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クレマチス  作者: 滝本泉
3/4

③日々

 「新郎新婦入場です。」

司会者のアナウンスで扉が開くと、鮮やかな赤い着物を着た環と、紋付袴を着た達也が並んで入ってきた。環は想像以上にきれいで、そして何より2人とも幸せそうだった。

 式は2人のこだわりがこれでもかと詰まっていた。装飾は2人が好きな共通の映画をモチーフにしており、1つ1つの飾りを見ているだけで、この飾りは映画に出てくるあのアイテムなんじゃないかと招待客が考えることができて、退屈な時間がなかった。料理も見た目が鮮やかでおいしかった。今までいくつかの式に招待されたことはあったけれど、その中でも1、2を争うほど、とても素敵な式だった。お色直しで白いドレスを着て現れた環はどこかの国のお姫様のようだった。

 写真撮影の時に環に話しかけた。

 「たまちゃん、本当にきれい、呼んでくれてありがとう、おめでとう。」

 環は弾けるような笑顔で「遠いところから来てくれてありがとうございます、二次会もぜひ楽しんでください!」と答えてくれた。 

 幸せに溢れた結婚式だった。

 ただ、そんな式の最中も、私は彼のことを何度か目で追ってしまった。


 「付き合うことになったわけだし、瑞稀って呼んでも良い?」

初めて玄関よりも中に入れたのが嬉しいのか、私の住んでいる部屋を一通り見回したあとに、彼にそう言われた。

「そうだねー。苗字呼び捨てでも良いけど、花より男子の道明寺じゃないんだから、下の名前のほうがいいか。」

「瑞稀っていちいち何かに引っ掛けて言うよね。俺のことは裕之って呼んでくれる?」

「苗字呼び捨てにしようかな。立橋。」

「いつまで花男引きずってるの?苗字呼び捨ては嫌だ。先輩みたいだから。」

「うーん...。呼び捨てはやっぱり恥ずかしいから、タテで良い?今はこれが限界。」

「うーん、寂しいな...。」

「じゃあ立橋君で。」

「いや、元に戻ってるから!」

などとふざけ合って笑いながら、彼は私を瑞稀と呼び、私は彼をタテと呼ぶことで折り合いをつけた。

そして、わたしは意を決して話した。

「あと、前にも話したけど、私付き合ってることを周りから冷やかされるのがすごく嫌でトラウマになってるから、2人の間であった話は、どんなに仲が良い人でも、話さないで欲しい。2人のことは2人だけの中に留めておきたい。わたしも周りにどんなに聞かれても、仲良くやってますよーくらいしか言わないから。周りへの惚気禁止で。」

彼は少し考えたあと、

「俺はあくまで瑞稀と付き合いたいわけで、周りにアピールするための彼女が欲しいわけではないので、大丈夫。変なこと言ったりしないよ。」

「よかった。よろしくお願いします。」

「ただなぁ...。」

「ただ?」

「いつも瑞稀の真顔しか見ていない奴らに、瑞稀はこんなに可愛くて、話すと面白いって言うのは言いたい。」

「...可愛くて、は、なしで、面白いってことは言っても良い。」

「面白いは良いんだ。」

「面白れー女なんて、最高の称号だもん。」

「おお、面白れー女だ。」

 数日後、いつもの4人組で集まったときに、彼と付き合うことになったことを伝えると、3人は心から祝福してくれた。

「おめでとう!瑞稀は気づいてなかったかもしれないけど、幸せオーラ漏れてたから、景子と麻衣と、きっと上手くいったんだなって言ってたんだよ。」

美佳が冗談めかして言った。

「いつ教えてくれるかなーって話してたよ、瑞稀わりと秘密主義だし。」

麻衣がニヤニヤしながら話した。

「当人たちが幸せなのが一番だよ。本当に良かったね。」

景子は微笑みながら言ってくれた。

「ありがとう。3人のおかげです。」

深々と頭を下げながら私は言った。

「ていうか、これで彼氏いないの私だけになっちゃったじゃん!」

麻衣は頭を抱えていた。


 次第に付き合っていることは周囲に知られていったが、私が懸念しているような冷やかされ方をすることはまずなかった。お互いにがそうならないように、周囲に余計なことを話していないのもあったと思うけど、当たり前だけど、大学生は中学生よりも精神年齢が高いので、変なことを言う人も少なかった。自分が懸念していたことは、大きな問題ではなったのだと、ホッとした。こうしてタテとの日々が始まった。


 私はインドア派で、家にいるのが好きだったし、タテはほぼ毎日部活に行っていたので、必然的に、部活終わりのタテが私の家にやってくるのが習慣になった。

「瑞稀は今日なにしてたの?」部活終わりに自宅である下宿でシャワーを浴びてきたタテが尋ねてきた。

「今日の夜、ふいに、きんぴらごぼうが食べたくなったの。だから、スーパーに行って、ごぼうを買って手作りしようか思ったの。」

「へえー。すごい。」

「でも、ごぼうからきんぴらごぼうを作るのってすごい手間がかかるでしょう?それに、きんぴらごぼうを食べたいと思ったとき、既に私は家に帰っていて、外に出るのはとてもおっくうだった。」

「ほうほう。」

「私は冷蔵庫に何かないか確認したの。そしたら、前に買ったじゃがいもが3個あった。これでなんとかならないかと考えた。」

「…じゃがいもで何かを作ろうとしたの?」

「じゃがいもからきんぴらごぼうを作れないかと思ったんです。」

「いや、無理でしょ。なに言ってるの。」

「とりあえず、じゃがいもを細切りにしてみた。そしてごぼうであると思いこんで、きんぴらごぼうのレシピ通りに作ってみた。」

「それでどうなった?」

「というわけで、完成したものがこちらです。」

「料理番組みたいなことしてるな。」

私はキッチンへ行き、作った料理を持ってきた。

「どうぞ食べてみて。」

「いただきます。」

タテは一口食べると、うーんとうなって考え込んでいた。

「食べた感想は?」

「まず、きんぴらごぼうではない。」

「手厳しいな。」

「まずくはないし、こういう料理だと思えばありだと思うけど...。これを食べて、瑞稀のきんぴらごぼう食べたい欲は満たされたの?」

「全然。食べたい気持ちは募るばかりです。」

「なんだそれ。」

タテはあきれたように笑っていた。

「瑞稀って、手の込んだふざけたことするの好きだよね。」

「つい、やっちゃうんだよねー。」

そう私は答えて、一緒に甘辛いじゃがいもの炒め物を食べ始めた。

 私は恋人らしい甘い雰囲気というものが恥ずかしくて、ついついふざけがちだった。私のこういう行動は、嫌がられるかもしれないとも思ったが、タテはちゃんとツッコんで笑ってくれた。そしてタテも同じようにふざけのが好きなことが分かってきた。

「美味しいチャーハンを家で作るには何が必要だと思う?」

珍しく、部活の練習が休みということで、一緒に出かけた中華料理屋さんで、頼んだチャーハンを食べながらタテは言った。

「前にテレビで見たけど、家のコンロは火力が弱くて、手作りのチャーハンには限界があるんだって。私は大人しくニチレイのチャーハンをチンするかな。あれよりも美味しくて家で食べられるチャーハンを、私は食べたことがない。」

「確かにニチレイのチャーハンは美味しい。でも俺は家庭でお店のようなチャーハンを作りたいんだ。」

「君は、医者になるために医学部に入ったんでしょう?美味しいチャーハンが作りたいなら、服部料理専門学校にでも転入したらどう?」

「異論はあるかもしれないけど、俺は中華鍋を買おうと思う。パラパラに作れそうだし。」

「話が飛躍しすぎて、異論しかないんだけど。」

その3日後、彼が注文した中華鍋が届いた。タテの自宅は下宿のため、キッチンを自由に使うことが難しく、私の家のキッチンで調理することになった。そして、待望の中華鍋で作ったチャーハンを、私の前に出しながら、

「正直な感想を教えて。」

と彼は言った。

「分かった。いただきます。」

そう答えて一口食べてみる。

「どう?美味しい?」

「…美味しいけど、家のチャーハンの域を超えるものじゃないかな。フライパンのチャーハンとの違いがよく分からない。」

「ニチレイのチャーハンとどっちがおいし」

「ニチレイの圧勝。」

「答えが早すぎるんだよなぁ。」

その後、タテはしばらく中華鍋を使って、試行錯誤して、チャーハンを作り続けていたけれど、結局家庭のチャーハンの味を超えるものは作れなかった。いつもニチレイのチャーハンの圧勝だった。

「もう、中華鍋を使ってチャーハン作るのやめようかな。瑞稀はニチレイのチャーハンが好きすぎるし、自分でもフライパンで作るチャーハンとの違いが正直分からない。」

「ニチレイの企業努力をなめちゃいけないよ。ホームページで読んだけど、香り高い焦がしネギ油を使って炒めてるし、米は北海道産の一等米を使っているし、プロのシェフが作るようにお米をぱらぱらにするために、米1つ1つに卵をコーティングさせていて、」

「長いわ!ニチレイの回し者か!」

タテがそうツッコんで、私たちは笑い合った。私とタテはふざけあいながら、延々と話し続けることができた。その日々はとても楽しかった。


 「タテと瑞稀ちゃんは最近どう?付き合い始めてどれくらい?」

映画研究会の女子会と称して、10人ほどの女子部員が集まった飲み会で、前部長で4年生の小清水明日香が話しかけてきた。

「3ヶ月くらいですかね。ぼちぼち仲良くやっています。」

「いやあー、いいねえ!なんかノロケ話とかないの?瑞稀ちゃんあんまり自分から話しないし、聞きたいなあ。」

「聞きたい、聞きたい!」

何人かの先輩がこちらに身体を向けてきた。

「そうですねえ。昨日、タテと討論しまして…。」

「…なにそれ?」


「ゆうきって、男女どちらでもいける名前じゃない?」

いつものように、部活終わりのタテと、家で夜ご飯を食べながら私は切り出した。

「そうだね、どちらもいる。」

「そして、ゆうきという名前にはものすごくたくさんの種類の漢字を当てられるでしょう?私は、女子ならどの漢字のゆうきが一番可愛くて、男子ならどの漢字のゆうきが一番格好いいかを決めたいんだよね。」

「…相変わらずよく分からないこと言ってるね。将来自分の子供にゆうきって名前を付けたいの?」

「全然そんなことはない。」

「なんだそれ。」

タテは笑ってから、

「良いでしょう。やろう。」

と言って、残りのご飯をかきこんだ。

 それぞれメモ帳を用意して、各々がベストだと思う"ゆうき"を書き込んだ。

「じゃあ、言い出しっぺの私から。」

私は自分の選んだ漢字をタテに見せた。

「男なら優樹、女子なら優紀。結局どちらでも優しいという漢字が合うと思う。優しいという漢字に良いイメージを抱かない人はいないんじゃないかと。樹は芯の強い雰囲気があるから、挫折してもそこから頑張れる人っぽいなと考えました。紀は単純に漢字の形として可愛い。」

「なるほどね。優に似てる憂の字はどうよ?」

「憂にしちゃうと、名前の漢字を聞かれたときに「憂鬱の憂です」っていう説明になるでしょ?もっとポジティブなイメージの単語が一番有名な漢字が良いと思う。」

「ここまで考えておいて、子供に名付ける気がないの逆にすごいな。」

「タテのも見せてよ」

「俺は男なら悠希、女なら結羽希。悠は壮大な感じがして、将来大物になりそうだし、結羽の組み合わせはすごい可愛いと思う。希望を持っていた方が良いと思うから希で。」

「結羽はキラキラ過ぎない?あと3音の名前で、3文字は長すぎる気がする。習字で名前書くとき、名字とのバランス取りづらいよきっと。あと、」

「めちゃくちゃ文句言うじゃん!びっくりしたわ。そこまで考えてるなら、子供の名前はゆうきにしなよ。」

タテは笑っていた。


「…悠希が一番好きかな、バランス良いし、男女どちらでもしっくりくる感じがする。」

小清水さんが言った。

「ですよねー。私もタテが出してきた字を見たときにやられたって思いました。悠も希も格好いい感じも可愛い感じもするし、どの漢字か説明するときに悠は、悠久の時って言えて壮大な感じがするし、希は希望の希で説明できて、間違うこともないし。言い出しっぺの私が思いつきたいくらい良い組み合わせだと思います。」

私が頷きながら言うと。

「っていうか、そんなことしてるの?いつも。」

「他には、きんぴらごぼうをじゃがいもだけで作れるか試したり、フライパンのチャーハンと中華鍋で作ったチャーハンに違いがあるか検討したりとか…。」

「なんか楽しそうだけど、カップルの日常とは思えない変なことやってるね。」

小清水さんは笑いながら言った。

「おかげさまで楽しいです。」

私がそう言って、目の前にあったピザを取ろうとすると、

「2人が楽しいなら言いんだよ。ただ…。これは、セクハラになるから瑞稀ちゃんは答えなくて大丈夫だけど、ちゃんと恋人らしいスキンシップ取れてるのかなって思っちゃったわ。」

 私は内心ドキっとした。付き合い始めてから、まだ手もつないでいなかった。

「それぞれのカップルの形があると思うから、あーだこーだ言うのは余計なお世話だと思うけど。」

小清水さんは私の耳元に顔を近づけて小声で言った。

「20歳そこそこの男の性欲をなめちゃいけないよ。」運動部に所属する同級生と3年半付き合っている小清水さんの言葉には重みがあった。

「…覚えておきます。」私は顔を赤くしながら頷いた。


 10月の文化祭で、映画研究会は焼きそばの屋台をやることになっていた。文化祭は基本的に1、2年生が主体でやることになっており、1年生では、私とタテ、もう1人の1年生である牧慎太郎の3人が主に動くことになった。先輩達は食材の購入ルートを決めるので、私たちは焼きそばの材料の組み合わせとレシピを考えることになった。タテの下宿はもちろん、キッチンが1口コンロの牧君の家で料理を作るのは無理があったので、私の家で試作品を作ることになっていた。

「牧君、タテ遅れるみたい。」

食材を買うため、スーパーの前で待ち合わせをしていた牧君に、タテからのメールの内容を伝えた。

「そうなんだ。どれくらい遅れるの?」

「部活の遠征の帰り道で渋滞が起きちゃったみたいで、予定より30分以上遅れそうだって。」

「そっかー。とりあえず食材だけ先に買っておこうか。」

あーだこーだ言いながら、牧くんと食材を選び、買い出しをした。タテはまだ到着しなかったので、先に私の家で試作品を作ることになった。

「牧くん料理けっこうやるの?」

「一人暮らし長いからね、さすがに少しはできるけど、自分が食べる用だから、見た目はひどいもんだよ。誰かのためにって感じで作ってないし。」

牧くんは医学部に5浪して入っており、2浪目からは、一人暮らしでバイトをしながら勉強していたと言っていた。

 人参の皮を剥くべきだと言う私と、自分はいつも剥かずに料理すると言う牧くんで、どうすべきか言い合っていると、家のチャイムが鳴った。ドアを開けると、大急ぎで走ってきたのであろう、タテが息を切らして汗だくでやってきた。

「お疲れ様、汗だくじゃん、大丈夫?」

私が驚いて言うと、

「...人生で1番急いだわ。」

とタテは答えて家に入って行った。

そのあと、色々試して、シンプルなソース味と塩味にすることに決めた私たちは、2時間ほどで解散することになった。

「じゃあ、お疲れ様ー。」

そう言って牧くんが出て行ったあと、汗だくだったタテにお風呂を貸してあげながら、試作品を買うために残った具材を無駄にするともったいないので明日以降何を作ろうかと、私はレシピサイトを見ながら考えていた。

 しばらくすると、お風呂から上がったタテがやってきた。

「なんで、牧だけ家にあげたの?」

タテは不機嫌そうに言った。

「どういう意味?最初から、私の家で試作品を作ろうって話してたじゃん。」

私がタテの意図を図りかねて言うと、

「俺以外の男が瑞稀の家に入るの正直嫌だったけど、俺の下宿も牧の家も、キッチンが使いづらいし、俺も一緒にその場いればギリ許せるかなって思ってた。でも、俺がいないところで、瑞稀が他の男と2人きりで瑞稀の家にいるのがすごい嫌だった。」

タテは眉間に皺を寄せた。

「...でも、タテ結局1時間遅れちゃったじゃん。あの状況で、スーパーで1時間以上時間潰すのは無理だったし、明日、月曜日の朝イチで講義だから、早めに終わらせようって元々3人で話してたし、それに牧くん櫻井さんのこと好きなのタテも知ってるでしょう?正直、そう言われても、先に私の家に来てもらうしか選択肢はなかったと言うか...。」

牧くんは4年生の櫻井亜季さんにずっと思いを寄せており、私とタテもことあるごとに相談に乗っていた。

「分かってる。自分でも理不尽なことを言ってると思うをでも、嫌なものは嫌なんだよ。俺は瑞稀と付き合うまで、瑞稀の家の中に入れなくて、玄関でずっと頑張ってたのに、牧はこんなにあっさり家の中に入れて、しかも瑞稀と楽しそうに料理してて...。嫉妬した。瑞稀と付き合えて嬉しいし、楽しいけど、瑞稀は恋人らしい雰囲気苦手そうで、一緒にいても、友達みたいなやり取りしかしてないなって思ったり、俺のこと本当に男として好きなのかなとか...。瑞稀のこと好きだし、大事にしたいけど、このままでいいのかなとか、色々考えちゃってた。」

タテの心の内を初めて聞いた気がした。牧くんを家入れたことは、やはり仕方がなかったと思うけど、私が恋人らしい雰囲気を避けていたことが、タテを悩ませてしまっていたことは分かった。

「...ごめん。私がこういう態度だったから、不安にさせてたっていう認識で良いかな?今までしっかりと誰かと付き合ったことはなかったし、照れたり気恥ずかしかったりで、そういう甘い雰囲気にならないようにふざけていたところは確かにある。私のペースに付き合わせたのはごめん。」

私が謝ると、

「俺も瑞稀とふざけ合うのは好きだよ、ただ、もう少し、恋人らしいこともしたい。」

タテはそう言うと、両手を広げた。

「...私、今とっても焼きそばくさいと思うんだけど、大丈夫?」

「大丈夫だから、来て欲しい。」

私はゆっくりとタテの腕の中に入った。するとそのままタテは私を抱きしめた。身長差が25cm以上あるため、私の身体は、彼の腕の中にすっぽりとおさまってしまった。私の頭がちょうど彼の心臓あたりで、彼の心臓の音が聞こえた。緊張しながら、私もタテの背中に手を回した。

「本当はずっとこうしたかった。付き合ってるのに、異性としてみてもらえてるのかなとか色々考えてた。」

「...ごめん。私、タテがそこまで悩んでるって分からなかった...。私、タテのこと好きだよ。彼氏として。」

私は腕を少し緩めて、タテの顔を見た。いつもと違う真剣な表情だった。しばらく見つめあって、初めてキスをした。

「...恥ずかしすぎて死にそう。」

私が少し笑いながら言うと、タテはさらに強く私を抱きしめた。

「可愛い。本当に瑞稀のこと好き。...このままだと止まらなさそう。」

タテに言われて、心臓がどきりと跳ねた。

「...私、やっぱり焼きそばくさいと思うけど。」

「そんなことない。良い匂い。」

タテは腕を緩めなかった。

「...ゴム持ってますか?」

わたしが意を決して聞くと、

「瑞稀に告白すると決めて、一緒に映画に行った日から俺の財布の中にずっと入ってます。いつ出番が来るのか、本当に出番は来るのかと。」

「そっか。ずいぶんと用意が良いことで。」

私が笑うとタテは2回目のキスをした。

「...ちょっと、怖いので、お手柔らかにしてもらえると嬉しいです。」

私が上目遣いで言うと、

「...努力します。」

そう答えて触れるタテの手はとても優しかった。ただ、決して止まらず、私はその日以降、小清水さんの言葉を実感することになった。

結局翌日は2人とも寝不足のまま朝イチの講義に出席した。

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