【164】冒険者たちの休日
オラシオとイシドロは共にB級冒険者。
西の国こと、ベスティア王国のダンジョン都市で活動していたが、仕事にあぶれて資金難。
そこに、隣国クライノート王国で火竜討伐が成されたというニュースが舞い込んできた。
詳しく話を聞いてみると、件の火竜、個体識別名称ジルニトラが討伐されたのはクライノート王国の北部。山脈にほど近い地であるらしい。
加えて、件の途中、フリートホーフ辺境伯領は常に、バイコーンやヒッポグリフ、キマイラなど名だたる魔獣の宝庫だという。
ダンジョンでも深部にしか出没しないような魔獣が地上を闊歩していると聞いて、そこであれば仕事もあるのでは? と経済的にカツカツになったオラシオとイシドロは考えた。
馴染みのキャラバンを拝み倒し、交通費を浮かして、ラクダを乗り継ぎクライノート王国へ。
入国審査では堂々と「旅行者で〜す」とシレッと嘘を吐いて入国。
そこから、歩きで節約生活を続けつつも北上し、フリートホーフ領に入ったところで、とうとう路銀が尽きた。
そこに来て、近くの森でキマイラ出没の報。
ここはいっちょ、キマイラを仕留めて稼ぐぜ、と二人は気合を入れて現場に向かったが……と、いうのが二人のあらすじだった。
オラシオもイシドロも、一人でキマイラに対峙してもすぐには死なないので、見付けたら笛吹いて合図な、と打ち合わせして、ガサゴソ森に入っていった先で、オラシオは血に染まった手の大男と、頬に血を散らして、その大男の顔色を伺うような様子の美女を見て勘違いをした。
で、結果としては、その二人はなんとこの辺境伯領の領主夫妻だし、肝心のキマイラはやたら強い少女に仕留められているし……なんなら騎士の警告を無視して現場に踏み込んだせいで罰金払えよと脅されて……情報くれよということで、なんでか辺境伯邸なんてお貴族様のお屋敷に勾留されて、歓待を受けることになった。
白銀の辺境伯は変人だった。
ダンジョン内部のことを知りたがる。やたらと魔獣に詳しい。それでいて、強い弱いで魔獣を判断していない。スライムなんていう、普通の冒険者なら気にも留めないような魔獣に興味を示して、根掘り葉掘り知ろうとする。
メモまで取って、目を爛々と輝かせて。
武人というよりは、学者に近い印象。
だが、対峙した瞬間に分かる。
あれは尋常な生き物ではない。
それはオラシオとイシドロに共通した意見だった。
オラシオを魔法で圧倒したあの手腕。辺境伯は一歩も動かずにオラシオから魔法の制御を奪い、制圧した。
「ありゃバケモノだよねぇ。オジサン、見てるだけで肝が冷えたよ」
「白銀なんつーモン、なんぼのもんじゃい、っつー気持ちだったんだけどなぁ。ありゃ無理だわ。神の子どころじゃあねぇ。人の枠組みが出てやがる」
「でも人間臭いのがなんかねぇ。アレだよねぇ。奥さん大好きで暗いのがこう……ドラゴンスレイヤーらしくないっていうか。底知れないよね。まぁ……竜を単騎で殺せるほど強いなら、他はもう、どうでも良いのかも知れないケド」
雑談しながら夜の街へ。
フリートホーフ辺境伯領は春先でもまだ夜は凍えるほど寒い。だが、この街は温泉地でもあって、先ほどオラシオとイシドロも、豪華絢爛な辺境伯邸の大浴場を利用した。
二人してその規模、贅沢さに顎が外れるかと思うほど驚愕したが、貸し切り状態の広い風呂に飛び込む形で満喫した。ゆっくり湯に浸かって体をほぐした後、上がってみれば、綺麗に洗濯されて乾かされた自分たちの衣類一式が揃っていた。
なんでも、洗ってのち風魔法と火魔法をわざわざ使って乾燥させたらしい。この短時間でと驚いたが、すかさずシトラスウォーターまで出てくるのだから、まさしく至れり尽せりだった。
「この国の貴族ってのはみんなこうなのか?」
「いやぁ、わかんないケド……あの領主サマが変人なのと、奥さんが天然ぽいのを加味すべきじゃない?」
西の国の貴族は傲慢で横柄なのがデフォルト。
冒険者が近寄ると顔を顰めて、悪臭がすると言わんばかりに口元にハンカチを当てたりなんかするほど感じが悪い。のみならず、酷いと貴族という身分を傘に着て、依頼料を踏み倒すことすらある程だ。
午後のお茶も、やたらとサンドイッチやスコーン、ケーキなんかが出て豪華だった。
が、いかにも高級そうなカップや食器を前に、イシドロは内心で「頼むから割るんじゃないぞ〜?」とドキドキハラハラ祈っていた程である。
物怖じしない気質のオラシオは「晩メシも屋敷で貰えば良いんじゃねーの?」と言ったが、イシドロが反対した。
あの変な領主夫妻なら、冒険者二人をお貴族様的な晩餐にご招待しかねないと思ったからだ。確かに飯は美味いのだろうが、食べながらずっとスライムのことで質問責めされたら堪らない。
外で食べるから、と断って、二人で夜の街に繰り出したのだがーー。
「すげぇな。どこで何食っても美味ェわ」
大修食堂から屋台に至るまで、何を飲み食いしても美味い。やたらと美味い。
おまけに、地元民曰く「あー、ニイちゃん達、あの店に行っちまったのか。チーズが美味くねぇんだよな」などと言われる始末。オラシオとイシドロにとってはその店だって充分美味かったが、地元民おすすめの店で似たような料理を食べると、確かに味が段違いだった。
「すごいねぇ。ワインもウイスキーもシードルも、何飲んでも美味い。ビールも最高! あ、おねーさん、ソーセージ盛り合わせ追加ね」
ほろ酔いでご機嫌のイシドロと、飲んでも滅多に酔わないほど強いオラシオは乾杯を繰り返し、酒場で上機嫌に飲んでいたところ……。
「おう、ニィちゃんたち、良い飲みっぷりだな! 旅行者かい?」
「おう! ベスティアから来たんだ」
「そいつァ遠くから来たんだな! どうだい、フリートホーフは。良いトコだろう? 王都の奴らは田舎だと馬鹿にするが、食い物の美味さならここが一番だ!」
「ああ。何食っても美味くて驚いたぜ」
「わかってんじゃねぇか! ニィちゃんたち、宿は決まってんのかい?」
「いや、実は辺境伯の屋敷に泊まることになってんだ」
と、その一言を放った次の瞬間、酒場が水を打ったように静まり返った。
オラシオとイシドロは内心「やっちまったか?」と思った。
西の国では稀によくある事例なのだが、貴族にやたら良い待遇でもてなされてみたら、その貴族が領民から蛇蝎の如く嫌われていて、ついでにその貴族に雇われた冒険者まで嫌われる、というパターンだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。そういうことは、往々にしてあるもので。
「あ、あんたら……領主様の屋敷に泊まってんのかい?」
「ああ。そうだが」
帰ってくれ! と店を追い出される流れだな〜、とオラシオとイシドロは覚悟したのだが、次に溢れたのは、歓声と感嘆だった。
「ご領主様にお招きされたって!?」
「そんなら、こっちを食ってくれ! この店で一番美味いハムだ!」
「一番良い酒を持ってこい! 俺が奢る!」
「いや、ここは俺が!」
「あたしちょっと隣行って焼きたてのパン買ってくるよ!」
「待て待て! ここは俺の店だぞ? 店のおごりだ。なんでも、思う存分食ってってくれ!」
「ご領主様に招かれたんでしょ? 奥様にもお会いしたの?」
「話を聞かせてくれ。ご領主様の客なら俺たちの客だ」
領主アルバン・フリートホーフと、その妻ツェツィーリアの名前は絶大だった。
店にいる誰もが、辺境伯夫妻の話を聞きたがった。領主様のお客さまなら、ということで、住民誰もが大歓迎。全員ニコニコ愛想が良くて、あからさまに優しくなった。
座っているだけで、フリートホーフ領自慢の美味いものがズンドコ運ばれてきて、酒も全部タダ。
領主様がみんな大好き。
領主夫人こと奥様はもっと大好き。
ここまで領民から愛され信頼されている領主というものを、オラシオもイシドロも初めて見た。
「領主様は立派な方だ」
どの領民も口を揃えてそう言う。
初めは、きっとドラゴンスレイヤーだからな、と思っていたのだが、聞いてみると、それは主たる理由ではなかった。
領地内を常に見て周り、農作物の生育状況、領民の経済状況、各地の工事に災害対策。魔獣の対策、社会保障、福祉まで全てをコツコツコツコツ、丁寧に真面目にこなし、日々の細かな積み重ねで勝ち取った、それは揺るぎない信頼だった。
役人の不正を許さず、盗賊の悪逆を許さず、時に苛烈ではあったが、理不尽な刑罰を嫌う。悪人へは厳しいが、貧しい者にはかなり甘い。職を与え償いの機会を与え、そこには理想的な領主の姿があった。
「奥様は素晴らしいお方だ」
嫁いですぐにミルメコレオの大群を相手に、城から逃げださず、火竜が出てもその場に留まり避難民を保護した。
「俺の従兄弟がその場に居たんだが、話によると、奥様は雪のように真っ白な頬を煤で汚しながら働いておられたそうだ」
「あの怖い顔のご領主様の、内面を見て下さる慧眼! まさかあんな素晴らしい奥様が来て下さるなんて」
「領主様があのカクトゥスの野郎に冤罪着せられた時も、騎士団と共に火竜の首を伴って王宮に乗り込んだ! ご領主様は兄弟同然に育った王太子殿下のために討伐を隠しておられたんだが……その忠誠心が認められ、見事無実を証明された!」
「よそじゃ、女だてらに勇しく恐ろしい方だと思われてるようだがね、穏やかで感じの良い方だよ。子供の差し出す花を笑顔で受け取られる」
「姪が辺境伯邸でメイドをやってるが、奥様が来てから屋敷が明るくなったってさ」
辺境伯夫妻の武勇伝となると、大盛り上がり。
盛大な歓迎を受けて、イシドロは「オジサン、老後はここに住もっかな〜?」などと言い出す始末だった。
驚いたのは、ごくごく普通の町娘が夜に一人で出歩いていること。
夜に女が一人歩きするのはベスティア王国でも珍しくないが、しかし、夜に一人で歩ける女は限られている。それは強く実力がある冒険者の女のみで、それだって、油断して囲まれればなす術がない。その危険を承知の上で、賊に負けない強い女しか出歩いていないのだ。
もちろん、男女混合のグループの場合だってあるが、しかし、女の一人歩き、というのはやはり特別なことなのだ。
なんなら、ベスティアでは場所によるが、男だって一人では歩くのが危険なエリアがそれなりに存在しているくらいだし、物怖じしない性格のオラシオでさえ近寄りたくない場所はあるものなのだが……この土地では、というか、この街では少なくとも、そんな場所は存在していないようだった。
巡回する騎士が居るし、そこここに兵士が配置されている。酔客が揉め事を起こせば速やかに兵士が対処していた。
ここまで安全で、かつ完成された街というものを、オラシオもイシドロも初めて見た。
ごくごく普通の、護身術なんてものはひとつも身に付けていないだろう若い娘が、一人で、或いは女同士で酒場に遊びに来ているのだ。
「お嬢さん、俺の恋人にならねぇか?」
すかさずナンパを始めたが、娘たちはあははと笑っているし、オラシオを警戒する様子がない。
この国に入ってから感じていたことだが、ここの女たちは余りにも警戒心が薄い、というのがオラシオの正直な感想だった。ベスティアは弱味を見せれば痛い目を見るのは当たり前だが、ここでは「女は男が守るもの」という意識が強いようで、更に言うと「女は男を立てなくてはならない」というルールが存在しているらしかった。
娘たちは風貌が整った、異国の槍使いであるオラシオの話を興味深く聞いて、一緒に飲み食いをして、最後には「でも、恋人にはなれないわ」と丁寧にお断りをした。
「この国は美人しか居ねぇのか?」
言ったら娘たちに大笑いされたが、オラシオは気が付いた。
もしかして、毎日良いモン食ってるから健康で美しいってことか!?
ベスティアにも美味いものは多々あるが、しかし、人口に対して食料自給率が高いとは言い難い。特に穀物に関しては輸入に頼っている部分が多く、輸送時間の関係で風味が今一つなパンが多かったりもする。
ダンジョン探索と冒険者という産業が大きくなった理由もそれが一因だ。ダンジョンの中には魔獣が居る。それはつまり、裏を返せば肥育のコストを必要としない食肉が調達可能ということでもあるからだ。
食堂の値段に関しては、ベスティアとクライノートにはほぼブレがない。ただし、同じ値段でも出てくるものが違う。クライノートの方が質が良い。なんなら、フリートホーフ辺境伯領に入った途端、同じ値段で食事を頼もうとすると、ベスティアより数段質が良く豪華な料理が出てきて驚いた。食べ物が兎に角安い。おまけに何を食っても美味い。
安い、美味いと思っていたが……食品以外のものは全て、ベスティアよりクライノートの方が高かった。宿代も高く、消耗品も高い。
が、オラシオは気が付いてしまった。
ベスティア、食い物が高すぎねぇか……!?
貨幣価値として、ベスティアとクライノートでは、クライノートの方が高い。これは敗戦国と戦勝国、不景気と好景気の差でもあるのだが、しかし、それを踏まえた上でも食品の価格がほぼ変わらないというのはつまり……国としてベスティアが貧しい、ということなのだ。
「え〜? 税金、幾らぐらい?」
「あ〜、フリートホーフじゃ、農民や漁師が優遇されてるから、農作物で納めるなら一割。金で納めるなら収入に応じてだ。俺は家具職人なんだが、去年の年収に対して、納めた金額は大体まぁ……このぐらいだな」
自分の国、ヤバいかも知れない、と思って冷静になったオラシオが戻ると、イシドロは地元民からフリートホーフの税金が幾らぐらいになるのかを深掘りして聞いていた。
マジだ。
オッサン、マジで老後をここで過ごせるか考え始めてやがる。
ゆる〜い感じで聞いてはいるが、目がマジだ。
ついでにオラシオも税金について聞いてはみたが、安くはなかった。
「まあ国内でも、フリートホーフの税は安くはないよ。農民なんかは安いがね。だが、魔獣が出ても災害があっても、必ず騎士団に助けて貰える。領主様は暴利を貪るような方ではないから、普通に暮らしていれば不自由はないさ」
と、いう地元民の言葉を聞いて、散々タダで飲み食いして腹一杯になったし、そろそろ夜も更けてきたから屋敷に戻らないと、使用人がいつまでも寝れないだろうからと退店したのだが……。
「税金ってこのために納めてんだな」
「あ〜、ね。まぁ、ベスティアじゃ謎にどっかに消えてってるケドね」
ベスティアの貴族は腐敗しているので、税金が高くても領地に還元されない。
お陰で、貴族はやたらと威張ってリッチな暮らしをしているが、一部の成功した商人や冒険者以外は、みんなカツカツの貧乏暮らしをしている。
貧乏生活から一発逆転を狙って冒険者に、という人間はかなり多いため、それもあって冒険者人口が増えているというのも原因だった。
「若い女の子が夜に出歩いてんの、ほんとビックリだよね〜。あっちじゃ考えらんないわ。この街なら酔い潰れて路上で寝てても殺されなさそう」
「マジでそれ。領主が好かれてんの俺、初めて見たわ」
「あ〜、ない訳じゃないけど、ここまでってのは珍しいね。ともあれ、お前さんに良い領主ってモンを見せられて良かったよ」
帰り道、ポン、とイシドロがオラシオの頭に手を置く。
イシドロはオラシオの相棒だが、師匠でもある。
オラシオの両親は冒険者で、家族三人でダンジョンに潜っていた。腕は悪くなかったが、簡単な採集の依頼をこなす際に大型の危険種に遭遇し、両親は死亡した。
当時のオラシオはまだ子供だったので、ダンジョンの岩場の隙間に身を隠して魔獣の牙から逃れることが出来た。そこにたまたま通り掛かったのがイシドロで、魔獣に食われながらも息子を頼むと懇願する両親の頼みを聞き、オラシオを地上に連れ帰った。そこから、成り行きでイシドロがオラシオの面倒を見ることになり……本人がダンジョンに潜って金を稼ぐと言って聞かなかったので、仕方なく槍術を教えることになり……たまたま才があったのでそのうち相棒となり……今に至る。
ベスティアは二百年前の戦争で敗戦して以来、多額の賠償金の支払いに加えて、政治の腐敗が激しく、立て直しを図れていない。故に、オラシオは生まれてこのかた、安定した国というものを見たことがなかった。イシドロも同じと言えば同じだが、こちらは若い頃に国外でも何度か仕事を請け負ったことがあったので、それなりの知識があった。
なので、保護者としてオラシオに外国で、安定した国とまともな貴族というものを見せるのは確かに良い教育ではあるのだが……オラシオ本人は「オッサンうぜぇ〜」とややイラっとしていた。
なにしろ、オラシオは今年で二十二歳。立派な成人男性なので、イシドロの保護者ヅラが鬱陶しいのである。
「お帰りなさいませ」
遅い帰還になってしまったので、最悪、屋敷に入れて貰えないかもな〜、なんて思っていた二人だったが、なんと驚くべきことに、愛想の良いメイドが出迎えて、ランプを手に部屋へと案内してくれた。
ちなみに、到着してから初めて会うメイドだったので、ここでもオラシオはナンパをかましてスピーディーに振られていた。
「こんな遅い時間まで女の子が働いてるの!?」
「私は夜勤担当なんです。他にも、執事や護衛の騎士も居ますよ」
「貴族の屋敷ってのはそうなのか?」
「いいえ。このお屋敷が特別なんです。フリートホーフ辺境伯領は、国内でも最も魔獣の出現が多い土地ですから……何かあった時のために、屋敷の全員が眠ったりはしないのです。人命に関わることですから、一秒でも速く、旦那様が動けるように備えておかなくてはならないのです」
当然のように答えたメイドの言葉に、オラシオもイシドロも驚愕した。
貴族が、魔獣が出たからと、真夜中に叩き起こされて、現場に向かうことがあるのか。
「あの辺境伯閣下、毎度毎度現場まで行くの!?」
「いいえ。場合によります。大半の場合は騎士団が対処しますが、それでも、危険種が出現した場合には旦那様のご裁可が必要となる場面は多いです。いざという時には出撃されると思います。その場合、あとのことに関しては奥様に委任されるので、そうなりますと……旦那様は勿論、奥様の身支度をお手伝いするため、私たちメイドも待機するのが望ましいのです」
そうでなくても、稀に旦那様や奥様が夜中に目が覚めて、お水を欲しいと仰ったりすることもあるので! とニコニコ説明するメイドに対して、イシドロとオラシオはアホの顔で口を半開きにしてぱち、ぱちぱち……と気の抜けた拍手をした。
非戦闘員の筈なのに、覚悟と心構えが極まり過ぎている。
複数人で一つの目標に向かう、それを領地規模で行う。その凄まじさ。
冒険者は個人、多くても十人規模でしか動かない。一つの依頼のために一時的に集まって、それが終われば解散する、というパターンも珍しくはない。個人主義が冒険者の基本であるが故に、集団における緻密な連携というものは、オラシオとイシドロの想像を超える。
その様子を見て、やや戸惑いつつも、年若いメイドは続けた。
「……私ども、辺境伯邸の使用人は、その大半が辺境伯領の出身です。みな、領地のどこかに故郷があり、家族があります。他人事ではないのです。騎士団の皆様の足元にも及びませんが……それでも、私どもは、旦那様、奥様にお仕えすることに誇りを持っているのです」
恭しく頭を下げて、背筋の伸びたメイドは去っていった。
用意された客室は完璧だった。
暖炉には火が灯されており暖かいし、喉が渇いた時のためにコップと水差しが。更には窓辺のテーブルの上には一輪挿しに花まで生けてあった。
清潔な寝巻きまで用意されており、ご用があればこちらでお呼び出しください、と書いたメモを添えて、ベルも置いてあった。
「この家、すっげぇな」
翌朝、温室で朝食をどうぞ、と呼ばれて向かえば、テーブルの上にはベーコンエッグにソーセージ。ポークビーンズにスモークサーモンのサラダにカットフルーツ。焼きたて真っ白な丸パンはまだパチパチと皮が音を立てていたし、それと合わせるためであろう、チーズが二種類。新鮮なフレッシュバターにジャムが苺とオレンジマーマレード。飲み物はお好みで、ミルクかアップルジュースかオレンジジュースかレモネード、或いは紅茶から。複数選択可能。
街の食堂も美味かったが、やはり辺境伯邸の食事はものが違う。
オラシオもイシドロもガツガツ食べていたのだが、途中で家主のアルバンがやって来たので、口の中にものを目一杯詰め込みつつも、二人ともピタッと止まった。
「遠慮なく食べて……いるね」
アルバンはあからさまに「こいつら何をしてるんだ」という顔をしていたが、これは当然の反応である。何故ならば、アルバンは生まれも育ちも良いため、あんまり食に対する執着心がなかった。というか、飢えてさえいなければ、そんなにガツガツ食い溜めしようなどとは思いもしないために、呆れと軽蔑が丸っとそのまま顔に出ていた。
と、そこで、やや同席するのが嫌そうな雰囲気を醸し出しつつも着席したアルバンに対し、オラシオは昨晩見聞きしたことなどを話した。
ついでに、イシドロも便乗して税率についてなどのガチな質問をしたのだが、返答はこうだった。
「まあ、領地に関してはそれなりに頑張ってはいるかな。ツェツィーリアが安心して暮らせるようにするためには、治安良くしないといけないし。治安ってさ、景気の良さと連動するんだよ。金回りが良くないと安全はまず手に入らないからさ」
「所得税ないっていうのがすげぇ衝撃的だった」
「ああ、うちもあるにはあるよ。第三次産業の一部だけだけどね。第一次産業と第二次産業に関しては所得税はないよ。税率に関しては、第一次産業が一番軽くなるように……って、分類分かってない?」
「わかんねぇ」
「いやぁ〜、すいませんね。無学な冒険者なもんで」
「……要するに、農夫や漁師の税金は安くしてるってこと。食べるものがないとみんな飢えて死ぬしかないからね。一番重要な分野が一番しんどいから、優遇しないと、やる人がどんどん居なくなるだろうし」
現在のベスティアはまさにそのルートを辿っていた。
貴族が私腹を肥やすことに熱心で税が高く、農民を優遇しないために、他に選択肢がある環境だった場合、みんな一攫千金を狙って冒険者になってしまう。確かにダンジョンに潜ることで食肉を得られはするが、しかし、穀物はダンジョンで取れないのだ。
「まあ、そんなだから……うちの領で納税額が一番高いのは僕だね。色々やってはいるし、会社も持ってるんだけど、主に商売に関連した仕事だからさ。自分の資産を作りつつ、領地に回す金を工面してるって感じ」
「あんた……領地のために生きてんのか?」
「さっき言った通り、僕はツェツィーリアのために生きているし、彼女が快適かつ安全に暮らせるように働いているだけ。あとは、稼ぐだけ稼いで、贅沢をさせてあげられるだけの余裕は欲しいよね」
「あの奥さん、金のかかるタイプにゃ見えなかったが」
「……君、さては生き物の基本構造を理解してないな?」
「どういうことだよ?」
「多くの生き物はオスがメスに求愛する。ついでに言うと、一部の鳥みたいに一度番になったら死ぬまで一緒に居る生態の生き物も居るけど、人間はくっついたり別れたりするからそうじゃない。メスとオスがそれぞれ、条件に合う相手を選んで成立するだけだから、条件が合わなくなったらすぐ解消される。僕はツェツィーリアとずっと番でいたいから、ずっと求愛行動を続けなくちゃならない」
「あー……なんとなく分かったわ」
「ツェツィーリアは僕が実家の援助をするのを条件に嫁いできてくれたんだ。つまり、僕が求愛しての成婚。元々、彼女が望んだ訳じゃないから……関係維持のためには求愛行動を続ける必要がある。つまり、安全で快適な家と生活圏、それに美味しい食事と、貴婦人に必須のドレスとアクセサリーと化粧品類。趣味のためのものなんかも定期的に、無理なくプレゼントしていきたいよね」
「あんたが悪人なのか善人なのかマジでわかんねぇ〜」
「違法なことはしない悪人かな?」
なんでもないことのように、紅茶を啜りながらシレッとそんなことを言う大貴族を前に、オラシオは俄かに混乱した。常識と前提条件が庶民とは何もかも違う。
「まあ、僕はこんなご面相だからさ、それ意外の部分で努力しなくちゃ、ツェツィーリアを繋ぎ止められないし。もちろん、ツェツィーリアは寛容だから、僕に対して常に好意的だし、今のところ上手くいっている感じかな? ていうかさ、君、確かに顔が良くて強いんだろうけど……誰かれ構わずで声を掛けて手当たり次第に求愛するから成功率が低いんじゃない? 女性ってかなりシビアだよ。言葉ってほら、タダだし。労力としても最安値だからさ……獲物を持って来ないオスなんて見向きもされないよ」
「待て。待て待て待て。じゃあ男は女に貢ぎっぱなしっつーことか?」
「妊娠中の女性には栄養が必要だから、獲物を取って来れる男以外は論外ってことじゃない? 遊びの男にはなれても、結婚相手にはなれないんじゃないかな? 聞くけど、君って、結婚相手を探してるの? それとも恋人が欲しいだけなの?」
「そりゃまあ、結婚してぇよ」
「なら、手当たり次第に声だけ掛けても無理だよ。まず、誰か一人に決めて、しっかり考えて求愛しないと」
愛妻家の超優秀な領主、しかもドラゴンスレイヤーからそんなことを言われて、オラシオはちょっとヨロヨロした。ついでに、今は兎も角、若い頃は割と色々やらかしていたイシドロも言葉が胸にグサグサ突き刺さっていた。なにしろ、イシドロは嫁に逃げられたバツイチおじさんだったので。
「ド、ドラゴンスレイヤーだったら、それだけで女にモテるんじゃねぇのか……?」
「それはない。僕はツェツィーリアにしかモテない」
「クソッ、手柄上げても駄目なのかよっ……!」
キッパリ。澄んだ目でモテないと堂々と言い切るあたり、物凄く潔い。
そんな辺境伯様は、適当な綿のシャツとズボンにミルクティー色のカーディガンという、大変ゆるいダルダルの服装である。格好のゆるさも相俟って、ドラゴンスレイヤーという肩書きと本人とが全く結び付かない。
「で、ダンジョン内にも一部地上に存在するものと同じ植物が自生してるって話なんだけど、ブルーベリーが実ってるって? ブルーベリーは日照時間が長くないと育たない筈なんだけど、ダンジョンという洞窟内でどうして育ってるのかが知りたい。光源は? 水は岩壁から染み出しているとしても、もっと詳しくダンジョン内の環境について……可能なら土壌についても知りたいけど、君たちそこらへん分からないだろうから、なるべく詳しく詳細にーー。」
どっからどう見ても、根暗でマニアックな、たま〜にダンジョンの入り口付近に来て、何やら意味の分からないことをやっている学者連中と人種が同じである。
驚くべきことに、辺境伯でありドラゴンスレイヤーでもあるアルバン・フリートホーフは、一度もドラゴンの討伐を自慢しなかった。
どころか、火竜はどんなだった!? とオラシオが質問しても「体高は約50メートル程度で、火魔法を使う。ブレス攻撃はされたんだけど、その一発だけ見てすぐに仕留めたから、詳しい生態についてはよく分からないんだ」と無味乾燥な内容のみで終了してしまう。
なんとか食い下がって、どんな魔法を使って対処したのかと聞いたが……。
「とりあえず風魔法使って、非燃焼性の空気だけを集めて何枚も防壁にして、熱対策にその空気も低温に冷やして相殺。それからハインリヒ、ウチで一番強い騎士が氷魔法で足留めして、オリハルコンでメッキした巨大な槍を土魔法で形成して動けなくしてからオリハルコンの剣で仕留めた」
魔法の規模がまるで違ったし、次元が違いすぎて意味が分からなかったし、なんなら武術とかに関してがほぼ出て来なかったので、冒険者二人は「あっこれ、人間には基本無理なやつなんだな」ということだけ理解した。




