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【196】パエリア食べたい


 腹が減ってはナントヤラ。

 到着したは良いものの、やはり日程としてはかなり前倒し。一応、コルミニョ公爵夫人の方に「早く着きそうです」と連絡してはおいたけれども、あちら側にも準備があるため、到着してすぐならとりあえず待ち。

 なので、私とニーナは二人揃ってアルバンにおねだり。

 ぐ〜ぎゅるるるる、ごごごごご。

 腹の虫が二重奏。

 食べたい。ベスティア料理。

 私たちは知ってしまったんだ。

 前に遊びにきてくれたオラシオさんから聞いてんだ。

 ベスティアの庶民メシにも美味しいものは沢山あるって。

「パエリア……パエリア食べたいです! お鍋ごと運ばれてくると聞いたので……!」

「具沢山の炊き込みご飯、おこげが美味しいって聞いた……! 肉パエリアと魚介パエリアがあってどっちも美味しいってオラシオが言ってた!」

「……お腹減ったんだね? うん。いいよ。みんなでご飯にしようか」

 とりあえず、到着はお昼時だったので、研究チームも護衛もみんな何グループかに分散して、同じ通りのそれぞれ近いお店に入ることとする。何しろ100名越えの大所帯なので、いきなり予約なしで入店したら迷惑であろうという気遣い。

 嘘です。

 いや、それも理由のひとつではあるけれども、本音を言うと……複数人で探したい、美味しいお店。

 しばらくこのダンジョン都市に滞在するのだし、そうなれば美味しいご飯屋さん、早めに探し出しておきたい。

「ツェツィさま、チュロス! チュロス売ってる!」

「買いましょう」

「こら。二人ともご飯前にそんな甘いもの……。」

「濃厚なチョコレートドリンクとセットで、チュロスを浸しながら食べるそうですよ?」

「……買おうか」

 アルバンは甘いもの好き。

 興味をそそられたらしく、屋台のチュロスに三人でフラフラ近寄って即購入。味見は大事。

 うーん。最高。揚げたてサクサクの甘くないチュロスを、濃厚でもったりしたチョコレートドリンクにたっぷり浸して……重たい筈なのにすぐ消えてなくなってしまう。油で揚げた小麦粉美味しい。油分の多いものって飲み物ですよね?

 私たちはよく食べる三人組であるからして、当然のように一人一本ずつである。

「伝統的なのはチョコレートに浸すやつだけど、忙しい冒険者向きに砂糖とか、シナモンシュガーまぶしたやつも最近は流行ってるってオラシオが言ってた」

「ニーナ、あっちにお砂糖味のやつが売っていますよ。紙に包んで渡してくれるみたいです」

「僕は一本ずつ食べるけど、君たちはどうする?」

 やった! アルバンの奢りだ!

 ワーイと喜んで、私とニーナはシュガーとシナモンシュガーを半分ずっこして交換。どっちも美味しい。高カロリーなのにペロッと食べられてしまう。

 アルバンはもう誘惑に屈したらしく、両手に二本持ってもぐもぐサクサク食べている。良いことだ。

 ……背後で、私たちの食欲に対して、スヴィン博士が引いている気配がするが、気が付かなかったことにしておく。

 階段と段差が多い坂道ではあるものの、一応街の大通りといった風情の道に出て、飲食店が多い場所でグループごとに「また後でね!」と解散。

 ちょっとした広場に噴水があったので、食事が済んだらそこで集合ということになった。

 一面真っ白な漆喰の壁と、灰色とベージュ色の石を組み合わせた道と階段。古そうに見えるが、石が全て同じ正方形に加工されているので、とても美しい。

 窓には防犯のためにか黒い鉄の格子が取り付けられており、建物によってはちょっとした装飾も兼ねているようだった。お店の看板も鉄製である率が高い。

 加えて、立派な店構えだと、壁に花を植えたプランターを幾つも吊り下げていたりして、大変に可愛らしい。派手なわけではないがシンプルで素朴。

 私たちは近くでは一番大きなお店に入店。

 中に入ると、何かの職人と思しき人や商人、冒険者の姿などが目立つ。広い店内に木の椅子と机を限界まで並べてあるようで、通路で人と人とがすれ違うのも難しいくらい混雑してる。

 しょ、しょ、庶民のお店だぁ〜〜!

 期待が高鳴る。

 クライノート王国の貴族に生まれると……庶民メシは貴重品なんだ。

 滅多に食べられないんだ。

 いや、その気になったらきっと食べられるのだけれども、しかし、いきなし庶民向けのお店にお貴族様が来たら店員さんはきっと困っちゃうんだ。

 それに、もしも貴族の身で庶民のご飯屋さんでお食事したことが他の貴族にバレたりしたら、ヒソヒソ噂されて後ろ指さされてしまうんだ。なんなら、令嬢貴婦人ならスキャンダル。普通に健全なご飯屋さんであっても、行った時点で「きっとふしだらな方なのね」とか言われても仕方ないんだ……。

 うん、全部ね、血統至上主義の時代に浮気が横行しまくった後遺症です。不仲な貴族夫婦が出掛けていって、他の貴族とか見目麗しい庶民とかと浮気してたりするのが珍しくなかった時の名残り。

 だが! だがしかし! である!

 辺境伯夫妻として、自分の領地で、名物料理のコマーシャルの一環としてなら屋台メシはセーフ!

 だって浮気する余地とかないし、なんなら「うちの領地の衛生管理は万全! 屋台メシだって美味しいよ!」と自ら証明してます、という名目でいけるので。

 既に屋台メシはセーフの線引きを、結果的にだがしてたんだなコレが。

 更に、今の私たちは他国に居るいち旅行者という言い訳が立つわけで……他の国の庶民しか食べられないナイスに美味しいご飯をお腹いっぱい食べられるという寸法だぁ。

 なぁに、これは不可抗力ってやつですぜ。

 だってダンジョン調査チームには冒険者も来てくれるのだし、チームみんなで交流深めるためにも、庶民も入れるお店で食事会などは必要ですよね?

 事前にそれが可能かどうか、下見をしてただけなんですよぉ。

 そんな言い訳。

 もうパエリアのことしか考えてない。

「えっと、椅子とテーブル、油で汚いけど大丈夫……? いや、大丈夫そうだね? 注文……メニューないけど、どうす、」

「すみません、この店一番のオススメはなんですか?」

 お店のお姉さんに声を掛けてみたところ、ウサギ肉と鶏肉のパエリアが一番人気だし定番とのことだった。

 隣でアルバンがなんか言ってるけどごめん。ちょっと聞いてなかった。お腹ぎゅーぎゅー鳴ってて聞こえない。私の腹の虫なのかニーナの腹の虫なのか最早わからん。一刻も早く食べたいパエリア。さっきからずっと良い匂いしてるし。

「うん……大丈夫そうだね!」

「アル……は、どうしますか? とりあえず、ちょっと大きそうですし、ひと鍋頼んでから考えてみますか?」

「ツェツィさま、ニーナは鍋の半分は食べたい。ほら見て。あっちの席……鍋は大きいけどすごく浅い。きっと量は大したことないんだ」

「では、もう一種類頼んでみますか? 切ったソーセージが入ったものもあるみたいですよ」

「ああ。それが良いと思う。すいませーん!」

 ニーナと私で勝手にサクサク注文。とりあえず食べ切れそうな量だけ。足りなかったら後でまた改めて頼むぜ。

「夫人とニーナはいつもこんな感じなのかな?」

「そう。二人とも健康だからね。スヴィンは? 何か他に頼む?」

「いや、私は……まだ食欲がなくて」

 スヴィン博士はどうやらまだ夏バテぎみらしい。気の毒に。

 店内にはこんなにも良い匂いが漂っているというのに、食欲がないだなんて……。

「ツェツィさま、ほら。あそこに綺麗な女の人が居る。あの人も、あの大きさの鍋だ。グループ用のよりは小さいけど、抱えるくらいある」

「本当ですね。なら、私やニーナなら鍋の半分くらいはいけそうですね」

「あっちではなんか、赤いの頼んでる。トマト煮込みかも」

「追加で頼みましょうか!」

 急遽、他のテーブルに見えた赤い謎の煮込み料理を追加注文。煮込みだからかすぐに到着。

 真っ赤なトマトで煮込まれた、やたら大きな俵形の肉団子であった。オリーブオイルとニンニク効いていて美味しい。

 ニーナと二人でペロリと完食。

「ニーナ、これ……パンを頼みませんか?」

「頼む……!」

 更に追加で切ったパン頼んでもぐもぐ余ったタレまで完食。おいしい。トマトの旨味と酸味が疲れた体に染み渡る。

「おっ、パエリアが来たよ〜」

 そんな風に、ムシャムシャ食べる私たちを見守りつつ、おっとりした感じでアルバンが教えてくれたので、空になったお皿をテーブルの脇に寄せて、巨大なパエリア鍋をお出迎え。

 素晴らしい。

 でっかいお肉が並んだお鍋と、切ったソーセージと丸のままのソーセージが並んだお鍋が一つずつ。大迫力。パプリカとかも一緒に入っててもう見た目からしてパーフェクト。でっかくて平たいスプーンで取り皿に取って盛り付けてもーぐもぐ。

 アルバンが取り分けてくれて、私のお皿にはソーセージとウサギ肉の良いところが乗っかった。いついかなる時にでも、私に美味しいところをくれるアルバン、やはり人間ができている。素晴らしい。好き。

 スヴィン博士はというと、食べ慣れないものが苦手であるらしく、お皿にほんのちょこっと。アルバンも気を遣って、鶏肉の良さめなところを乗せていたが、ご本人が辞退。そのお肉はニーナのお皿に移動した。

「お、ぉ、おいしいぃ……っ!」

 パエリアうまい。

 もぐもぐどんどん食べ進め、あっという間にお皿が空。なんでだろう?

 たっぷり山と盛っていたのにもうない。

 おかしい。

 半分くらい皿の中に吸い込まれたのかな?

 黄色いご飯、これなんか、中毒性がある気がしてならない。お米おいしい。お出汁吸ったごはんが美味い。

 ニーナは私よりも先に完食しており、既におかわりに取り掛かっている。

「……僕も足りないかも。追加しようか。ウズラ肉のパエリアがあるらしいから、それにしても良い?」

「勿論です」

「すぐ頼もう」

 アルバンは体が大きいので、当然ながら胃袋も大きい。美味しいところは私にいつも譲ってくれるが、いつもトータルの量では私の倍くらい食べているし、なんなら今は旅で運動量が増えているためこんなものでは足りないのであろう。

 ニーナはフードを取っているが、髪色が目立ちすぎるために私たち夫婦はフード被ったまま、もぐもぐ食べまくっている状態。

 実は入店時からちょっと、お店のお姉さんに警戒されていたっぽい雰囲気ではあったのだが、私たちが順調に皿を空にしている……というか、パンまで頼んで皿拭っているくらいなので警戒が解けた感がある。

 食い意地が身を助けることもある。

 ウズラ肉のパエリアは、ウズラ二羽ぶんを大胆に半分こして炊き込んであり、細かい骨が沢山あってちょっと食べにくくはあったものの、味は美味しかった。しかし骨を避けるのが手間ではあるため、スピーディーにお腹いっぱいになりたい時などには適さないのかも知れない。

 他のお客さんを見る限り、一番人気はウサギ&鶏だったが、二番人気はソーセージであり、それ以外を頼んでいる人はほぼ居なかったので……そういうことなのだろう。

 冒険者が多いし、きっとここは忙しい土地なのだ。

 満腹になって退店。何度も追加注文を重ねてしまったので、チップやや多めで。忙しそうでムスッとしていたお姉さんが輝かんばかりの笑顔になった。

 うぅん、多すぎたかも知れない。庶民としてのチップ幾らにするか問題、難しいぜ。

 ご飯が済んで他の皆さんとも合流。いち、にい、さん……うんうんよしよし、全員いるね。無事だね。満腹で良いことだね、とアルバン自ら確認している。

「あっちの赤いサルビアの鉢植えがいっぱいついた壁のお店はちょっとだけど魔獣肉を使ったジビエパエリアで〜」

「そっちの店に入ったんですが、ダンジョンの浅い階層で取れるヌマエビを使ったパエリアで、食べるついでにヌマエビの構造を調べてたら店員さんに怒られてしまいましたぁ〜」

 ここで気付いた。

 専門分野の話だとつらつらと、立板に水でキリリとテキパキ喋れる研修者の方々なのだが、なんか……なんか、仕事以外となるとみんな、ノホホンとしているというか、なんか、あの、凄くおっとりボーッとしているというか……!?

「ええと、あの、アルバ……失礼しました。この研究チームって……。」

「あっ、気付いちゃった?」

「なんだかその、皆様、温厚な方々ばかりのような」

「うん。彼らはね……主に……研究内容自体は一流なんだけど、対人能力が極端に低くて政治能力とかのし上がる能力が全くないけど、研究者として凄く優秀なんだ。要するに……我が国が誇る一芸馬鹿の寄せ集めです!」

「おぉう、情け容赦のない言葉」

「ただ、優秀なのは確かなんだ。コネがなくて立ち回りが下手なだけで、研究者としては一流。ただ、その……研究棟もそれなりに派閥争いとかはあって。国から予算が貰えるかどうかの駆け引きとかも研究者としては重要なんだけど……そこが下手で、このままだとどう頑張っても出世できないし評価もされない奴らだけを議会が選んで送り込むことに決めたんだ。政治的な部分とかは全部僕にお任せって条件でね……!」

「そ、そんな、ご本人様がたを前に身も蓋もない……!」

「あっ、お気になさらず〜」

「僕たち、フリートホーフ博士にくっついて全部お任せで研究だけしてれば良いっていうのが一番ラクなので〜」

「この仕事サイコーです」

「人材としてはドリームチームだよ。僕に仕事させるために100%議会が用意したエサだってわかっていても乗らずにはいられないレベルでね。っていうか、正直……研究者としてはそこそこだけど、中途半端に駆け引きできて出世欲が強い奴の方が邪魔! 僕も研究に集中したい! ダンジョンでのフィールドワークを大手振って出来る機会なんてそうそうないし!」

 目が、目がガチだ。

 爛々としている。

 何が何でもこのチームじゃないと嫌だ、という情熱と執念が感じられる目である。なんなら微妙にハァハァしている。鼻息が荒い。

 うん、アルバン、これもうガチのガチで研究にだけ役立つなら他のことは僕が全部面倒見るから、研究で足手纏いになるのだけはやめろ、ってスタンスなんだな?

 なんというか、改めてあの……こんな人が辺境伯なんてやらされているの、本当に可哀想だな?

 未来のことは分からないけれど、もし、アルビレオがしっかり育ってくれて、王家と議会も認めてくれて、本人もやりたいと言ってくれたのなら……さっさとアルバンを引退させて、早いとこ研究棟の住民にしてあげた方が良いのかも知れない。私はそうなったら、アルバンにくっついて王都にある手頃な家を買って、そこで暮らすのだろうし。そうでなければグリンマー領の別荘、あそこもまあ、飛行魔法使えば通勤圏内ではあるから、住むところはどうとでもなりそうだし。

 アルビレオが嫌だけどやります、というパターンも充分あり得ることだが、もし、もしも、本人がやりたいと思ってくれたのなら、アルバンを本来生きるべき場所に帰してあげたい気持ち、だいぶある。

「この近くの館であっちの研究チームと合流だって。えっと、ツェツィ、行こうか……!」

「はい。奥様は既にいらっしゃっているのでしょうか? 服装はこのままで……?」

「うん。その予定だったからね。お忍びでの挨拶ってことだから、問題はないと思うよ。僕たちは研究を目的とした冒険者チームだからね」

「了解致しました」

 他の冒険者が仕事をしているその横で、他国からの研究者チームです、となったら、トラブルはおそらく何らかの形で発生する。ギルドも了承していることとはいえ、それまで自分たちの仕事場だったダンジョンに、素人が土足で踏み入るのだ。事情を知らない冒険者たちはきっと、良い気はしないだろう。

 それ故に、研究と調査はしますが、私たちも探索を目的とした冒険者としてのスタンスで活動をしておりますよ、というアピールが大事なのである。

 なにしろ、ダンジョン、殺人を隠蔽し放題の環境なので。

 オラシオさんとイシドロさんから聞いて、アルバンが食い付いていた、ダンジョン固有の魔獣、スライム。

 死んだ生き物を食べて分解して、数時間で跡形もなく消してしまえるとのお話なので……ダンジョンという閉鎖空間の中でなら、人を殺しても、目につかない隙間に死体を押し込んでしまえば僅か数時間で完全犯罪が成立してしまうのである。

 実際問題、ダンジョン内で数名のならず者が新米女性冒険者に対して性的暴行を加えるという事件があったが、たまたまその被害者女性の姉が腕利きの冒険者だったがために……犯人達は「未帰還」となったのだという。時系列から察するに、ダンジョンに潜ってすぐのところで足取りが途絶えてはいるのだが、不思議なことに、入り口付近という最も人通りが多かった筈の場所で「誰も見ていない」という状況が発生していたらしく……それに関しては自業自得だが、オラシオさん曰く「あー、まあ、冒険者として許しちゃなんねぇって野郎は消えることになってるな」とのこと。

 つまるところ、ダンジョン内ではほぼほぼ司法が機能しておらず、冒険者独自のルールが適用されるので……マナー違反は即死亡フラグ。

 この間のやらかし火属性の人、よく殺されなかったな……?

 多分あれ、本人が魔力を暴発させたらその場にいる全員が洞窟内の崩落で死ぬかも知れないから手出ししなかっただけなんだろうな。

 そんなことを考えつつ、ベスティア側からの使者さんが「こちらです」と道案内してくれて、ゾロゾロみんなで大移動。

 街のちょっと高台にある閑静な住宅街エリアに建つ、やぱり真っ白な漆喰の壁のお屋敷にご案内される。高いのっぺりした壁の建物であり、その中央には中庭。中庭の床はミントグリーンのモザイクタイル。大小様々な観葉植物がお洒落に配置されているし、二階や三階からは中庭を見下ろせるベランダとかあるし……でなかなか綺麗な建物だった。

 つい最近掃除が入りました、という感じで、家具が少なくて人の気配もないのが不思議ではあるが、よいお宅である。

 案内されて客間に入ると、中では既に、普段着用と思しき、比較的ラフなドレスを身に纏ったコルミニョ公爵夫人が待っていた。

「お待ちしておりました。フリートホーフ卿」

「恐縮です。ですが、夫人、どうかここでは博士、と」

「失礼しましたわ。なるほど。そうでしたわね。では、フリートホーフ博士、夫人も、どうぞお掛けになって」

 促されて、軽い挨拶の後に着席。

 まあ普通にここは旅の近況とかのやんわりした当たり障りない雑談からスタート。特に何もなく平和だったのでホッとひと息。

 続いて、私たち研究チームの拠点についてのご説明。

 コルミニョ公爵夫人のご説明によると、なんと、この大きめな建物を丸っと使って良いとのこと。

 元は裕福な商人が使っていたお屋敷で、その商人が諸事情あって夜逃げしてしまい、その抜け殻となった屋敷をベスティア王国が買い取ってご提供してくれたとのこと。部屋を掃除するためのメイドさんやら、料理人やらはコルミニョ公爵邸から選抜して人員を配置してくれたらしく、セキュリティ面でも安心安全。

 この家は部屋数も多く、クライノートから来た研究者や護衛が使うには都合が良い構造であったことから選ばれたそうで、研究のためならこの家丸ごと好きに使ってくれて構わないというお話であった。

 コルミニョ公爵夫人のお付きの方から、家の間取り図なども受け取った。

 アルバンはホクホクであり、珍しく上機嫌な様子で夫人をお見送り。よかったよかった。

「じゃあ、僕とツェツィーリアはこの部屋。ニーナはその隣。スヴィンはどうせダンジョンで寝起きするんだよね? 荷物置けて、体調不良時に寝れたらそれで良さそうだし、中庭に面した北側の一階で良いよね? 護衛の部屋は入り口近くに固めて、研究者の寝室は三階と二階に多めに割り振って、一階の大部屋は全部研究のために使うので良いよね? 食堂? どうせ、みんな決まった時間に摂らないだろ? トレイ持って各自で食べるようにしよう。料理人には作り置きだけ頼む方式にして……食堂に紙の資料集めよう。どうせ、アカデミーで学生時代にレポート纏めるのだって、食堂でやってた奴らは多いんだから」

 今更だけど、アルバン、研究者しか居ない場所になると、他の方々とずっとお互いにタメ口。そして、心底楽しそう。ウキウキ、ワクワク、弾む気持ちが声と顔と口調に全部出ている。うーん、チャーミング。好き。いつまででも見ていられる。

「ツェツィーリア、ごめん。僕、きっと地上で資料纏めてる間はあんまり部屋で寝ないだろうから、僕が寝室を使わない間は、ニーナと相部屋になって貰って良いかな?」

「ええ。構いませんよ。ですが……アルバン様も、他の皆様も……健康が第一ですから、適度にお風呂に入って、適度に睡眠と食事を摂ってくださいね?」

 アルバン含め、ゆるゆるでキャッキャしている研究者チームが異口同音、ぜんぜんわかっていなさそうな感じで元気よく「ハーイ」と返事をしてくれる。

 うぅん、これは徹夜して作業する気まんまんの雰囲気。私には止められぬ。

「もし、命が危ういようでしたら……ニーナと護衛の騎士に頼んで、頸動脈を絞めて落として頂くよう指示を出しておきますね」

「任せろ。騎士は死ぬかどうかのラインを見極めるのに慣れてるから、朝飯前だ」

 私とニーナのやり取りを見て、アルバン含めた研究者チームがもう一回、今度は元気ない感じで「ハーイ……。」とお返事をしてくれた。

 ゴキゲンに国のため人類の未来のため研究に邁進してくれるのは大変素晴らしいが、命あっての物種。言ったところできっとこの人たちは止まれないのであろうから、物理的に止めさせて頂かねばなるまい。私は未亡人になりたくないし、きっと、アルバン以外の他の研究者の方々も、国に家族がおられるのだろうから。

 政治的な部分とか、各種トラブルとかはアルバンが責任持って対処してくれるのであろうが、フィーバーしている研究者たちの健康管理をする担当の人は居ないので……私がやるのが妥当であろう。身分としても、それを護衛の騎士達に指示出ししてスムーズに聞いて貰える立場なのだし。

 テンションMAXだった皆さんがちょっぴり大人しくなったところで、門前で警備にあたっていた騎士が「ベスティア王国の教授陣、ご到着です」との報せを持ってきてくれた。

「もう到着したのかっ!」

 アルバンが喜色満面、という感じで、ガタッと椅子から立ち上がり、キラッキラの目になった。さっきちょっとションボリしてたのが嘘のように、見たこともないぐらいのテンションの上がりよう。

「すぐっ、すぐここに通してっ!」

 騎士相手だというのに完全に身分を投げ捨てて、子供みたいな言葉遣いになっているあたり相当である。

 そ、そんなに楽しみか。

 程なくして、ホールに両国の研究者が大集合。よろしくお願いしますの顔合わせ。

 まず、今回クライノート側のリーダーであるアルバンと、ベスティア側で最も権威があり歴も長いという老教授が握手してご挨拶。室内なのでフード取っての顔合わせなのだけど、ベスティア側もかなりの研究馬鹿タイプばかり集めたらしく、何名かアルバンの元にわらわら集まって「わぁ珍しい。白銀だぁ」「ほんものの全属性持ちだぁ」「興味深いな魔力保有量。知りたいな遺伝の不思議」みたいな感じで、かなりダイレクトに白銀って実際どうなの? という質問の嵐。

 特に他意もなく畏怖とか畏敬もなく、単純に人間という生き物の中でも珍しい個体だよね、という感じでの無邪気かつ、抉り込むように難解で専門的な質問の数々。

 秒速で……アイスブレイクが完了している、だと……?

 戸惑っているのも束の間、優秀で頭の良い人間に囲まれてニッコニコなアルバンに呼ばれて隣へ。

 これは私も今のうちに自己紹介の流れですよね?

 私も珍種だし。

 けれども、アルバンは私を見下ろして目を合わせて「君が嫌ならそれでも構わないよ」と伝えてきてくれたので……バサっとフードを取った。

「はじめまして。アルバン様の妻の、ツェツィーリアと申します。学のない身ですが、皆様どうぞよろしくお願いいたします」

 ご挨拶を普通にしたら、一瞬、その場が水を打ったように静まり返って、それから。

「くっ、くっ、くっ、くっ……! 黒髪だ――っ!」

「すごいすごいすごい! 初めて見た!」

「先天的な魔力欠乏症。出生率は白銀ほど低くはないけど生存率が極端に低いレア中のレア!」

「どうやって? なんで? 魔力耐性を身につけた黒髪の変異個体?」

「しかも健康そう! なんで?」

「目、目を、目を見せて頂けますか? 光は当てません。ルーペだけっ……!」

「フリートホーフ博士もセットでお願いします」

 なんか、うん……珍獣が二匹セットで現れた的なリアクションですね?

 というか、この方々は黒髪に対しても「珍しいな〜」以外の感想を持っていないし、なんなら学術的な興味しかないようなので、逆に清々しい。

「えっ、ずるいずるいずるい! こっちはお二人とも身分が高いからずっと我慢してたのに!」

「僕なんて学生時代からずっと何年も間近で観察したいのを我慢してたのにっ!」

「貴婦人には失礼だからずっと耐えてたのに、ポッと出が先に観察するなんてっ……!」

 あっ、なんか、クライノート側の方々も、私とアルバンをじっくり観察したいのをずっと我慢してくれてたんですね?

 好奇心爆発モンスターの集団なのに……マッドじゃない。礼儀と倫理と優しがある。

 良い人たちだなぁ。

 俄に良い気分になったので「触れないのでしたら目を観察して頂いて大丈夫ですよ」と言って着席。歓喜の叫びで建物がちょっと揺れた。

 アルバンと揃って二人でしばし実験動物化。

 私の後ろにはニーナが張り付き。無礼な真似をする予兆があるなら叩きのめすぞオーラを放ちつつ監視。

 アルバンに関しては男性であるからか、割と荒っぽい感じで瞼引っ張られたり頭ワシワシされたり、果ては研究サンプルとして唾液取られたり髪の毛抜かれたりしていた。容赦ない。

「僕の血液サンプル欲しい人〜〜!」

 挙句、本人が注射器取り出して自分自身で採血しつつ血液を分配。

 これアルバン、あわよくば竜の血浴びたことによる変化の分析とか考察を他の方々にやらせられないかな、とか企んでるな!?

 こすい。こすいぜアルバン。ズル賢い。だがそういうところもそれはそれで旨味がある。くっ、この人は、まだどれだけの魅力を隠し持っているんだ……!?

「夫人の血液サンプルも欲しいな〜」

「あっ、ツェツィーリアのは駄目。夫として許可できない。貧血気味だし、彼女の血も髪も唾液も全部拒否。珍しい白銀のサンプル手に入ったなら充分でしょ。もし同意なく採取したらそれなりの措置を取る構えだから」

 キッパリ。そこについては私はNGですと明確に宣言。なんなら私の前に試験管片手ににじり寄ってきていた研究者の方の前に割り込んでくるまでしてくれる。

「でも、アルバン様、私も、自分の体質についてもっと詳しいことが分かれば、とは思うのですが」

「うん。そうだね。気持ちは分かるよ。でも駄目。絶対駄目」

「どうしてですか?」

「ツェツィーリア、ここに居る人間の大半はね、その気になれば、十年本気で研究したらホムンクルス作れるレベルの人間なんだよ。血液サンプルなんて渡したら何がこの世に生み出されるか分からないんだよ?」

「そ、そうなんですね? でも、それなら私より、アルバン様の血液のほうが危険なのでは?」

「それはないよ。僕は一通り、血液とか体組織とかは自分で研究したけど、大体に於いて魔力量が多過ぎてどの分析も実験もドン詰まりになったからね! だからむしろ……活路を見出せるものなら見出して欲しいっていうのが正直なところかな」

「なんだって!?」

「やってやりますよ!」

「臨むところだ! 分析してやる!」

「まず魔力量測定を……クソっ、一発で計器がお陀仏だ!」

「最新式の魔導工学式の機材は使えねぇ! 手作業でやるしかねぇ!」

「うふふふふ〜、ダンジョン調査と同時進行で白銀の解析かぁ。このプロジェクトに参加できてよかったぁ〜!」

 ……なんか、研究者たちが、やいのやいの楽しそうだな?

 はしゃいだインテリジェンス、無邪気が過ぎる。じゃれあいが可愛らしいが、手はテキパキ動いてるし、なんならお互いの名前を覚えるよりも先にアルバンの血液の分析作業に移って協力してるあたり、みんな優秀なのは確かなんだよな。

「あれ? そういえば、スヴィン博士は?」

「スヴィンはさっき、仮眠取るって言ってあそこの植木鉢の影で寝てる」

「ゆ、床で……!?」

「とりあえず、ミトンが寄り添ってお腹はあっためてるけど、心配だから上からお腹に薄掛けだけかけてくる」

 じ、自由が過ぎる。

 なんなんだここは。

 もう完全にカオス。

 楽し過ぎる。

 私は人間の中でも珍しい体質ではあるが、研究者という人種、訳がわからなさ過ぎて面白い。私、これからしばらくこの愉快な空間で暮らせるの?

 最高か?



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