第18話 血術の庭
王城には、夜にだけ開く庭があった。
昼間は黒い枝ばかりが絡み合う、冷たい庭である。
薔薇の葉は深い緑をしているが、光を好まない。花は固く閉じ、棘だけがやけに鋭く、白い石畳の上へ影を落としている。噴水はあるが、水音は小さい。まるで、庭そのものが息を潜めているようだった。
だが夜になると、その庭は姿を変える。
黒薔薇が開く。
花弁の内側には血のような赤が滲み、青白い月光を受けると、濡れた硝子のように光る。庭の中央には古い魔導円が刻まれた円形の広場があり、そこを囲むように薔薇の垣根が何重にも続いている。
名を、血薔薇の庭という。
王族の血術披露に使われる庭だった。
夜血の儀を二日後に控えたその夜、王族の子らと古参吸血鬼たちは、その庭に集められていた。
表向きは、儀式前の軽い確認。
だが、誰もそれを軽いものとは思っていない。
古参血族たちは、誰が王血にふさわしいかを見るために来ている。
正妃エレオノーラは、自分の子らの優位を見せるために来ている。
王ヴァレンティヌスは、全員の反応を見るために来ている。
そしてクラウディオは。
見世物として置かれた。
少なくとも、王城の多くはそう思っていた。
妾腹の子が、どこまでできるのか。
ラザールを膝まずかせたのは偶然か。
儀礼血の小細工を見抜いたのは、たまたまか。
王血を持つとはいえ、正妃の子らと同じ庭に立てるのか。
その疑いが、庭の空気に混じっている。
クラウディオは黒い礼装のまま、庭の端に立っていた。
夜風が袖を揺らす。
黒薔薇の香りが濃い。
甘く、冷たく、わずかに鉄の匂いを含んでいる。
焼き菓子の甘さとは違う。
血の近い甘さだった。
クラウディオは、息を整えた。
火の匂いではない。
だから大丈夫だ。
そう思った瞬間、自分の中で「大丈夫」と確かめなければならないことに、少しだけ腹が立った。
庭の中央には、王が座していた。
黒い椅子。
背には王家の紋章。
ヴァレンティヌスは深紅と黒の衣をまとい、血石の指輪をした手を肘掛けに置いている。赤みを帯びた金の瞳は、夜の中で冷たく光っていた。
その隣に正妃エレオノーラ。
白金の髪を結い、今日は黒真珠ではなく、赤い石の首飾りをつけていた。薔薇の庭に合わせたのだろう。美しい。だが、その美しさは花ではなく刃に近い。
アドリアンは王のやや左手側に立っている。
青い瞳。
穏やかな微笑。
その立ち姿には隙がない。
セヴランはその隣で、苛立ちを隠すように肩を張っている。
リヴィアは正妃のそばに立ち、両手を胸の前で合わせていた。彼女の瞳には不安と期待が混じっている。
古参血族たちも集まっていた。
ヴェルナー卿。
グラナート卿。
メルキオル卿。
イザベラ・ヴェイン。
ほかにも、王城の血術局、財務、守備、古い血族の代表者たち。
彼らは薔薇の垣根の前に立ち、王族の子らを値踏みしている。
クラウディオを見た時だけ、いくつかの視線が少し軽くなる。
まだだ。
彼らはまだ軽んじている。
夜の庭に出された小さな黒い影。
王城の端に置かれた妾の子。
たまたま血を動かし、たまたま罠を返した子ども。
クラウディオは、その視線を見ていた。
誰が侮っているか。
誰が警戒しているか。
誰が興味を持っているか。
誰が正妃の顔を見ているか。
全部、拾う。
王が言った。
「始めろ」
短い命令だった。
最初に進み出たのは、アドリアンだった。
彼は黒薔薇の庭の中央へ歩み、魔導円の中へ入る。礼をしてから、銀の小針で自分の指先を刺した。
血が一滴、落ちる。
その血はすぐに細い線になり、足元の魔導円へ広がった。
赤い光が円をなぞる。
庭の黒薔薇が、静かに揺れた。
アドリアンは声を荒げない。
顔色も変えない。
彼の血は美しく流れ、魔導円の上で青白い光と混じり合い、薔薇の花弁を一枚ずつ開かせていく。
整っている。
カルゼンが言った通りだった。
血の流れも、表情も、言葉も。
アドリアンは何も乱さない。
やがて、庭の一角にある黒薔薇が一斉に開き、赤い花弁の内側が月光を受けて光った。
古参血族たちが感嘆の声を漏らす。
「さすが第一王子殿下」
「美しい流れだ」
「血が乱れない」
アドリアンは静かに礼をし、円から出た。
その青い目が、すれ違いざまにクラウディオを見た。
見せたよ。
そう言っているようだった。
クラウディオは何も返さなかった。
次はセヴランだった。
彼は魔導円に入ると、迷いなく指を傷つけた。血が落ちる。アドリアンよりも量が多い。
赤い光が強く走った。
黒薔薇の枝が、音を立てて持ち上がる。
まるで鞭のようにしなり、庭の一角へ向かって伸びた。セヴランの血術は美しさより強さだった。薔薇の棘が赤く光り、空中で絡み合い、鋭い冠の形を作る。
力はある。
確かに。
だが、血の流れが荒い。
薔薇の枝の何本かが暴れ、魔導円の外へ出かけた。
カルゼンがわずかに眉を寄せる。
ヴェルナー卿は腕を組んだまま、じっと見ている。
セヴランは歯を食いしばり、枝を押さえ込んだ。
やがて血の冠は完成した。
古参血族たちが拍手する。
アドリアンほどではない。
だが、強さは示した。
セヴランは荒い息を隠しながら礼をし、円を出る。
クラウディオの横を通る時、低く言った。
「見ていろ」
クラウディオは答えなかった。
見ている。
言われるまでもなく。
次はリヴィアだった。
彼女は少し怯えた顔で魔導円へ入る。
正妃の目が、彼女を支えていた。
リヴィアは指先を刺し、血を落とした。
その血は細かい霧になった。
赤い霧が薔薇の庭へ広がり、花弁の表面へ薄く降りる。
すると、黒薔薇の花弁に赤い模様が浮かび上がった。
繊細な紋様。
まるで刺繍のようだった。
美しい。
正妃の血を感じさせる、華やかな血術だった。
だが、長くは保たない。
霧はすぐに薄まり、模様の一部が崩れた。
リヴィアの顔が青くなる。
正妃の指が扇を握る。
アドリアンは静かに見ている。
セヴランは少しだけ鼻で笑った。
クラウディオは、それも見た。
リヴィアは血そのものは美しい。
だが、夜への耐性が弱い。
集中が切れると形が崩れる。
彼女は王座を争う刃ではない。
ただし、正妃の象徴にはなる。
使われる側だ。
リヴィアは涙を堪えながら礼をして戻った。
正妃はその背を軽く撫でた。
優しい仕草に見える。
だが、クラウディオには、出来栄えを確かめる手に見えた。
最後に、王の視線がクラウディオへ向いた。
「クラウディオ」
庭の空気が変わった。
古参血族たちが一斉にこちらを見る。
いよいよ、見世物の番。
そんな視線もあった。
クラウディオはゆっくり歩き出した。
黒薔薇の香りが強くなる。
足元の白い石には、兄弟たちの血の名残が薄く残っていた。
アドリアンの整った赤。
セヴランの荒い赤。
リヴィアの霧の赤。
その上を踏んで、クラウディオは魔導円へ入った。
周囲の声が遠くなる。
王。
正妃。
兄弟。
古参血族。
庭。
黒薔薇。
全部が彼を見ている。
クラウディオは右手を上げた。
銀の小針を受け取る。
針先が指に触れる。
痛み。
赤い血が一滴、膨らんだ。
ほんの一滴。
グラナート卿が小さく笑ったのが聞こえた。
「控えめなことだ」
クラウディオは聞こえないふりをした。
血を落とす。
赤い一滴が、魔導円の中央へ落ちた。
何も起きない。
一瞬。
二瞬。
庭は静かだった。
セヴランが口元を歪める。
リヴィアが不安げに目を伏せる。
グラナートの笑みが深くなる。
だが、アドリアンだけは笑わなかった。
カルゼンも。
ヴェルナーも。
クラウディオは、目を閉じた。
命じるな。
呼ぶ。
そう教えられた。
だが今日は違う。
今日は披露の場だ。
夜血の儀の前に、自分がどう見られるかを変える場だ。
呼ぶだけでは足りない。
命じるだけでも足りない。
血に記憶を渡す。
血が覚えているものを、庭へ通す。
クラウディオは胸の底へ沈めた記憶に触れた。
温かい水。
白い手。
蜂蜜菓子。
月の欠片。
焦げた砂糖。
火刑台。
群衆。
誰も止めなかった沈黙。
ラザールの膝。
フェルディナンの杯。
グラナートの沈黙。
後継争い。
王座。
夜。
そのすべてを、赤い一滴へ沈める。
クラウディオは目を開いた。
その瞳の奥に、赤が滲んでいた。
禍々しい赤。
吸血衝動ではない。
血術の赤だった。
琥珀色の瞳の奥から、血の底の本性が光を放つ。
その瞬間、魔導円が赤く灯った。
遅れて、庭全体が震えた。
黒薔薇の枝が、一本ずつ揺れる。
だが、セヴランの時のように荒くない。
アドリアンの時のように整いすぎてもいない。
リヴィアの霧のように薄くもない。
庭の奥から、血が呼吸するような音がした。
薔薇の根が、クラウディオの一滴に反応している。
古い庭が目を覚ます。
カルゼンが低く息を吐いた。
「庭そのものに触れたか」
誰かが小さく声を漏らした。
黒薔薇の花が、いっせいにクラウディオの方を向いた。
花が人を見るはずがない。
それなのに、そう見えた。
赤を内側に抱いた黒い花々が、庭の隅から隅まで、一つ残らず彼へ向きを変える。
クラウディオは右手を下ろした。
血はもう指先に戻っていた。
だが、庭は動き続ける。
薔薇の枝が持ち上がる。
棘が光る。
花弁が揺れる。
何百という黒薔薇が、音もなく魔導円へ向かって頭を垂れた。
膝をつくように。
庭が、クラウディオへ礼をした。
その光景に、誰も声を出せなかった。
美しかった。
異様なほどに。
黒薔薇の花弁は夜の中で艶めき、内側の赤は血のように濃い。青白い月光を受けた庭は、まるで巨大な礼拝堂のようだった。
だが同時に、危険だった。
薔薇の棘はすべて外側へ向いている。
クラウディオを囲むのではない。
彼の外側へ、周囲へ、向いている。
誰かが一歩踏み込めば、その棘は一斉に動くだろう。
そう思わせる形だった。
美しい庭。
だが、近づけば裂かれる。
クラウディオは、中央に立っていた。
小さな身体。
黒い礼服。
白い肌。
赤く滲んだ瞳。
夜風に揺れる黒髪。
その姿は、まだ子どもだった。
けれど、庭の中央で彼に向かって薔薇が頭を垂れている光景は、子どものものではなかった。
王の影。
あるいは、王になる前の怪物。
そのどちらかだった。
グラナートの顔から笑みが消えていた。
イザベラは扇を握りしめている。
メルキオルは、初めて面白がるだけではない目をした。
ヴェルナーは腕を組み直し、クラウディオを真っ直ぐ見ている。
正妃の目は冷えている。
アドリアンの微笑みは消えた。
セヴランは怒りより先に、呆然としていた。
リヴィアは母の袖を掴んでいる。
王ヴァレンティヌスだけが、静かに見ていた。
クラウディオは、庭へ命じた。
「戻れ」
声は大きくなかった。
だが、庭全体に届いた。
黒薔薇が一斉に動きを止める。
そして、ゆっくり元の位置へ戻った。
枝は垣根へ沈み、花は夜風に揺れ、魔導円の赤い光も消えていく。
何事もなかったように。
だが、誰も何事もなかったとは思わなかった。
庭全体を、一滴で従わせた。
血術の形としては異常だった。
出力が大きいわけではない。
血を多く使ったわけでもない。
むしろ、使った血は最も少ない。
だからこそ異常だった。
血で押したのではない。
血で庭の記憶を掴んだ。
この庭は王族の血術披露に使われてきた。
何人もの王族の血を吸い、儀式を見てきた。
その庭そのものへ触れ、頭を垂れさせた。
周囲の評価が変わる音が、聞こえる気がした。
妾の子。
小さな異物。
偶然血が動いた子。
その程度ではない。
王城の庭が礼をした子。
その認識が、古参血族たちの間へ広がっていく。
クラウディオは礼をした。
王へ。
正妃へ。
古参血族へ。
兄弟へ。
完璧な礼だった。
その礼が、かえってひどく冷たかった。
王が口を開く。
「見事だ」
短い言葉だった。
だが、十分だった。
王が認めた。
この場で。
古参血族たちの前で。
正妃の前で。
兄弟たちの前で。
クラウディオは頭を下げたまま答えた。
「恐れ入ります」
声は静かだった。
瞳の赤は、ゆっくり沈んでいく。
琥珀色へ戻る。
だが、見ていた者たちは忘れない。
赤くなった目。
黒薔薇が頭を垂れた庭。
一滴の血。
小さな王子の冷たい声。
戻れ。
それだけで庭が従った。
披露が終わると、庭の空気は以前とは違っていた。
誰もすぐには話さなかった。
拍手すら遅れた。
最初に拍手したのは、メルキオルだった。
乾いた、小さな音。
それに続いて、ヴェルナー。
それから古参血族たちが、ようやく手を叩き始めた。
グラナートは遅れた。
それもクラウディオは見た。
遅れた拍手。
認めたくないが、認めざるを得ない者の手。
記録するには十分だった。
アドリアンが近づいてきた。
青い瞳は静かだった。
「庭に好かれたね」
クラウディオは答えた。
「好かれたように見えましたか」
「違うのかい」
「従わせただけです」
アドリアンの目が細くなる。
「普通、それを好かれたと言う方が聞こえはいい」
「聞こえのよい言葉は、よく事実を隠します」
アドリアンはしばらく黙った。
それから、ほんの少し笑う。
「本当に、可愛くなくなった」
クラウディオは顔を上げた。
「前から可愛くなかったのでしょう」
「そうだね」
「なら、問題ありません」
アドリアンは答えなかった。
その沈黙には、以前より強い警戒があった。
セヴランは近づいてこなかった。
リヴィアは遠くからクラウディオを見ていたが、目が合うとすぐに母の後ろへ隠れた。
グラナートは古参血族たちと低く話している。
その顔に、もう侮りの軽さはない。
かわりに、不快と警戒がある。
評価は変わった。
好意へではない。
恐怖と警戒へ。
それでよかった。
今の王城で、好意など信用できない。
恐怖の方がまだ正直だった。
ただ一人、ヴェルナーが近づいてきた。
彼はクラウディオの前で立ち止まり、短く言った。
「今のは、庭が膝をついた」
クラウディオは見上げた。
「そう見えましたか」
「そうしたのだろう」
ヴェルナーの声は低い。
そこに媚びはない。
恐怖も過剰ではない。
ただ、見たものを見たと言っている。
「恐れさせるためか」
クラウディオは少し考えた。
「いいえ」
「では」
「覚えさせるためです」
ヴェルナーの目が、わずかに動いた。
クラウディオは続けた。
「私がここに立ったことを」
ヴェルナーはしばらくクラウディオを見ていた。
そして、ほんの少しだけ口元を動かした。
「よく覚えておこう」
その言葉は、侮りではなかった。
警戒でもある。
敬意にも近い。
クラウディオは頭を下げた。
「卿が覚えるなら、無駄ではありません」
ヴェルナーは低く笑って離れた。
その背を見送りながら、クラウディオは思った。
この男は、いずれ重要になる。
敵にするか。
味方にするか。
まだ決めない。
決めるには早い。
だが、測る価値がある。
その夜、自室へ戻ると、マルタが震えた声で言った。
「本日の庭園での血術、皆様が……」
「何と言っている」
クラウディオは外套を脱ぎながら聞いた。
マルタは慎重に答えた。
「……見事であったと」
「他には」
「王血が濃い、と」
「他には」
「危険だと」
クラウディオは振り返った。
マルタはすぐに目を伏せる。
正直に言ったことを後悔している顔だった。
クラウディオは短く言う。
「そうか」
マルタは恐る恐る顔を上げる。
「ご不快では」
「事実だ」
危険。
そう見られたなら、今日の披露は成功だった。
美しいだけでは足りない。
強いだけでも足りない。
危険でなければ、王城では軽んじられる。
危険すぎれば消される。
その境界に立つ。
それが必要だった。
クラウディオは机へ向かった。
ロウェナの記録の隣に、新しい紙を置く。
血術の庭。
そう書いた。
そして続ける。
一滴。
庭全体が反応。
黒薔薇がこちらを向いた。
庭が膝をついた。
王が見事だと言った。
グラナートは拍手が遅れた。
アドリアンは好かれたと言った。
従わせただけと返した。
ヴェルナーは、庭が膝をついたと言った。
覚えさせるためと答えた。
評価は変わった。
軽蔑から、警戒へ。
警戒から、恐怖へ向かう。
クラウディオはペンを止めた。
そして、少し離れたところにもう一行書いた。
美しいものは、危険でなければ守られない。
書いた後、その文字をじっと見た。
ロウェナの店は美しかった。
小さく、温かく、甘い匂いがしていた。
危険ではなかった。
だから守られなかった。
だから燃やされた。
クラウディオは、唇を引き結んだ。
違う。
それはロウェナが悪いという意味ではない。
守らなかった世界が悪い。
だが、世界が悪いと泣いても、火は止まらない。
なら、自分は危険でいる。
近づけば棘が刺さると、誰もが知るように。
黒薔薇の庭のように。
美しく、危険に。
クラウディオは紙をしまった。
床下の帳簿には、別に短く書く。
血術の庭。
黒薔薇が礼をした。
王が認めた。
古参血族の評価が変わった。
後継争い、次段階。
短く。
冷たく。
記録する。
夜更け、クラウディオは黒硝子の前に立った。
今日は暖炉に火を入れていない。
燭台も少ない。
部屋は暗い。
だが、鼻の奥には黒薔薇の香りが残っていた。
甘く、冷たく、血に近い香り。
焼き菓子の甘さとは違う。
けれど、甘さという言葉だけは同じだ。
クラウディオは目を閉じた。
今日、庭は従った。
庭は彼を選んだのではない。
彼が従わせた。
それでいい。
夜は王を選ばない。
王が夜を従わせる。
黒薔薇の庭が頭を垂れた時、周囲の目が変わった。
その変化は、火刑台の火を消さない。
ロウェナを戻さない。
閉ざされた店を開けない。
それでも、クラウディオの足元を少しだけ変えた。
もう、ただの妾の子としては見られない。
もう、ただの見世物では終わらない。
彼は黒硝子に映る自分を見る。
瞳は今は琥珀色に戻っている。
だが、その奥に、さきほどの赤が沈んでいるのを知っていた。
血術を使った時に灯った、禍々しい赤。
黒薔薇の庭が見た赤。
古参血族たちが忘れられない赤。
クラウディオは、硝子の中の自分へ静かに告げた。
覚えさせた。
次は、忘れられないようにする。
夜の王城は静かだった。
だが、その静けさの奥で、黒薔薇の庭がまだ彼へ頭を垂れているような気がした。




