⑭当時の話
改めて結婚について考え始めた頃、タテのことを思い出さなかったと言えば嘘になる。とても好きだった人だから。ただ、タテのことを思い出すと、結婚したくて必死になっていた、あの頃の自分の記憶もセットで蘇ってくる。それがとても恥ずかしかったのだ。
だから、あの頃の必死だった自分を知っているタテに連絡をしようとは思わなかった。別れてから10年近い日々を経て、私の中でタテのことを、若くて青かった頃の記憶にしていたのだ。
「うーん。もう別れてから、あれだけ時間が経ってたしね…。」
そう言うと、沈黙が流れた。
タテにとって私は、過去の思い出ではなかったのだろうか。
「俺はずっと瑞稀のこと忘れてなかった。」
タテはこちらを見て言った。
私は、私の中のタテが、思い出の一部であるように、タテにとっての私も、彼の中の思い出の一部なのだと思っていた。私と同じように、かつての若い頃の自分を思い出す存在に感じているのだろうと。さすがに、今も私のことを忘れていないと言われるとは思わなかった。
「…もう、私たちが付き合っていたのなんて10年前だよ。それに私、結婚してるし。…うぬぼれてたり、勘違いだったら申し訳ないけど、もし…今も、私のことが好きだって言われても困るよ。何もできない。」
先回りしすぎているかとも思ったけれど、私には大切な夫と子供がいる。
タテは私を見つめていた。
そして何かを決めたように、少し笑って言った。
「そう言ってもらえたら、決心できたわ。瑞稀、長くなるけど、俺の話をしてもいい?俺のわがままだけれど、どうしても、聞いて欲しい。」
車内での別れの時も、追いコンのときも、タテが言おうとして言わなかったことを、今から聞くのかもしれないと思った。
コンビニでお茶を買って、近くの公園のベンチに座った。初めて一緒に映画館に行った日は、ちょうどこれぐらいの時期だったと思い出した。
「俺の家族の話をしたい。」
レジ袋の中からお茶を取り出しながら、タテは話し始めた。
「俺の母さんは元々ピアニストを目指してたけれど、プロの世界は厳しくて、演奏だけじゃ食べていけないから、ピアノ教室の先生をやっていたんだ。それで親に勧められて、父さんとお見合いをした。父さんは大手の商社に勤めていて、経済的な心配はなかったし、母さんがピアノ教室で働くことも反対しなかったから、そのまま結婚することになったんだ。それで姉貴と俺が生まれたんだけど、俺が3歳の頃に、父さんが不倫してることが分かった。母さんはもちろん怒って、父さんを問い詰めた。そしたら、父さんはその不倫相手と母親と出会う前からずっと付き合ってて、本当は不倫相手と結婚したかったけど、親に許してもらえなかったんだって。強行突破して結婚することも考えたらしいけど、親のコネもあって就職できたらしいから、強く出ることもできなくて、結局、親の言うとおりにお見合いで母さんと結婚したらしい。「お前だって、世間体と経済面で条件が良かったから俺と結婚したんだろう。俺は彼女と別れるつもりはない。」父さんはそう言ったって母さんは言ってた。
母さんは自分の両親にも、父さんの両親にも父さんの不倫の話をした。母さんの両親は驚いてはけれど、現実問題、離婚しても、女手1つで二人の子供を育てるのは大変だろうって、離婚は反対したらしい。義両親にも自分たちが反対したせいで、2人は結婚できなかったから、不倫関係でいることには目をつぶって欲しいって言われたらしい。そのせいで、母さんは情緒が不安定になって、すぐに泣いたり、怒ったり、いつも感情の揺れ動きが激しかった。父さんは不倫相手の家と、俺たちの家を行き来してたけど、母さんと顔を合わせると、いつも大げんかしてた。そんな家だったから、実家はすごく居心地が悪かった。」
タテは淡々と話していた。私は初めて聞く話に驚いた。付き合っていた頃に、お互いの家族の話をしていたが、聞いていたタテの家族の話とは、かなり違っていた。
「そうだったんだ…。付き合ってたとき、あんまり、タテ、自分の家族の話しないなとは思っていたけど、私が聞けば教えてくれるし、そういう…複雑な家庭環境だったって知らなかった。」
私が言うと、
「本当の話したら引かれるだろうなって思ったから、たまにある笑えるエピソードとかだけ話してたんだよ。」
タテは困ったように少し笑った。
「そんな状況だったせいもあって、母さんの関心は俺と姉貴に向かった。ものすごい期待をかけられたよ。母さんの家系は元々は、医師家系で開業医だったらしいんだ。だけど、母さんの父親の代で、誰も医師にならなくて、廃業したらしくて。自分の両親も、父さんも、義両親も見返したい気持ちがあったから、母さんの中で自分の子供達を絶対に医者にするって決めたらしい。そこから、ひたすら勉強をさせられた。塾に入れられて、塾の成績が悪いと普通に殴られたよ。姉貴も、俺も。俺は地元のバスケクラブに入っていたけど、成績が悪くなるからって、辞めさせられて、中学校受験のためにひたすら勉強させられた。けれど、瑞稀も知っての通り、俺って頭悪いから、母親の志望していた中学校は落ちた。姉貴の頭も同じようなもんだし、本人にやる気もなかったから、結局姉弟揃って滑り止めの学校に入った。母親は泣いてたし、怒って、俺たちを毎日責めてた「あんた達まで私を裏切るのか!」って。小さい頃は泣いている母さんが可哀想で、母さんの言うことは聞かなきゃいけないって、姉貴も俺も思っていたけれど、この頃になると、うちの家庭環境は異常なのかもしれないって思ってたよ。こんな状況だけど、父さんは姉貴と俺のことにはノータッチだった。何か言ったところで、母さんと言い合いになるのが分かってたのかもしれない。
結局中高も成績が下がるからって理由でバスケをやるのは禁止されてた。姉貴も俺も帰宅部でひたすら帰ったら勉強することを強制されてた。俺の方は適当に手も抜いてたけれど、姉貴は真面目だったから、ストレスも相当掛かってたんだろうな。一時期は荒れて、家に帰ってこなくて万引きで補導されたり…。大変だった。結局姉貴は3浪しても医学部は無理で、私立の歯学部に入ったんだ。母さんが、「医者が無理ならせめて歯医者になれ」って。本人の意思なんてまるで無視だよ。結局、姉貴本人のやる気がないから、途中から学校に行かなくなって、ずっとバイトしてたみたいだった。母さんは怒ってたけど、姉貴はもう無視してた。お金が貯まったら、歯学部辞めて、一人暮らしを初めて、自力で貯めたお金で別の大学に入り直してた。それで今は小学校の先生をやってる。今は俺とは連絡取ってるけど、母さんとは絶縁してる。家を出て行くときに、「あんたもいつか逃げないと、あの人に人生潰されるよ。」って言われた。」
「…大変だったんだね。」
想像以上に重い話で、私はそれしか言えなかった。
「それで、姉貴がまだ、浪人しているタイミングで、俺の大学受験になって、この子も失敗させるわけにはいかないって、すごいプレッシャーをかけてくるわけ、絶対に医学部に入れって。でも結局俺も浪人した。正直自分でも、不合格だろうなって手応えだったから、俺は納得してたけど、母さんはやっぱり諦めきれてなくて、絶対浪人して次で受かれって、その日のうちに予備校申し込んでたわ。ほぼ惰性で予備校に行きながら、家では情緒不安定な母さんの相手して…。家から出たい気持ちはずっとあったけれど、一人でやっていく勇気もなくて、俺の人生どうなるのかなって思ってた。でも次の年でS大学医学部に入れた。奇跡だと思ったし、これで、母さんから離れられることが何よりも嬉しかった。母さんは俺が遠くの大学に通うことは嫌だったみたいだけど、何より医学部に合格できたことが嬉しかったみたいだったから、この大学に来れた。ここに来て、初めて、息ができるようになった気がしたよ。母さんに制限されることなく、自分で決めて、自由に行動できるのが嬉しくて仕方なかった。バスケもやっとできるようになったし。何より、瑞稀に会えた。」
タテは私を見つめた。
「すごい幸せだった。俺の人生で、間違いなく、一番良かった時期。」




