23話「ネバダ②」
先に動いたのはシロハだった。
扇子の様に開いた札から数枚を抽出、次の瞬間射出する。
それをネバダは札を展開することで防御。
記憶通り、心眼の構えを取り、霊力を巡回させる。
シロハがネバダに駆け寄り、札に邪魔されない空中から飛び蹴りをかます。しかしネバダは飛び退きこれを回避。シロハは勢いあまって地面にぶつかりかける。
それを読んでいたかのようにシロハは手を地面に向けて伸ばす。そして霊力を籠めようとして倦怠感に襲われる。
「やばっ」
本来であれば、先に放った札を宙に浮かせ、二段ジャンプするはずだった。しかしナッツとの攻防で霊力を使いきったシロハには、それをするだけの余力は残っていない。
せめて膝を割ることだけは回避しようと、筋力だけで体を捻り、空中で姿勢制御を試みる。
「何やってんのよもう!」
ネバダはシロハに向かって一枚の札を投げた。その札はシロハの近くで巨大化し、シロハを地面から守る緩衝材になる。札に書かれた文字は【巨大化】と【柔和】の二つ。
「ちょっとあなた! シロハさんだっけ? 何やってんの!?」
「霊力切れが……」
「何故そんな体調で挑もうと思ったの」
言いながらシロハは札に突っ伏した。低反発のお札は、そんじょそこらの布団よりよっぽど心地がいい。地獄に思えたこの世界にも、極楽浄土はあったらしい。
ここで寝入ってしまえば楽だっただろうが、後五分なんて言っていたら世界が終末を迎えてしまう。このまま永眠するのはまっぴらごめんのシロハに残された選択肢は一つだった。
「術式還元」
次の瞬間、緩衝材になっていた札がただの札に戻った。その際に生じた質量エネルギーの損失を、霊力という形で還元する。
「うぇ……」
「……いくら霊力切れでも、人の霊力だと逆に酔うでしょ」
「いや、びっくりするくらい馴染んだ」
今回の霊力の出どころはネバダだ。そして霊力には、個人差が存在する。故に他人の霊力を受け取ると、体内で拒絶反応を起こしいわゆる霊力酔いというものに陥る。ちなみにこれは魔力でも同様である。
それを承知の上でシロハはこうするしかなかった。シロハは自身の能力を正しく把握している。そしてネバダの戦闘力も学習済みだ。その上で、霊力無しでは戦えないときちんと分かっている。だから酔うリスクを冒しても、この手を取らざるを得なかった。
「それで、どうする気? 今ので得られた霊力なんてたかが知れてるでしょう。それで私を止められるとでも?」
「あぁ、それはね。こうしようかなって」
シロハは還元で得られたなけなしの霊力を肩に集めた。
予め肩に刻んでおいた術式が動作する。
「本当はこの技は使いたくなかった。いくら私でも制御できるか分からないから」
「あなた、一体何を」
「来い! 龍神様!!」
白衣を光が貫通し、封印が解かれる。
今の今まで封印されていた龍神が雄たけびを上げて降臨する。
『誰がバッテリーじゃ!!』
「うわ名乗りカッコ悪い」
『名乗りじゃないわい!』
龍神と戯れるシロハに、ネバダは若干戸惑った。
それを隠すように、シロハに声を掛ける。
「こっちは真剣なの。戯れならよそでやってくれる?」
「あー、うん。大丈夫大丈夫。私も本気だから」
言うと、シロハは龍神に手を出して触れる。
龍神が何をする気だという前に、素早く術式を編み上げる。
「霊力変換」
霊力は交流電源のようなものだ。個々人の差というのは、いわゆる周波数の違いに当たる。シロハがネバダの霊力をすんなり受け入れられたのは、周波数帯がぴったり一致していたからだ。
しかしそれはあくまで奇跡的な一致に過ぎない。龍神とシロハは周波数が違うし、直接充電しようとすれば問題が発生する。それを解決するために生み出された技術が霊力変換だ。
『あばばばば!』
「ふぅ、まあこんなもんか」
これを使うと、他人から霊力を得ることができる。もっとも、この技術は最近できた高難易度の物だ。使い手も現在はシロハしかいない。
ちなみにだが、充電器側に負担がかかるため、シロハは自分の代で失伝させるつもりである。具体的に言えば、この間に龍神は失神した。
「さて、お遊びはここまでよ。見せてあげる、私の本質を」
そう言い、シロハは指の爪を立てて腕を引き裂いた。真っ赤な血が、どくどくと溢れる。
「あなた! 一体何を!」
「別に、ただ全力になっただけよ」
「っ!」
シロハの奇行を前に、一瞬ネバダの思考が止まる。そしてその隙をシロハは逃さない。一息で貫手の間合いまで飛び込み、血文字を書いて発動する。
「«穿天燕»!」
シロハの貫手が、札の防御を引き裂いてネバダに迫る。音より早く到達するその一撃を、ネバダは首を捻って回避した。それは危険察知の一種であり、半ば反射によるものだった。その察知能力が飛び退くと危険と訴えたため、ネバダはシロハの方に飛び込んだ。
「空趨……っ」
«空趨鷲»という投げ技を使おうとしたシロハは、予想外の動きに追撃をキャンセルした。空趨鷲は飛び退こうとする相手に使ってこその技であり、向かってくる相手に有効ではない。
隙だらけになったシロハに、ネバダが仕掛ける。
「«斑鳩»ッ!」
「がふっ!?」
ほぼゼロ距離から放たれた、大地を走る衝撃波。避ける暇なくシロハは宙に飛ばされる。
「【硬化】!」
続く地面にたたきつける第二の衝撃波を、血文字で【硬化】の神代文字を使うことでダメージを減らす。鉄塊のような構造になったシロハが地面に叩きつけられ、小さなクレーターが出来上がる。
技自体は、長年の研究が進んだシロハの方が上だ。だがしかし、それを以てなお、覆せないほどの実力差があった。それは戦闘経験から来るものだ。単純な戦闘で、神話にまで上り詰めたネバダが負ける道理は無い。
ただネバダの方も、ここでシロハを殺すつもりは無かった。終焉は皆一様に与えるべきだと考えていたし、シロハが巫女だったからというのもあるし、一種の親近感を抱いていたからでもある。
今の一撃でシロハが戦闘不能になるようならば、救助もやぶさかではないと考えている。そこでネバダはクレーターに飛び込み、シロハの様子を見た。
「……大丈夫?」
「なんとか」
よほど強く【硬化】させていたのだろう。一撃目の衝撃分のダメージは窺えるが、落下によるダメージは殆どないように見える。立ち上がらない、いや、立ち上がれそうにないシロハに、ネバダは手を差し伸べた。シロハも、その手を捕まえた。
「もっかい、【硬化】!!」
「シロハ! あなたっ!」
「ネバダ、あなたにこれが受けられるかな? «鶲»」
それはかつて、ネバダがルミナスに使った術式。何枚もの札を一箇所で連鎖爆発させることで殺傷能力を強化した技だ。ネバダは札を取り上げようとするが、握手をしているシロハがそれを許さない。
「術式還元!!」
札の放棄をできないと悟ったネバダが取った行動は、技の発動のキャンセル。シロハが込めた霊力を吸い上げ、札の起爆を取り消す。
「うわぁ、本当にぴったり馴染む……って、そうじゃない! あなた、今自爆するつもりだったっでしょ!」
「そだね」
「そだねって……あなた、«鶲»の威力を知らないわけじゃないでしょう!? 生身で使えばあなただって無傷じゃ……」
「私は私の【硬化】を信じてる」
「それは過信よッ!」
事実、いくらシロハが【硬化】を使っていたとはいえ、«鶲»を使えば無事では済まない。だがそれでも、戦力差を冷静に分析した結果、こうでもしないと勝ち目はないと判断した。そして、自身を使った捨て身の特攻すらも、ネバダの堅牢鉄壁なる牙城を崩す一刀足りえなかった。
「もっと自分の身を大切にしなさい!」
「はあ……」
「何でため息!?」
「いや、『あなたがそれを言うのか』と思って」
それはシロハの嘘偽らざる本心だ。今回シロハは、無茶な特攻を試みた自覚はあった。それでも彼女の中ではきちんと安全マージンを取ったつもりの上での行動だ。一応、自分の身を大切にしている。
一方ネバダの自己犠牲は空前絶後だ。『誰かが業を背負わなければいけないならば、私が全て引き受ける』なんて修羅道に、自ら足を向けた彼女だ。『自分の身を大切にしなさい』と言うのはあまりにもブーメラン過ぎる。
「うぐっ」
「今回だってそうですよ。仮にこの世界を壊したとして、あなたは死ねないんでしょう? 空っぽの世界で、誰と触れ合うこともなく、誰と関わることもなく、永劫に悲しみを背負うつもりだったんでしょう」
もっとも、あそこにいる龍も不滅らしいですけどね、とシロハは付け加えた。
「だけど、そうするのが一番じゃない!」
「そうですね。それが一番楽な道です。でもそれは楽な道であって、最適な道じゃない! ……はず」
「ちょっと、最後不安になるんだけど!」
「だー! 少なくとも! 私はあなた一人のバッドエンドなんて望んでいない! あなたがそれを選べば悲しむ存在がここに居る! それ以上何を求める!?」
シロハの告白に、ネバダの思考は吹き飛んだ。
霧散した思考の欠片を拾い集め、組み立てる。
それにはかなりの時間を要した。
「……私が?」
「あんた、戦地に乗り込むとき、いつも言ってたよね。『そろそろ行かなくちゃ』って。でも、決して『行ってきます』とは言わなかった。帰りを待つ人はいなかったから」
「……」
「でも今は違う。まず一人、ここに居る。あなたが居なくなると、悲しむ人間はここに居る」
だから、と。
シロハは続ける。
「一緒に考えましょう。別の道を」
ネバダは、しばし逡巡する。
指を口に当て、思案に耽る。
やがて指を離し、口を開いた。
「ありがとう」
ネバダは言う。ネバダは言う。
「確かに、ずっと欲しかったのかもしれない。自分を受け入れてくれる人を、欲していたのかもしれない」
だけど、と。
「あなたみたいな人が、人の穢れで傷つく様は、もう見たくない」
だから、と。
「すべてが終わるまで、そこで待っていて」
シロハの腕から血を拭い、シロハの頬に文字を刻んだ。
「«八咫烏»」




