女性の顔が視認できた。顔はおどろおどろしい形相であり、切羽詰まった様子を立ち振る舞いで表現していた。
「ひ、ひっ!」
女性は声にならない音を零し、階段の最中で私と入れ替わる。
私が屋上にスニーカーの足跡を付けると、上りと下りの役割を終えた階段は後ろで霧散していった。
「かかってこい悪いやつ!私がお前をやっつける!」
色々と気分が高揚していたのだろうか。ヒナゲシ区に住んでいた時には絶対言う機会がないセリフをはき、目の前を見据える。
「ってあれっ?危険なメガスロットがいるんじゃないの?」
女性がその場から逃げようとしていた事から、メガスロットが待ち構えているものと思っていた。
しかし屋上には誰もおらず、争った痕跡もない。
「なんでって...逃げられたの?」
三十二人の人間を殺害したらしいメガスロットはその場にはいなかった。拍子抜けとともに、今まで走り続けてきた疲労がじんわりと押し寄せてくる。
「ぷはーっ、荒事にはならなかったか...」
糸が切れたように床にへたりこむ。呼吸を調えるとともに、周囲の状況が明確に見えてきた。
「というか、あれ」
私は一つ違和感に気づく。ボロボロの建物の外郭に対して今へたり込んでいる床は綺麗すぎる。まるで床だけ後から作ったような...
「うわっ!?」
直後、床が支えを失ったように崩壊した。
ガラガラという音を立てながら、床だったキュービットは落ちていく。当然床に自重をすべて預けていた私も落下の途を辿る。
「うぎゃっ!痛ったた...」
間抜けな声と共に床に叩きつけられた私。ショックで体を労る間もなく、私は即座に飛び起きることとなる。
聞いた事のないような音が響いた。ドーンという調律されたようなされていないような音は、この場に沿うような環境音ではなかった。
私は驚きとともに、反射的に音の方向を見る。
「だ、だめじゃ、こんな太い指じゃあまともにピアノも弾けん」
黒色の机のような装置に白いスイッチが整列してある。どうやらそのスイッチを押すことで音が鳴るようだ。
そして、装置の前には人型の彫像が椅子に腰掛けている。
彫像は腰、胴、胸と順次回転させ、こちらに向き直る。人体の挙動を真似た動きから、それが人間でないことは明らかであった。
「ひひ、人じゃ!しかも女子供が一人のみとな!これはそう...そうじゃ、豪運ってやつじゃ!初めてじゃ、豪運に巡り会えるのは!」
頭と腕のパーツを左右に揺らしながら、彫像は立ち上がる。そして私の方へ向き直ると、キュービットの継ぎ足しを繰り返したような五指を私に向けた。
「...あ」
そのタイミングで私は気づいた。薄く香る血の匂いと、諍いがあった事を示す数々の打撃跡。
「見つけた...人殺しのメガスロット」
私は目線を中心に向け、目の前に立つ無骨な人形を見据える。
怒りや恐怖といった感情はなかった。その代わり、あらゆる不測の事態に対応できるための冷徹さと、早鐘のように心臓を打つ緊迫感が私の身体を支配していた。
「生娘、なぜメガスロットを知っている。ここの人間は無知で矮小じゃ、お前たちは、わしらに大して愚鈍でなけりゃあいかんのに」
「知らないよ、あなたの言っていることも、外の世界ではこんなに惨いことが起きてるってことも。」
目の前に立つメガスロットの主張は意味が分からなかった。人間を下に見ているから殺してもいいって事?
「見て見ぬふりもきっとできるけど、でも」
私は左足を1歩前に出す。周囲の温度が下がったような感覚に応じて、形を持たなかった覚悟も凝固していった。
「この現実を放っておいたら、外に出た意味がない!」
知らないものを知りたかった。
私には視覚できる余命があって、それを四肢に重りとして嵌めていた。
自分の居た堪れなさを否定したかった。
「弔い合戦か!死んだ人間のために!」
「いい事?使命感?そんな他人のためなんかじゃ私は動けないよ」
今はきっと死地にいるのだろうが関係ない。暗く狭い部屋で絶望に怯えていた私はちっぽけなものだと、そう唾棄できる物を知りたい。
「ひ、ひひっ、このわしが、メガスロット【ロン】がお前を屈服させるぞ!生娘!」
「かかってこい、ぺちゃんこにしてやる」
私の人生は血なまぐさいどころか、喧嘩すらまともにしたことないけれど。
100平方メートル程の建造物の中、相手を殺すための戦いが、今始まった。




