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【173】ままならぬ体調


 貧血はデフォルト。

 それに加えて、その時々で腹痛、頭痛、吐き気、発熱、むくみ、倦怠感。無意味にイライラしたり、逆にハイになったり、特に理由もなくだばだば泣き出したりと、身体的にも肉体的にもバリエーション豊富な不調を毎月変化を加えたり加えなかったりしつつ提供してくれる、人類という種族の致命的な欠陥機能。それが月経。

 妊娠中よりはまだマシとはいえ、体調が悪いもんは悪い。辛いもんは辛い。

 うぅ、うっ、お腹痛い。

 痛みの種類は違うけれども、今回の痛みの度合いとしては、胃腸炎になって下痢する時の、排泄前の一番痛いぐらいのやつが絶え間なく襲ってくるレベル。汚い話ではあるが、下痢なら出せば止まるが、経血は三日間くらいはダラダラと、己の意思に関係なく出続けるため、何時間も続く。なんなら二十四時間営業。私は四日目からは出血が減るが、それまで地獄。

 痛み止めが効くのを祈るしかない訳だが、絶望的なことに今回はアルバンが処方してくれた痛み止め飲んでてとっくに回ってる時間帯なのにこのレベルで痛い。

 脂汗掻いて丸まってる。

 しかし、今回のこのイベント、決して欠席は出来ない。

 何故ならアルバンはフリートホーフ辺境伯でドラゴンスレイヤー。きっちりばっちり夫婦揃って出席して、王家に対する忠誠心アピールをしないといけないのである。国家の平穏のために。

 何しろ我が領は国の食糧庫。加えて強い騎士団があって、ドラゴンスレイヤーが居て、私と文官の皆様が割と物資輸送に強い……とくれば、無視できないくらいの強さ。

 下手なことしたら「怖いしちょっと力削いどかない?」となるし、もっと悪ければ「潰しちゃう?」とかなりかねない。

 なので、王家と敵対する意思はないし、独立しようとか微塵も考えていませんよアピールのため、アルバンと私は揃って、国王陛下は勿論、祝辞を述べる際には王太子殿下の前に跪こうと決めていたのである。分かりやすくスタンスを示しておかないと我が身が危ないので。

 そのため、王太子殿下と王太子妃殿下の結婚式関連のイベントには全出席が必須。

 が、しかし、私の体は間が悪い。

 今日、早朝から出血スタート。

 明日、式典当日。朝から晩までイベントぶっ通しが確定。月経二日目。一番痛みと出血が多い日。ドレス、勿論汚してはいけない。トイレに中座するタイミングも限られる。

 私、終了のお知らせ。

 こりゃもうダメだぁ。

 おしまいだぁ。

 全部を彼方にブン投げて、手負いの獣のように唸り声あげてベッドで丸まっていたいが、そうもいかない。根性と気合とお薬でどうにかするしかないが、もう嫌すぎる。

 だってだって、王城の床も大聖堂の床も全部白い石なのだ。

 血が垂れたりしたらどうしよう。

 絶対に粗相なんてしてはいけない日なのに。

 トイレに行けたとしても、血を吸ったガーゼを交換する時に、式典用のドレスの裾に血が付いたらどうしよう。黒いからまだ目立ちにくいとは思うのだけど、それでも気になる。心配すぎる。

 付かなかったとしても、何重にも重ねたスカートをクリップでたくしあげて纏めて、オムツぐるぐる巻き状態みたいになってる布を解いてまた巻いてって、時間がかかる。イベントの進行より遅れるわけにもいかないのに、どうしよう。出来るかな?

 怖くて怖くて心配で、つい絶望から泣いてしまった。

「可哀想に……ツェツィーリア、はい。ココア。湯たんぽ抱いて。とりあえず、モニカ夫人が到着したら事情を話してしまっても良いかな? 馬車の中はマット敷いたフラットなやつにして……下着と、予備の服がもっとあった方が良いよね? メイドに言って追加を用意しよう。本邸の方にも何枚かある筈だし、それで乗り切れる筈。王城なら女官が居るし、彼女たちは貴婦人の世話に慣れているからそっちは心配ないよ。問題は大聖堂の式典だけど……心配なようなら、ズボン一枚腿丈で切ってスカートの下に履くのはどうかな? 足にフィットするズボン、多分一枚ぐらいはあるよね? それならもしもの時にも乗り切れるかな?」

「う、うぇっ、ず、ずびばぜんっ……ご、ごめ、ごめんなさっ……!」

「なんで謝るの? ツェツィーリアのせいじゃないよ。寧ろ、一番きついのはツェツィーリアなんだから、謝らないで。痛み止め飲んでそんなに痛いなら、立っているのも辛いよね? 僕に寄り掛かっていたら乗り切れそうかな?」

「が、がんばりますっ……!」

「いざとなったら、僕が風魔法で支えて、自力で立っていなくても良いようにするからねっ! あっ、そうだ、大聖堂での式典なんて立って話聞いてるだけなんだから、居眠りしてても良いように、目元だけ隠せるように髪飾り変えようか」

「いっ、居眠りは、流石に駄目だと思いますっ……!?」

「まあでも、今回は酷いみたいだし……痛みと貧血でツェツィーリアが気絶した時の可能性を考えておいた方が良いかなって」

「それはそうですね! よろしくお願いします!」

 予定だと、大聖堂には先に参列者が入って並んでいないといけないため、到着から退場までざっと三時間半はかかる予定。午前中が全て潰れる。

 なんなら朝早くから起きてお風呂入って全身スキンケアしてヘアメイク。顔もメイク。一分の隙もないように完璧に仕上げた状態でそーっと歩いて馬車に乗り込み、そーっと歩いて大聖堂に入り、置物のように立っていなくてはならない。ヒールでだ。

 しかも床、大理石。

 まだ五月なのでマシだとは思いたいが、冷える。確実に。足元から冷える。冷えると腹痛が倍率ドン。不吉な予感の目白押し。

 わ、私が何をしたというのだ……?

 不幸中の幸いとしてはアルバンが魔力セレブで、月経による不調に理解があるまくること。参列した準王族扱いの辺境伯夫人が貧血で気絶してぶっ倒れましたとかなったら大騒ぎ間違いなし。私は平和に暮らしたいのに、私自身の体が大きな敵となって立ちはだかる。ままならん。ままならんよ女体。

 そんな訳で、うんうん唸りながら這いずってベッドから出て、モニカさんやコンラートさんに対してギリギリ失礼にならないレベルの寛ぎ用ゆったりドレスを着用。最低限髪まとめてなんとか。

 吐き気もするので食欲ないながらも、脱水防止にレモネード飲んで、ヨロヨロしながら合流してくれたお二人に向かって「すみませんこんな有様で」と謝罪。

 コンラートさんは騎士道の人なので「レディは繊細でか弱いので配慮は当然です」と力強く言ってくれたし、モニカさんも「何かお手伝い出来ることがあれば仰ってくださいね」と優しく手を握ってくれた。い、いい人たちだ……!

 お腹は痛いが、なんとかなるかも。

 とはいえ、あまりにも痛すぎて会話に集中できない。

 甘やかし夫、アルバンの考案したフラットな馬車にベッドマット敷いた代物にモニカさんとニーナとミトンと共に乗車。

 そう、とうとう私の体調不良時のために、それ専用の車両をアルバンが作らせてしまったのである。

 冬の間に作るようオーダーしていたそうで、中は広くて快適。助かる。

 因みに馬車の床下は全面荷物入れになっているため収納力もバッチリ。

 ーーが、今回は私たち夫婦とラヴェンデル夫妻、貴族が四人も居るため、荷物が多い。ギリギリどうにかなる計算だったが、私の荷物が増えたせいで、ちょっと乗り切らない。

 貴族は……移動するにしても、どうしたって持ち物、主に服とかが多くなっちゃうんだなコレが。

「先にコンラートとモニカ夫人、それからツェツィーリアの服を乗せて運ぼう。三人を送り届けたらもう一往復するから、僕の荷物はそれで済ませるよ。ここに置いて行って、使用人にパッキングし直して貰ったら時間的にもちょうど良いんじゃないかな? 人の入った馬車飛ばすのは気を遣うけど、僕一人ならカッ飛ばしても問題ないし」

「や、優しい……ありがとうございますっ、ありがとうございますっ!」

「うんうん。今回は悲しくなりやすいパターンなんだね? 気にしないで。あっ、作り直したほかほかの湯たんぽが来たよ〜」

 のんびりおっとり、トラブルが起きてもアルバンは落ち着いている。か、か、かっこいい。包容力と慈悲の塊か? 優しく私からぬるまった湯たんぽ受け取って新しいのと交換してくれる。

 モニカさんとニーナに付き添われて乗車。

 完全防備で防寒したモコモコのアルバンとコンラートさんは御者席に。

 風魔法で一っ飛び。空の旅は速くて快適。すぐに王都の我が家にご到着。

 予定では、コンラートさんとモニカさんはラヴェンデル家が持つ王都のお屋敷に向かって発注していたものがきちんと揃っているか確認するとのことだったが、モニカさんがしばらく残ってくれることになった。

「ツェツィーリア様が心配なので、わたしはフリートホーフ卿がお戻りになるまで付き添いを致しますね」

「ありがとうございます、モニカ夫人。すぐ戻ります」

「すまないアルバン。私は一旦家に向かう。どうやら、モニカのネックレスが届いていないようで……!」

「コンラートも忙しいのに、ありがとう。大変だよね? こっちの家には歴代の辺境伯夫人が集めたアクセサリーがそれなりにあるから、何か使えそうなものが見つかるかも。メイドに言って出させるよ。なんなら、待っている間、モニカ夫人に候補を選んで貰おうか?」

「助かる……! 一応こちらでも詳細を確認してはみるが、借りることになるかも知れない。モニカ、君もそのつもりでコーディネートを考えておいて欲しい」

 ソファでぐったりしている私の横で、三人それぞれバッタバタ。

 アルバンもコンラートさんも事前に準備をしっかりするタイプだが、物を一度に沢山手配するとなると、依頼する側、命令する側がミスしなくなって、どうしたってトラブルは起きる。ここが物資輸送の難しいところ。現場で何が起きるかはその時になってみないと分からない。

「すみません、モニカさん……私は少し、ここで休みますので、ニーナと一緒にアクセサリーを選んでいてください」

「ツェツィーリア様……ありがとうございます。どなたか、ブランケットを。それと、大きい湯たんぽをもう一つ。足起きの上に置いて、ふくらはぎを温めましょう。全身が暖まりますから……。」

「ツェツィーリアさま、胃に何か入れた方が良い」

「そうですね。では、紅茶をストレートで……良い香りのするものを」

 ちびちびと虚無の目でお茶飲みながら、モニカさんとニーナがアクセサリー選ぶのをボーッと見守る。

 痛みのピークは過ぎ去ったがまだ痛い。そして、さっきまでの激しい痛みに耐えたが故になんかやたらと疲れている。もう軽く虚脱状態。

 アルバンより先にコンラートさんが戻ってきたが、どうやらモニカさんのために発注していたネックレスは間に合わなかったらしい。なんでも、ラヴェンデル家の陞爵を良く思っていないライバル伯爵家がコネと権力と根回しで嫌がらせして、モニカさんの新しいネックレスを作ってくれていた工房に、無理やり自分のところの依頼を捩じ込んできたせいで納品が遅れたらしい。

 愛妻家であるコンラートさんに正面切って喧嘩売るあたり、これ完璧に開戦のゴングだよなぁ……うん、出世すると妬まれたり、有能だと警戒されるので、しばらくラヴェンデル伯爵家は大変そう。

「許せん。寄りにもよって、モニカに恥を掻かせようとは……目にもの見せてやる」

「あら。でも、ツェツィーリア様が宝石の貸してくださるのだし、この方が名誉ではないかしら?」

「ああ、その通りだ。モニカ。私たちは良い友人を持った。だが、我が家の事業のことで、私の仕事、私個人への嫌がらせではなく、君を狙ったことは許し難い。それ相応の代償を支払って貰うとしよう」

「わたしにはお仕事のことはよく分からないけれど、応援しているわ。でも、コンラート、余り無理はしないで? あなたは努力家だけれど、加減を知らないから」

「ありがとう。モニカ。胸に留めておくよ。それで、明日のアクセサリーはどの品を借りることにしたんだい?」

「こちらの、琥珀のネックレスとブローチをお借りすることにしたわ。黄色い薔薇の花の形に彫ってあるものなの。シャルロッテ様は赤薔薇姫と称されるお方だし、薔薇は縁起が良いかと思って」

 と、仲良しラヴェンデル夫妻が話しているところに、アルバンも帰還。

 これこれこういう訳で、と事情を聞いて相槌打って、親友同士で打ち合わせ。

「ああ、あの家か。カクトゥスの件では追求を免れたらしいけど、大損はしただろうね。ラヴェンデル家に正面切って喧嘩売るあたりは気概を感じるけど、君と殴り合えるだけの資金力はない筈だ。領地が比較的王都に近いし、西側だから……ラヴェンデル家の規模を知らないんだろうね。コンラート、君は領地で稼ぐタイプだし、王都でこれ見よがしに散財するような趣味がないから」

「アルバン、君、なんで南寄りの家の内情まで知っているんだ?」

「僕のところの取引相手だから。主に木材だね。林業弱い領地はほぼ全部うちの客。買い方で丸見えだよ。今回はラヴェンデル家の揉め事だから手は出さないつもりだけど……うん、あそこも温泉が出るし、保養地でもあるから……ラヴェンデル領が邪魔なんだろうね。高位貴族相手の高級リゾートで稼いでいるから、客を奪われるのを恐れてる」

「確かに高位貴族向けに、小規模だがリゾート業をやっているとは聞いていたが……それほど利益が?」

「あるみたいだね。先王陛下の結婚後のハネムーン旅行に使われた、完全貸切が売りのホテル。サービスの良さだけが売り。原価は安くて料金は高い」

「なるほど……なら、幾らでもやりようはある」

「うん。僕は今回、手は出さないけど……今回のように困ったことがあったら相談して? モニカ夫人はツェツィーリアの友人でもあるんだし」

 ……うっ、しんどさ余ってもう眠たい。

 なんか、一応頑張って聞いていたけど、どうとでもなりそう。

 ならいいか。

 ぐぅ。

 秒速で寝落ちをかます。色々限界。気絶だったかも知れない。

「ツェツィーリア、起きて。夕食の時間だよ」

「ぅ、う……も、もう、そんな時間?」

「貧血が酷いみたいだし、少しでも何か食べようね。熟成が進んだキマイラのヒレステーキがあるよ」

「た、たべ、食べます」

 ニーナが仕留めたキマイラ肉。

 高級肉なのだが、どうにもかなり熟成させねば旨さを発揮できない食材らしく、長らく保管されていたようなのだが、私を心配したニーナが放出を許可し、わざわざアルバンが食べる分だけ運んできてくれたらしい。手厚い。二人とも優しい。感謝しかない。

 キマイラも栄養のある赤身肉が売りとのことで、小さめにカットされたヒレステーキを頂く。

 食欲ない。

 でも、凄く美味しいお肉だから何とか食べ進められる。有難い。

 拳より一回り小さいぐらいの面積の、厚さがそんなでもないお肉をどうにか完食。うん、ラム肉と牛肉の中間みたいな味だったな。柔らかくて美味しかった。

 パンちょっと齧って、野菜たっぷりのあっさり味のスープ頂いて終了。痛み止め飲んで、ヨロヨロしながら入浴。

 あんまりにもあんまりな状態なので、出血中だが見兼ねたアルバンが面倒見てくれた。

 ああ、お湯を含んだ髪が重たい。いつもは全然平気なのに、今は本当に重たく感じる。首が折れそう。力が入らない。もうくにゃくにゃ。

 お風呂上がってからも全部やって貰った。自分で何とか頑張ろうとしたのだけど、ろくろく動けない。これはまずい。

「……月経は病気じゃないけど、ちょっとこれ、心配だから念のため、寝る前に希釈したエリクサー飲もうか!」

 言われるがままに薄めたピンク色のエリクサー。効果に影響はないから、と飲んだ後は口直しに、生姜入りのホットアップルジュース。歯を磨いてそのまま就寝。

 そしで起きたらもう朝。

「ツェツィーリアさま、体調、どう……?」

 物凄く心配そうな顔をしたニーナがそっと揺り起こしてくれた。

「う……おはようございますニーナ。すみません。今は痛みはないのですが、体が、重くって……。」

「支える。お風呂に入ろう。メイドが何人か手伝ってくれるから」

「ありがとうございます」

「ココア用意して貰おう。あったかいやつ……このままだと倒れそうだ」

 ココアには鉄分がある。無論、お肉とかの方が本当は良いのだけど、食欲ないです、という時に、飲み物であるココアは優秀。とりあえず飲んどけ。あったかいし。

 ホットココアを小さいカップで飲んで、ボンヤリした頭のままお風呂へ。

 王都にある辺境伯邸のお風呂は猫足バスタブ。アルバン仕様の超特大なので、入るのには踏み台がいる。滑って転びそうなのでニーナやメイドさん達に支えて頂き入浴。半ば寝落ちしながら頭やら体やら洗って貰う。

 現在、朝五時。

 ガチのイベントに参加時の、身分が高い貴婦人は、とにかく支度に時間がかかる。

 我が国には公爵家が三つあって、辺境伯家は一つ。身分としては法律上は侯爵家の方が上なんだけど、事実上辺境伯家の方が上だから、式典でも並び順が前の方。最前列がほぼ確定。外国からの参列者とか使者からもばっちり見られるポジションなんだ。

 おまけに今回は、我が家は準王族の立ち位置。白銀の王太子の結婚式だし、他二人の白銀も並べてゴージャスにやろうよという流れ。なので、第二王子殿下の隣の並びとくれば、否が応でも注目される並びなんだなこれが。

 故に、まあ私に限らず、国家規模の一大イベントで最前列確定の貴族はバッチリ完璧に仕上がってないといけないんだ。でないと、東の国西の国南の国それぞれから舐められるんだ。この国、国家の一大イベントでヘマするようなアホが居るのかって話になるため、一部の隙もなく仕上がっていないといけない。

 髪の一筋もほつれてはならないため、こうして朝早くからお風呂入って全身丸洗い。あったかい部屋で体用化粧水体用オイル体用クリーム塗って裸のまま皮膚に吸収されるまで時間ちょっと置いて、顔の方もパックして美容液化粧水乳液クリーム。モチモチのツルツルのツヤツヤに仕上げて、髪もヘアオイル使って乾かす。

 手順としては上から下へ。

 まずヘアセット。複雑に編むと予定で決まっていたので、ニーナが担当。ピンピンはみ出る毛を一本ずつ纏めて「アホ毛? そんなんありませんよ?」というツラが出来るレベルまで纏める。と、いうか、固める。それはもうがっちりと。

 ヘアセットして貰いながら、薄ぼんやりしつつダラダラ朝食。動けないためメイドさんに食べさせて頂く。気分は雛鳥。半熟ゆで卵とか、スープとか食べる。まだ汚れても良い、後ろボタン式のスモックみたいな寛ぎドレスなので溢しても大丈夫。ここでポイントとしては、しっかり食べておくこと。朝早くて食欲なくても、後から化粧やり直さないようにしておかねばならない。

 食べやすいようにと、ポルチーニ茸と鶏の肉団子と香草のスープ。お出汁が美味しい。ふわふわの肉団子だと食べやすい。栄養価高いし、お肉やきのこは腹持ちが良い。

 もぐもぐ食べて、ヘアセット粗方終わったら歯磨き。ここからもう後戻りは出来ない。もう昼までものは食えない。いけるのは飲み物だけ。痛み止めもここで服用しておく。

 飲み物は流石に途中で飲まねばもたないし、口紅やり直すだけで済むのでギリギリ許容範囲。仕方ない。

 ドレスに着替えるよりも化粧が先。

 だって粉が落ちるかも知れないから。

 黒の上にファンデーションとかチークの粉は目立つんだ。汚い感じになるし。

 今日ばかりはファンデしっかり、チークもしっかり。貧血で顔色が悪いので血色が良く見えるように全力で誤魔化す。普段は使っていない、クマを消すためのコンシーラーなんてアイテムまで飛び出した。アイシャドウは赤っぽいピンク。口紅も、ちょっと透明っぽい感じのあるものをふちに使って、真ん中あたりは濃いめの紅色。血色が良いツヤっとした感じ。ビューラーで挟んでグイッと睫毛も上げる。もうそこらへんもニーナにお任せ。死にかけみたいな顔色だったのが、何とか普通の人まで回復。目は死んでるけど。

 寛ぎ用ドレス剥ぎ取られて、ガッチリ下着。ブラ付けて胸部用のサポーター付けてガーターベルトとストッキングにパンツ……の、予定だったんだけど、ガーターベルトとストッキングまでは良いがあとは布ぐるぐる巻き、の、上からスパッツ状態にカットしたズボンを履く。これで横漏れしてもスカートは汚れない。ズボンが吸収してくれるであろう。

 ドレスは首元まで全部覆ってくれる長袖。腰の部分で切り替え。なんか他のと違いがよく分からんが、プリンセスラインというらしい。上半身はぴったりしてて、のぺっとするが、腰から下はパニエでボリュームが出る。生地が厚めでしっかりしているため、割と重厚な感じ。胸もそこまで目立たない。腰回りとスカートの裾と袖口に金糸で刺繍。葡萄の模様。かなり抽象化されているし、どっちかっていうと山葡萄みたいな模様であって、実の部分は金色の淡水パール。シックに纏まっている。

「刺繍、金糸……なんでこんなに重いんでしょうか……!?」

 答えは単純明快。金糸は重たいし、刺繍も重たい。淡水パール付けりゃ付けるだけ重い。当たり前ではあるのだが、改めて嫌過ぎて気が遠くなる。

 黒くて長いパニエも重い。下にズボン履いてるのもあって体に纏わりつく感。ああ、ううん、全てが嫌になってくる。

 ここに更に重さがプラス。

 ネックレス。

 こちらもドレスとお揃いで、金色の淡水パールを連ねた豪華な仕様。合金の細いワイヤー使ってパールを大小使って使ったもので、ティアドロップ型のものが動くと揺れるもの。当然、こういうロイヤルにフォーマルな式典用なのでデカい。ワイヤーは金と銅を混ぜたものなので、純金よりも軽くはあるがそれでもずっしり。ただし、他の貴婦人令嬢は大半がダイヤモンドとかサファイアとかルビーとかエメラルドとか、そこらへんのもっと重たい石を使っているので私はまだマシな方。パールは、それらよりまだ軽い。いや身分が低ければもっと遠慮したアクセサリーになるんだけど、私の今の身分だと、このパールのネックレスで最軽量になってしまう。打てる手は打っている。なんなら、今日の主役のキャロラインさんなんかは私よりもっと凄いのを着けることになっているだろう。ルビー系のもので。なんなら、私はティアラがないだけ重さ的には圧倒的に楽。

 念入りに、かつ丁寧に準備してたら、あっという間に二時間が吹っ飛んでいった。

「おはよう。ツェツィーリア、体調はどう?」

「昨日よりは悪くないのですが、ものすごく眠いです」

 ここで遅れてアルバンが起床。元から薄いけど念のため今朝も丁寧に髭剃ってお風呂入ってスキンケア。今日は顔の傷の上に布製のマスク貼り付けて飾るために傷跡を念入りに保護。

 薬臭さが控えめな軟膏塗って吸収されてから、デンプンに蜂蜜混ぜた糊で、黒い布に金の刺繍入りのハーフマスク貼り付け。

 アルバンの服も黒ベースの貴族男性の衣装。刺繍は金で私とお揃い。壮絶なダイエットのお陰で胴回りは余裕だが、ちょっと鍛え過ぎたのがやや腕がパツパツ。これは仕方ない。入りゃいいんだ、入りゃ。

 貴族の男性は女性よりも支度が楽だが、今回のアルバンみたいに、鍛えるのは必須なんだ。筋トレからは逃げられない。いや厳密に言えば逃げられるのだけど、仕立て直しの繰り返しになるし、領主は国王陛下に仕える騎士でもあるから、最低限は武術学んで鍛えなくっちゃいけない。どっちが良いかといえばそれは人によるとしか言えないが、私は……服とかお化粧とかに興味が皆無で分からないというだけで、苦手とか不得意まではいかないので……壮絶な筋トレよりはマシ。そう思うしかない。

 気を取り直して、今日はまだ、希釈したエリクサーのお陰か痛くないし……フォーマルになったかっこいいアルバンを見て心を落ち着かせよう、なんて思って立ち上がったらば。

「うっ……!」

 酒瓶を真っ逆さまにするあの、イメージ。

 ドプドプっと出血。

 周囲のメイドさんたちも、硬直した私を見て即座に察知。

「……僕ちょっと、君の頭に飾る花をチェックしてくるね。ひとつも虫が付いていないか見ておくよ」

「ありがとうございます……。」

 アルバンも大体悟ったらしい。流石、私より私の生理周期を把握しているだけある。おまけに、虫嫌いの妻のために、頭に飾るお花に付いてる虫は全部取っておいてあげるねのサービスつき。スマートである。好き。

「や、やり直しっ、今からまたやり直しっ……!」

 一部やり直し。

 メイドさんたちに「すみません」と「ありがとうございます」を交互に繰り出すしかない。

 トイレの前でドレスのスカート部分全上げ。紐で括ってでっかいクリップで留めて、パニエ一旦外してズボン脱いで個室にイン。

 またもう一回布巻いてズボン履いてパニエ付けて、ワサワサしてないかチェック。複数のメイドさんと多重チェック。ヨシ。

 座り直して、そしたらアルバンが戻ってきたので、新鮮なモッコウバラをニーナが髪に飾ってくれる。

 金色の淡水パールが付いたピン使って留めたところに、黄色い小さな、花びら沢山のモッコウバラ。小さいけれど甘くて良い匂いがするため香水要らずである。

 パーフェクト夫のアルバンが宣言通り、蟻一匹逃さず取ってくれていたので安心。ありがとう、本当にありがとう。

 ついでに、ペア服なのでアルバンも胸のポケットに花。全部お揃いである。アルバンの方はアクセサリーはないが、ボタンが金色の貝ボタンの細工だったりする。

「よし、じゃあ、行こうか」

「はい」

 現在、時刻は午前八時。馬車渋滞が予想されるため、絶対に欠席してはならない私たちは一時間以上前に会場入り。念のために、花の予備を突っ込んだ水差し、メイク道具一色、私のいざという時の気構え、更にいざという時のためのアルバンの着替え、スーパーウェイティングメイドにして頼もしい女騎士のニーナ、そのニーナとセットであり王家にとっては縁起物のケットシーであるミトンを積み込んで出発。

 私が血の処理でモダモダしている間に、ニーナはミトンのブラッシングを完璧に済ませていた。ゆ、有能……!

 そのミトンは首にアメジストの飾りを通した紫色のビロードのリボンを巻いている。か、かわいい。

 王族さえも雑に扱えないお猫様は、私やアルバンよりも先に、当然のような顔をして馬車にピョイと乗り込んでいった。多分、ミトンが一番強心臓。

「ツェツィーリアさま」

「どうしました?」

「木苺のキャンディ食べよう」

「食べます。これ、お屋敷の誰かが用意してくれたんですか?」

 ニーナが徐に、個包装されたキャンディをポケットから取り出した。

 薄い紅色の包み紙を開けると、中身のキャンディは赤と黄色のマーブル模様。あら可愛い。

「これは昨日、ニーナが買った。自分のお給料でだ。前に王城で見学に来た令嬢たちが、今流行りの店だって教えてくれたんだ」

「良いんですか? ニーナのお給料で買ったものなのに」

「美味しかったから、ツェツィーリアさまにも食べて欲しかったんだ。木苺は良い香りだし、気分が良くなるかと思って」

「まあ、ニーナ……!」

 なんて優しい子なの。

 この年で、人のこと気遣って、美味しいものを分け与えようとしてくれている。ずっと努力家だし、身も心も強いのに、よわよわな私のことを鬱陶しいとか思わないあたり、人間が出来ている。

 嬉しくなってギュッと抱きしめてしまった。普段より軽くではあるけれど。

 抱き締められてニーナは満足そうにムフー、なんてピースサイン。可愛い。

 実は今回、王族の結婚式だし、縁起物だからケットシーもぜひ、と王宮からニーナに直々にお手紙が来ていたのである。当然ニーナは私の護衛のために付いてくる予定だったし、自動的にミトンもセットなので即快諾。おまけで議会が気を回し、式典にも騎士用の鎧を装備した状態で、ミトンと一緒に王族の近くで護衛にあたってくれていいよという許可が出た。心強い。

 私の騎士は、ウェイティングメイドも兼任なので、こういう時本当に助かる。

「……ツェツィーリア、着いたよ」

 ドヤ顔でアルバンに向かってピースしていたニーナを前に、アルバンの目がシラ〜ッとしている。

 が、すぐに切り替えて、スムーズに私のエスコートに移ってくれるあたり、仕事の出来る人である。これは優秀。

 さあ行くぜ王族の結婚式。

 これから夜までほぼノンストップ社交!

 これを乗り切ればしばらく平和な筈だ!

 ……ごめんなさいすみません本当に帰りたいです。なんとか許して頂けませんか? まだ一日が始まってすらいないなんて嘘でしょう?


 

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