【198】猫洗いさん
秒速で賃貸住宅兼ダンジョン調査団仮拠点が猫屋敷に。
主にミトンのせいです。
私たちはミトンの説得に失敗した猫好きの貴婦人と騎士です。
その旨を正直にアルバンに伝えたところ、普通に叱られた。
「あのね。最後まで面倒を見切れないのに、可哀想だからって餌をやるのは猫のためにならないから」
「でも、ガリガリなんです……。」
「そうだけど……ツェツィーリア、もしかして、気に入ったの? このガリガリでブサイクで汚い猫が?」
「アルバン様、そういう持ち方はやめてください。良くないと思います。可哀想です」
怯えるガリガリの母猫の首の裏側を摘んで持ち上げるアルバン、人でなしである。
が、きちんと最後まで責任取って飼えない猫に餌をあげるのは間違いなくギルティ。ここに関しては十割私が悪いし間違っている。
クライノート国内なら、駄々捏ねておねだりして我が家の一員にしてしまうのだけれども、ここは砂漠と荒野の向こうにあるベスティア。到底連れて帰れないため、見なかったことにするか、辛いが家から追い出すのが正しいのである。本来は。
でも、あの持ち方は酷い。
返して、とジェスチャーで意思表示すると、アルバンはため息混じりにガリガリでボソボソな母猫を返してくれた。確かになんか謎の汚れで毛がべっとりしてるけど、ついついギュッと抱っこ。プルプル震えてなんだか可哀想。おおよしよし、こわかったね。
「うん、気に入ったんだね? まあ、ならしょうがないか。僕を含め、ツェツィーリアは不細工な生き物にすぐ情をかけるんだから……。ところで、気に入った猫はこれで全部? 他にも沢山居るの?」
「中庭にいっぱい居ます」
「病気を媒介するかも知れないし、とりあえず今居るやつは全部洗おうか。ついでに、虫下しの薬も飲ませよう」
「ありがとうございます!」
甲斐性の塊。
即断即決。
アルバンは魔法で猫たちを宙に浮かせながら運搬。中庭に到着するなり猫たちを全部捕獲。十匹ぐらい居るのに魔法でアッサリ捕まえてしまうから本当に凄い。
ついでに、私たちの後から研究員の方々が付いてきてアルバンという個体の観察。口々に「精密な魔力操作だ」と小声で称賛の嵐。
「そこのお前、石鹸を持ってこい」
生まれつき身分が高いので、アルバンは見ず知らずの使用人に指示を出すことに躊躇がないのは流石である。私などは慣れていないため「こんにちは初めまして」から始めてしまうのだが、本来辺境伯とか辺境伯夫人ってこうするのが普通なんだよね。
適当に名指しされた男性使用人が、でっかい煉瓦みたいな石鹸持って帰ってきた。近くに居た寝起きのスヴィン博士によると、ベスティアの名産品の一つでもある、オリーブオイルを使ったオリーブ石鹸とのこと。溶け始めにちょっと粘りがあるものの肌に優しく良質な石鹸であるらしい。へぇ。知らんかった。お土産に買っていこう。
オリーブという植物に関しての説明を色々してくれているスヴィン博士のところに、ノコノコとコボネ博士がやってきて、二人して「あなたはもしや」なんてご挨拶している。
それをよそに、アルバンは空中にふよふよ浮かべたままの猫たちをぬるま湯で洗浄。水球が猫の首から下だけ包んでいるという珍妙な光景である。
そこから更に、手に持った石鹸も別に作ったぬるま湯球に入れて、お湯をぐるぐる回して溶かして、その石鹸液をそれぞれの猫たちの水球に分けて洗浄。うーん、夫が全自動猫洗いさんになってしまった。
見た目は間抜けだが、やってる内容としては物凄く難易度が高い魔法なので、研究チームは物凄く真剣な感じでザワついている。
「一回じゃ綺麗にならないな。石鹸。追加」
更にもう一個石鹸を持って来させて、猫たちを二度洗い。ゆすぎ。
そこから、汚れた水は一旦全部空中に纏めて、火魔法使って水分のみ蒸発させてのち、石鹸成分と汚れを凝縮したものを少量残して、手近にあったバケツに移動させて廃棄。
「それ汚いから、捨てるときに体に掛からないように。もし浴びたらすぐ報告。感染症になるかも知れない」
「わ、わかりました……!」
言い方は素っ気ないのだけれど、人としてアルバンはちゃんとしているので、使用人の方々の健康を損なうような真似はしないし、ちゃんと注意はする。偉い。優しい。責任感がある。面倒見が良い。かっこいい。好き。
「スヴィン、猫用の虫下し欲しいんだけど、材料の在庫ってあるかな?」
「あるよ。この数のために使ったらすっからかんになるから、買い出しに行きたいけれどね」
「ありがとう。乾かし終わったらこのまま飲ませるから、すぐ作ってくれる?」
「いいよ〜」
軽く返事をしたスヴィン博士や、他の方々もさっさかさ〜、なんて感じ虫下しのお薬を調合してくれている。な、なんて良い人たちなんだ。私のわがままなのに。
一方猫たちは温風当てられて乾かされている。
さっきまで威勢よくニャーニャー言ってたのだが、大体どの猫ちゃんも既に抗議する気力がなくなったらしく、死んだ目をしている。いや生きてはいるのだけど「もう疲れ果てましたニャー」みたいな顔。ごめんね。
「できたよ〜」
虫下しのお薬が完成するや否や、一部研究者の方々が「わ〜」みたいな感じでやや楽しげな様子で、文字通りアルバンの風魔法のせいで手も足も出ない猫ちゃんたちの口を強引に開かせて虫下しを投入。猫ちゃんは「あがが、殺すぞ」みたいな顔をしているが、革手袋を嵌めた研究者たちは情け容赦なくお薬を飲ませており、ついでに「わぁ、すごい魔法だ面白いなぁ」みたいな雑談までしていた。
「うん、こんなもんかな? ダニとかノミはこれで取れたとは思うし、毛繕いで取れない汚れもなくなったし、これで清潔。じゃあ、全部で十六匹居るから、とりあえず個体識別名称だけ決めよう。向かって右側からクロ、ミケ、シロ、トラ、サビ、サバトラ、クロ2、ポイント、シロクロ、シロクロ2、クロ3、トラ2(中略)……でいくとして、母子四匹は僕の寝室で引き受けるから、地上拠点で分析する人で残りを一匹ずつね。虫下し飲ませたから、ちゃんと虫が出たかどうかも経過観察よろしく」
えっ、そんな一方的に、猫を引き受けるのが当然みたいな感じで言ってますけど、皆様、さすがにこれはムカッとするのでは……!?
「意義あり! フリートホーフ博士の名称逆に分かりにくいので、色被りの場合は二匹目以降、連想が容易な名前に変更を希望します」
「はい! 情報共有時に聞き間違いなどが発生する可能性を排除するために、顔の黒いポイント柄なんかは研究上の用語と被るために別の名称を希望します!」
「割り当てられた猫一匹だけならこの仕事が終わった後に家に持って帰れるので、個人的に好きな名前付けたいです」
「わかった! 全部採用! 名称の設定と擦り合わせだけしようか!」
全然怒ってないあたり凄いなこの人たち?
どういうことなの。
逆に怖い。スムーズ過ぎる。
えっ、というか、全員区別が付くのが当たり前な文脈で会話しているのだけれども、三匹も居る黒猫の区別が付くの? 全部短毛なのに?
アルバンは前から窓辺に来る小鳥の個体識別まで息をするような自然さでやれちゃっているけれども、これって生物を研究する人たちにとっては持っていて当たり前のスキルなの?
「皆さん、全部区別が付くんですね……?」
「えっ、うん? だって凄く簡単だし。同一の種だけど、猫は毛色にバリエーションがあるから識別し易いよ」
「黒猫は全部同じに見えます」
「違うよ〜。顔立ち違うし。雌雄もあるし。尻尾の長さとかもね。特にこの三匹は間違えることはまずないよ。オスが一匹でメスが二匹。雌雄でかなり顔が違う。オスは顔がデカい。あと、あっちのメスはちょっと尻尾が短めで、顎の下が白いし」
「確かに言われてみれば……でも、白黒猫とか茶虎は似ていて分かりません」
「模様の入り方が違うから、僕らとしては白黒とか虎柄系は一番覚えやすいというか、慣れているかも」
「すみません、私にはとても無理です」
アルバンの意見に研究者の方が軒並みうんうん、なんて頷いているあたり、凄い世界だ。
「じゃあ、はい、これ。ボサボサでガリガリの白いのと、その子供の三匹ね」
「ニーナ、持ちきれないので手伝って貰っても良いですか?」
「うん! 子猫、子猫を抱っこしたい……! 首にリボンを巻いても良い? ミトンのために持ってきたのがいっぱいあるんだ」
「……色柄含めて何色ある? 首輪は良い案だな? 個体識別が楽だ。名前を忘れても問題がないし、そっちの方が良いかも」
言われて、ニーナがダッシュで自分の荷物の中から、クッキーの空き箱再利用したミトンのおしゃれボックスを持ってすぐ戻ってきてくれた。
ニーナは騎士だし、ミトンはありがたいケットシーなので、ひょっとしたら急にフォーマルなお呼ばれがあるかも知れないからと、ミトンのおしゃれ用リボンと、リボンに通すためのアクセサリーも持ってきたとのこと。備えがありまくる。
「悪くないが色が足りないな」
「なら、二色のリボンを編んで首輪を作れば良い。そしたらバリエーションが増える」
「任せた」
もうアルバンが雑になってきている。
急な猫洗い、いや、猫の保護活動をすることになってしまったが、この場に対生き物のプロしか居ないため物事が超特急で進んだことが気持ち良くって雑なんだろうなこれは。
「ニーナのお給料で買ったリボンでしょうに……こちらで機会があったら、私がまたニーナとミトンに新しいものを買ってあげましょうね」
「うん! ベスティアの綺麗なリボンや布地や小物がたくさん欲しい」
「ええ、ええ。時間を見つけて買いに行きましょう。それで、ニーナ、ついでに……モニカさんとカテリーナさんへのお土産を選んでください」
「わかった!」
そんな一幕があって、一時中断したものの、改めて皆さんと打ち合わせ。
改めて、研究者以外の方々ともご挨拶。
まず、今回のダンジョン調査の目的としては、ダンジョン内部の正確な地図を作成すること。
加えて、ダンジョンのどの場所にどのような魔獣が棲息しているのかを調べ、かつ、通常個体とは異なる変異個体であればその旨も詳細に記録を取ること。
そも、ダンジョン内部の生態系はかなり特殊であるらしく、以前ラヴェンデル領に放たれてしまったアーヴァンクもそれで、人語を喋る上、通常種よりも大型という変異個体であった。
故に、ダンジョンの調査に関しては、役割分担が必要となる。
まず、直々にダンジョンに潜る班。
魔獣にやられているようではお話にならない。後から続く測量士や学者たちなど、戦闘技能の低い人々の安全確保のためにアルバンが先頭に立って行う。火竜を倒せる人なら、まず何が出ようが死なんだろうというパワープレイである。
そして、アルバンが安全にルート確保をした上で測量を行いつつ、先発部隊が討伐した魔獣の死体は、ある程度までアルバンや他数名の先発部隊に組み込まれたチームが観察する。
が、しかし、ダンジョン内部、深部を目指して進まねばならない人たちがいちいちそこで時間を取られてしまっては、進捗がよろしくない。
なので、自然環境で生存する魔獣の生態や、死体が新鮮な状態でしか分からないところに関してのみ記録を取り、より詳しい解剖などに関しては地上に残る研究者チームで行うという作戦である。
先発部隊の責任者はアルバン。
調査部隊の責任者はスヴィン博士。
解剖調査班の責任者はコボネ博士。
スヴィン博士に関しては、適宜先頭をいくアルバンのチームと、踏破して安全確保が為されたポイントと行ったり来たりを繰り返すことになる。
方針としては、データやサンプルを持って帰れなくては意味がないし、犠牲者が出たら国際問題的な面でもめんどくさいことになるので「命だいじに」でいくと決まっている。
と、確認作業が改めて終わり、両国の測量士さんのリーダー同士もご挨拶して握手。
ついでに、クライノートから来た護衛の騎士たちも軽くご挨拶。こっちの装備がクライノートの王立騎士団の人で、こっちの装備がフリートホーフ北方騎士団の装備ですよ〜、ぐらいのゆるさである。
そしたらば、コボネ博士が、他のベスティア側スタッからの視線を受けて、ソロリソロリと挙手して起立。
「えっと……大変言いにくいことなのですが……今回の研究費用に関してですが、かなりの額を削らねばならない、と思います。ポーターを100人単位で雇わなくては、魔獣の死体の運搬が不可能です。加えて、測量士の皆様は優秀な方々とは承知していますが、圧倒的に人手が足りません。これはその……偏に、ベスティア王宮がダンジョンの実情に疎いのが原因です。クライノートからお越しの方々には、大変申し訳なく思っています。ボクたち、ベスティアの研究者が王宮と連携を取れてこなかったせいです。本当にごめんなさい」
ぺこ。コボネ博士は丁寧に頭を下げた。
遠くから来てくれたのにごめんなさい。
潤沢な資金を使って研究や調査が出来るって触れ込みだったのに、実態はそうじゃないんだ。ポーターを雇うにも、臨時で測量士雇うのも、凄くお金が必要なんだ。っていう、心からのごめんなさいで……言い訳が一片もない。気負っていないのだけれど、でも、潔い。
ここで、アルバンが起立。
「――コボネ博士の意見は尤もでしょう。ですが、想定の範囲内です。クライノート王国フリートホーフ家から、寄付があります。金貨約500枚。えーと、率直に言います。僕はこの調査を死ぬほど楽しみにして来たので、必要ならもっと出せます。ポーターや臨時雇用の測量アシスタントに関してもこちらで個人的に、趣味のために雇うという名目にしておきます。なので、研究者諸氏に関してましては、お金に関しては湯水のように使ってください」
「フリートホーフ博士?????」
「安心してください。僕は不労所得だけでも年に金貨1200枚は入ってきます」
「フ、フリートホーフ博士っ……!」
「正直、節税にもなるから寄付すると申請処理が楽になるし、金の使い道が希少本買い漁る以外にあんまりないから使ってほしいっていうか。妻もあんまり使わないし……ベスティアにお金流したら周りからうるさく言われそうだけど、ここ数年はクライノートにばっかり富が集中してるからここらでバランス取るチャンスでもあるし、こっちのポケットマネーで出したって名目にしておくならベスティアの王宮に貸しが作れるから一石二鳥みたいな」
「アルバン様、闇が出てます」
「……失礼。ツェツィーリア、ありがとう。とにかく、本気で研究したいので、必要なら遠慮なく使ってください。僕も使います」
圧倒的なお金のパワーと身分の高さと権力で殴っていくスタイル。アルバンはいつもそんな感じ。
この仕事で羽を伸ばすことを堅く決意しているんですね。分かります。
ちょっとベスティア側の研究者の方々がザワついていたが、隣近所でクライノート側の人たちとヒソヒソヒソ。
みんな口々に「えっ、フリートホーフ博士、大丈夫なの?」とか「うん、クライノートの個人だと、ダントツ一番お金持ち」とかいう会話をしている。どうやら、アルバンが後先考えず借金してこの研究に臨んでいるのでは? と心配してくれたらしい。
なるほど、確かに研究職で働いているのなら、お隣の国の辺境伯がどの程度お金持ちなのかなんて知らんよね。おまけに、アルバンは魔獣の研究に対してガチなので。
故に、スヴィン博士がコボネ博士に対して「あっはっは。フリートホーフ辺境伯家といえば、国内で轟く大金持ちですよ。例えば〜」とか言って、コボネ博士は「そ、そんなに?」と素直にびっくりしている。
なんとかこの場の皆さんに「金なら唸るほどあるぜ」という事実が伝わったようで、コボネ博士始め、ベスティア側の研究者の方々が、老いも若きも指を組んで恋する乙女みたいにキラキラした目でアルバンを見詰めている。
探していた運命のスポンサーを見つけたのであろう。わかる。
専門知識持って、本人も研究者である大金持ちのスポンサー、それなんてスーパーダーリン?
おまけに、情け容赦なく研究費用使ってもまず尽きることはなかろうというレベルでの本物の金持ちであり、ご本人から「湯水のように金を使え」とお達があったとなれば、お兄さんもおじさんもおじいさんもメロメロであろう。
「フリートホーフ博士、あの、じゃあ、ついでに……解析のための薬剤、好きなの揃えても良いですか?」
「いいよー」
「軽い! えっ、じゃあぶ、分析のための器具とか」
「解体のための新しいナイフとか」
「好きなの好きなだけ買ってください。ただし、データとか諸々全部写しをください。後からでもいいので」
「あれも! これも! それも! 全部ください!」
「いいよー」
「ヒャッハー! ガチ金持ちのスポンサーは最高だぜェ――!」
ワァ……! なんて感じで、研究者の皆さんが雄叫びを上げなら立ち上がり拍手とかまでしている。
無関係な人が今この部屋に入って来たら「えっ? なんかヤバいお薬でも焚いてます?」と思うぐらいの熱狂。おいおい大丈夫かよ?
案の定、皆さんにお茶を持って来てくれたメイドさんが入り口でちょっとビクッとなっている。
すかさずニーナがサッと行ってくれた。
素早いし気が効く良い子である。
「大丈夫だ。安心しろ。研究者はみんな変だ。元から変だから、うるさいのは諦めた方が良い。特に害はないから許してやってほしい」
身も蓋もないフォローだが、間違っていないため否定できない。
うん。
害はないよ。害は……。




