【199】調査は暗礁に乗り上げた
研究者たちが浮かれ倒しているところに、入り口を警備してくれていた騎士から連絡が。
なんでも、冒険者ギルドの責任者が挨拶に来てくれたらしい。
「すぐ通せ」
アルバンは簡潔に指示したが、その直後に「みんな〜! 冒険者ギルドの偉い人くるからちょっと静かに〜!」とか大変フレンドリーな感じで呼び掛けていた。しかもみんなお返事が「オッケー!」とか「わかったー!」とかなあたりなんか……子供かな?
おかしいな。
ここに居る人みんな凄く賢くて権威のある学者さんの筈なんだけどな?
しかしそこはそれ。一応、研究しかやれない一芸特化の人々とはいえ、大人なので、皆さん喜びのオーラとか表情をいなして真面目な顔を作ってくれる。
何しろ、冒険者ギルドの責任者……一般的にギルドマスターと言われる人はかなりの大物。
なんでも、聞いた話によると、ベスティア王国内に発見されているダンジョン一つに対して一つの冒険者ギルドが設営されており、冒険者ギルド全体の取り決めに関しては、ギルドマスター達の合議制で決められるとのこと。
大半が元冒険者であり、そうでなかったとしても他の冒険者たちから認められ、一目置かれるような実力者しか就任できないそうである。つまり、能力と人望を兼ね備えていなくては出来ないポスト。加えて言うなら……組織を運営する以上、しっかりお金のやり繰りとか書類仕事とかも出来ているからこそ、その職務をこなしているという訳で……こちらもまた、学者さんとは別方面に優秀な方であるのは間違いない。
加えて、コルミニョのダンジョンはベスティア王国最大のダンジョン。
ダンジョンの規模そのものもさることながら、冒険者の数も桁違いであるとのこと。
一応、制度としては各ダンジョン都市に設営された冒険者ギルドもギルドマスターも対等な立場ではあるものの、ここコルミニョのギルドマスターとくれば個人の裁量で動かせる範囲とか諸々、冒険者ギルドの中でも最高規模なので、紛れもないビッグ・ネーム。
とはいえ、ギルドマスターは現場の処理が主であり、全体の運営に関してはまた別な、ギルドマスターより上の役職……というか、国とかと交渉もする、交渉・商談特化の人が居るらしい。
今回はベスティアの王宮と、そのギルドの運営側によって話し合いが行われた結果、とりあえずコルミニョのダンジョン調査するんだし、担当するギルドマスターによろしくね、ということで合意が成されたらしい。
言い換えてしまえば現場に丸投げということである。
恐らく、いや確実に、良く思われていない。
ダンジョンはこれまで冒険者の独壇場。狩場に門外漢が踏み込んできて「あぁん?」とならない猟師は居ない。それを敢えてやるのだから、こちらとしても「のちのち冒険者の皆さんのためにもなることなんですよぉ」とご理解ご協力のほどを得られるよう説得しなくてはならないのである。
が、頑張ろう。
ダンジョン内では、法の力も届かない。
そこは冒険者たちのルールが支配している。
身分もお金も役には立たない。
だから、アルバンもギルドマスターを出迎える時に、黙って立ち上がった。座ったまま横柄に迎える意味がないからだ。
「初めまして。コルミニョのダンジョンのギルドマスターをしているウーゴという者です」
「アルバン・フリートホーフです。よろしくお願いします」
ギルドマスターは、物凄く筋肉ムキムキなおじさまだった。
暑いからか半袖のシャツにグローブ、ベストとスラックスとブーツといういでたちではあるし、肌が出ているのは肘周辺しかないのだが……筋肉ゴリゴリである。血管浮いているし……なんか、全体的に硬そう。小麦色の肌も相まって、岩のような印象のいかつめな顔立ちの人である。恐らく五十代前半。
鮮やかな金髪を角刈りにしており、それがちょっと怖さを増加させているが、よく似合っている。
うん、これはなかなかの筋肉。身長もたぶん、180以上ある。ガタイが良い。
その筈なのだが、アルバンはもっと大きくて全体にムチムチした分厚い筋肉に覆われているため、ギルドマスターのウーゴさんとアルバンが握手していると、ウーゴさんがやや小柄に見えてしまうという恐ろしい視覚のトリックが発生している。
やっぱりアルバンが一番カッコよくて可愛い。
愛する夫のせいで私はやや局地的なフェチズムを拗らせつつある訳だが、やっぱりゴツゴツしていて血管が浮いているよりも、ムチムチモチモチして脱力すると柔らかいタイプの筋肉の方が丸っこくて可愛いし、視覚的にもあんまり怖くないので好みである。つまり、私はアルバンが好みのタイプ。結果的にではあるけれども。
ふぅ、ベスティアの冒険者、いかほどのものかと思ったが、やはりアルバンが一番むちむちで素敵。
「予定より到着が早まってしまいました。こちらの都合で前倒しになったというのに、わさわざこちらに来て頂いてすみません」
「ああ、いえ。ギルドマスターなんて言っちゃいますが、時間の自由は効きます。問題ありません。ええと、貴方がクライノートの辺境伯閣下で?」
「身分としてはそうなります。ですが、私は外国人であり、あくまでも来訪者に過ぎません。予定通り、冒険者登録をした上で、研究者の一人としてダンジョンに臨みたいと考えています」
おぉ、なんか、ギルドマスターのウーゴさん、ちょっと驚いてるな?
ベスティアの貴族は感じが悪いらしいので、アルバンが冒険者に対してもギルドに対しても敬意は最低限払いますよ、という姿勢をのっけからアピールしてきたので、びっくりしたのでななかろうか?
「……それじゃ、遠慮なく。もしかしてなんだが、あんた、結構若いんじゃねぇか? トシ、幾つだ?」
「二十六です」
「わっけぇなぁ〜〜!? いやしっかりしてんなぁ!? ベスティアの王宮からはあんたに対してはくれぐれも無礼を働くなってしつこく言われてんだが、その様子じゃ無駄に騒いだりもせんだろうな。ただ、生真面目だとダンジョンで他の冒険者に足元掬われるからそこだけ気ィ付けてくれや。あと、あんたガタイが良いから舐められることはまずないだろうが、そのお上品な喋りはどうにかした方が良いな。十中八九絡まれる。つっても、お貴族様にいきなりやれってのも無茶かも知れんが……。」
「あっ、じゃあ割と砕けた感じでいいのかな? 馬鹿な三下に絡まれるのはそうなるだろうなって思ってるんだけど、ちょっと捻ってやってもダンジョン内なら問題になんないよね? 後から集団で報復にこられたら嫌だし気絶させてスライムの上にぶん投げてフルチンにさせたりとかするぐらいならいい?」
「……あんたにかわいげがねぇのは分かった」
オラシオさん達から聞いた話だと、スライムは死んだもの、つまり生体活動をやめた有機物だと何でも食べてしまうので……喧嘩して負けた冒険者が気絶してる間に服とか革鎧をスライムに食べられて、全裸で帰って来たりとかも割と良くあるらしい。
無論、そんなことしたら指差されて周囲から大笑いされるとのこと。
ちなみに、オラシオさんは十五歳の時に実際やらかしたらしい。とはいえ、魔獣討伐後に落石が頭に当たって気絶してのことだったらしいが。
「紹介するよ。まず、冒険者登録をするメンバーから。まずスヴィン」
「こんにちは。スヴィン・ヴァインシュトックです。魔植物を研究しています。今回は調査期間中、目一杯ダンジョンに泊まり込むつもりなのでよろしくお願いします」
「で、次に……ツェツィーリア、ニーナ」
おっと、油断してたら呼ばれてしまった。
挨拶しなくちゃ。
なるたけ急いで早足でアルバンの横に行ってご挨拶。
「はじめまして。ツェツィーリア・フリートホーフと申します」
「ツェツィーリアは僕の妻。魔獣研究は専門じゃないけど、見ての通りの黒髪。魔力がないから、逆にダンジョン内でも活躍する場面はあると思う」
「おいおいおい! 貴族の嬢ちゃんをダンジョンに連れてくつもりか!?」
「私には魔力がないため、ガルムなど一部、魔力に反応する魔獣に攻撃されずに済むのです。役に立つ場面は余りないとは思いますが、精一杯務めたいと思います。無理であれば素直に地上に戻って、事務処理のお手伝いをするつもりです」
「ニーナ・ハーゲル。ツェツィーリアさま付きの女騎士だ。こっちはケットシーのミトン。この間はミトンと一緒にキマイラを仕留めた」
「お前、トシ幾つだ?」
「十一歳」
ニーナが無表情で、片手でミトンを縦長に抱っこしながらピース。誇らしげである。
「トシの割にデカいな……? あと、マジでキマイラを仕留めたのか? 何人がかりでだ?」
「ニーナとミトンの二人でだ。後ろから他の騎士仲間がアドバイスとかはしてくれてたけど、単騎討伐だ」
ウーゴさんが「本当か?」とニーナを指差しつつアルバンに顔を向けるが、アルバンが本当だと肯定したので、改めてニーナの姿をまじまじと見て……なんか知らんが納得したらしい。
「末恐ろしいガキだな? 良いだろう。B級のライセンスを発行してやる」
「ニーナとミトンなら大抵の魔獣に遭遇しても死ぬことは滅多にない。もし少しでも手こずるようなら、ツェツィーリアと一緒にすぐ地上に戻す」
「まあそれなら良いだろう。で……ドラゴンスレイヤーってのはマジなのか?」
「コルミニョのギルドにエリクサーをダースで卸せるよ。今持ってく?」
「単騎討伐ってのも本当なのか」
「国で有数のハインリヒって騎士が部下に居てね。二人がかりだよ」
「バケモンじゃねぇか。ウチからの斡旋なんて要らないんじゃねぇか?」
「馬鹿言わないでくれ。僕たちはダンジョンの素人なんだ。大規模魔法なんて洞窟の中じゃ使えない。道に迷って野垂れ死ぬのなんて御免だね」
「合格だ。あんたは馬鹿な貴族連中とは違うらしいな。クライノートが羨ましいぜ」
「そりゃどうも」
急に口調も態度も雑。
疲れ果てた状態で部下の方々の前でする時よりはまだマイルドだけれど、ちょっと言葉が荒っぽくて、普段のアルバンと違うから違和感が凄い。
これ多分、プライベートな空間でアレクサンダー殿下と悪態吐いてる時に基準を合わせてるな?
わ、私も頑張って冒険者っぽく振る舞わないと!
「あ〜、しっかし……。」
ウーゴさん、やはり私のような素人丸出しの奴が引っ掛かるのか、上から下まで顎を擦りながらチェックしている。
うぅ、冒険者ファッションにはしたつもりなんだけど、やっぱり私のこの服装、変!?
「なんでダンジョンにまで引っ張っていくのかと思ってたが、こんな嫁さんならまあ分からんでもないか」
「うるさいな。先に言っておくけど、ツェツィーリアの前で汚い言葉を使ったら水魔法で物理的に口を塞ぐからね?」
ガッハッハ、と笑うウーゴさんを前に、アルバンが物凄くガラの悪い感じでメンチを切っている。
そうだった。忘れていたけど、アルバンは別にいいやって思うとガラも態度も悪くすることが出来るのだった……王宮育ちなのになんで出来るのか謎でしかないが、話を聞く限り、そういうことは全部、グスタフさん由来っぽいんだよな。
恐らくだけれど、王太子殿下なんかも同じように「いざという時に庶民に身をやつす練習」をしてたっぽいんだよな〜?
一方私は、しがない元子爵令嬢なので、比較的庶民派とはいえ庶民のフリする訓練とかはしてこなかったので、そこんとこ不利である。
というか、正確に言うと、雑な喋り方、出来るけどやりたくない。
領民との距離が近いのが我が実家グリンマー子爵家。近所の領民の方々と普通にお喋りしてさんざっぱらお世話になりつつ育って来たので、脳内の私はお育ちがよろしくない。実態として令嬢としては失格だったし、今も貴婦人失格なので、思ってることそのまんま口に出せばそこへんの庶民になれる。
が、私のことをまだ淑女だと信じてくれているアルバンには絶対にバレたくない。
私は……アルバンが初恋であり、それは現在進行形だし、なるべく長く今注がれている愛を得ていたいので……まだ猫を被っていたい。
実利を取れよという話である。
しかし、やりたくないのである。
失望されたくないから!
実を言うと、汚い言葉もそれなりに知っているのだけれど、アルバンには私がそれを知っていることを知られたくない。
カマトト上等。
大好きな夫との相思相愛を一秒でも長く維持するためなら欺瞞にも躊躇いはない。
私は愚かで卑しい人間です。
内心、罪悪感が凄いのだが、うう、なんて心苦しくなりつつも、言えない。
言葉を詰まらせている間にも時間は過ぎゆくので、話題も変わる。
「で、紹介する予定だった冒険者なんだが……実はトラブルが起きててな。同行する予定だった五人のうち、四名の消息が途絶えてる。この仕事に合わせて戻ってくるって話だったから、まだ猶予があるっちゃあるんだが……あいつらが今日、明日あたりに戻ってこねぇとなると、ちょっと怪しいかも知れねぇな」
おぉう、ここで超特大のトラブル発生。
予定していた冒険者の方々が行方不明とは。
いずれも腕利きのA級とかB級の方々を募ってくれたってお話であり、予算投入して優秀な方にオファーしたとの話だったが、これは早速雲行きが怪しいのでは?
「戻らないならそれは仕方ない。残り一名は居るんだよね? その人の得意分野がどんなジャンルかにもよるけど、初心者の冒険者が多いような、浅い階層でサンプル採集と測量が出来れば、こっちとしては数日間時間潰せるけど」
「あー、で、残り一名は、主に深部まで潜って、主に植物や鉱物を採集する、採取専門の女冒険者だ。いつも単独で活動している、採取ならウチで紹介できる一番の腕利きだな。つうか、採取専門でA級になってんのはソイツしか居ねぇんだが……。」
「ならいいよ。最悪、その人さえ居たら進めるし」
「が、ソイツが……今朝になって今回の依頼をキャンセルするって言い出した」
「…………は?」
おぉう、これはもう暗礁に乗り上げたという奴では?
トドメを刺されたような形になってしまい、アルバンもコボネ博士も硬直。スヴィン博士に至っては物理的に頭を抱えてその場に膝から崩れ落ちている。
「なんで?」
脱力感の余りにか、背中を丸めて物理的に肩を落としたアルバンの口から素の「なんで?」が飛び出した。
うん。理由が知りたい。
どうしてそうなった?
「あー、実はその女冒険者……ヒメナってんだが、運の悪いことに、二回連続で貴族相手の依頼を受けたんだが、依頼料を踏み倒されてな。もう貴族相手の依頼は受けねぇって言ってんだ」
「因みに、その依頼料って幾らなの?」
「ベスティア金貨で30枚と50枚の依頼だな。占めて金貨80枚」
ヒェ。
思わず声が出そうになってしまった。
ベスティア金貨よりもクライノート金貨の方がレートが高いとはいえ、金貨80枚ともなればそれはもう大金である。やはりこちらでも、庶民ならば家族四人がひと月余裕を持って暮らせるのが金貨の価値であるからして……それは大損も大損であろう。
アルバンは絶句して立ち尽くしている。
「ええと、すみません、ウーゴさん。それはローンで分割払いにした、という訳ではなく……?」
「踏み倒しだ」
ズバッと断言。
わぁ。
マジか。
「そもそも、ヒメナでなけりゃ達成不可能な依頼だから、依頼料が高額だった。依頼はどっちも、ダンジョン深部にのみ自生する希少植物の採取で、特定危険種の生息地を抜けて行かなきゃ手に入らん代物なんだが……ヒメナが現物を持ち帰って納品した途端に、依頼人の方が態度をガラッと変えやがった。ぼったくだと難癖付けてな。今はギルドが間に入って何とか依頼料を回収するために交渉しちゃいるんだが、いつになるかは分からねぇって状況でな」
「それは……えっ、二件それぞれ、依頼人は別なんですか?」
「完全に別口だ」
気の毒過ぎる……!
というか、そんな理不尽がこの世にあって良いのか?
「待って。そもそもの話なんだけど、ベスティアで貴族の踏み倒しって……どういう扱いなんだ。ただただ家の評判を下げるだけだと思うんだけど」
アルバンの言葉に、つい私も首を激しく縦に振ってしまう。
貴族は基本、家のため領地のために行動を選択ものなので、それはおかしい。まあクライノートでも庶民に対する踏み倒し事件、なくはないけどそんなことしたら「あのお家は資金繰りが苦しいみたいね」なんてヒソヒソ噂されて嘲笑の的。嘲笑どころか「やべぇから付き合いやめよ!」となって、そのあとはもう、踏み倒しを払わずにそのままにしてしまえば、貴族どころか商人からも相手して貰えなくなり、没落一直線。首が回らなくなればお家取り潰し。
そりゃまぁ、アカデミーに通うアホの子たちが、ご飯代踏み倒したりツケ払わなかったりするとかは結構聞くけれど、額が違う。それに、よっぽどマジのマジで駄目な家じゃなければ、家長が気付いて色付けて返済するものなのだ。
それがクライノート王国における貴族の常識。
なのだけれども。
「もう下がるほどの評判がねぇんだよ」
「それは……ごめん。僕が悪かった」
「クライノート貴族がガチで謝るんじゃねぇよ。ムカつくわ」
アルバンが驚きの余りに「悪いこと聞いたな」と素直にそれを態度に出してしまったのでウーゴさんから割と本気で怒られている。
でもあの、いよいよヤバいなベスティア王国?
「たびたびすみません。でも、それでしたら……どこの家も支払いが滞る、ないしは踏み倒すのが当たり前ということなら、そもそも冒険者は最初から貴族の依頼など受けないのでは?」
「その通りだ。その通り、ではあるんだが……今回、揉めてる貴族はどっちも、分割でってことはあっても、これまでは支払いを踏み倒したことはなかった。だがなぁ……あ〜、実は……。」
ウーゴさんが腕組みして、眉間に皺を寄せて、ゴニョゴニョゴニョ。
大変言いづらそうにしている。
「ヒメナはチビでな。その上、ソロの女冒険者で、荒事専門じゃねぇ、採取専門ってなると……舐められるんだ。依頼人からな」
パカ。
ついつい、アホの子全開で口を開けてしまった。
「えっ、小柄だと、依頼料を払って貰えないんですか?」
「普通の冒険者はガタイが良いからな。ヒメナも弱い訳じゃねぇ。寧ろ、ソロの女冒険者でずっと活動してるって時点で並の男、いや並の冒険者でも歯が立つわきゃあねぇんだが……見た目で判断する馬鹿貴族は、ヒメナを見ると舐めてかかる」
「……つまり、僕たちは見た目で相手を判断するどっかのクソバカな低脳貴族たちのせいで割り食って優秀なガイドを失ったってこと?」
「そうだな。基本、冒険者ってのは馬鹿ばっかなんだが、ヒメナはそれなりに頭が回る。お貴族様相手だし、地上だからっつって、頭に血が昇っても手は出ねぇからなぁ……そういうトコも含めて、クライノートのお偉いさんの前に出しても問題はまず起こさねぇだろうってことで真っ先に名前が上がったんだが」
ウーゴさんがため息付きつつ、ボリボリ後頭部掻いている。
これはきっと、ウーゴさん的にもその、運悪く依頼料踏み倒されそうになっているヒメナさんとやらに対して「そんな目に遭ったなら嫌になっちゃってもまあ仕方ないよね」と思ったのであろう。
だって、ウーゴさんやヒメナさんの視点だと、まだ見ぬ私たちがまともな人間である保証などないのだし。
「因みに、そのヒメナっていう冒険者の実績は?」
「蒼玉ベラドンナの発見と採取、双頭マンドレイクの発見と採取、幽香イラクサの発見と採取、結晶体状の魔鉱石の発見と採取。その他にもダンジョンで採取可能な植物と鉱石ならまあ全部だな。ヒメナに持ってこれねぇモンはない」
隣でスヴィン博士が四つん這いになりながら「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ!」みたいな奇声を上げて嘆いている。まさしく血を吐くような叫びである。
「クソッ、どれも学会で表彰ものの発見じゃないか……! 何を推しても逃したくない人材の筆頭だ。今からでもそのヒメナって女冒険者と連絡取れないの!?」
「ギルドもいちいち冒険者の動向を把握してる訳じゃねぇからなぁ……ま、ヒメナはプールも尽きかけてるだろうから、しばらくはここに留まんだろうが……あのキレ方じゃ、河岸を変えるかもな」
「アルバン……何としても、何としてもその、ヒメナさんを確保してくれ……! 何としてもだっ……!」
スヴィンさんが血の涙を流す勢いで、墓場から蘇った亡者のような情念を迸らせつつ、アルバンのマントの裾を掴んでいる。目が、目がヤバい。
スヴィンさんの息が荒い。なんか、ゼーハーしている。喘息かな?
この人ほっとくと死ぬんじゃなかろうか?
「失明の恐れがなく使える散瞳作用を有する目薬の原料となる蒼玉ベラドンナ……ダンジョン固有種……! 地上部分だけでなく地下茎にも頭部を有する変異個体にして含有魔力量と薬効が通常個体の三倍ある双頭マンドレイク……発見例、ダンジョンのみ! 魔法創傷及びその疼痛に対して絶大な効果を発揮するが未だに成分分析が成されていない新種、幽香イラクサ……ダンジョン固有種……! 全て、全て逃す訳にはいかない。このチャンスを、このチャンスを逃したらサンプル入手が何年先になることか……! 僕の寿命が尽きるまでに二度目のチャンスが来るかどうかも怪しい。絶対に、絶対に逃す訳にはいかない……!」
「スヴィンの気持ちは痛いほど良く分かるよ。頑張って交渉しよう!」
アルバンがしゃがみ込んで、半分なんかこう、ホラーな感じにおどろおどろしくなってしまったスヴィン博士の手を取っている。
なるほど、素人の私でも分かるが、どうやら我々はそのヒメナさんを説得して依頼を受けて頂かねば、このプロジェクトが頓挫するようだな!
「ではとりあえず、そのヒメナさんに連絡を取らねばなりませんね。ウーゴさん、ヒメナさんがギルドにいらしたら、引き留めて頂いてもよろしいですか?」
懐から金貨入った袋取り出して、ウーゴさんの手にパス。堂々とした賄賂、いや気持ちである。
こういう時はお金で解決だぁ。
余所者が融通効かせて貰おうとしたらこれっきゃない。
「お嬢ちゃん、あんたもなかなかだな? 分かった。ヒメナが来たら引き留めておいてやるよ」
「でも、河岸を変えるかも知れないんだよね? だったら、こっちから探した方が良いんじゃないかな? 他所のダンジョンに移動されてしまったらそれこそ探せないだろうし」
「ヒメナさんのお家はどこにあるのでしょうか?」
「それがなぁ……ヒメナは売れっ子だってのに、家は買ってねぇんだ。女冒険者でソロだと、襲撃されたらひとたまりもねぇってな。銀行口座はコルミニョにあるが、基本は宿屋を転々としてる」
「つまり、口座のお金がほぼ尽きているとしたら……もうこの都市とこのダンジョンに拘る理由がないということでは?」
「いや、それはねぇが……まあ、ヒメナほどの腕がありゃ、どこのダンジョンにでも稼げるだろうな」
うーん、なるほど。確かに、コルミニョのダンジョンでは土地勘があるし、自分だけが知っている採取スポットとかもあるのだろうから、完全にこの狩場を放棄はしないだろうけど……顧客の質が悪いなら、二拠点生活に入りそうではあるな。作戦としては、依頼そのものは別なところで受けても、納品依頼であれば、物が揃っていればどこで採取しようが依頼人は構わないのだろうし。
けれども、それをされてしまうと、ますますヒメナさんが捕まらなくなるので、確かに今すぐにでも会って話して交渉するのが最善であろう。
「特徴は?」
「身長はこのぐらいで、水属性。髪は暗めの濃い青だな。目つき悪くて口も悪い。あー、あと肌が黒い。黒いっつうか、茶色っつうか……。」
「チョコレート色の肌のお姉さんか?」
ニーナが口を挟んだ。
思わず全員、ニーナに大注目。
「ミルクチョコレートみたいな色で、ツヤツヤの綺麗な肌で、お腹を出したお洒落なタンクトップと、赤褐色の魔物の革を使った胸当てをしてて、腹筋が割れてて、ズボンはポケットがいっぱい付いたベージュ色のやつ。腰に革のナイフホルダーがいっぱい付いたベルトしてて、編み上げのショートブーツとお揃いのデザインで、縫製用の紐がどっちもお洒落な赤でアクセント入ってるやつで、金のピアスしてる?」
「ぉ、おぉ、そうだ。そいつがヒメナだな。なんで知ってんだ?」
「お昼にパエリア食べたお店に居た。綺麗でお洒落でかっこいいお姉さんだったから覚えてる」
「あっ! あっ、あっ! あ〜〜〜〜っ!」
思い出した。
居た。
確かに居た。
パエリア食べたお店で、ニーナがこっそり「見てツェツィさま。あっちのお姉さんも一回り小さめだけどお鍋で食べてる」って、言ってた!
私も見た。パエリアって一人前の量はどのくらいなんでしょうねって話してる時に、女の人、しかも冒険者っぽい人もあのくらい食べるし、一人用のパエリア鍋は小さめなんだなぁって。
もう既にあの時の私は食欲、いやパエリア欲に支配されていたので、別な席に座っていたお姉さんの容姿だとか装備品だとかは見えていてもまるで頭に入っちゃいなかったが……ニーナは綺麗なお姉さんが大好き。ファッション的にもセンスが良かったのであろう。パエリアを心待ちにしつつもしっかり覚えていたらしい。
私の騎士が優秀。
本当にありがとう。
「ベスティアって……やたら食堂多いと思ったけど、もしかして、宿屋は食事がセットで出なかったりする?」
「おっ、クライノートはそうじゃねぇのか。ベスティアじゃ素泊まりが普通だな。よっぽどの高級ホテルじゃなけりゃ、飯なんて出ねぇよ」
「なら、どこに泊まっていても夕飯は食べに出るってことか! 全員集合! 今から言う特徴を暗記の上、数名のグループに分かれて対象個体の捜索!」
一気にまた、場がワーワー騒がしくなってきた。
まさか、こんな形でご飯屋さん大捜索が始まるとは夢にも思っていなかった。
アルバン達はウーゴさんとか、果てはコルミニョ公爵邸から来てくれたら使用人の方々まで地元民を捕まえて聞き取り調査。
議題は「お昼にパエリア食べたら夕飯には何を食べるか」である。本人達は至極真剣であり、文化的な背景やお店の評判、味、雰囲気なども織り込みつつ分析をしているが……じゅるり。全自動でコルミニョのダンジョン付近のお店のグルメ情報が雪崩れ込んできているために、私の理性が捻じ切れそう。
えっ、なんですか。
バーとはまた違う、軽食屋さんと酒場の中間みたいなバルって形態のお店には生ハムとか、ダンジョン産の魚を使ったアヒージョとか、そういうしょっぱめのおかずがあるんですか?
なんか別なところから、今なんか、お米のかわりに小さいパスタを使ったフィデウアっていう、麺バージョンのパエリアもあるとか話してませんでしか?
牛テールをドライフルーツとコトコト煮込んだものを出してくれる老舗店? 絶対に行きたい。
ぐぅ〜、くるるるる。
お腹の虫が鳴ってしまった。
「しまった! 情報収集していたらもうこんな時間だ! ツェツィーリアがお腹を空かせてるってことは、ほぼ同じ時間に食べていた対象も既に店選びに入っている可能性が高い! 全員、護衛を付けた上で出発! 分散して捜索にあたろう!」
アルバンの号令により、時間も空腹も忘れ果てて研究モードに入っていたらしい白衣の人々が一斉に、護衛の騎士を引っ張ってドドドドドと、グルメ通りに雪崩れ込む。
私とニーナとアルバンも、未だにゾンビみたいになっているスヴィン博士も出発。
探すのが優先だけど、ご飯、どっかで食べるタイミングあるかな……?
腹減った。




