⑩初詣
年が明けるとすぐにうっちゃんからLINEが届いた。
”あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします。”
誰よりも早く、1番に届くように送ってくれたんだろうと想像できたのが嬉しくて、
”あけましておめでとう。今年もなにとぞよろしくお願いします。”と返信した。
そこからしばらく、LINEのやり取りをしていると、
”瑞稀ちゃん、1月3日の午前中に帰ってくるなら、午後、2人で初詣に行かない?”
と誘われた。少し前までだったら、誰かに見られて変な噂を流されたらイヤだなと思い、躊躇っていたかもしれないが、今は素直に一緒に行きたいと思った。
”誘ってくれてありがとう。行きたいです。”
そう返信して、うっちゃんに何を帰省のお土産として買おうかと考えた。
約束の1月3日、うっちゃんは私の家まで車で迎えに来てくれた。S大学は6年生の実習で、僻地へ行くこともあるため、5年生になると、学生でも、親に車を買ってもらったり、お金を借りて車を購入する人が多かった。
「あけましておめでとう。車出してくれてありがとうね。これお土産です。」
私は自分の地元のご当地キャラクターが描かれているスナック菓子を買っていた。本気すぎるお土産を買って、引かれてしまうのも困ると思い、悩んだ挙げ句、軽く食べられるものにした。
「あけましておめでとう。ありがとうね。美味しそう。おれも瑞稀ちゃんにお土産買ったからどうぞ。」
うっちゃんのお土産は、彼の地元仙台名物である牛タン味のスナック菓子だった。私と同じようなお土産を買っていて、彼も、同じようにお土産売り場で悩んだのかもしれないと思った。
「ありがとう。牛タン好きだから嬉しい。」
私はお礼を言った。
「そうなんだ。じゃあ、地元帰ったとき、お土産で牛タン買うね。では、S神社行きますか。」
うっちゃんがそう言って、車を発進させた。S神社は山の麓にあり、車じゃないと行きづらい立地だった。初詣のお誘いを受けたとき、うっちゃんは、
”1月3日なら人出も落ち着いているだろうし、S神社なら、遠くて学生もあまり来ないから、いいんじゃないかな?”
とLINEしてくれた。周りの目を気にする私に気を遣ってくれたのだと思い、彼の優しさを、改めて感じていた。
「うっちゃん、年末年始、どう過ごした?」
私は質問した。
「そうだねー。いつも通り、実家に帰り、ライと遊んでた。地元の友達にも会ったよ。穏やかで平和なお正月でした。瑞稀ちゃんは?」
ライとはうっちゃんが高校生の時から、彼の実家で飼っている柴犬である。彼のスマホの待ち受けは、ライが上目遣いでこちらを見ている写真だった。
「私も同じようなものだよ。実家でまったり過ごしていた。お姉ちゃんも2日間だけいたから、久しぶりに姉妹で話しまくってたよ。私は読んでないんだけど、お姉ちゃん最近、弱虫ペダルの漫画にドはまりしているらしくて、荒北靖友っていうキャラクターが一番好きで、好きすぎるあまり、夢に出てきたって言っていた。」
「夢に出るのはすごいな。それどんな夢だったの?」
「荒北さんがお姉ちゃんにのど飴くれたらしい。別に喉痛くないのに。」
「なんだそれ。夢だから、もっと好き勝手できるはずなのに。」うっちゃんはそう言って笑った。
「姉妹仲良くて良いねー。」
「小さい頃はよくケンカもしたけど、大人になると仲良くなったね。普段遠くに離れているから、会ったときにすごく盛り上がるっていうのもあると思う。うっちゃんはお兄ちゃんいたよね?今回会えたの?」
「会えたよ。ただ、奥さんが妊娠中だから、半日顔出して帰ってた。仲が悪いわけではないけれど、年も離れてるから、瑞稀ちゃんとお姉ちゃんほど仲良しって感じでもないと思う。」
「お義姉さん妊娠中なんだ。ということは、うっちゃんはもうすぐ叔父さんになるわけだね。」
「そうなんだよね。結構楽しみ。出産祝い何が良いか今から考えてる。」
うっちゃんは子供好きで、小児科での実習中も子供達から人気者だった。そのときは、深く考えず、いいパパになるだろうなと思っていたが、今の状況だと、彼との将来のことを想像しているようで、少し恥ずかしくなってしまった。お土産話をしていると、あっという間にS神社に到着した。
「結構雪積もってるねー。そして除雪はされていない。」
うっちゃんはそう言って駐車場に車を停めた。山の麓にあるS神社は、積雪が多く、除雪された雪が既に山のように高く積まれており、今朝からお昼頃まで降っていた分は、除雪が追いついていないようだった。駐車場から参道までの通路は、30cm以上積雪しているところも多かった。
「これは、転ばないように歩くのが大変だ。」
私はそう言って、注意深くゆっくり歩いた。ここまで積もっているとは思わず、お気に入りのショートブーツを履いてきたことを、若干後悔していた。しばらく慎重に歩いていたが、途中で足を取られ、転びそうになった。
しかし、その瞬間、うっちゃんは咄嗟に私の腕を掴んでくれた。そのおかげで私はぎりぎり転ばないで済んだ。
「うわ、ごめん。ありがとう。うっちゃんに助けてもらわなかったら、絶対転んでた。」
私がお礼を言うと、
「大丈夫?瑞稀ちゃんが転ばなくて良かった。」
そう言って笑った。その笑顔をみて私は思わずキュンとしてしまった。
「あと少し、雪が積もっているところが続くし、良かったら。」
うっちゃんはそう言って手を差し出してきた。少し恥ずかしかったが、彼の言葉に甘えて、手を繋いだ。
「ありがとう。運動神経悪いからバランスとるのヘタで…。助かります。」
「いえいえ、どういたしまして。」
お互い手袋越しで、とても寒い中だったけれど、うっちゃんの手の温もりも感じた気がした。除雪されている参道に着くと、まばらだけれど人出があり、お互いに手を離したが、私は少し名残惜しかった。
「えーっと、二礼二拍手で、一礼でよかったっけ?」
おぼろげな記憶で言うと。
「俺も曖昧だったから今朝調べたけど、それで合っていたはず。でも、そもそも、厳格な決まりはないのと、神社ごとにお作法が違ったりするらしい。」
うっちゃんが答えた。
「なるほど。まぁお賽銭入れて、神様を崇める気持ちがあれば、大丈夫かな。」
とりあえず2人で二礼二拍手一礼をして、初詣を済ませた。
「じゃあ、車に戻ろうか。」
うっちゃんがそう言い、一緒に駐車場に向かった。参道を外れると
「では、帰り道も危ないので。」
そう言ってうっちゃんが手を差し出してきた。
「紳士だね。ありがたい。」
私は素直にその手を取った。うっちゃんのおかげで、帰り道も転ばず、車に到着できた。
このまま帰るのは名残惜しいなと思いながら、助手席に乗り込んでいると、
「瑞稀ちゃん、もし良かったら、一緒に夜ご飯食べに行かない?」
うっちゃんが誘ってくれた。
「良いね。せっかくだし行きたい。どこに行く?」
「ここ行かない?」
うっちゃんが見せてくれたのは、隣町のおそば屋さんだった。土日しか営業していないこともあり、いつも混雑している人気店で、材料がなくなると営業終了するため、難易度が高いお店だった。私はいつか行ってみたいと思いつつ、一度も行けていなかった。
「ここ気になってたところだ!行ってみたい!でも今日営業してるかな?三が日だし。」
私が言うと、
「Face bookみたら、今年は今日の夜から営業を始めるって書いてたよ。営業時間前から並べば、さすがに食べられないことはないんじゃないかな?」
うっちゃんは答えた。私と夜ご飯を一緒に食べるためにお店を探してくれていたのかもしれないと思うと、嬉しかった。
「じゃあ決まりだね。そこにしましょう。運転お願いします。」
「了解です。」
うっちゃんはお目当てのお店に向けて車を発進させた。
「瑞稀ちゃん、温泉好きなの?」
「かなり好きだよ。永遠に浸かっていたいタイプ。岩盤浴も好きだけど、やっぱり、お湯に浸かる方が好きかな。昔、家族で温泉に2連泊したときに、最高で5時間ぐらい大浴場に入ってたことがある。」
「そんなに浸かってたらのぼせない?」
「途中水分も取ってたし、お風呂から出てベンチで涼んだりしてたからのぼせることはなかったけど、手がふやけすぎて痛くなって大変だった。長時間浸かると、人の手ってこんなにしわしわになるんだって、衝撃だったよ。タオルを掴むのもしんどかったから、しばらく着替えることもできずに、脱衣所の椅子で、手が元に戻るまで待ってたなぁ。」
「ずいぶん極端なことしてるねー。」
「うっちゃんも温泉に5時間浸かるときは気をつけてね。」
「瑞稀ちゃん、普通の人は、そんなに長く浸からないと思うよ。」
車内は話が途切れることはなく、50分ほどで目的のお店に到着した。開店まではあと15分あったが、既に10名ほど並んでいたので、その列に加わることにした。
「運転お疲れ様。神社から50分も経ってたんだね。ずっと話してたから、体感10分くらいだった。」
「本当だね。瑞稀ちゃんと話してると楽しいよ。こっちが思いもよらないこと、真顔で言い出すから。」
「真顔でふざけすぎだとよく言われます。」
会話をしながら、列に近づくと、その先頭に知っている人がいることに気付いた。名前は覚えていないが、確か、バスケ部の2年生の男子だった。
一瞬、うっちゃんとの仲が噂になるかもしれないと思った。
けれど、それでも良いと思った。
2人で列に加わり、話しながら開店を待った。その後も続々と並ぶ人がいたが、ギリギリ一巡目で店内に入ることができた。この店の名物の山菜天ぷら蕎麦は、10種類以上の揚げたての山菜が出てくるので、全て食べ終わる頃には、お腹いっぱいになっていた。
「美味しかったー。山菜ってクセ強いイメージあったけれど、どれも美味しかった。あれは人気店なのも納得だわ。途中からお腹苦しかったけど、箸が止まらなかった。」
帰りの車内で私は興奮気味に話していた。
「山菜天ぷらも美味しかったけど、蕎麦自体もすごい美味しくなかった?あの香り高さが本当の蕎麦なら、自分が普段食べてる蕎麦って何なんだろうって思っちゃうんだよね。」
うっちゃんも同じ気持ちのようで、2人で蕎麦の感想を言い合っていた。すると、うっちゃんが少し黙ったあと、
「ところで…、瑞稀ちゃん…、ごめんね。」
と言ってきた。何に対して謝っているのか分からず、
「え?どうしたの?」
と答えると、
「ほら、お店にバスケ部の後輩の子いたでしょ?…瑞稀ちゃん気になるかなって思ったから。」
うっちゃんはこちらの様子をうかがうように言った。
「あー…、確かにいたね。でも、美味しいおそば食べたかったし、別に悪いことをしているわけじゃないし、全然大丈夫だよ。むしろ気を遣わせてごめんね。」
うっちゃんに気を遣わせてしまったのが申し訳なかった。周りの目を気にしているのは私の都合なのに。
「そっか。それなら良かった。…本当に瑞稀ちゃんの、気持ちを考えるなら、別のお店にしようか?とか提案すれば良かったのかもしれないけれど…。あのお店の蕎麦、俺すごい好きでさ、瑞稀ちゃんにも食べて欲しかったんだよね。瑞稀ちゃん美味しいもの食べるとき、すごい幸せそうだから。その顔を見たいなって思って。」
そう言ってうっちゃんは笑った。
好きな人とは、自分が好きなものを食べたとき、これを食べさせたいと思い浮かぶ人である。何かの本で読んだ文章を私は思い出していた。
「ありがとう。気を遣ってくれて。本当に美味しかったし、幸せだったよ。」
私はうっちゃんに言った。
「俺も、幸せだったよ。…瑞稀ちゃんと食べられたから。」
うっちゃんがそう言って。車内に少しの間沈黙が流れた。車はあの角を曲がると私の家に着く。信号待ちのとき、私は口を開いた。
「うっちゃん。前私に言ってくれたことあるでしょう。その…お待たせしている件。」
うっちゃんの顔を見つめる。
「実習最終日の夜、返事したいから会えるかな?」
私がそう言うと、うっちゃんが私を見つめた。
「分かった。絶対に予定空けておく。」
うっちゃんがそう言うと、信号は青に変わった。




