⑧決意
美香は麻衣以上に怒ってくれて、放送禁止用語をふんだんに使いながら、タテをこき下ろした。景子は冷静に一言「因果応報は絶対だから。あいつは必ずひどい目に遭うでしょ。」と言い、私に寄り添ってくれた。
友達に支えられ、私は5年生の毎日を心穏やかに過ごすことができた。そうした日々の積み重ねのおかげで、私の大部分を占めていたタテとの記憶が徐々に薄れていくのが分かった。辛いことは、時の流れが解決してくれる。実際に経験すると本当にその通りだと思った。
それまでは、タテといる時間があまりにも長かったので、他の人々と長い時間過ごす日々は新鮮で、楽しかった。
特に、実習班で一緒になるまでは、話したことがなかったうっちゃんとは、実習中にたくさん話すようになった。
ある日、みんなでハマっているものの話になった。
「俺はね、特撮全般。戦隊物、ウルトラマン、仮面ライダーかな。」うっちゃんが答える。
「いつから好きなの?子供の頃から?」私が質問すると、
「そうだね、子供の頃からずっと。友達が特撮物を卒業していくなか、俺だけは絶対卒業しなかった。」
「へぇ、すごいね、そんなに心を掴まれてたんだ。」
「嫌みだと思って欲しくないんだけど、俺さ、小さい頃よく女の子に間違えられてて、可愛いってよく言われていたんだよね。でも、本当は格好いいって言われたいのよ。可愛いって言われれば言われるほど、その反動で強くて格好いいものに心惹かれまして。初めて特撮物をみたときに「これだ!」って思って、そこからずっと見続けてる。ちなみに浪人中も、ほぼ毎日勉強しかしてなかったけど、特撮が放送されている時間だけはテレビを観てた。」
「なるほど…。私お姉ちゃんと妹しかいなくて、全然観る機会がなかったから、ぜひ履修したいな。特撮系。」
「履修って言い方するの?」
「ウルトラの母って、全部のウルトラマン達の母じゃないの?」うっちゃんから聞いて、驚いた。
「違うよ、ウルトラの母と父の子供は、タロウだけ。」
「そうなんだ…ずいぶん子だくさんだなって思ってた。…もしかしてウルトラ8兄弟って血繋がっていない?」
「繋がってない。」
「まじか。じゃあ何をもって兄弟としてるの?」
「…ウルトラの絆かな?」
「曖昧な概念過ぎない?」
「もうね、平成以降のシリーズは、そもそも世界線が違う作品が多いからね。」
「そうなると、もう私はパニックですよ。」
「うっちゃん、戦隊物なら、結局どれが一番好きなの?」ある昼休みに質問した。
「難しいなー。純粋にストーリーとキャラクターが好きなのは、最近のやつになるけど、シンケンジャー。こんな話になるんだ!っていう意外性も込みで。」
「誰か有名になった人出てる?」
「レッドは松坂桃李だよ。」
「トゥーリオか!それはすごい。勝手に、仮面ライダー出身かと思っていた。」
「まぁ、たぶん戦隊物より、仮面ライダーに出ている人の方が、その後売れてるイメージあるからだろうね。」
「確かに、その通りだわ。」
「シンケンジャーはね、レッドが殿で他の色の人たちが家臣なの。みんなに殿って呼ばれています。だから、松坂桃李が、少女漫画原作のドラマとか映画でチャラついていると、”殿…!”って思っちゃう。」
「なるほど、でも確かにシンケンジャーを知らない私でも、トゥーリオはチャラい役より、真面目な役の方が合う気がする。武士的な。」
「さっきから気になってたけど、トゥーリオってなに?」
「名前の頭に「とう」が付いてると、トゥーリオって呼んじゃう。仕方ない。」
「いや、仕方なくはないと思う。」
「うっちゃんから話聞いていて、ウルトラマンティガのWikipedia見たんたけれどさ。」
「おぉ、それはそれは」
「熱いねーー。昭和のウルトラマンシリーズが終わってしまった。ここから新しいウルトラマンを作るにあたって、次は絶対に失敗できないぞという、作り手の大人達の本気を感じた。絶対に負けられない戦いがそこにあるって感じ。」
「感想が熱いね。」
「だって、V6の長野君を主演にしたんだよ?もれなくジャニヲタが応援してくれるけれど、ウルトラマンファンの中には、なんでアイドルを?って思った人もいると思うのよ。でもそれを覆すクオリティで大人気になって、商業的に成功し、ウルトラマンファンにも愛されている作品というのが、本当にすごいと思う。あとTake me higherは名曲過ぎる。もともと知ってた曲だけど、より好きになった。カラオケで歌いたい。」
「…ここまで語られると、本編をまったく観ていないとは思えないな。」
「いいえ、まったく観たことはございません。」
「前にシンケンジャーが戦隊物で一番好きだって言ったけれど、ちょっと訂正したくて。一番思い入れがあるのは、ジュウレンジャーだわ。」
「へぇー、そうなんだ。」
「やっぱり、自分が幼少期に一番ハマった作品ってさ、作品としてクオリティが高いかとか、好きなストーリーかとかではなく、自分が一番まっさらな状態で全身に浴びてるから、好き嫌い関係なく、思い入れがありすぎる。」
「それはめちゃくちゃわかる。私もクレヨンしんちゃんの映画では圧倒的にヘンダーランドの大冒険が好きだもん。冗談抜きで数百回は観ている。もう身体に染みついてるし、幼少期の心象風景にの一つになっている。オカマ魔女のマカオの声優さんが、フルハウスのダニーと一緒だって知ったときは震えた。」
「あの2人声優さん一緒なの?!」
こんな風に、実習の空き時間は毎日うっちゃんと話をしていた。今まで作ることができなかった男友達とはこういうものなのかと思ったし、男友達と話すのはこんなに楽しいのかと、少し感動した。実習班で飲みに行くことも多く、このメンバーで実習ができて本当にありがたかった。
10月のある日、いつものように実習班で夕食に行こうと、お店向かって歩いていると、先頭で歩いていたうっちゃんが立ち止まり、後ろについて来た私たちの方を振り返って言った。
「相談なんだけどさ、焼き肉じゃなくてもつ鍋にしない?」
この日は、焼き肉屋に行こうと話をしていた。
「私は別に良いけど、みんなはどう?」
私が他の3人に聞くと、3人とも異論はないようだった。
「じゃあ、もつ鍋で、そこの角左に曲がろう。」
そう言って、うっちゃんは歩き始めた。気配り上手なうっちゃんが、事前に決まっていたことを覆すのは珍しいなと思い、100mほど先にある、行く予定だった焼き肉屋の方を見た。するとらそこにはバスケ部の面々がいた。そして、その中にはタテの姿もあった。
うっちゃんは私に気を遣ってくれたのだと思った。彼は、本当に優しい、周囲の人間みんなに分け隔てなく。自分にだけ優しいと勘違いしたらマズイ。自惚れてはいけない。私は遅れないように他の4人の後についていった。
12月半ばの金曜日、実習班の忘年会として、私の家で鍋パーティーをすることになった。お互いに具材を持ち寄って作った寄せ鍋は、うっちゃんが用意した鶏団子、けんちゃんが持ってきた豚バラ肉、よっしーの彼女おすすめの牛すじ串、石川県出身の笹田さんとっておきの松葉ガニが入れられ、まさにカオスとなっていた。私が用意した野菜各種では確実にカバーできていなかった。
「おいしいけれど、混沌としている。それぞれの食材の旨み同士が殴り合っている感じ。そして絶対に和解しない。」けんちゃんがそう言い、
「確かに旨みはすごい。けれど、別々に調理された方がこの子たちは幸せだった気がする。」
よっしーも同意した。
「とりあえず一旦火は止めようか。これ以上混ざり合うと状況は悪化しそう。」
うっちゃんがそう言い、火を止めた。
「1+1は2になるどころか、2未満になるという実例だね。さすがに松葉ガニはやりすぎたなって反省してる。申し訳ない。」
笹田さんがスープを飲んで言った。
「これも含めて大切な思い出ですよ。」
私はそう言って笑った。
2時間ほど楽しく食べ飲みし、21:00頃には、仕事終わりの彼女、旦那さんが家で待つよっしーと笹田さんが帰った。けんちゃんも翌朝練習があるということで、その後を追うように帰り、私とうっちゃんと2人きりになった。
うっちゃんと私は仲良くなったが、2人っきりになったのは、自習室にお菓子を持ってきてれたとき以来だった。いつも実習班のメンバーが誰かしら一緒にいたのだ。
「カオス鍋楽しかったー。ただ、次は具材同士の調和が取れている鍋を食べたい。」
私はテーブルを拭きながら言った。
「美味しいものを入れればいいってもんじゃないね。鍋の具材にはバランスが必要だ。」
うっちゃんが空になったお菓子の袋を捨てながら答えた。
「ところで瑞稀ちゃん、ちょっとこれ観ない?」
そう言われて、うっちゃんの方を見ると、その手にはウルトラマンティガのDVDが握られていた。
「うわ!観たい!明日休みだし、観れるところまで観よう!」
私はそう答えて、DVDを受け取った。テーブルの前に2人で並んで座り、鑑賞し始めた。
「制服が白って、戦いを仕事にしていたら、すぐ汚れそうだね。黒っぽければ汚れ目立たないのに。」
「経年劣化ですぐ灰色になりそうだし、俺がクリーニング業者なら、絶対嫌だと思う。」
2人で、ツッコミを入れ合いながらDVDを観るのはとても楽しかった。前々から思っていたけれど、私とうっちゃんは、おそらく笑いのツボが似ている。そこに嬉しさを感じていた。しばらく同じ調子で楽しく観て過ごしていたが、あるタイミングから、うっちゃんの手が私の手に触れている気がした。
気のせいかと思い、何も言わずにいたが、ずっと手の感触を感じていた。私は次第に、自分の手の触れる彼の手の感覚が気になり、DVDの内容が頭に入らなくなっていた。そして、その状態がしばらく続いたあと、うっちゃんの手は、私の手の上にしっかりと重ねられた。これは、偶然ではないと思った。うっちゃんが意図を持って、私の手に触れているのだと認識せざるを得なかった。しばらくお互い無言だったが、ついに、私は耐えきれず、
「...うっちゃん、さすかにこれは、良くないな、私、勘違いしちゃうわ。」
そう言って手を引っ込めた。
「そっか...。」
うっちゃんがそう言い、沈黙が流れた。とても静かで、テレビの音だけが聞こえた。何を話そうか迷っていると、うっちゃんが切り出した。
「前に話した、モテる女性の条件の話覚えてる?」
唐突に聞かれて戸惑ったが、
「えーっと、眼鏡の図書委員と、おもしれー女がモテるってやつ?」
私は、あの自習室での会話を思い出しながら答えた。
「うん、そう。あれさ、瑞稀ちゃんのことだよ。どっちも。」
どきっとした。彼氏と別れた班員を慰めるための話ではなく、もしかして、自分が気になっている相手に対して、アプローチするための会話なのか?と、一瞬思って、いや、自惚れるな、自分が傷心だからって、優しくされてすぐ色恋沙汰に持ち込むのはよくないと、葛藤していたことを思い出した。
なんと答えていいか分からなくて黙っていると、うっちゃんは続けた。
「一年生で、初めて、瑞稀ちゃんをみたとき、可愛いなって思った。俺以外にも同じこと言ってるやついたよ。でも瑞稀ちゃんは男子とほとんど喋んなかったし、いつのまにかタテが瑞稀ちゃんのことが好きって話が流れてきて、瑞稀ちゃんはタテとは話してたから、これは無理だなって諦めた。でも、実習班で一緒になって話すようになって、可愛いだけじゃなくて、おもしれー女なんかい!って思ったよ。俺のタイプのど真ん中じゃんって。しかも、俺の特撮好きに引かずに、興味まで持ってくれて、本当に嬉しかった。あの頃、諦めなきゃ良かったって、正直後悔してた。そしたら、タテと別れたって聞いて、これは、チャンスだって思った。」
うっちゃんはそう言うと、私をまっすぐに見つめて続けた。
「俺、瑞稀ちゃんのことが好きです。付き合ってくれませんか?」
自分の勘違いではなかったのかと驚いた気持ちと、うっちゃんに好きと言われて嬉しい気持ちの両方があった。だけれども...。
少し間を空けて、私は答えた。
「うっちゃん、ありがとう。うっちゃんってみんなに優しいし、うっちゃんが私に優しくしてくれてるなって思っても、勘違いしちゃダメだって思ってたの。自惚れないようにって。でも...、好きって言ってくれて嬉しい。」
私はうっちゃんを見つめながら言った。
「だけど...、タテと別れてまだ3-4ヶ月だから、正直、誰かと新しく付き合うのが怖い気持ちがあるし、周りの目も気になる。...やっぱり、ああいう別れ方をして、すごく悲しかったし、そのあとのことで、けっこう傷ついたから。」
結局いまだにタテのことを吹っ切れていないのかと、自分を情けなく思う気持ちと、もうあんな思いはしたくないから、冷静にならなきゃいけないと思うのは仕方ないよねと思う気持ちが、混在しており、うっちゃんの好意を嬉しく感じながらも、私の心は決まらなかった。
そのまま黙っていると、うっちゃんは優しくこちらを見つめて、話し始めた。
「まだ別れてから3-4ヶ月だもん。切り替えられなくても仕方ないよ。急いで答えを出さなくて大丈夫だから。俺は瑞稀ちゃんの気持ちが決まるまで待ってるから。でも、1つ覚えておいて。俺S県に残るから。」
そう言われて、私が驚いていると、
「将来のことも、ちゃんと考えているから。それも念頭に入れたうえで、考えてほしい。」
うっちゃんは真剣な表情で言った。
うっちゃんの覚悟を聞いたうえでも、私の心はまだ迷っていたが、
「分かった。ちゃんと考えます。」と宣言した。




