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クレマチス  作者: 滝本泉
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12/15

⑫返事

 そのまま、しばらくぼーっとしていたが、うっちゃんとの約束の時間の19:30が近づいていた。私は立ち上がって、よろよろと洗面所に向かった。鏡で自分の顔を見ると、メイクは全て落ち、両目は腫れ、ひどい顔をしていた。一目で泣いたと分かる顔だ。混乱していたけれど、私はタテに別れを告げて、ケリをつけたつもりだった。とにかく顔を洗って、メイクを直そう、少しはマシな顔にしよう。そう思って洗顔を始めた。


 うっちゃんの家に行くのは初めてだったが、初詣の時に車で前を通り過ぎていたので、迷わずに行くことができた。インターホンを鳴らすと、すぐにうっちゃんが出てきてくれた。

「お疲れ様、部屋狭いけど、どうぞ。」

「ありがとう。お邪魔します。」

うっちゃんの部屋はきれいに片付いており、部屋の一角には、特撮グッズを置いてあるエリアがあった。

「おぉ、これが前に話してたクウガのベルト?」

「そうそう、ヤフオクで頑張ってゲットした。」

雑談をしながら、敷かれていた座布団に座ると、うっちゃんはお茶を出してくれた。

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

うっちゃんは笑顔でそう言うと、私の隣に座った。

私はここでうっちゃんからの告白にOKの返事をするつもりだった。でもタテと会って、私の中にタテへの未練があることがはっきりしてしまった。このまま何もなかったかのようにはいられない。私は1口お茶を飲み、話し始めた。

「うっちゃん、君はとても素敵な人です。」

「いきなりどうした?」

「みんなに優しくて気配りができて、視野が広くて、私が悩んでいるときも、私が思いつかないような視点で励ましてくれました。本当に感謝しかないです。」

「なになに?おだてても何も出ないよ。」

うっちゃんは軽く笑った。

「そんな、うっちゃんに比べて、私はひどい女なのです。私、この1年、うっちゃんと一緒の実習班で、たくさん話せるようになって、本当に楽しかった。好きって言ってくれて嬉しかった。日に日にうっちゃんのこと好きになってきていて、今日は前向きな返事をしようって。」

うっちゃんの表情を見るのが怖くて、私は下を見たまま話し続けた。

「この前、タテから会いたいってLINEが来たの。それで、今日会ってきた。ちゃんとケリをつけるために。前に進むために、それなのに…。好きだって言われて、どうしようもないぐらい心が揺らいだ。まだまだ引きずってるって思い知らされた。みんなのおかげで、立ち直ってきたつもりだったのに。情けない。ごめんね。でも…前に進みたいから断ってきた。」

私はうっちゃんを見つめた。

「私は、こんな風に元彼を引きずっているどうしようもない女です。自分で、自分が嫌になります。…こんな私でも、付き合ってもらえますか?」

何も言わないままではいられなかった。自分の性格的に、タテに関することをごまかすことはできないと思った。こんな中途半端な思いを抱えた私でも、良いと言ってくれるなら、うっちゃんと一緒に前に進みたいと思った。緊張しながら返事を待っていると、うっちゃんは口を開いた。

「瑞稀ちゃんは俺を選んでくれるんでしょ?じゃあ問題ないよ。」

うっちゃんは優しい表情で話し始めた。

「タテと瑞稀ちゃんが過ごした3年半に比べて、俺が瑞稀ちゃんと話すような関係になったのはまだ1年経ってないんだよ。過ごした時間の長さだけじゃなく、濃さも違うし。現時点で追い越すのは難しいだろうなって思ってた。だから俺を選んでもらえただけで、今は嬉しいよ。」

うっちゃんは、自分の手を私に手を重ねた。

「これからは俺のことだけを見てほしい。それでタテとの関係性を追い越したい。全部ひっくるめて、瑞稀ちゃんのことが好きだよ。俺と付き合ってください。」

うっちゃんはやっぱり優しい、私は、この人の気持ちに応えたいと思った。重ねられたうっちゃんの手を、私は握った。

「ありがとう。うっちゃんのこと大事にしたい。これからもどうぞよろしくお願いします。」

そう言って、私たちは笑い合った。


 翌日の実習班お疲れ様会は、予定通り、笹田さん夫妻の家で行われた。笹田さん夫妻の家はファミリー層向けのマンションで、豪華なキッチンが備え付けられてた。旦那さんの趣味が料理とのことで、彩り鮮やかでおしゃれな料理がテーブルからはみ出るほど並べられていた。

「うぉー!これはすごい!こんな豪華な料理、食べちゃっていいんですか?」

けんちゃんは興奮しながら言っていた。

「本当にすごい!おしゃれすぎて料理名が分からない!写真撮って良いですか?」

よっしーはスマホを構えて聞いた。

「全然良いですよ、喜んでもらえたなら嬉しいです。」

笹田さんの旦那さんは笑顔で答えた。旦那さんは、細身で、おしゃれな眼鏡をかけていて、薬剤師であることを知らないと、文学青年のような印象を受けた。とても穏やかで、笹田さんと話している姿をみると彼女のことを大切に思っているのが伝わってきた。

「これだけ用意するの大変だったんじゃないですか?材料費はもちろんですけれど、手間賃も俺たちから徴収してください。」

うっちゃんがそう言うと、

「手間賃なんて良いですよ。僕、料理好きだし。趣味なんで。いつも妻と2人だから、チャレンジできない大皿料理を作れて、ただただ楽しかったんで、気にしないでください。」

と旦那さんが答え、

「そうそう、本人も言ってるし、気にしないで。いつも私が小食だから、料理の作り甲斐がなくて、この人不完全燃焼なの。今日は朝から本気で料理ができて、すごい楽しそうだった。それにみんなから、お菓子やらお酒やらたくさんもらったし。元々話してた材料費だけでかまいません。」

と笹田さんが言った。2人が話している姿をみて本当に素敵な夫婦だと思った。

「本当にありがとうございます。こんな料理が食べられるなんて幸せすぎます。」

私は何度もお辞儀して言った。

 料理はどれも、見た目だけではなく、味も抜群に美味しく、全員の箸が止まらなかった。

「いやー、この実習班で本当に良かったよーー、みんな本当に良いヤツらだし、最後にこんな美味しいご飯が食べられて、最高です!6年生になってもこのメンツで実習したかったわ。」

酔っ払ったけんちゃんは何度も言っていた。

 1年間の実習班での思い出話に花が咲き、会は大いに盛り上がった。私が差し入れで持ってきたシュークリームを食べ終わった頃、うっちゃんが切り出した。

「えーっと。ちょっと俺から話したいことがあるから良いかな?」

1年間苦楽を共にして、私たちの仲を見守ってくれた実習をした班員には、付き合い始めたことを報告したいというのが、私たちの共通認識だった。全員の視線がうっちゃんに注がれる。

「報告です。俺と瑞稀ちゃんは付き合うことになりました。たぶん、俺の気持ちはダダ漏れだったと思うけど、温かく見守っていただいたおかげです。ありがとう。」

私が緊張しながらみんなの反応を待っていると、大きな拍手をもらった。そして隣に座っていた笹田さんは抱きしめながら言ってくれた。

「瑞稀ちゃんおめでとう!本当に良かったー。ずっと応援してたよ。」

「俺たちが見守り隊をした甲斐があったってことだな。いやーめでたいめでたい!」

けんちゃんは持っていたグラスでうっちゃんに乾杯した。

「いやーじれったかったよー、絶対上手くいくだろうと思っていたけど。」

よっしーはそう言って何度も頷いていた。この人たちの優しさと温かさのおかげで、私は辛い時期を乗り越えられたのだと実感した。

「ありがとうございます。本当にみんなのおかげです。」

私は何度も頭を下げた。最後に乾杯をして会は大盛り上がりで終わった。

 帰り道、私はうっちゃんの車で家まで送ってもらった。

「楽しかったなー、今日も。本当にみんないい人たち。この班で実習できて幸せすぎたわ。明日死ぬのかな?」

私は助手席に座りながら呟いた。

「楽しかったけど、死なないでね瑞稀ちゃん。付き合った翌日に彼女が死ぬのは悲しすぎるわ。」

うっちゃんは笑って言った。私はこの人を大切にしようと改めて思った。

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