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【197】ノエ・コボネ博士


「それで……ええと、ノエ・コボネ博士は来ているのかな?」

 血液サンプル配り終えてから、アルバンがあからさまにソワソワした様子で、近くに居たベスティアの研究者さんに質問するも「彼は到着が数日遅れるそうです」との返答を貰い「そうなんだ」とちょっとションボリしていた。

「ノエ・コボネ博士……アルバン様が激推ししている論文を書いた方、ですよね?」

「そう! 彼がベスティアでは一番の魔獣研究家だよ。彼の論文や著書は全部取り寄せているんだ。ツェツィーリアにも代表的な著書を読んで貰ったよね?」

「はい。初歩的な魔獣博物誌の本でしたね。初心者にも分かりやすい良著でした」

「そうそう。基礎をしっかり、分かりやすく説明してくれているし、後々本格的に学びたいと思った時にもフックになるような説明をしてくれているんだ。それだけじゃなくて、もっと専門的な論文や著書でも、切り口や着眼点が画期的でね。単に魔獣の身体構造のスケッチや観察だけじゃなく、皮下脂肪の厚さや、骨の重さなんかにも注目して、しっかり種族ごとに比較と、同種でも雌雄でどれだけ差があるのかを調べているところなんかもう……! 流石の一言に尽きるっていうか」

 アルバンはコボネ博士の大ファン。

 アルバン自身もマメで記録魔ではあるが、コボネ博士はさらにその上をいく。らしい。

 例えば「各種族の魔獣ごとに大腿骨と頭蓋骨の同じ該当部位を同じ容積ぶんだけ取り出して重量比較してみよう」とかやっていたりする人である。

 コボネ博士のそのシンプルかつ「普通はやらんだろ」的な視点から行われたその調査によって、体構造、骨格としてだけではなく、比重としても風、火、水、土属性の順に重たい傾向があることが判明したそうである。

 そこから更に、コボネ博士は「なんで地属性の魔獣の骨は重たいのかな?」「ひょっとして、金属や土を含有するから重たいのかも」という疑問から、なんと溶鉱炉使って地属性魔獣の骨や骨髄を精錬し、鍛治師に協力して貰って含有される金属の種類とその比率を大まかに出すことに成功したそうである。すげぇや。

 普通やらんて。

 魔獣研究家の基本的な手段としてはまずは解剖。分解して筋肉の付き方とか臓器の大きさや種類や数を、魔力を持たない動物なんかの構造と比較して考察するというものなのだが……コボネ博士だけは根本からアプローチが違う。とのこと。

 はい。全部丸っとアルバンからの受け売りです。

 今回、ベスティアを代表する実力のある偉い学者先生ばかりを集めた研究チームとあって、曲がりなりにも辺境伯夫人である私もある程度、有名な人の代表的な論文やら著書は読んでおいた方が社交としてはウケが良かろうということで、読みました。大急ぎで。何冊か。

 アルバンが「この人のコレ」と幾つかセレクトしてくれたし、私がギリギリ理解できるものだけピックアップしてくれたので、読めるぶんだけ読んだ。ただ、私には速読というスキルがないため、アルバンに読むべき優先順位を決めて貰って、更には著書がどれだけ売れたのかに関してはオリヴィアさんに聞いて本という商品に関する背景情報なんかもついでに教えて貰い……で、なんとかやれることはやってきた。

 が、ノエ・コボネ博士の本に関してだけは、私も前から知っていた。

 アルバンが初歩的な魔獣図鑑をと、嫁いですぐに与えてくれた本の著者がまさしくコボネ博士であり、私も大変お世話になっているのである。

「すぐお会いできなくて、残念ですね」

「うん……でも、会ったら僕、緊張してまともに喋れないかも。数日の猶予があるって考えることにするよ」

「アルバン様でも緊張することがあるんですね」

「するよ〜! 正直、君に初めて会う日も凄く緊張してたんだ。本当に来てくれるかなって。楽しみだけど、怖くもあったよ。二時過ぎくらいまで眠れなくて、四時に目が覚めてからずっと動悸が……!」

「うぅん、そうとは思えない距離の詰め方でしたが、あの時に物凄く緊張していたんですね」

「そう。だからね、なんていうか……僕、結構緊張しぃなのかも」

「あの、でも……国王陛下の時などは緊張されていないんですよね?」

「ほぼ身内だからね」

「つまり、単純に人見知りなんですね」

「ツェツィーリアは案外、人見知りしないよね?」

「しますよ? 知らない人とは基本的に会いたくないです。良い人か悪い人か分からないので……でも、その場に居る人の質が担保されているのであれば、それほど億劫ではないです。イザベラ様主催のお茶会などはまさにそれでして」

「そういうことか! なるほど。確かに、トゥルペ卿と仲の良い貴婦人令嬢って……そうだろうね。やっと理解できたよ」

 アルバンはどうやら、どうして私がイザベラ様に対して一方的な信頼と尊敬を向けているのかを漸く理解したらしい。うん。私がちゃんと説明してなかったのが原因。これは言葉不足である。

 そんな感じでだらだら寛いでいたら、部屋の入り口あたりに謎の人影が。

 やや薄めな、ピンク色の髪の男性がチラチラこっちの様子を伺っている。

 ひょっとして、あれがコルミニョ公爵家から来てくれた使用人の方だったりするのかな?

 チラ見えしてるだけだったし、髪色薄いし庶民かな? とか考えてしまっていたのだが、近くに居たベスティア側の研究者がこう言った。

「あっ、コボネ博士」

 声掛けられて、あからさまにビクッとしたその人は、そろそろ微妙に後退して無言のまま帰ろうとし始めている訳だが、アルバン、早歩きで即座に距離を詰めていった。

 身長が高いので……リーチも長い。アルバンの歩幅は大きめなので、ツカツカツカ、でもうピンク髪の人の前にご到着。

 私もアルバンの後ろからちょっと遅れつつ、のたのた付いて行く。

 ふぅ。

 返す返すもデカい女で助かった。

 もしクライノート女性の平均的な身長だったらアルバンに付いて行けないところだった。物理的に。

 あと、平べったい靴はまだ歩きやすいぜ。楽だぜ。ずっとこれ履いてたい。

「初めまして。ノエ・コボネ博士。アルバン・フリートホーフと申します」

「ぁ、や、は、はじ、はじめまして……!」

 わぉ。なんとアルバンの口から敬語が飛び出したぞぉ。

 どう考えてもコボネ博士は辺境伯より身分が低そうなので、これは異例の対応。

 ガチのファンなんだな。

 珍しくアルバンの方から握手を求めているし……うん、この詰め方は私や、コンラートさんの時に匹敵する。

 人見知りの割にアルバン、好きな相手にはパーソナルスペースをぶん投げがち。

 可哀想に、いきなり215センチ150キロもある物理的にデカくて威圧感がある白銀に距離詰められて、握手まで求められてしまったコボネ博士はカタカタ小刻みに震えている。気の毒に。

 コボネ博士は、なんというか……小動物っぽい人だった。

 いちごを混ぜたクリームみたいな色合いの髪は男性にしてはちょっと長め。肩に付かない程度。センター分け。多分テキトーに切っていると思われるが、ボサボサにはなっていないあたり、髪質が良い。眉は目尻の方が下がった困り眉で、目そのものも三白眼ではあるものの垂れ目である。温和というか眠たそうでもあり、目の下には割りかし範囲が広くて濃いめのクマがあるが、全体的なパーツに愛嬌があるため、怖い系ではない。

 そして、身長が……私よりも小さい。ニーナと同じくらい、いや、ひょっとするとニーナよりちょっと小さい……? 恐らく、155センチ前後と思われる。

 よれた白衣を着ていて、それも既製品のようであり、裾がズボンの折り返しに近い場所まで来ている。

「コボネ博士の論文は全て拝読しました。他に類を見ない素晴らしい研究の数々、脱帽するしかありません。特に、先日お書きになられた土属性魔獣の骨髄および骨に含有される金属類の種類と比重に関する研究論文、あれはとても素晴らしい」

 つらつらと、アルバンらしからぬ褒め言葉の数々であるが、内容がマニアック。魔獣オタクが炸裂している。

 真正面から高火力の魔獣オタクによるフルスロットルな早口を浴びせかけられて、コボネ博士はポカンと口を開けて、それから――。

「あ、いえ。あれに関しては一応、手持ち個体のサンプルの分析結果を載せただけに等しいものなので種族としての平均値及び中央値を出している訳ではないので、正確性に今一つ欠けています。一つの種において最低で30個体、理想を言えば100以上を調査して初めて結論が出せるでしょう。加えて、予算の都合で断念しましたが、あの手段では金属類しかおおよその配合率を割り出せません。土属性魔獣の骨髄に関しては金属質な部分が多いですが、骨に関しては石英始め、各種鉱物を含む場合があります。なので――。」

「一部燃焼可能な鉱物が含有されていた場合、調査のための精錬過程で失われてしまうため、鉱石の含有率に関しては徹底的な、それも根気強い分解作業……それこそ砂を腑分けするに等しい作業が必要となる」

「ええ、ええ、そうですそうです! その通りです!」

「コボネ博士、お会い出来て光栄です」

「こちらこそ。フリートホーフ辺境伯」

「どうか身分のことは忘れて下さい。私はここに、単なる研究者の一人として参加しています。コボネ博士の方が、その点では遥かに優れている」

「と、とんでもない! フリートホーフ博士。ボクも……博士の論文は出来る限り取り寄せて読んでいます。尤も、貧乏男爵なので、全てを取り寄せられた訳ではありませんが……クライノート王国北部、山脈付近に棲息する魔獣の膨大な討伐数は圧巻です。その全てを出没した季節と気温、湿度、時間など全てを詳細に記録した素晴らしい資料の数々に、どれほど助けられたか……!」

 ――なんか、秒速で意気投合したな?

 二人ともキラキラした少年みたいな目で、二人ともちょっと下手くそな、微妙にニヤついたヘラっとした笑い方で握手。

 魔獣オタク同士、通じ合っているようで何よりです。

「コボネ博士、紹介します。こちらは妻のツェツィーリア」

「初めまして、コボネ博士。ご高名はかねがね夫から伺っております。博士の著書は三冊だけですが、拝読致しました」

「ほ、本当ですか……? へ、辺境伯夫人が、ボクの本を……? 帰ったら妻に自慢しようかな……?」

 照れ照れしているが、コボネ博士、照れ方が完全に陰キャの照れ方である。うん、これは私たちの仲間。陰の者だったかコボネ博士。歓迎します。

 何気に、他の研究者の方々、別に陰ではない。ゆるっとふわっとしている。単におっとりさんが多め。

「コボネ博士、奥方はどちらに?」

「あっ、さっきまで一緒だったんですが……馬でそのまま領地まで帰りました。ボクが居ない間、全部やるからダンジョン調査と研究にだけ集中しろと送り出してくれて……本当に、ボクには勿体無いぐらいの妻なんです」

「それは素晴らしい。コボネ博士はやはり、ご多忙ですか?」

「いや、ボクなんかは全然……! 実を言うと、領地のことは全て妻がやってくれている程で。ボクはずっと研究しかしていないんです。それ以外に能がなくて……実を言うと、今日の遅刻も研究にのめり込む余り出発が遅れてしまったのが原因で。妻にしこたま怒られました」

「到着が遅れるとは聞いていましたが、間に合って良かったです」

「ええ、はい、その……妻が、馬を飛ばしてくれまして。ボクは魔法もからっきしなんですが、妻は風魔法の名手なんです。馬を乗り継いで早駆けして、なんとかこの時間に……。」

 うーん、コボネ博士、これマジで魔獣研究特化の人なんだな?

 そして恐らく、いや確実に奥さんが女傑。奥さんがコボネ博士がどういうタイプなのか、よく分かっているからこそ「お前は研究に専念しろ」と送り出しているのだろうな。う、器がデカいぜ……!

「……失礼。コボネ博士、奥方はどのような来歴の方なのでしょうか?」

 あっ、アルバンが微妙に引いてる。

 ファンではあるけど、こやつダメ人間じゃなかろうな? 一緒に仕事する上で大丈夫かな? って心配になってるな。

「妻は平民の出です。我が家は貧乏男爵家なんです。ボクも子供の頃から、領民の子に混じって稲作の作業に駆り出されていたぐらいでして……妻はすぐ近くの農場の子でした。父は子供の頃から、ボクは領主をやれる器ではないから、と言って、妻を教育したんです。それで、年頃になったら、結婚しろということになって……家のことに関しては、父から妻に引き継がれた形になっているんです」

 物凄く、気持ちとしても背中の丸め方としてもコボネ博士がどんどん小さくなっていってしまっている。ついでに言えば声も小さい。

 普通なら「この甲斐性なし!」とジャッジを下すべきなのだろうが……なんだろう。見につまされる。他人事とは思えない。

 コボネ博士、これ私と同じタイプでは?

 いや私の方が素人だし、レベル低いし、専門家じゃないけれど、稼ぐ能力がないのに趣味にのめり込んでしまうし、それ以外出来ないあたりちょっと似ている。

 そう、私もコボネ博士も、甲斐性のある伴侶に養われることで何とか生きている人間。

 まあでも、エピソードから察するに、これ、コボネ博士とその奥さん、きっとラブラブなんだろうな。

「そういったケースは、ベスティアでは一般的なのですか?」

「はは……いえ。我が家の他にはありません、ね。迎えた妻が家の実権を握ることは珍しくないのですが、それも貴族同士の結婚に限られた話で……お陰で、一応はまだ爵位持ちではあるんですが、他所からはないものとして扱われています。ボクたちの代でコボネ男爵家は途絶えるかも」

「つまり、ベスティアでは性別よりも、身分の高さを重視する、といった風潮があるという認識で合っていますか?」

「その通りです。他の貴族にとっては、平民など同じ人間ではない、という認識ですから……お陰で、ボクのような者が本を出せている次第でして。ベスティアには平民が立身出世するのは難しいんです。役人であればそれでもチャンスがありますが、学者となると……。」

 ふんふん、なるほど。

 話だけは聞いていたけれど、ベスティアって本当に、貴族から平民に対しての差別感情が強いのだなぁ。

 私やアルバンなんかは貴族だし、アルバンは血筋からしてあからさまなエリートだから、少なくともベスティアに滞在する間は良い待遇でもてなして貰えるだろう。なんなら、アルバンという白銀の辺境伯が取り仕切る調査チームだから、そこに所属しています、参加しています、という人々もそうそう酷いことはされないだろう。だって、ベスティア側はアルバンの面子を潰したりなんて出来ないだろうし。

 だからこそ、ベスティアの研究者チームの皆さんがホイホイ有名どころばかり来てくれた訳だ。

 恐らく、ダンジョンの調査や研究が進んでいないのって、ベスティアの財政が厳しいのもあるのだろうけど、魔獣とかそっち系を専門に研究している方々の中でも爵位持ちで実績もあるのがコボネ博士ぐらいしか居ないからなんだろうな。しかも、そのコボネ博士も奥さんが平民の出だし……正直、男爵家という身分だけどそのカードはそこまで強くない。

 なので、予算が貰えず、予算が貰えないが故に研究成果があんまり出せず、研究成果が出ないから評価が上がらず、やっぱり予算が貰えず……という負のスパイラルに突入していたのではなかろうか。

 学問とか研究は……お金がジャブジャブ溶けるので。

 ベスティアの王宮はきっと、本当はダンジョン調査のチーム組んで自分たちでやりたかったんだろうな。でも、国の予算というのはつまり、国民は勿論、各領地の貴族たちが納めるお金から出る訳で、貴族たちからの反発を強く招くような使い道は出来なかったのだろう。

 そう仮定すると、クライノートとの共同調査はまさに渡りに船だった訳だ。

 ドラゴンスレイヤーで白銀で辺境伯って人がうちの国に怒ってるかもよ、という半分事実ではあるニュースを伝えた上で、我が国の潔白を証明するためにダンジョンを開示します、と伝えれば、貴族たちも真っ青になって首を縦に振りまくる。おまけにクライノートから優秀な学者とお金も入ってくるし、親善のきっかけにもなるから一石二鳥。

 確かに、そうだとしたらベスティア王家や議会は馬鹿じゃないんだろうな。

「私の妻は魔獣研究者ではないのですが、議会から依頼されて、女性のみを対象とした学校を創設する仕事に取り組んでいるところです。しかしながら、クライノートでは身分の別もありますが、どちらかというと男女の別が強い傾向にある。数は多くありませんが、男爵や子爵であれば、平民の女性を迎えて婚姻することもある。だが逆に、女性が家の実権を握る、どころか……稼業に対して携わることも不道徳とされがちなのです。そのために、妻は今も苦労しています」

「はぁ、そうなんですか……ベスティアは家督こそ男性が継ぎますが、夫や息子を傀儡として女性が実権を握ることはそう珍しくもないので……国によって違うんですねぇ」

 なんか、コボネ博士、純粋に「そうなんだぁ」とちょっとポケーッとしている。

 この人も自分の研究分野以外ではまったりしているタイプなのか。

 魔獣研究者ってこういうおっとりさん向きのジャンルなの? アルバンも素はおっとりさんだし。

「例外もあります。クライノートではつい先日、正式に、女性がご実家の伯爵家を継いで女爵となりましたので、これから変わってくると思います。なので、そのうちコボネ博士の奥様も、時代の先駆者と呼ばれるようになるのではないでしょうか?」

「ああ、それは……素晴らしいですね。うん……そもそも、ボクは人間というのは本来、父系ではなく母系社会を形成する生き物なのではと考えているので、そのうち、人間という種に合致した社会構造へと変化すると良いなと思います」

 やや回答がズレているが、コボネ博士が控えめに微笑んでいる。ポワポワお花が飛んでいる幻覚まで見えそうな程だ。

「母系社会性の生物! やはりコボネ博士もそう考えているんですね? 僕もそうじゃないかと思っていて! そもそも、人間という魔獣は雌雄で身体構造に大きな差があることが顕著な上に、女性は閉経後も長生きをすることから、母系社会を形成する生き物に近い習性を持つんじゃないかと考えていて……!」

「人間という魔獣……! やっぱりそうですよね? あっ、あっ、あっ、あの、ボクも、人間は魔獣の一種だと常々考えていたんですが、そんなこと言ったら他の貴族から総スカン食らうし、下手したら国外追放どころか処刑やリンチになるなと思って発表せず黙ってたんですけど、やっぱり人間は魔獣ですよね!?」

「はい。断言します。人間は魔獣です。条件としては、魔力を有し、動物に似た器官を有し自発的に活動する生物を魔獣と定義しますが、それなら人間は魔獣の一種でしょう。加えて、個体差があるとはいえ交配可能な同一種で四属性全てが存在する生物は他に類を見ません。最も難解で面白い種族と思います」

「四属性に加えて、ごくごく稀にではありますが、四属性全てを備えた特殊個体であり、俗に白銀と呼ばれる個体の実在が確認されていることは興味深い事実です。えっと、すみません、フリートホーフ博士。ご自身の存在についてはどう考えていますか? 魔力保有量と、並びに、四属性全てにおいて行使する際に難易度の違いなどは? 咄嗟の時に使用するのはどの魔法属性ですか? 混合属性……爆炎や氷結、それらを行使する際の威力や精度は……?」

「それに関しては個人差があるとしか。僕には同じ全属性持ちの幼馴染が二人居ますが、それぞれ習得に関して容易な魔法属性と困難な魔法属性が異なります。これは推測に過ぎませんが……魔法は主に想像力と集中力、感覚に依る面が大きい。四属性全てを持っていても、気質や思考の癖などによって得意分野が割れるのではないか、と考えています。あくまでも仮説ですが……風属性しか持っていない人物の気質が風魔法に向いていない、という事例も多く発生している。立場上、魔法の指導をすることは多いですが……感覚として“この性格でこの属性の魔法の鍛錬は困難だろうな”と思う場面は多いです」

 ふんふん、なるほど。魔力無しには分からないが、これ、逆に言うとアルバンや王子殿下たち、白銀にしか分からないやつだな?

 私の三人の子供たちは幸運である。

 少なくとも、父親であるアルバンと、二人の王子殿下という先輩が居るので魔法の行使という技術指導に関しては何も心配がない。白銀が白銀に指導して貰えるというのは最上の条件であり、恐らく最高効率で学習が可能だ。

「持っていない属性の方が強くなれそうな方が結構居るんですね?」

「うん。居る。すごく居る。というか、大半の人は本人の気質とか思考の癖と、持ってる属性が噛み合っていないんじゃないかな? 努力である程度補完は出来るけど、習得は大変だろうなってケースは多いよ。身近なところだと……コンラートかな? 魔力操作に関しては天才的だし、今も風魔法使いとしては最強クラスだけど、コンラートは堅いからねぇ。土属性だったらもっと強かったんじゃないかな? 性格傾向として、土の方が向いているとは思うよ」

「コンラートさん……やはり努力の人なんですね」

「逆に、本人の気質と属性が噛み合ってるのがハインリヒかな? 風と水の二重属性ではあるけど、あいつはほとんどバラして使わないから。最初から氷魔法として出力する方が楽みたいだし。そこは人によるけど……氷っていう特定の温度で特定の性質を持った物質をどの場所に発生させるか、躊躇ゼロ、一発で決めるあたり氷魔法向きだね。というか……うん。水属性に向いてるのって、腹括るのが上手い奴かも。ニーナとか」

「そうなんですね。私は……残念ながら魔力なしですが、向いているとしたらどんな魔法なのでしょうか?」

「ツェツィーリアは超特殊個体だからなぁ……僕もまだ、君のことはよく分かってない部分が多いから、分からないかな。君がどういう行動を取るのかは覚えているけど、思考のレベルが……君の方が複雑で高度だから、分析が出来ない。むしろ、見れるものなら、僕がツェツィーリアの頭の中を覗いてみたいくらいだよ」

 愛おしいものを見る目で、人前なのにちょっとデレっとしたアルバンに対し、ややシラーッとしたツラを向けてしまう。

 そうじゃない。

 ありのままの魔力なし落ちこぼれの私のことを気に入って、愛してくれるのは確かに嬉しい。満更でもない。

 が、私はやはり、魔法が使えるならそっちの方が良いのだし、何より憧れとコンプレックスを拗らせているので……知りたかった。もしも私に魔法が使えたらどんなかな、って。

 単なる好奇心です。

 学術とは全く関係ない質問をしてしまった。

 これは私がミーハーすぎ。

 愚かなので反省します。

 もう聞くまい。

「バラす? そのまま? フリートホーフ博士、も、もっと詳しく……! 二重属性持ち、または複数の属性持ちとしては単一属性よりもそちらの方が魔法を使いやすいんですか!?」

「無意識下で、ということなら……多分? 僕はなかったんですが、幼馴染の白銀の片方に関しては……一時期、朝起きてから寝惚けて部屋を丸々凍らせた、などもありましたから」

「つまり全属性持ちは全ての属性を持つが故に、魔力を恣意的に分解する必要がある……!?」

 またしても、なんか、他の研究者の方々までザッとアルバンの周りに集まってきてしまった。普段のゆるさが嘘みたいに素早い……そして全員、目をかっ開いて無表情のままメモを取っている。ちょっと怖い。いや無害なのは分かっているんだけど。

「ツェツィーリアさま、どうしよう。使用人の人たちが来てくれたんだけど、キッチンのドアの前にミトンが獲物を並べていて、言ってもやめてくれないんだ」

「それは困りましたね。ミトン、どうしてキッチンの前にばかり……?」

 どうやら、ニーナは一旦、コルミニョ公爵邸から来てくれた使用人の方々の出迎えをしてくれていたようである。気が効く。有能。

 とりあえず、私は一旦必要なさそうなので、ニーナと一緒にミトンの説得に。

 二人してネズミの死体が規則的に並べられた前で、きゅるるんと可愛い顔しておすまし座りしているミトンに「ここではなく別な場所に並べてくれませんか?」と話し掛けてみるが、交渉に失敗。

 くっ、頑固な猫ちゃんめ……!

 いつになくミトンがあからさまなガン無視を決め込むので、珍しいなと思っていたら……なんか、窓からガリガリに痩せた普通サイズの猫ちゃんが何匹もやってきて、ミトンが仕留めた獲物を「へへ、すいやせんね」という感じで咥えて去っていった。

 ミトンの獲物はほぼ完売。

「ツェツィーリアさま、見て。親子の猫だ」

「本当ですね。小さい子猫が三匹も……でも、母猫はボソボソしてますね」

 フラフラで痩せっぽちでげっそりしてる、白っぽい母猫を見て素直に感想を、特に何も考えずにポロッと言ってしまったら、到着してくれたばかりの使用人の方々が血相変えて箒取ってきて「いっ、今すぐに追い出します!」とか言い始めたのでびっくりした。

 そ、そうか。ベスティアでは、身分の高い貴婦人が「貧相な猫ね」みたいに言ったら即排除せよというニュアンスとして受け取られてしまうのか。

「あっ、別にそういうことはしなくて良いです。猫大好きです。犬も好きです。なので、私たちや皆さんの健康や生活に影響のない範囲で放置してください」

 必死になって猫大好き、とアピール。

 いや正確には、猫可愛いなぁとは思うものの、私にとって大事な猫ちゃんは今のところミトンだけなのだけれど……虐めたりしないでね、という気持ちを端的に伝えるためにあえて「大好き」などと言ってしまった。

「この母猫は弱っているみたいなので、私たちが滞在する間だけでも、軒先を貸してあげましょう。きっと、アルバン様も許して下さる筈ですから」

「ああ、今にも死にそうだし、子猫はかわいいから嬉しい。ニーナは賛成だ」

「でも、クライノートに連れて帰るのはちょっと無理がありそうですし、ご飯はあげないことにしましょう。きっと、ミトンが狩りのやり方を教えてあげるのでしょうから」

 安易に、そして無責任に野良猫に餌をやってはいけない。

 今回もちょっと、ギリギリアウトっぽくはあるが、ミトンがこの猫たちに仕留めたネズミをお裾分けしてるという形だし、良いということにしておこう。

 ミトンを私たちが止められる気がしないとも言うけれど。

 そんな訳で、ミトンのお零れに預かろうと集まってきた痩せっぽちの猫たちは中庭で寛いだりお昼寝したりし始めている。

 秒速で、仮住まいのお屋敷が猫屋敷になっちまったぜ……!

 


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