表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/205

【204】バロのダンジョン


「なんで貴族がそんな悲壮な覚悟をキメてんだよ……?」

 アルバンといざという時のための話し合いをした後、私たちはいよいよヤバくなったらナメクジまでなら食べますよ、とヒメナさんに申告したところ、ドン引きされた。

「そもそもそんな奥地まで行けねーだろ。あと、素人引っ張って行くって時点で無茶な進み方しねぇよ。お貴族様ならお貴族様らしく、ピクニック気分でいろっての」

「えぇ……? そんな舐めた態度でいいの?」

「お前らはな。お貴族様の癖に、アタシをパーティーリーダーにしてわざわざヤバくなったらゲテモノ食います宣言までしてくる奴なんて初めて会った。つか、お前らより覚悟できてねー奴らなんてE級D級にゴロゴロ居るわ。本当なら冒険者が全員する覚悟をしてねー奴が多過ぎる。そこんとこあんたらはキマり過ぎてんだよ。どんな人生送ってんだ」

「あっ、うん……僕たち、辺境伯だから。領地も北の方で……一年の半分くらい冬で、凍死とか普通だから……兎に角、出来る手は全て打って、覚悟を決めるぐらいしかやれることがなくて」

「ええ。ええ。暖炉の火を絶やしたら死んでしまいますし、寒さが厳しいので……食べるものも、きちんと収穫したものをきちんと保存食にしないと飢えてしまうので」

「……あー、寒いとそうなんのか。こっちは食い物ねーとは言いつつなんだかんだあるはあるからな」

「ベスティアはあったかくていいなぁ……本当に、羨ましいよ……。」

 アルバンの口から血を吐くような本音がポロリ。本気で羨ましがっている。

 領地が温暖、それはステイタス。

 寒いとそれはそれで適した作物があるものの、やっぱ温暖さは豊かさに直結する。だって、寒いとちょっとミスったらもうダメです今年の収穫ほぼゼロです、というパターンが多いが、あったかいとそれだけで、適した作物が多いし、タイミングによっては作付けもう一回いけたのでどうにかなりました、という超展開がそこそこの確率で期待できたりするそうなので……いやまあ、あったかい所には嵐と水害と伝染病がセットなのだけれども、羨ましいものは羨ましい。

 いいもん! 乳製品の旨さと小麦の旨さではどこにも負けないもん! ジャガイモだってホクホクだもん!

 と、開き直ってみても、やっぱりあったかい土地は羨ましい。北の地の民のマインドが無事インストールされているが、私は元々、温暖なグリンマー領の人間。その筈なのに、既にかなりフリートホーフに肩入れしているため、温暖で土壌が豊かな土地に対する「羨ましい」の気持ちが止まらない。

 だってアルバンや文官の皆様がずっと頑張っているから。ずっとずっと頑張り続けないと領民が死んでしまうから。死なせないために頑張らないといけないから……もっとあったかい土地だったら、もう少しだけ楽になるのかなとか思ってしまうのである。領民だって、酔っ払ってそこら辺で寝ちゃってもきっと死なないんだろうなとか。

「まあ、なんだ……お前ら、苦労してんだな」

「微妙に優しくしないでくれる? 心にダメージが来るから」

「おーおー、不満なら好きなだけ言っとけ。聞かねーケド」

 そんなやり取りをしつつ、お昼ご飯の準備である。

 とりあえず、今後ダンジョン内で活動するにあたり自分たちでご飯の準備ができない限りどうにもならんということで、数名に別れて煮炊きの準備……なのだが、ふと、気になった。

 少年少女だけの初心者と思しき冒険者パーティーのグループが、水たまりみたいな池の前で何かやっている。

 スススとそばに近寄って、ちょっとお話いいですか? 突撃となりのキャンプ飯。

「こんにちは。これからお昼ご飯の準備ですか?」

 話し掛けると、少年少女、やや警戒。というか、不思議そうな顔をしているものの、私とニーナの二人だけと見て、怪訝そうにしつつも挨拶してくれる。良い子たちだ。

「うん。魚を入れるとね、美味しくなるの」

「まあ、お魚を入れるんですか。どのお魚が食べられるんですか?」

 しゃがみ込んで聞いてみると、ちょっとポンヤリした感じの女の子がお鍋片手に教えてくれた。

 なんでも、この池にいる赤い小魚、美味しい出汁が取れるらしい。鍋をドボンとやって、水ごと掬ってそのまま火にかける。すると、加熱と同時に魚が弾ける。

 見せて貰ったが、本当に誇張でもなんでもなく弾けた。どうやら皮が薄いらしく、煮立つとすぐに皮が破けて散って、身も崩れて溶けてしまうのだが……そのお出汁が美味しいのである。割とエグい調理方法ではあるものの、全長2センチぐらいの小さい魚なのに、大きめの鍋に二、三匹で美味しく出汁がとれるので、貧乏掛け出し冒険者の生命線であるのだという。

「良いことを聞きました。教えてくれてありがとうございます。早速試してみますね」

 美味しいものを教えて貰えて助かった。

 という訳で、お礼に生ハムお渡ししておく。何を隠そう、今日は下見程度の予定なので、夕方には帰るのだ。

 ベスティアの生ハムは温暖な気温の中でも腐らないように、かなり濃いめの塩分濃度。完全に保存食であるため、ダンジョンのお供にも出来る優れもの。生のままタンパク質と塩分補給が可能な上に、煮炊きする余裕がある時なら、削ってスープの具にもなる。素晴らしい食品である。

 ただし、やっぱり単に塩を買うより高いため、生ハムの塊を渡したら凄く喜ばれてしまった。

「アルバン様、この赤いお魚が美味しいそうですよ」

 ニーナと二人でウキウキルンルンで戻ってきたら、アルバンが目をまんまるくしていた。

「ツェツィーリアはさ……知らない人に話し掛けるの、全然平気なんだねぇ」

「今はフードがありますし、ただちょっとお話を聞くだけですから」

「……そっか。じゃあ、僕たちもやってみようか」

 二人して仲良く、謎の小魚捕まえてスープに。因みに、水草も加熱すればまだ色味は茶色で今一つだが、これも食べられるそうなので、塩味つけて携帯食料の硬くて美味しくないパンと一緒にいただきます。

 うん、パン、ね、美味しくない。

 ゴリゴリしていて粉っぽい。口の中の水分全部持っていかれるし、小麦の質が良くないのか臭みがある。小麦の良い香り、ではなく、小麦のいやな臭いがすごい。歯が欠けそうなぐらい硬いので、頑張って咀嚼せねばならないのもつらい。だから自ずと、美味しくないものを噛んでいる時間は長くなる訳で……。

「えっと、ツェツィーリア? やっぱりつらいの? だったら、ダンジョンに入って数日間は街で買った普通のパンを先に消費するって手段もあるけど、そっちにしておく?」

「そうします。ですが、練習しておくべきだと思うので」

「お前らほんとクソ真面目な」

 隣で、ヒメナさんがむっしゃむっしゃと普通の丸いバケットを食べている。

 なんなら、よく見たら街の食堂で買ったっぽいサンドイッチ。レタスとタマネギと焼いたお肉とトマト挟んだ美味しそうなやつを食べ食べ、私とアルバンで作ったスープを合間に飲んでいる。

「地上から近いトコなら新鮮なもん食ってた方が良いに決まってんだろ」

 とのお話である。

 衝撃。

 ダンジョンだし、サバイバルだし、頑張って順応しなくてはと考えていたのだが、気負い過ぎていたのかも知れない。

 確かに練習は大事だが、食べられる時に食べておくというのも大切なことであるのも事実。

「……足りない。ツェツィさま、ダンジョンに入ってお肉を取ってきてもいい?」

「ニーナ……一人で行くのですか?」

「えっ!? なら、なら僕も行く! ヒメナ、ちょっとだけ! 僕とニーナとツェツィーリアだけでちょっと行くだけだから! だとしたら、どこがお勧めかなっ!?」

「あ〜、まあ、悪かないケド、それだと他の奴らが不安だろ。イカレた奴らは自己責任として、測量士はどうにかしてやりたい」

 急遽、そこら辺に居た低ランクの冒険者たちに声掛けて臨時雇用。

 大体が子供だったり若者だったり。

 駆け出しの冒険者、というやつで、仕事がなくてとりあえず無理のない範囲でダンジョンに潜って素材を集めつつ日銭を稼いでいるらしい。ついでに、この巨人の盃であれば魚と藻のスープはタダで作れるので、それで凌いでいるとのこと。

 おぉ、生きるって、働くって大変……!

 私たちだけなら無理だったのだろうけれど、ヒメナさんのネームバリューがものを言った。

 通常、冒険者はギルドを通して依頼を受けるが、何でも起きるのが現場の仕事。ダンジョン内でたまたま行き遭った他の冒険者に対して、冒険者が依頼をするというのも珍しくないらしい。その場合、契約自体はその場では仮契約となるが、地上に帰還してからギルドを交えて契約が履行されたか否かを精査するとのこと。

 今回は時間が勿体無いし、危険度は限りなく低い依頼であるため、お茶挽きしてる若手冒険者たちに研究者の方々や測量士の方々のフォローや説明をお願いするという形になった。

 駆け出しの初心者であろうが、彼らも冒険者であるため、巨人の盃に生息する生き物でどれが危険なのかは頭に入っているし、素人でも出来る軽いお手伝い程度ならして貰えるため、アルバンのポケットマネーで雇ったのである。

「あ〜、じゃあ、これから肉を確保しにダンジョンに入るケド……一番初心者向けのトコからいってみるか」

「初心者向けと熟練者向けの場所があるんですね」

「なんでか、元は繋がってる筈なのに出る魔獣が違うんだよ。スライムばっかのトコ行くぞ。大型危険種がほぼ出ない」

「スライム!」

 スープ皿持ったまま、アルバンが勢いよく立ち上がってしまった。もう今すぐ行きたくて堪らない気持ちが体で出てしまったようである。

「私はここでサンプル採取しています」

 スヴィン博士がこの場を引き受けてくれたので、四人でゾロゾロと入ってみることに。

「運が良ければトラネスぐらいならすぐ獲れるだろ」

 トラネスとは、ウサギに似た土属性魔獣であり、まるで兜を被ったウサギのような姿なのだ。ごくごく普通のウサギに後からおもちゃの兜を被せてみました、という見た目の魔獣であり、弱い土魔法を駆使して逃げたり防御したりするものの、特にこれといって凶暴な訳でもなく、ただただ美味しいお肉となっているのだが……食性も普通のウサギに等しいため、農家にとっては紛れもなく害獣。すばしっこいし、土に穴を作って逃げるため、農家の皆さんは大体ブチギレながら頑張って討伐しているのである。

 味としては普通のウサギよりも旨みが強めでしっとりした肉質らしいので、実に楽しみである。

 早く食べたい。

 おっと唾液が。

「アタシが先頭。ニーナは付いてこい。リアは真ん中。アルは最後尾で進む」

「リア?」

「お前らのニックネーム、選び方がわかりにくいんだよ。リアの方が短いしフツーの名前だろ」

「確かに、ツェツィ、よりもリア、の方が目立たずに済みますね。名前の原型も絞り込み難いですし」

「貴族なのは隠さなくていいが、アンタ、名前でどこの誰なのかすぐバレんだろ? アタシはリアって呼ぶから、名乗るのは誘拐されてからにしろ」

「まあ……ツェツィの身分ならそうだろうけど……誘拐される前提で話さないでくれる?」

「はぁ? 攫いやすそうなんだから仕方ねーだろ」

「僕がさせないから。ツェツィ、手を繋いでいようね」

「はい。でも……ニーナはヒメナさんと一緒に前衛なんですね」

 きゅむ。アルバンが優しく手を握ってくれる。二人で手を繋いで何度かきゅっ、きゅっ、きゅ〜、とやわやわ握ったりしてみたりなどする。かわいい。好き。

「だってコイツ、前衛向きだろ? やれそうだからとりあえず教える。偵察出来る奴が二人居た方が安全性上がるからな。あと……デカさの関係があるんだよ。デカい奴がつっかえたら詰むからお前らは後衛。それと、アルはデカいからそれだけでも他の冒険者からナメられにくい。アタシらにとって一番嫌なのはリアと、リアの背負ってる荷物を掠め取られることだからな。あと……アルが踏んで足場が崩れたら笑い事にもなんねぇだろ」

「ニーナは前衛向き……そうなんですか?」

「うん。そう。ツェツィには言ってなかったけど……ニーナは護衛よりは尖兵向きだね。近接戦闘が得意だし素早いし、判断力があるから。あと、恐怖もあんまり無いみたいだし。勿論、ハインリヒが鍛えてるから、防戦も出来るけどね」

「そうだったんですね。では、ニーナが偵察を出来るようになったら、戦術の幅が広がりますね!」

 尖兵というのは、単に突撃する役割を指すのではなく、敵情視察や偵察、警戒の任務も含まれている。要するにまあ、状況が全くわからんところまで行って様子見て、臨機応変に対応して生きて帰還するのが仕事。

 ダンジョンに関してはその相手が魔獣だったり魔植物だったり、ならず者だったりライバル関係にある他の冒険者だったりする訳で……斥候の役割はかなり重要。生存率に直結してしまうため、それがあるからこそ、私たちは何としてもヒメナさんを雇いたかったのである。

 何故なら、ソロ、完全に一人でダンジョンに潜って生き延びて、成果を挙げてこれまでずっと無事に、安定して仕事をこなしている冒険者が斥候としても優秀なのは間違いがないから。

 無論、単独の時に強い人ではあるのだろうし、大所帯となると勝手が違う。だが、それを差し引いても半端な人を頼るよりは確実であろう。

 私たちのチームの約半数は魔獣や魔植物の知識がある研究者や、現場対応に慣れた騎士なので、むしろダンジョンという環境に対してのレクチャーができる人、それも絶対的な自信と実績を持つ人が望ましいのである。

 その点、ヒメナさんは最良の教師。

 私もアルバンもヒメナさんに従います。

「……クライノートの貴婦人って殺伐としてんな」

「うちの奥さんはちょっと特別だから、気にしないで」

「とりあえずお前ら、手繋いで歩くのやめろ。滑ってすっ転んだら手着けないから頭打つぞ」

「あっ、はい。そうですね」

 それはそう。

 アルバンはともかく、私は滑って転んで頭打ってたんこぶ作って気絶、または頭から流血。やりそう。凄く。気を付けよう。

 パッと手を離して、縦一列で移動。

 ヒメナさんを先頭にして、扉の向こう、初心者向けダンジョンへ。

 地上に繋がる通路から入ってきた時、巨人の盃内、向かって右側にある扉が初心者向けダンジョンの扉である。

 最も人の出入りが激しく、新人と思われる冒険者たちがひっきりなしであるため、ここだけはほぼ常に扉が開いているに等しい状態。開いたり閉じたりと忙しい。

 ニーナよりも小さい子供も入っているぐらいだから、危険度は低そう。

 ちょっとだけホッとする。

 先頭を歩くヒメナさんは、腰から小さいナイフを抜いて、軽く投げてキャッチしての手遊びのようなことを始めている。

 余裕も余裕だな〜、なんて思っていたら、徐に振り向いた。

「よし、やってみろ」

 と、言うなり、ニーナに向かってナイフを投げ渡す。上手いこと刃の部分が当たらないように、ニーナの掌に当てている。ニーナもニーナで「ん」とか言いつつ普通にキャッチしている。

 それを見ている私は内心ビクッとした。

 運動神経と動体視力の良い人々のやり取り、心臓に悪い。

 ニーナは受け取ったナイフを、さっきまでヒメナさんがしていたのと同じように投げて軽いジャグリングみたいになっている。片手で投げてくるくる空中で回ったナイフを片手でキャッチ。

「見て盗めるタイプか……アタシがやることをよく見てろよ」

「わかった」

 ニーナがどの程度やれるかどうかの見定めをしていたらしい。手遊びとか思っててすみませんでした。

 その後も、ヒメナさんが「見てろ」でニーナが「わかった」で済ませる、実演・実践形式の斥候レクチャーが歩きつつも行われた。ニーナのついでにミトンも当然の顔して参加。

 そうやって、ゆっくりめではあるものの、歩くこと三十分。

「コイツら、便利過ぎる」

 ニーナとミトンはヒメナさんから太鼓判。

 さもあらん。

 ニーナとミトンは既に絶妙のコンビネーションを発揮して動けるし、猫ちゃんは人より身軽かつ俊敏に縦移動が可能。加えて、ミトンは見た目は可愛い猫ちゃんでも、実際は大型魔獣なら仕留められるぐらい強いので単体で先行できる。適宜、ニーナとミトンは人と猫、どっちが先行するかを選択出来るし、もう一方は先行した方をフォロー出来るポジションに就けるため、有利なのである。

 何より、ニーナはセンスの塊。

 単純に読み書き計算とはまた違った方面で頭が良く判断力がある。体を使うことに関して、行動を伴う思考には光るものがあるため、まあ覚えるのが速い。優秀。

「見通しが悪い時、さっきの岩壁のとこみたいな地形の時にはどうするのか良くわからない」

「気配読め。慣れれば人なのか獣なのかは見当付くようになるからそこは慣れだな」

「わかった。魔獣の時には待機なのは分かるけど、人の時はどうする?」

「まず誘う。フェイントでこう……小石投げるとかマントの裾見せるとかしろ。居ることをわざと教えて、体の位置はバレねーようにする」

「その後は?」

「まず声かけてくるかどうかだな。警戒して動かない奴はいきなり殺しに来ない。武器抜いて近寄ってくる奴はもう殺しに来てるってことだから、とりあえず一人捕まえるか殺すかして盾にする。盾が倒れねーうちに人数見て判断」

「後退してから迎撃しても良いのか?」

「接敵時に相手に強いの居たら詰む。ザコだけなら良い。あとは地形。ニーナ、お前、剣どのくらい使える?」

 質問しながら、いきなりヒメナさんがマチェット抜いて至近距離からニーナの首を狙った。らしい。私は完全に視認出来ておらず、剣戟の音でやっと状況を把握。

 ニーナは素早く剣を抜いてマチェットを受けて、一旦斬り払うようにしてヒメナさんを弾き飛ばす形で無理やり距離を取らせた。

 そこから、受け身を取ったヒメナさんが後退しつつまた攻撃。マントに隠す形でナイフを投げるも、ニーナがそれを剣で弾く。

 ニーナがナイフを弾いたその隙を逃さず、ヒメナさんがまた距離を詰めてマチェットでニーナを狙う。角度としては下から上に跳ね上げるようにして切り込む。ニーナは剣でマチェットが受け切れないと判断して、膝を使ってマチェットを握ったヒメナさんの腕を横に向けて蹴った。

 ヒメナさんはマチェットを取り落とすが、もう片手でまたマントに隠しつつもナイフ……ではなく、握った矢を突き出す形でニーナの目の真ん前で寸止め。

 そこで、ニーナもヒメナさんもピタッと静止。

「痛っっってぇ〜……! でも、お前、マジで優秀!」

 武器を仕舞って、ヒメナさんがニーナの肩に手を置く。

「そんだけ出来んなら心配ねーわ。力強ぇし。お前何歳?」

「もうすぐ十二歳だ」

「デカいし力強いし、お前ほんと将来有望な。冒険者向いてるよ。護衛騎士なんて辞めて、冒険者になればすぐA級になれるぞ?」

「やだ。ニーナはもう騎士だ。一生、ミトンと一緒にツェツィさまの女騎士をやるんだ」

「……あっ、はい! ニーナ、これからもよろしくお願いします」

 ビビった。

 目で追えていなかったので、とりあえずなんか戦闘行為があったということしか把握できなかったため……実を言うと、ヒメナさんによるニーナの腕試し、終わってからアルバンに説明して貰ってやっとである。

 なんか、ニーナがメキメキ強くなっていますね?????

「いや〜、足手纏いのバカ貴族のお守りなんて死ぬほど大変だしクソみてぇな仕事なんだろうなって覚悟してたけど、思ったよりラクそうで助かるわ」

 歩いて自分の武器を回収するヒメナさんの口から本音がポロリ。

 でも大丈夫。安心して下さい。私はご期待通りの足手纏いですよ。

「す、すみません。つ、疲れたので……休憩したいです」

 いきなりニーナが攻撃されたという衝撃と、元からない体力が底を着き、ギブアップ。もう既に足が生まれたてのバンビ。お水飲みたい。

 ちょっと休憩。

 ダンジョン内でパーティー組んで進むとなると、一番体力の無い人にペースを合わせて進むのが鉄則となるため、この場合は私に合わせて止まったり進んだりということになる。

 何しろ、巨人の盃は足場が平坦だったが、この初心者向けダンジョン、足場がゴツゴツしている。凹凸が激しく歩きにくいため、ほんの少し進むだけでも結構疲れるのである。

 主に舗装した道しか普段歩いてこなかった身にはキツイ。なんなら既に筋肉痛。乗馬で体力作りしていなかったらどうなっていたことか。

 木製の取手付きコップ出して、アルバンに魔法でお水出して貰ってぐびぐび。

 はぁ、美味しい。

 ひと息ついたところで、はたと気付く。

 いつの間にやら、私のお隣にツルンとした小さめのクッション大の、透明な物体が。

「あっ、これ、もしかしてスライムですかね?」

「ほ、本当だ! スライム! スライムだ!」

 アルバンが大興奮。

 這い蹲るようにして顔を寄せて、間近で観察。おっと、懐からルーペまで飛び出したな?

「フツーに持ち上げられるケド、尖ったもん当てたらすぐ死ぬぞ、そいつら」

「そんなに脆いのか……! うわぁ、大きめの瓶を持ってくれば良かった。でも、どこから来たんだろう……全然気付かなかった。えっ、ここに来る途中では一匹も居なかったよね?」

「あー、多分、他の冒険者に踏まれて死んでたんだろ」

 言った直後、ヒメナさんは一瞬、視線を斜め上にやって、それから言った。

「……よし。引き返すぞ」

「えっ」

「リア、歩けるか? 来た時と同じペースで無理ならアルが背負え。五秒以内に答えろ」

「あっ、えっ、あ、歩けますが、同じようにとは」

「順番は変更。ニーナが先導。アタシが殿をやる」

 どうやら、すぐに帰らないと危険であるらしい。

 空気が変わった。ヒメナさんの顔から表情が消えている。口調も淡々としていて硬いし、声のボリュームを落としている。

「緊急事態?」

 アルバンは質問しつつも、私を背負えるように背負子の荷物を組み直している。平たく低く積んで紐で固定して、私が座れるようにする。

「理屈では説明できねー。このパターンはアタシも当たったことがない。ただ、嫌な予感がする。スライムの数が少な過ぎる。なんかはあんだろ」

「スタンピード?」

「かもな」

 アルバンが荷造りを手早く完了させ、私は自分のリュックサックを前に持ってきた状態で着席。途中で転げ落ちないように腰回りをアルバンとロープで繋ぎ、ポータブルに運ばれる準備は万全である。

 大分絵面が面白いことになっているが、これが私たちにとっての最適解なので仕方がない。

 ふっ、笑うなら笑うがいいさ。

 体力がない足手纏いで大変申し訳ございません。

 そんな気持ち。

 ニーナとミトンはさっきヒメナさんに教わった通り、斥候としての安全確保の復習をする形で先導。来た道を戻る。

 アルバンはデフォルトで力持ちなので、私という荷物が増えても走って移動可能。

 うん、私が歩かないとこの三人、足場の悪いダンジョン内でも走って移動出来るし、走るのも物凄く速い。

 あっという間に巨人の盃まで戻ってきてしまった。

 そこから、戻るなりヒメナさんがニーナに指示して再びホイッスル。

 ピ――――――!

 集合した研究者と測量士、護衛の騎士たち、それから臨時雇用した駆け出し冒険者まで纏めて一箇所に集めてのち、一旦全員座って待機と指示を出す。

 一部研究者のみ集まって、ヒメナさんとアルバンと共に情報共有。

「バロのダンジョンは大型の魔獣は棲息していないって話だけど、過去に出現した危険種は?」

「アタシが聞いたのはアエリオフォロンだな」

「周期は? 前回のスタンピードはいつ?」

「まちまちだな。前回は確か、六年か七年前」

 さっきまで私たちが居たダンジョンは、どうやらバロのダンジョンと呼ばれているらしい。

「中に人はどれくらい……?」

「片っ端から白衣のバカどものために雇ったからな。ここに居る奴の方が多いだろ。日の出前から潜ってる奴らはもう大半が帰ってきてるはずだ」

「泊まりのパーティーは?」

「何組かは居るだろうな。バロのダンジョンの奥地にキナモログスの生息地がある。常に需要があるからな」

 ……なんか、物凄くヤバい事態の気配がする。

 えっ、あの、私は呑気に運ばれていた訳ですが、思ったよりも危険だったんですか?

 知らん魔獣の名前とか色々と飛び交っているが、これかなりのエマージェンシーなのでは?

「ツェツィ、ちょっといいかな?」

 ニーナと一緒に、なんとなく抱えて持って帰ってきてしまったスライムを特に意味もなくつんつくつん、と突っつくなどしていたら、真面目な声と態度でアルバンに呼ばれた。

 スライム抱えたままのたのた歩いて聞きに行く。

「これからヒメナの名前で、ギルドマスターのウーゴに連絡を取った上で、バロのダンジョンを封鎖する。だけど、何が起きているのかの調査が必要なんだ。資格としてはB級以上。それで、現状このコルミニョのダンジョンで今すぐに動けるB級以上の冒険者はヒメナとニーナの二人だけだから、ニーナを貸して欲しいんだって。それと、実力的には……僕も一応、役に立つから出動して欲しいって。だから、これからまた三人で、バロのダンジョンの中に居る冒険者たちを探しに行きたいんだけど……ツェツィは他のみんなと一緒に、地上に帰っていて欲しいんだ」

 おぉう、いきなりアルバンと離れ離れ。

 でもまあこれは仕方ない。

 スタンピード。

 それは数年に一度起きる魔獣の大量発生。

 人類の歴史はスタンピードとの戦いの歴史でもある。酷いと国の人口の三割死んだとかあったりする。局地的なものでも、行商人が訪れたらスタンピードのせいで先週訪れた街がなくなってました、とかも結構あったりする。スタンピード怖い。

 そんなんだから、もしも出来ることがあるのなら、人としてスタンピードという災害を乗り越えるために協力するのが人道的な対応。

 なんなら、戦争して殺し合ってる時に、その戦場近くでスタンピードが発生したなら、一旦やめて敵味方関係なく魔獣を倒すことに注力しなくてはならないという国家間の取り決めまである程なので。

 今は外国人、余所者という立場とはいえ、私たちも出来ることがあるのなら協力せねばならぬのである。

「分かりました。では、私は先に皆さんと地上に戻って、ウーゴさんに報告をしておきますね。何か必要な手続きや書類などはありますか?」

「ありがとう。ひとまず、コルミニョ公爵家に宛てて僕と君の連名で手紙を出して欲しい。最短で届くからね。それと、今回臨時雇用した冒険者全員を、なるべくスムーズにウーゴのところまで引率して欲しいんだ。彼らは今回、僕のポケットマネーで雇用しているからね。事故や怪我があった場合、後から厄介なことになりそうだし」

「では、私や他の方々、非戦闘員の護衛という名目で同行をお願いしますね。それなら、研究拠点まで来て頂けますから、途中で抜けてどこかに行ってしまうことは無いと思いますし、離脱されたらそれはそれで契約不履行として処理できますから」

「うん。それでお願いしても良いかな? 君にばかり負担を掛けてしまうけど……。」

「いえ、とんでもない。私に出来るのはそれぐらいですから」

「ありがとう。君が一緒に来てくれて、本当に良かった。でも、ここはフリートホーフほど治安が良くないから、常に騎士を何人か付けてね? もし必要なら、追加で女性冒険者を雇ってね。約束だよ?」

「分かりました。アルバン様もお気を付けて」

 多分、心配ないとは思う。

 火竜だって仕留める人なのだし。

 強いし。でも、洞窟が崩れたりしたらどうしよう。頑丈だから即死はしなさそうだけど、生き埋めになったらきっと死んでしまうだろうし……なんだかんだ不安だし、正直に言うと、知らない人のために危険なことしないでって言いたいのだけれど、アルバンの決断は正しい。

 勝算がある。

 条件は良い。これ以上ないほど。駆け出しの冒険者は片端から私たちが雇ったので巨人の盃に留まっていた。バロのダンジョン内に入っている人数がそもそも少ない。そして、未だに中に居るのは数日間留まる選択をした人々、つまり、完全な素人ではない心得と技術がある程度ある人たちであること。

 数少ないA級冒険者であるヒメナさんが、いち早く異変を察知して対策を打つところまで持って来れたのは幸運だ。

 加えて、アルバンが居る。

 どんな魔獣が出ても討伐が可能だろう。竜より強い生き物は未だダンジョンで発見されていない。

 ニーナとミトンも強い。ダンジョンには不慣れだけれど、適応力がある。咄嗟の判断力にも優れているし、魔獣を狩ることに慣れている。キマイラでさえ単騎討伐した実力がある。

 しかし、ニーナはまだ子供なのだ。

 アルバンやヒメナさんはきっと、もうこれはダメだと判断したら、知らない誰かの命を諦めることが出来るだろう。

 でも、ニーナは?

 騎士は弱いものを守る。命を賭してでも。それが騎士道。そしてニーナは既に騎士だ。弱いものを見捨てることは出来ない。ニーナはそれをやったことがない。人を殺したこともない。きっと見殺しにすることも出来ないだろう。

 だから、私が命令しなくてはならない。

「ニーナとミトンも……必ず、無事に帰ってきて下さい。これは命令です」

「イエス、マイレディ」

 片手を胸に当てての、簡易的な騎士の礼。

 ぎゅうぎゅうにニーナを抱き締める。

「ニーナ・ハーゲル。私の騎士。あなたは女騎士です。他の騎士には出来ないことも選び取れる。だから、あなたの思う最善を成しなさい」

「はい。ツェツィーリアさま。私は貴女の騎士。貴女の唯一の剣です。必ず持ち主のところに帰ります」

 心配で心配でもう心臓バクバクな私と違って、ニーナは自信満々。余裕も余裕です、という表情と構えであり、微妙に微笑んでいる。この状況をちょっと楽しんでいる空気すらある。

 だ、大丈夫なの……?

 自信満々なのが逆に心配。ハラハラする。

 アルバンの方を見るも、やる気のない半眼。猫背になっている。

 うん。

 なんか、思ったより心配なさそう。

 そういうところ、アルバンはわりかし分かりやすいので、本当に危ういなら真剣な顔をするのだが……まだかなり余裕がありそうなので、やっぱり私が思っているよりもずっとニーナは強いようである。いや事実として物凄く強いのは理解しているのだけれども、どうしたって初対面の時の、痩せっぽちの小さい可愛い女の子という記憶に引きずられてしまうのである。

「ニーナは貴婦人にこんなに想われて幸せだ。ツェツィさまみたいな身も心も綺麗でかわいい主に心配されている」

「ああ、うん。ハイハイ。でもツェツィーリアの夫は僕だから。神にも認められて法的にも認められた伴侶だから。子供だって三人も産んで貰ってるし、家族だから。ツェツィーリアと家族なのは僕。お前じゃないよ」

「アルバンは顔の傷は大したことないけど、心が意地汚い」

「ケンカすんな。行くぞ!」

 ヒメナさん、キレぎみ。

 大きめの舌打ちが聞こえた。

 アルバンは「へーい」と適当極まりない返事をしつつ、のそのそヒメナさんの後に着いていった。ニーナとミトンは物凄く楽しげで、スキップスキップランランラン♪ みたいなノリである。

 ニーナとミトン、殺意で目が、目がキラキラしていますね……?

 私の心配これさては完全に杞憂だったな?

 張り切ったニーナとミトン、どんなお土産を待ってくるのかな?

 そんなこと考えながら、ロバと一緒にみんなでゾロゾロ。地上に戻って報告だ。お仕事だ。

 あっ、そうだ、どうせだし、ロバの荷車にお邪魔して、コルミニョ公爵家宛てのお手紙先に書こうっと。ちょっと文字ブレるかも知れないけど、緊急事態だから急いで書いてます感出るし良いよね?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ