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【172】一難去ってまた一難



 王太子アレクサンダーと第二王子アロイスは美形である。

 それぞれ兄弟ながらタイプの違う顔立ち。アレクサンダーが額の形や眉の形からして整った、オールバックの似合う男前であるのに対して、アロイスはスマートでクールに見える系の男前であった。

 加えて、アレクサンダーの婚約者であるシャルロッテは勝気な印象の派手な美人。瞳は溢れ落ちそうなくらい大きく睫毛は長くほんの少しだけ目尻が上がっている。その場に居るだけで目を奪うくらいの華やかさ。アロイスの婚約者であるディートリンデも負けてはいない。こちらも瞳のぱっちりした、鼻の小さな繊細なつくりの顔立ちで、骨からして華奢であり、神秘的な妖精のような儚い美人。

 当然、彼らは子供の頃から美しかった。

 更にアカデミーに早期入学してみれば、同学年、四つ年上のお兄さんお姉さんの中に、華奢で眩く輝かんばかりの涼やか理知的な眼鏡の少年、コンラートが居た。

 そして、ツェツィーリア。

 猫のような印象を与える、瞳が大きな三白眼。長く濃い睫毛に薔薇色の唇。目と唇、そして顔から首筋にかけての輪郭が完璧に整っているために、パーツとしては個性の強い目と唇が上手く纏まっている。人形じみた美貌であり、ひっそりとして派手さはないが、どの場所に居ても絵になるタイプの美人であった。

 と、そんな感じであったので、アルバンは当然のように面食いになった。

 余り理性的とは言い難い趣味であるし、なんなら余り品がないので口に出しはしなかったが、本人もこの面食いについては強く自覚していた。

 好きになったから、恋をしたからというのが決定打ではあるものの、アルバンにとってはツェツィーリアの顔はドンピシャだった。見た目が好きだし中身も大好き。外見も中身も好みど真ん中がツェツィーリアだったので、アルバンにとってツェツィーリアはまさしく奇跡の存在である。可能であれば意識のある間中、ずっと視界に入れていたい。そういう感じだった。

 一方で、アルバンはもともと「なかなか風情のある美少年」と言われていたくらいには整っていた。幼馴染たちや親友や妻ほどではないが、顔に傷を負う前はそれなりにアルバンも美しかったのである。

 感情が薄く冷淡そうに見える、爬虫類系の美形であったが、まあ、アルバンは冷静だったし己を客観視することの出来る子供だったので……顔に傷を負う前の段階で「自分はあの人たちほど美形じゃない」と自覚していた。

 なんなら、アルバンの幼馴染たちに関しては美形しか居なかったので、ちょっぴりそれがコンプレックスでもあった。僕も不細工ではないけれど、という感じで、しかし、顔に傷を負ってからはその傷跡の凄惨さもあり、周囲から顔を顰められたり歪められたり、場合によっては気絶されたり嘔吐されたり……悲しいかな、アルバンは頭が良かったし残酷な現実を受け入れるキャパシティの持ち主だったので、すぐに「自分は醜い」という事実を認めた。

 尤も、傷のない左半分の顔はまだ、世間の平均から見るに充分美丈夫と言える仕上がりで大人になったのだが、元々爬虫類系であったのも相待って、傷と奇跡のコラボレーション。並外れて大柄な、筋骨隆々の体躯も相待って「人外の怪物」としか見えないところまでいってしまった。

 拗らせに拗らせて、捻くれて「美貌だけで贔屓されてる奴はみんな邪魔」と「醜い奴らは仲間」がこんがらがって縒り合わさって、そこに生来の合理主義も相待って、文官に関しては結果、超有能な醜男たちの集まりになったのだが……三つ子の魂百まで。結局、アルバンは美形が大好きだった。

 ツェツィーリアと結婚したのも、その美貌をずっと眺めていたかった、というのが理由であるのだし。

 人間の選り好みが激しいというのはつまり、贅沢なのだ。

 アルバンがそばに置くのはまず「有能」が第一条件であり、文官や使用人に関してはここが該当する。次に来るのが「美貌」であり、有能さは前提として、顔貌が整っていれば整っているほどよろしい、というもので、親しくしたいのは要するに頭が良くて見てくれも良い人間だけ、というのが正直なところだった。

 顔の傷の醜さに自覚的で、かつ捻くれているというのに、家族友人に対して知性と美貌の両方を要求するあたりがちょっと傲慢なところと言えよう。まあ、人間というものは頭が良く美しい相手を好む習性があるため、アルバンもしっかり人間だった、と言えばそれまでではあるのだが。

 さて、現時点でアルバンが好きな人間のランキング一位はまず最愛の妻ツェツィーリアだが、なんと第二位はコンラートだった。

 この二人はそれぞれ、百人居れば百人が振り返るどころか二度見三度見するぐらいの美形であり、かつ顔に関しては系統も違っていたが……それでも、ちょっとだけ、一点だけ共通点があった。

 両者共に「お人形のような美形」なのである。

 頭が小さく、背が高く見え、痩せていて、手足も首も長く腰が細く、姿勢が良い。スタイルが抜群で、遠くから見ても平均的な人間とは全く違う人種であるというのが明らかな系統である。

 顔や骨格、体型に関しては幼馴染たちもかなりのものだったが、ツェツィーリアとコンラートなどとはちょっと系統の違うスタイルの良さだったのだ。

 可愛い系よりは綺麗系。スラッとした体型。しかし貧弱とか儚いとかではないモデル体型ならベスト。

 ツェツィーリアに関しての想いはなかなか湿度が高くネットリしているため割愛するが、コンラートに関しては、アルバンにとってあのビジュアルは憧れだった。基準としてはツェツィーリアに並んでも見劣りしないという点と、スタイリッシュにどんな服も着こなせるポテンシャルが羨ましく、言ってしまえば憧れだった。アルバンの中ではコンラートというのは少年の頃から「カッコいいお兄さん」である。女性に対する態度とか、領地への向き合い方とか、正義感が強くものをはっきり言うところとか……そういう、善なる男らしさがアルバン少年にはかっこよく見えた。今でもそうだ。

 なので、ツェツィーリアと結婚できて、その上、コンラートと親友になれて、アルバンは大変ハッピーだった。




「アルバン様、頑張ってください!」

「君ならできる!」

 ーーそんな訳で、面食いのアルバンは、最愛の妻にして絶世の美女であるツェツィーリアと、空前絶後の美男子にして親友のコンラートから、揃ってエールを贈られていた。

 何故か。

 その二人から応援されなければやっていられるかよという、誰もが億劫でやりたくないこと、ダイエットに勤しんでいたからである。

「アハッ! 鈍ってますね〜? 騎士見習い用の筋トレメニューで音を上げてるのは大問題ですよ〜? なんなら今だとニーナの方が動けるんじゃないですか〜?」

 ゼェハァ。或いはフーッ、フーッ、という荒い息。滴る汗。ラフなズボンとシャツ。

 片腕、しかも親指での腕立てをするアルバンを前に、私とコンラートさんは応援係。運動嫌いのアルバンを前に、眉尻下げつつアハハと笑って、鬼教官と化したハインリヒさんが槍のお尻の部分でアルバンのことをツンツンやっている。

 アルバン、こめかみに血管が。

 ブチギレていらっしゃる。

「嘘をつくな! 明らかに熟練の騎士用メニューだろう。クソッ、千回って馬鹿の回数じゃないかっ……!」

「アハ。サボっちゃダメですよ〜? アルバン様には本来聖騎士になれるぐらいの素質があるんですから! 鍛えないと損ですよ! オレがもし代われるなら今すぐ毎日鍛錬してますね!」

「代わらなくてもお前はずっと鍛えてるだろ!」

 ムキムキなのに運動とか武術とかが好きくないのがアルバン。急遽としてダイエットに勤しむことになり、減量を強いられている。可哀想。

 私とコンラートさんを前に服のボタンを飛ばしてのち、苦渋に塗れた表情でハインリヒさんを召喚。

 到着して事情を聞くなり、ハインリヒさん、アルバンに何の前振りもなく腹パン。油断していたらしいアルバンが小さく「ウッ」とか言ってた。や、野蛮……! と軽く引いていたら、その後に、アルバンの腹掴んでワシワシやって、頷いてからこう言った。

「アハハ、大半筋肉ですし問題ないとは思いますが、ちょっと脂肪乗ってますね! 二週間あれば5キロは絞れるかと! 今すぐやりましょう!」

 ダイエットが秒速で始まった。

 基本的にハインリヒさんは脳筋。加えて、自分自身を鍛えるのは当たり前のようにこなしているし、なんならニーナ始め他人を鍛えるのも好きなので、ここぞとばかりにアルバンを鍛える方に舵を切ったらしい。

 お、恐ろしい。

 アハハと笑って庭に出て、アルバンをビシバシ、物理的に槍で突っつき始めた。

 切り替えが速い。もうなんていうか、剣を捧げた主に従う騎士モードから、いきなり弟子を鍛える師匠モード。実際、ハインリヒさんはアルバンの師匠でもあったという話なので、立場の変換がスムーズ。

「アハ。もうちょっとモチベーション上げましょうか。ツェツィーリア様、お手数ですがアルバン様の重しになって貰えます?」

「えっ、えぇ……? 私、軽くはないのですが」

 私も実は今ちょっと増加中。とはいえ、作っていたドレスが入らなくなる程じゃないし、嫁いでからは乗馬を始めたお陰もあってか、お腹は引き締まってきた。体重は増えたけど、増えたのは主に筋肉なので、着こなしに問題はないのでセーフ。

 ハインリヒさんがファサァ……と騎士らしく紳士的なモーションでアルバンの広い背中にタオル敷いてくれるが、座るのには躊躇があるぜ。

「というか、この状態のアルバン様の上に座るのはちょっと……。」

「くっ、ごめんねツェツィーリア。汗だくだし、嫌だとは思うけど、君が乗ってくれるなら頑張れる気がするから、お願いしても良いっ……!?」

「で、では失礼しますね?」

 おそるおそる広くて逞しい背中に乗ってみるが、なんか、なんかちょっと楽しい!

 ゆらゆら上下に揺れるだけなのだけれど、なんとなく楽しい。あと、これ、ついでになんだけど……私の体幹トレーニングにもなるな?

 女性の乗馬は本来横向きに乗るものとされている。貴婦人でも稀にそういう趣味の人が居るが、それらはみんな横乗りである。横向きに乗ることを一般的には女乗りと呼ぶ。貴婦人がスカート、ひいてはドレス姿で乗るのが前提となるため、専用の鞍がないとそもそも成立しないのだが、女乗り、あれは純粋に危険。

 そもそもなんで横向き乗りイコール女乗りとされたのかというと、肌を見せないようにするため。

 女性はスカートを履くものなので、跨ると捲れてしまう。足首からくるぶしまで丸見え。ドロワーズやパニエがモロ見え。

 なので、貴婦人がそんな風にあられもない格好晒して馬でうろつくのはよろしくないということで、じゃあ足揃えて乗りましょうとなった訳だが……物理法則として、まあ落ちる。ボロボロ落ちる。

 横向きに乗るなんてバランス安定しないに決まっているし、跨る方がよっぽど楽。安全。

 故に、普通に女乗りすると滑り落ちやすいため、滑り落ち防止のため、片脚を固定できるタイプの鞍がこの世には存在している訳だが、それでも、バランスは取りにくいし、脚の形に合わせて個人の体格でオーダーするため、鞍の貸し借りが不可能。

 加えて言うのなら……専用の女乗り用の鞍を使用したところで、緊急時に馬を頑張って走らせるのは危険。

 落馬とは死の危険でもあるし、そういう理由があるから女性の乗馬は余り良い顔をされない。少なくとも、家族からは「やめなさい」と言われるものなのである。

 ズボン履けば良いじゃん、という話であるし、実際アルバンは私に対してズボンの乗馬服をオーダーすることで解決している。

 が、世間ではまだ、女性がズボンを履くのはイコール男装。

 ややアブノーマルな趣味と取られても無理はないし、ヒソヒソ噂されるのは必至。

 しかし、この試される大地フリートホーフ辺境伯領でそんなこと言っていられないので、安全性と利便性に極振りして、私やニーナは堂々とズボン履いて、男性と同じやり方で馬に乗っているのである。

 アルバンはリスク管理を優先する家長にして領主なので、危険な女乗りなんて私たちには絶対にさせないだろう。

 結果、私は今、ドレス姿のまま、生まれて初めて女乗りをやっている訳だ。アルバンの筋トレ用の重しとして。

「お、重くないですか? やめましょうか?」

「アハッ、ツェツィーリア様の重さなんて騎士団用の麦袋以下ですから、この際ですし、コンラート卿にもご協力して頂きましょう」

「わ、私も……!?」

 ああっ、ハインリヒさんに騎士の礼を取られて、コンラートさんが戸惑い驚きつつもやや乙女チックなポーズに!

 これ、やっぱりコンラートさん、ハインリヒさんのファンなんだな?

 前々から騎士マニアっぽい発言があったし、各地の有力騎士を暗記してるタイプと見た。たまに、というか結構な割合で居るよね、そういう人。

 ハインリヒさんの突き刺さる輝きもコンラートさんにとってはファンサにしかならないらしく、少年みたいな顔をして頷いてしまっている。

「では、コンラート卿とツェツィーリア様も退屈でしょうし、オレはニーナとちょっと試合やってますね〜。それか、式典用の演武でも良いですが、希望はありますか?」

 おぉ、なんという、なんという抜け目のなさ。ハインリヒさんは騎士の中でも更に大人気、超有名騎士なのでファンサにも慣れている。コンラートさんが自分のファンだと見てとって、更に追撃を……!

「演武を……!? 今はもう行われていない、天覧試合の後のエキシビションで、各部門優勝者しか披露できないものを、今ここで……!?」

 あ、はい。やっぱりコンラートさん、マニアだな?

 詳しい。というか、さてはこの人、アカデミー在学時から天覧試合のたびに自力で席取って観戦しに行ってたんだろうな。熱意が違うぜ。

 まんまとコンラートさんがハインリヒさんの術中。赤子の手を捻るかの如くに、常識人である筈のコンラートさんの常識が彼方へと吹っ飛んでいった。

「ぐっ……! クソッ! ハインリヒ……!」

「アハハ! アルバン様はそのままお二人を乗せた状態で落とさず左右交代して指立て伏せ千回!」

 ちょうど千回を終えるタイミングだったらしく、アルバンはギリギリ歯軋りしながらも、軽く「ふんっ!」なんて言って、私たちを落とさないように腕を左右交代してまた指立て伏せ。というか、この親指使った片手での腕立て、指立て伏せって言うのか。知らなかった。人間にこんなこと出来るのか。

 アルバンの肉体的スペックからすると疑わしい所ではあるが、ハインリヒさんは他人にだけ無茶を課すタイプではないため、これ本人もこなしてる可能性が微妙に残るあたり怖すぎる。

 私は貴婦人なので、騎士道ルールによりこのような激しい筋トレは要求されない。貴族の女に生まれていたからセーフ。危ないところだった。二分の一の確率で勝利を勝ち取ったぜ。

 ハインリヒさんはここぞとばかりに演武をフルで披露していた。わぁ、すごい。キレのあるカッコいい動きですね。しかし長い。結構長い。

 コンラートさんは拍手までしていたが、アルバンの歯軋りが強くなるばかり。これ、肉体的にキツいのもあるんだろうけど、ハインリヒさんに対するムカつきが主成分の歯軋りなんだろうなぁ……。

「アルバン様、大丈夫ですか? つらいですか?」

「辛いというか、うん……面倒臭い。疲れるし。この時間無駄じゃない? ってやってる間ずっと思ってる。飽きるし。でも、ツェツィーリアが付き合ってくれるならまあ、悪くはないよ。ハインリヒのことは締め上げたいけど」

「本当に運動が嫌いなんですね……?」

「必要だからやらざるを得ないだけで、退屈だし、良いことなんて一つもない。億劫っていうか。理屈じゃない部分で純粋に嫌いだね。散策とか、現場行って活動するのは目的があるし嫌いじゃないんだけどさ」

 アルバン、さてはこれ、興味のない分野かつ、体を使った単純作業がダメなんだな?

 頭が良すぎて、筋トレの間は脳がヒマになるのが原因では?

「退屈なのが嫌なんですよね? なら、私と頭の中だけでチェスをして遊びませんか?」

「それは良いかも。でも、僕きっと、普通に指すより弱いよ? ツェツィーリアは退屈じゃない?」

「確かに、夫人相手では片手間には無理だろう。私が相手ならどうだろうか?」

「ああ、それは良いね。ツェツィーリアは感想戦でアドバイスしてくれる?」

 と、いうわけで、カオスな状態でアルバンとコンラートさんによるチェス対戦がスタート。双方互いに頭の中にチェス盤を作って指すのだが、序盤の方は慣れていないせいかアルバンもコンラートさんもちょっとしどろもどろ。

 ふふふ、優秀な二人でもチェス盤ないと手こずるんですね、と微笑ましく見守っていたが、すぐに慣れてしまったので、スン……と真顔になってしまった。頭が良いのはカッコよくて素敵なことだが、ここまで器用だとあんまし可愛げはない。

 私はチェスがちょっとだけ得意というのを売りにしてアルバンから高評価を得ているため、簡単に追い付かれてしまったら魅力は半減。つまらないアホだと見做されたらこの幸せな結婚生活に翳りが生じるのは火を見るより明らかなため、あんまり面白くない展開なのだ。

 それに、なんか、なんか二人とも、前より強くなっていませんか……!?

 やばい。

 追い付かれる。

 い、嫌だ。

 私はまだ、単なるゲームとはいえ賢くて強くて優しいアルバンから尊敬され尊重され愛されていたいんだ!

 わ、わ、私も、今度からこっそり練習とか研究とかおさらいとかしておこう。そうしよう。

「ツェツィーリアさま、見て。ニーナも出来る! 応援して……!」

 ニーナがアルバンの横に来て、背中にミトンを乗せて指立て伏せ。

 つ、強い……!

「ニーナは強いんですね。でも、くれぐれも体を壊さないようにしてくださいね……?」

「ああ。勿論だ。ツェツィーリアさまを守れなくなったら困るから、絶対に故障しないぐらいに頑張る!」

「アハ! なんかアルバン様もやる気出たみたいですし、オレも筋トレに入りますね〜」

「すみませんハインリヒさん。俄に居心地が悪いので重し役を辞めたいのですが」

 三人並んで頑張って筋トレしてる所でアルバンの文字通りお荷物になり続けられるほどには神経が太くない。

 とりあえず、コンラートさんと共に背中から降りて、芝生の上にピクニック用の絨毯敷いて貰って脳内チェス続行。

 結果としてはコンラートさんの勝利。

 感想戦のあたりで、ハインリヒさんが指定したアルバンの筋トレメニューが終了。

「やっぱりコンラートは強いから、トレーニングしながらだとどうしても見落としちゃうなぁ」

「ああ。実質君の勝利だと見て間違いないだろう。しかし、新しい戦術を幾つか習得したので……夫人、一局お相手願えませんか?」

「はい。良いですよ」

「じゃあチェスルームで続行かな? 僕は一旦着替えてくるよ」

「アハ、アルバン様、着替えるのは良いですけど、それならツェツィーリア様とコンラート卿の対局中はずっと空気椅子でいってくださいね!」

「………わかった」

 余りにも厳しいトレーニングメニュー。過酷。過酷過ぎる。

 しかしアルバンが渋々でも承諾してるあたり、本気で減量のために必要なメニューなんだろうな。

 その後、チェスルームに移動してコンラートさんと遊んで、アルバンの空気椅子も終了。他に仕事もあるから今日のところは寝る前に腹筋五百回二セットやったら良いですよ〜というハインリヒさんのお許しが出た。厳しい。

「じゃ、どうせだし、コンラートとモニカ夫人も僕たちと一緒に王都に行こうよ。ほぼ全貴族が参加だから、どこの宿屋も取るのが難しいだろうし、渋滞も酷いだろうからね。空路で行こう。それなら半日くらいで到着するし」

「空路で……有難い申し出だが、魔力量としても、私が運転を交代出来る自信はないな」

「いや、いいよいいよ。コンラートは御者席に座って、僕の話し相手になってくれれば。道中僕はヒマになるし、ひょっとしたら空飛んでる間に危険種と遭遇する可能性もあるから、周囲を警戒してくれるだけでも有難いよ」

「成程。そういうことなら……言葉に甘えても良いかい?」

「うんうん。どうせだし、初日は王都にある僕たちの家に泊まるのでも良いし。国立劇場が近いから、空き時間に観劇にも行けるよ。コンラート、確か観劇も趣味だったよね?」

「ああ。だが、どちらかというとモニカの趣味だな。私は付き合い程度で」

「でしたら、モニカさんの予定が空いている時に、私とニーナが劇場にお連れするのはいかがでしょう? ボックス席なら護衛もニーナだけで済むでしょうし」

 正直、演劇にはそこまで興味がないのだが、私たち夫婦はラヴェンデル家のお二人に散々お世話になっているので、ちょこちょこ恩返し、やっていきたい。

 というか、ラヴェンデル伯爵家は陞爵する前からお金持ちでセンス抜群なので、お金以外の部分でどうにか補っていけるなら、そのチャンスを逃したくない。

 それに……実は、私は領地に引き篭もって育ったので、ちゃんとした劇場で演劇というものを見たことがない。都会暮らしの貴婦人令嬢などは足繁く通うものであるらしいが、ここらで教養として、最低限、観劇に関する知識を仕入れておきたいという気持ちがある。

 フリートホーフは辺境伯領。言い訳のしようがないくらいの田舎だが、私が芸術方面に無知なせいでアルバンが田舎者と馬鹿にされたら居た堪れない。ここはモニカさんにレクチャーして貰おう。

 視線でアルバンに「モニカさんと観劇するために良いお席の確保してください」と訴えたら、頷いてくれた。優しい。好き。

「辺境伯家の肩書きがあれば、三大公爵家と被らない限り、貴賓席のチケットが取れる。今頃バイルシュミット家もコルネリウス家も大忙しだろうし、アッヘンバッハは今、ガブリエラ嬢が留学中。今回の件で一時帰国するだろうけど、そこと被らなければ大丈夫だと思う」

 あ、コンラートさんがちょっと、ウズウズしてる。野心家だし、これは寧ろ、ガブリエラさんとのコネも欲しいなと考えているのかな?

 アッヘンバッハの後継は実質ガブリエラさん。アルバンの実妹。お婿さんを迎えることが決定しているけれど、あそこのお家は女性であっても直系跡継ぎ至上主義だから、ガブリエラさんは社交における重要人物。

 またしてもアルバンとアイコンタクト。

 コンラートさんはやり手だが、ラヴェンデル家はしっかりした貴族。陞爵したばかりの伯爵家なので上位貴族とのコネが欲しい。

 対して、ガブリエラさんは押しも押されもせぬアッヘンバッハ公爵家。身分と資産と地位がある。が、まだ若年だし勉強中。ガブリエラさん個人としては持っているコネというカードがまだ少ない。

 これは仲介するだけしても良いパターン。

「ガブリエラは僕の実妹なんだ。ツェツィーリアとも仲が良い。ひょっとしたら、モニカ夫人の観劇に来たいって言い出すかも知れないんだけど、良いかな?」

「ああ、モニカなら良いと言うと思うが……帰ったらすぐ確認しよう」

 交渉成立。

 アルバンとコンラートさんで硬く握手。

 うぅん、なるほど。社交ってこういう感じで広がっていくんだな。結婚するまで社交という社交にやる気が皆無だったせいで知らなかった。

 そういうやり取りがあって、翌日にはモニカさんから「観劇を楽しみにしております」というお返事が来た。まあ、ガブリエラさんが一番身分が高いのだし、ガブリエラさん次第の仮約束ではあるのだけれど、双方にとって悪い話ではないはずだ。

 ……と、いうか、モニカさん、これ純粋に観劇が好きなんだな?

 なんか、手紙に「王太子殿下の結婚記念式典の数日後はちょうど、この演目の千秋楽と、あの演目の初日で」みたいなことまで書かれていた。

 モニカさんはコンラートさんと共に、王都の邸宅でご卒業まで暮らした都内的な貴婦人。流石に詳しいぜ……!

 と、いう訳で、アルバンに頼んで貴賓席の枠取って貰って、ニーナに泣き付き「貴婦人令嬢の観劇女子会コーデ」を作って貰うなどする。

 よ、予定が多い。予定が多いし、服も多いよぉ……!

 やや泣きそうになりながらも、あっという間に二週間。

 混雑しそうだし、王都入りは直前でいいよね、とラヴェンデル夫妻とも話し合い、結婚式前日に前乗りすることに決めていたのだが……出発する日の朝、私は日の出と同時に絶望していた。

「せっ、せ、生理になっちゃった〜〜!」

 出血ダバダバ。

 産後、止まっていた生理がこのタイミングで再開。明日は式典にフルセットのドレスで参加。途中退場不可。まだ授乳中だし来ないと思って油断していた。何の対策もしていないまま出発直前。

 ぜ、絶望しかないのだが……!?

 


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