表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/205

【205】緊急事態……?


 みんなでゾロゾロ地上に帰還。

 ひとまず点呼とって、研究者も測量士も護衛も全員揃っているなと確認。

 後から適当に雇ってしまったので人数を正確に把握していなかった臨時雇用冒険者たちにもお互いに声掛けをして頂き、多分全員居るだろうと確認が取れたので、冒険者の方々、およびクライノートの王立騎士団に籍がある護衛の方々には非戦闘員の皆さんを研究拠点まで送って下さいとお願いしておく。

 頭数が多くて大変なのだけれど、こちらはスヴィン博士にお任せ。

 一旦、拠点で待機してくれているコボネ博士と情報共有して頂く。

 なにしろ、コボネ博士はベスティアの貴族でもあるし、この事態への対応に最も適任であるからだ。能力としても立場としても、そうしておいた方が後々、二国間で揉めないで済むと思うので。

 私はフリートホーフから着いてきてくれた、言ってしまえば完全に私兵である十名の騎士に護衛をして貰った上で、冒険者ギルドに直行。

 ヒメナさんがA級冒険者の冒険者証を貸してくれたので、窓口のお兄さんにお願いしてウーゴさんを呼んで頂く。

「どうした嬢ちゃん」

「緊急事態です。ヒメナさんの判断で参りました。まだ確定ではありませんが、スタンピードの疑いがあります」

「なんだと……!? おうお前ら、悪ィが机貸してくれや」

 言うなり、ウーゴさんは冒険者ギルドの片隅に設置された休憩用スペースのテーブルの上を雑に腕で払ってどんがらがっしゃん。見知らぬ冒険者チームの私物を情け容赦なく床に捨てる形で強引にテーブルを奪取。雑。ワイルド。しかし確かにこれはスピーディー。

 ダンジョン内の異常、いわば冒険者全員にとっての非常事態であるから、最早隠す気がないのだろう。大勢の冒険者たちがひっきりなしに出入りするこの場所を作戦本部にするようである。でも確かに、物理的に出入りしやすいからこれは割と合理的かも。

 ウーゴさんに言われる前に、カウンター奥に居たギルドの職員さんたちが、簡易的な……本当に簡易的すぎる、地図とも呼べない胡乱な地図を取り出してきてくれた。

 う、うぅん、子供の落書きレベルなんですが、こんな地図で大丈夫なんですか!?

 なるほど。確かにこんなミミズがのたくったような地図しかないのは厳しいし、ベスティアの王宮がダンジョン内の地図作成を悲願として考えるのも納得である。だってこれ、冒険者以外には分からないし、正直地図としては使い物にならないから。

 でも、他にないから使います。

「まず、時刻としては正午過ぎ。ヒメナさんとアル、ニーナ、私の四人でバロのダンジョンに入りました。歩くペースとしてはかなりゆっくりです。市街地を歩く程度の速さで、30分間進みました。そこで、道中スライムがほぼ発見されなかったことにより、ヒメナさんがこれを異常と判断。撤退。情報共有の後、ヒメナさんが近くに居た冒険者数名を選抜してバロのダンジョンに繋がる扉を封鎖しました。後からギルドの許可を得るということになっています。こちらに、ヒメナさんから預かった冒険者証があります。ご確認ください」

「おう、おう。よし。引き継ぎがバッチリだな。早めに封鎖に移れたのはデカい。ヒメナが言うならまずそれは信じて良い。スタンピードかは分からないが、何かは起きてるってことだからな。で、そっちのチビと兄ちゃんがヒメナに同行してんだな?」

「はい。装備品としては研究用の物品は全てこちらで引き取り、既に地上部隊が輸送を完了しています。救助隊となる三人は長期保存可能な携帯食糧を三日分と、エリクサーを始めとした回復薬を携行しています。三人とも水属性魔法が使えるため、飲料水の確保は問題ないかと」

「妥当な判断だな。救助に向かってる三人が三人とも、水の心配をしなくて良いってのは不幸中の幸いだな。身軽に動ける。救助のパーティーリーダーは誰だ?」

「勿論、ヒメナさんです。それと……ケットシーのミトンも随行しています。風属性魔法を使える、人間に対して極めて友好的な個体です。一般的には幻獣と呼ばれる生き物で、知能も高いので、恐らく仲間の補助をしてくれるでしょう。機動力の向上が期待できます」

「人間に合わせて動けんのか」

「はい。ニーナとミトンは揃えば助力なしでキマイラを討伐可能です。先日はマンティコアとも交戦しました」

 すぐ側で、護衛の騎士たちとギルド職員さん達がバタバタしつつもスピーディーに椅子やらペンやら必要なものをありったけ持ってきてくれる。

「並びに、研究チームに関しては研究者、測量士、護衛含め全員の点呼が取れています。懸念点としては六つの冒険者チームを現地で臨時雇用しましたが、そちらは正確に人数を把握していなかったため、自主的に確認を取ってもらうという形で済ませてしまっています」

「問題ねぇ。雇ったってのはガキばっかか?」

「はい。若い方が大半です。測量士の方々への危険説明のために雇用した、主にEランク冒険者です」

「そいつらはどこに居る?」

「我々研究チームのメンバーを拠点まで護送して貰っています。護衛任務という形で……必要かと思ったのでコボネ博士には情報共有の後にこちらまで来て頂く形を考えていました。冒険者も全員呼び戻しますか?」

 正直、冒険者たちの責任まで今のこのドタバタの中では背負いたくないので、ウーゴさんにバトンタッチしたい。

「碌な話が聞けやしねぇだろうが……そいつらのツラは見て確認したい。スライムが極端に減ってるってのに気付く、使える奴が居るかも含めて確認だな」

「分かりました。万が一のことを考えて、魔獣由来の毒に精通した方、並びに解毒薬の調合技術を有する人材もこちらに呼んでおきましょうか?」

「おう。頼んで良いのか?」

「スタンピードへの対処は国際法に定められた義務ですから……それと、こちらでコルミニョ公爵家に対する報告の手紙を作成しました。私たち夫婦の連名でとのことですが、内容の確認と、もし必要であればウーゴさんのサインをお願いします」

「……仕事が速ぇな!?」

 適当に、近くに居た騎士に目を合わせたら、一つ頷いてサッと研究拠点まで走ってくれる。

 コボネ博士はもうこっちに向かってるかも知れないけれど、ついでだから冒険者たちと解毒薬作れる人も一緒に纏めて来てねとやりたい。そこはそれ、慣れ親しんだフリートホーフ北方騎士団の精鋭。私の意図を汲んでくれているため、俊敏に動いてくれる。助かる。私兵ってこういう時にこう、痒いところに手が届くのである。

 ウーゴさんにもお手紙の内容確認して貰って、私とアルバンのサインの下に一筆添えて貰ってから、また別な騎士に頼んで公爵邸までお使いに行って貰う。

「それと……ウーゴさん、恥ずかしながら、ベスティア王国における法について、私は知識が浅いのですが、他に必要な書類はありますか? 形式としてはクライノートのやり方でしか作れないのですが、ベスティアの王宮に向けて報告書を送った方が良いのでしょうか?」

「助かる! 一応ギルドからも送るっちゃ送るが、返事が来るまで1ヶ月はかかる。そっちから送っときゃ、血相変えてすぐ返事を寄越すだろ」

「ありがとうございます。紙を頂いてもよろしいでしょうか?」

「好きに使ってくれ」

「救助隊のサポートをするため、怪我人を搬送するための人員はどうしますか? こちらで救護活動に当たる数名を除いて、他のメンバーには拠点で待機して貰えば、護衛が30名程度であればこちらから動員出来ます。いずれもクライノートの王立騎士団なので、応急処置と救護知識があるのですが」

「いや、それは良い。こっちで人を動かす。そっちの護衛を減らして何があったらコトだ。その責任は取れねぇ。ただ、五人ぐらい貸してくれ。治療のための物資の手配に人手が欲しい」

「分かりました」

 うーん、しまった。油断していたせいで我ながら要領が悪い。これなら最初からまず人手を回すか聞いておけば良かった。

 急いでやらねば焦ってしまった。これは良くない。明らかな判断ミスだし、純粋にタイムロス。

 体が疲れているのかも。

 体力はあとどのくらいだろう?

 そばにアルバンもニーナも居ないから、自分でペース配分をしなくっちゃ。

「嬢ちゃん、そっち側の上への報告はいいのか?」

「はい。どちらにしろ、届くまで数日掛かりますから。救助隊の帰還を待って作成します」

「心配じゃねぇのか? 随分落ち着いているが」

 ウーゴさんにそう言われて、心配ではあるし、ハラハラしているけれど、まあ、やれることをやるしかないのだし、それが一番良いのだし、なんて思ったのだけども、きっと指摘しているのはそこではないだろう。

 落ち着いている、とは……?

 でも、まあ、そうかも……?

 つい、動きを止めて首を捻ってしまった。

 なんとなーく、フリートホーフから同行してくれている騎士の方々と目を合わせるなどしてしまう。

「これが普通なので」





 ベスティア、クライノート二国共同ダンジョン調査団の拠点は人でごった返していた。

 研究者と測量士を拠点まで送り届けるという仕事を果たした臨時雇用の冒険者たちに混乱が広がったからである。

 バロのダンジョンが封鎖されたという報せは地上に戻った直後に周囲から聞こえてきていた上、今すぐにでも真相を確かめようとする冒険者たちを「A級冒険者ヒメナの紹介による依頼だから」という理由で押し留めていたからだ。

 冒険者はどんな初心者であっても、自己判断でいつでもダンジョンに入れる。

 ヒメナの名前で封鎖を依頼し、バロのダンジョンの出入り口にはヒメナを通して協力を依頼されたC級冒険者が立っているが、まだ現段階では正式にギルドから完全封鎖が敢行された訳ではない。

 従って、門を守るC級冒険者も、出入りしようとする他の冒険者に対して警告と情報共有をするが、何が何でも止める、などということもしない。これはあくまでもヒメナによる協力依頼。強制力はない。

 加えて、基本的に冒険者は行動の全てが自己責任。ギルドからの正式依頼でない以上、扉の前に立つC級冒険者も、警告しても尚、この状況下でバロのダンジョンに進むと主張する者を止めてやる義理はないからだ。

 故に、コルミニョのギルドマスターであるウーゴから、正式にダンジョン内封鎖依頼をしない限りは、真の意味での封鎖は成立しない。

 駆け出しの冒険者たちは、登録した時期が近い者同士でコミュニティを構築する。まだ多くが手探りであるため、こまめにパーティーを組み、解散し、また組み直していく傾向にある。魔法技術、及び戦闘技能において不足がある場合は複数のパーティーで連携することも珍しくない。縁があるが故に、まだ情を捨てきれない未熟故に、複数名の冒険者がバロのダンジョンへと救援に向かおうとしていた。

 無論、これは愚策である。

 しかし、知己の救援に向かおうという行動そのものは、人道的に正しい。

 99%悲劇しか起きず、奇跡が1%しか起きないとして、客観的に見るのであれば、それは無謀ではあるものの、1%を否定する根拠もまた存在していない。

 だが、行かせれば、まだ幼い、或いは若い命が失われる。高確率でだ。

 この世に絶対はない。

 ないが、可能な限り、確実性を取るべきではある。

 科学に人生を賭す者はそれを知っている。

 故に、ノエ・コボネは代表として、興奮状態にある冒険者達の前に出た。

「アッ、ど、どうも……一応、責任者の一人であるノエ・コボネです。研究者やってます。男爵です」

 と、ノエ・コボネ博士は、エヘヘと陰気な者特有の、ぎこちない笑顔を浮かべつつ、背中を丸めてヒョコヒョコやって来た。

 その姿が余りにも貴族らしくなく、なんなら徹底的に卑屈だし、ノエ・コボネという人物は見た目からして無害な生き物だったので、冒険者たちはワーワー言いながらも一応聞く体勢にはなった。

「あっ、えっと……とりあえず、皆さん、落ち着いてください。バロのダンジョンで起きていることですが、まず、まだ証拠が揃っていません。スタンピードとは確定していませんし、えーっと、もし本当にスタンピードだったとしても、問題ないと思います」

「問題ないってどういうことだ!?」

「スタンピードだぞ!?」

「弟がまだバロのダンジョンに居るのよ!」

 殺到する人々を前にしても、ノエは長閑に、指先でポリポリと顎を掻きながら、のんびりと続ける。

「あー、その、実は……クライノート王国の辺境伯、アルバン・フリートホーフ卿が救助に参加しているからです」

 当然のように名前を出しはしたものの、隣国の貴族の名前など、ベスティアの駆け出し冒険者が知る訳もない。

「えっと、アルバン卿は知ってますかね? クライノートで火竜を単騎討伐したドラゴンスレイヤー」

 やっとざわめきが起きる。

 火竜、個体識別名称ジルニトラ。

 その討伐の報は砂漠を渡って、末端の冒険者にまで届いていた。無論、人を経由する過程で情報は削ぎ落とされていたが、白銀が火竜を単騎討伐したということだけは知れ渡っている。

「彼はクライノートの貴族なんです。あ、クライノート王国の北側にある山脈は、まだ仮説なんですが、オープンダンジョンではないかと考えられていて……とにかくその、大型危険種の出没が多いんです。ケルピーとか、ワイバーンとかも当たり前に出るみたいで」

「前置きなげぇーーんだよ!」

「わっ、やっ、ごめんなさい。えっと、そう、それでですね。アルバン卿の領地、フリートホーフ領での特定危険種の討伐記録ですが、えっと、例を挙げると、昨年一年間で14746体」

 膨大な数字に、その場に居た冒険者達は全員、目が点になった。

「…………は?」

「あっ、えーと、これに関しては大型小型問わず、フリートホーフ内で討伐された危険種の合計数です。あくまで全部の数で、民間・騎士問わずの累計です。そのうち、民間人による討伐数を除くと13819体。フリートホーフ北方軍……改め、フリートホーフ北方騎士団はそれだけ優秀なんです。討伐記録トップとしては、かの有名な氷槍のハインリヒ……さん、などが有名ですね。彼は就任してから、20年間、累計で14116体を討伐しています。この記録にわが国の冒険者が追い付くのはちょっと難しいでしょう。あっ、あ、すみま、すみません。怒んないで下さいね」

 そこじゃない。

 沈黙と凝視に対しての解釈をノエは勘違いしているが、生粋のコミュ障であるが故に理解が出来ず、のたくた一所懸命に、なるべく分かりやすい言葉で説明を続行した。

「それで、ええと、アルバン卿自身の討伐記録は10年間で781体。これは全体の数に対して少なく思えますが、ミルメコレオなど大量発生した群体を含まない数字です」

 いや、多い多い多い!

 と、集まった冒険者たちはザワついていたが、ノエは構わず、やはりゆっくりのたのた喋り続けている。

「これはいずれも、ヒッポグリフやバイコーンなど、危険度の高い個体ばかりです。加えて、ギルドから借りた資料では、やはり冒険者だと魔獣とエンカウントするのを避けて進むのが主流なので、武闘派のA級冒険者でさえも討伐数が年500体を越えることは稀です。この事からも、フリートホーフの生態系がいかに苛烈か伺えますね。と、あ、えーと、本題はそこじゃない、ですよね。もっと分かりやすくしないと……。」

 数字がおかしい。

 冒険者達の心が一つになった。

「えーと、それで、アルバン卿は後々のため、ワイバーンくらいなら生け捕りにして数日間拘束の上飼育と観察などの試みも行なっているので、発見から討伐までの時間に関してはまちまちです。でも、例外があって……近くに人家がある場合や、例えばそう、ボナコンのように広範囲かつ高威力の魔法を使う魔獣に関しての討伐時間は――5分です」

 その場に居る冒険者の全員が絶句した。

「嘘みたいな数字ですよね? ボクもそう思いました。でも、事実なんです。アルバン卿は領地に出没・討伐した魔獣に関して全ての記録を付けています。更に、その記録は全てクライノート王国の王宮に提出されています。あっ、えっと、粉飾みたいに思えるんですが、クライノートでは貴族でも王宮に虚偽の申告をしたら逮捕されるそうなので、これは正確な記録だと思います。ベスティアの討伐記録なら正直、疑っちゃうんですが、ご存知の通り、あちらはそこがしっかりしているので。それが前提です。特に危険な魔獣の発見から討伐まで、アルバン卿の記録では全て5分と記録されています」

「いやっ……! そんなもん、嘘に決まってんじゃねぇかよ!?」

「ご、5分でって、有り得ねぇだろ!」

「あっ、ですよね。ボクも不思議に思ったんです。なんで56件、記録が全部5分なんだろうって。それで、確認したんですけど、クライノートの記録上、討伐の早さを記す場合、最小単位は5分と定められているんです。秒単位だと、どうしても魔獣が死亡するまでのラグが出ますし、正確性に欠けるからという理由だそうです。つまり――」

 わぁわぁと喚き立てる冒険者達に向かって、ノエは手を軽く出して振り、どこか愛嬌のある顔で、事実を告げた。

「4分59秒以内。彼は特に危険な魔獣を、全てその時間内に討伐し、かつ、魔獣が死亡したことを確認しているということです。最速レコードとして残された56件の討伐記録の中には、火竜ジルニトラも含まれています」

 と、締め括ったノエ・コボネ博士による、クライノート王国フリートホーフ辺境伯領の魔獣討伐記録に関する臨時講義が終わったタイミングで、ツェツィーリアの遣いである騎士が到着した。

「コボネ博士、ギルドからの協力要請が来ています。どうぞこちらへ。並びに、スヴィン博士も……解毒薬の調合技術を有する方もご協力を」

「あっ、はい。了解です。あー、でも、ちょっとだけ良いですか? 説明の途中で……。」

「で、でも、でもよ! 貴族が俺たちみてぇな冒険者を助ける訳がねぇだろ! 意味がねぇんだよ!」

「あっ、えーと、それも……はい。重要ですよね。ボクみたいなベスティアの貴族が言えたことじゃないんですけど、昨年のフリートホーフ領における魔獣が原因となった死者数は27名に留まっています。アルバン卿は優れた領主でもありますが、その実態としては極めて優秀な魔獣研究者と言えるでしょう。特に生態研究に関しては第一人者と言えます。その研究と経験の累積によって、死者数が抑えられているんです。そんな感じなので……アルバン卿は記録から見ても、人命救助に対してもすごく熱心な人物なので、要はその……今、バロのダンジョンで起きている現象に対処するためには、限りなく良い条件が揃っている……と、思います」

 ノエは冒険者たちに向かって一礼し「失礼します」と締め括ってから、護衛の騎士に伴われて、冒険者ギルドに向かうための準備に取り掛かった。

 その後ろではスヴィン始め、解毒薬などの薬剤調合技術を有する研究者たちも慌ただしく準備を進めていた。

 ギルドに行かずこの場に留まる研究者たちも、過去のスタンピードの記録を探す作業に取り掛かっている。更には、測量士の数名は比較的落ち着いた態度を示す冒険者と個人的に交渉して、ダンジョン内の地図を買い取り、先程測量した地上の入り口から巨人の盃内までの地形を詳細に書き込む作業に移っていた。怪我人の搬送ルートやバリケード構築にあたって、せめて分かっていることだけでも、と彼らは彼らでやれることを成そうとしているのだった。

 そんな風に、国に認められた偉い学者や専門家などが、全員忙しなく、慌ただしくバタバタと働いているため、一部動転していた冒険者達も幾らか落ち着くことが出来た。

 演説としても説明としてもノエの言葉は上手いとは言えなかったが、励まそうとしていることだけはなんとなく、若い冒険者達にも理解できたので、全員大人しくなって、これからどうするか、雇われた以上、報酬はいつ支払われるのかなどを近くの騎士に確認したりの流れになった。

 そこにまた更に、ツェツィーリアの元から「騎士のうち五名もギルドに同行せよ」との報せを持って別の騎士が到着したため、ノエやスヴィン、その他の研究者たちと、若い駆け出し冒険者、それに熟練の騎士五名を加えた全員で冒険者ギルドの元に移動することとなった。

 猛毒を有する魔獣の存在も否定できないため、毒の解析や薬剤の調合のための器具一式を臨時雇用した冒険者たちが運搬することによって異動がスムーズとなった。無償での労働ではあるが、ノエの説得……いや、説明によって冒険者たちが損得を捨てての協力をする流れが生まれたのである。

 そして、ノエ、スヴィンを始めとした一団は無事に冒険者ギルドにてツェツィーリアと合流。

 駆け出し冒険者たちの数名がギルドマスターウーゴによる聞き取り調査を受けることとなった。

 この段階で冒険者ギルドによるバロのダンジョンの封鎖が完了。

 D級以下の冒険者は全て例外なくダンジョン内への立ち入りを禁止されることとなった。

 既に騒ぎを聞きつけたC級冒険者が数名、巨人の盃まで解毒薬の調合や救護技術を持った人員を護送。仮拠点を設置するための護衛に名乗りを上げていたのだが、ここで事態は急変する。



「ただいま」



 ヒメナ、アルバン、ニーナ、ミトンが自分の足で歩いて冒険者ギルドまで帰還した。

 何が起きたのか分からなかった。

 いきなりでビックリした。

 私は「通りすがりの事務員です」と言い張って、冒険者ギルドで他の職員の方々と一緒に書類作ったりなんだりお手伝いをしていたのだけれども……物凄い普通なら感じで、アルバンが帰ってきた。

「早くないですか!?」

 ここは本来であれば、無事で良かった、みたいなことを言う場面だとは思うのだけれど、ついつい本音がまろび出てしまった。

 明確に淑女失格ではあるものの、今の私は通りすがりの事務員なのでセーフ。

 とはいえ、修羅場の喧騒から一転、水を打ったように静まり返った冒険者ギルドの中で、かなりデカめに私の本音が響き渡ってしまった。

「うん。思ったよりも早く終わったから、帰ってきちゃった。あ、怪我人は何人か居るけど、大体は歩ける状態だったし、もう大丈夫そうだから巨人の盃に置いてきたんだけど……ツェツィーリア、お腹すいてない? 美味しいお肉があるから焼いて食べようよ」

「あっ、はい。そうなんですね。食べます。何のお肉ですか?」

 スタンピードじゃなかったんですか? と聞こうと思ったのに、つい肉に気を取られてしまった。

 アルバン、よく見たらなんか、すごくでっかい緑色の葉っぱに包んで、何らかの蔦で結んだ見た目可愛いお土産を持っている。素朴かつファンシーなパッケージに見えるが、中身は生肉であるらしい。

「これはね、バジリスク」

「バジリスク」

 ついアホの鸚鵡返しをしてしまった。

 バジリスク。

 それは誰でも知ってる超有名魔獣。蛇に似た物凄く巨大で強力で獰猛な生き物。伝説の存在。火竜とか、そういうドラゴンに次ぐポジション。とにかく物凄く巨大で強い魔獣の代表格。前振りなく飛び出した名前に、つい意識が宇宙に旅立ってしまう。

 ……そっかぁ。

 もうそろそろこういう展開にも慣れてきたので、私の心は既に凪。が、それはそれとして、ごく普通に「パン買ってきたよ」ぐらいの軽さで申告してくるこのアルバンが毎度、何を考えているのかは全く分からない。

 まあでも、仕留めちゃったんなら仕方ない。というか、本来なら短時間かつ、被害も少ないうちに討伐出来て良かったね案件ではあるため、華麗にスルーをキメるしか選択肢はないのであった。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ