【163】十四歳の怪物
※ 詳細に書いてはいませんが、性被害についての描写があります。苦手な方は飛ばしてください。
アルバンは驚いて目をまんまるくしていた。
不謹慎ながら、アルバンのこのびっくり顔、大変に愛嬌があるのでずっと見ていたい。意地悪な考えなので決して口にはしないが、私からの怒涛の寄せに対して驚きつつも興味津々です、って感じでジッと見詰めてくれるの、大好き。
うん、やっぱり好きだな?
このコンディションならまあ、何が飛び出してきても大丈夫だろう。多分。きっと。
初めてのことだし、これが正解なのかはよく分からないけど、これきっと、私はアルバンのことを愛しているんだろうな。
好きで大切で、可愛くて格好良くて、特別で、愛おしいと思う。悲しんでほしくない。辛い目に遭ってほしくない。毎日、心身ともに健康でいてほしい。不安なようなら、そんなもの全部なくなってしまえば良いと、無責任に願って祈るような気持ち。
そんな、私の大切な夫が怯えている。
魔法で竜を殺せるくらい、素手で熊を仕留めるくらい強い生き物が、私に嫌われてしまうんじゃないかって。
だから、まずちゃんと伝えよう。
「アルバン様」
「うん?」
「私はあなたを愛しています」
のそのそベッドの上に上がってきてくれたアルバンと、向かい合って座る。
広い天蓋付きのベッドの上で、おままごとをする子供のように手を取って、無防備な表情を見せるアルバンに告げる。
「他に経験がないので、これが世間一般的に言われる愛か否かに関してはよく分かりませんが、でも、私はアルバン様が好きで、一番大切です。なので、あなたがもし、何か不安だったり、心配ごとがあるのなら、その負担が出来るだけ軽くなれば良いのになと思います。その……私は、あなたと一生、一緒に行きたいなと思っているので……もし、何か私にでも出来ることがあるなら、望むことがあるのなら、それを教えてはくれませんか……?」
ゆっくりと、二度のまばたき。
銀色の小さな瞳が潤む。無感情に見えてしまいがちな四白眼は雄弁で、吐き出される微かな息の詰め方で、なんとなくわかる。
私の気持ちはきっと伝わった。
全部じゃないけど、言葉に乗せきれなかった部分のその更に奥の一部までは、届いてくれたんじゃないかな?
なんてことを、そっと、優しく、微かに握り返された手の感触に思った。
「ツェツィーリア」
「はい」
「……抱き締めてくれる?」
「はい。勿論です」
あらよっ。
アルバンのお膝の上にのしっと乗っかって、ぶっとい首に腕を回して、膝立ちになる形で頭を包み込む。体のパーツ、全部が私よりずっと大きい。丸い、形の良い大きくて頑丈そうな頭蓋骨の形を胸に抱いて確かめると、高い鼻先が胸に触れた。
そのまま、犬が飼い主の手に頭を擦り付ける時のような仕草で私の胸に顔を押し付けて、小さな声で「ぁあ」と声を漏らした。
アルバンは怯えたように、触れるか触れないかの加減で私の背中に手を添えて、それがあんまり可哀想だったので……私は現状、この世で一番好きな人の頭をもう少しだけ強く胸に抱いた。
「僕が怖くないの?」
「怖くないですよ。正直、ちょっと引きましたけど、アルバン様なので」
「ふふ。なに、その理由?」
「過去の累積ですね。アルバン様は私にずっと優しいです。嫌なこと、された記憶がほぼ無いので。それに、常に私に対して良いことと、私にとって好ましいことをしてくれるので……アルバン様がどんなに強くっても、私に酷いことはしないと思っていますから」
「君は本当に理性的だね」
「本能的でもありますよ。美味しいものに弱いですし、それに、ええと……アルバン様は男性として魅力的だ、と、思います……。」
照れる。恥ずかしい。
はしたないかも?
でも、事実だし。言っても、それを知ってもアルバンはきっと嫌がらないし、なんなら、きっと、今も私のことが嫌いになったりしていないのなら、喜んでくれんじゃないかな、なんて。
「ツェツィーリアは本当に変わり者だね」
低く小さく、甘くまろく囁いた。
リラックスした、安心した声だ。
よかった。
「恋をしているので」
「僕に?」
「ええ」
「僕もだよ。ツェツィーリア、ずっと君に恋しているんだ。きっとこれからもね。だから、僕にとってこの世で一番恐ろしいのは君を失うこと。その次が、君に嫌われることなんだ。僕のこと、嫌いになっていない?」
「大好きです」
「ありがとう。僕も、君のことが大好きだよ」
ちゅ。ちょっとおずおずした感じでキス。
アルバンからだ。
嬉しい。
お返しに私からもキス。
何回かお互いに交代制でキスの応酬。触れるだけのそれをすると、なんだかちょっと、楽しくなってきてしまう。途中から私がふざけて、自分のターンに二回したりしてたら、どっちが多くキス出来るかなゲーム状態。
もう完全なる戯れ。
身体能力が全く違うので、アルバンにとっては戯れているだけであろう。
最後に、ちゅちゅちゅ、なんて三回も連続でアルバンにキスされて、とうとうクスクス笑ってしまった。
「ツェツィーリア、大事な話があるんだ。僕の秘密、聞いてくれる?」
「はい。教えてくれるんですね?」
「うん。君には話しておいた方が良いと思って。これまで、黙っていてごめんね。僕のこの体と、体質のこと。本当なら、子供を作る前にきちんと説明しておくべきだった」
「子供たちにも影響があることなんですか?」
「分からない。あるかも知れないし、ないかも知れない」
アルバンにも分からないとは、一体どんな案件なのだろう?
い、今更ながら、なんだか嫌な予感がしてきたぜ。
いやこれなんでも私に話してしまいがちなアルバンが敢えて伏せていたってことは、もしかしなくても国家機密レベルでは?
カクトゥス関連のアレコレに関してもアレクサンダー殿下との取り決めも無視して、詳細は伏せていたとはいえ私に対して情報を漏洩させまくって予告してくれていたぐらいだ。妻に隠し事をするぐらいなら王太子殿下との約束をブッチするのがアルバン。それが黙っていたとなると、なんだ、今度は国王陛下のターンか?
しかして私は国家規模のやらかしをした女。
議会に呼び出され国王陛下にも呼び出された身としては、ヘイヘイもう何でもこいやとヤケクソというか開き直りの心境というか、なんならもう喉元過ぎれば熱さを忘れる気質に磨きが掛かって色々麻痺してる自覚はあるのだ。
ばっちこい。
何でも受け止めてやるぜ。
「まず、僕の体について。見て貰った方が早いと思う」
アルバンがチーズを切るために添えられていた小さなナイフを手に取った。
ちょっと離れてねのジェスチャーがあったので、私はお膝から降りて向かい合う感じで座り直す。
何するのかな〜、なんて呑気に構えていたら……アルバン、徐にそのナイフを握り込み、思い切り自分の手のひらに振り下ろした。
「えっ!?!?!?」
なん、な、なんで!?
どうしていきなり自傷行為に及んだ!?
ご乱心か?
「や、ゃ、や、な、ぇ、なん、なんで……?」
「まあ、びっくりするよね……ツェツィーリアもやってみる?」
「すみません理解が、理解が追い付いていないです。えっ、い、痛くないんですか?」
「うん。刺さってないからね」
「は、ゃ、えっ……? 待ってください。え、これ、どういう状態なんですか?」
「あ、そうか。ツェツィーリアは戦闘訓練を受けていないから、僕たちより動体視力が良くないんだったね。そう。こんな感じ。よく見てね」
アルバンの掌の上で、ナイフの刃先が止まっている。
上に向けた掌に対して、垂直に突き立てるように向けられ、力を掛けられたナイフは全く動く気配がない。
「やってみて」
「えぇ……? やりたくないのですが」
「絶対に刃が入らないから」
「それでも、刃物を大切なアルバン様に向けるなんて嫌です。やりたくありません」
「……うーん、降参! 僕の負け! ツェツィーリア、君ってなんて素晴らしいんだ。かわいすぎる。僕がどんなに強くて頑丈で凶悪な人間でも、君には関係ないのか。善良で優しすぎる。そして素晴らしく愛情深い。良妻の鑑だね。ただ、君の美徳は僕なんかに注がれるには余りにも尊いものだってことは覚えておいてね?」
「よく分からないです。私がそういう意味で好きなのはアルバン様だけなので」
「そっか、そっかぁ……! よく分かんないの? じゃあしょうがないね。僕はそれ、物凄く都合が良いから、ツェツィーリア、なるべく長くよく分からないままでいてね?」
「馬鹿にしてます?」
「してない。ただ、僕は君にメロメロになってる」
分かりやすくデレデレになっている。
アルバンの声がだらしない。声からしてもう甘えん坊モード。お世辞にもカッコ良いとは言えない仕上がりと化しているが、これはこれで、私に夢中だってことだろうし……気分が良いぜ。
「話を戻すけど、僕には見ての通り、刃物が通らないんだ。これは小さいナイフだけど、どんなに鍛えた剣でも同じ。ハインリヒに槍で突かれたとしても、刺さることがない」
びっくり仰天の衝撃発言。
紛れもない達人であるはずのハインリヒさんの槍でも通らないってどういうこと?
あ、もしかしてアレか。
白銀は神の子とか言われるけど、神様のご加護があるとかそういう系のアレなのかも知れない。
「今更ですが、アルバン様、本当に人間なんですか? 神様だったりします?」
「人間のつもりではあるけど、怪物かもね。少なくとも、神様ではないよ」
違った。
えっ、神のご加護とかじゃないのか。なんなんだ本当に。というか、私の夫は人間のつもりで生活する魔獣かなんかだったのか?
いや馬鹿な。人間に化ける魔獣なんて聞いたことが……ないけど、魅力的な男女の幻を見せるインキュバスとかって魔獣も存在するらしいし、それ系の何かなのか?
でも、私とアルバンは愛し合って合意の末に、製造方法が異なるとはいえ可愛い三人の子供ももうけている訳で。
優しい夫も子供たちもこのお屋敷も、私の見ている幻覚とかじゃないよね?
こ、怖くなってきた……!
「アルバン様にも、アルバン様がなんなのか、よく分からないんですか?」
「そう。僕にも分からない。まあ、大枠は知ってるけど、研究段階だね。同じ条件を満たす人が他に居たら比較検証が可能になるけど、現状、そんな人は居ないし……記録を取っておくだけに留まるだろうね」
「大枠ってなんですか?」
「神話」
「しっ……!?」
想定外のスケールのデカさ。
国王陛下でも国家機密でも持ってこい! なんて粋がっていた数秒前の自分の頭をひっぱたきたい。そんなチャチなもんじゃなかった。人智の及ばぬ神の領域とは恐れ入るぜ。
でも、分かったことはある。
神話で、刃物が通らないときたら……まあ、思い当たるのはアレしかない。
「竜の血を浴びた英雄が、傷の付かない体になった、という伝承は知っています。ですが、アルバン様は魔法で討伐していましたし、血など浴びていないですよね? なら、討伐したことそのものが原因、なのでしょうか……?」
私が知らない所でそんな悩みを抱えていたのか。さぞ不安で怖かっただろうに。
ーーなんて、思っていたのだけど。
「いいや、それは違うよ」
アルバンは静かに首を振った。
「君の推論、仮説の立て方は正しい。ただ、前提情報が足りない。ごく一部の古代文献にしか記されてはいないけど、より正確には“竜の逆鱗から流れる血を浴びて、英雄は傷の付かない体になった”というものなんだ」
「えっ、でも……。」
私は確かに見たのだ。
風魔法を使って炎のブレスを無効化して、土魔法を使って火竜を仕留めるアルバンの姿を、この目で。
いや、でも、待って。
もしかして。
ひょっとして。
息を吸って、吐いて、また吸った。
ハッとしてアルバンを見ると、静かに頷いた。
「竜を殺した。君と結婚する前、今から十二年前に」
「……!」
話には聞いていた。
アルバンの顔の傷が付いた原因について。狩りに行って、それで、火竜の幼体が出て、一生残る傷を負ったこと。
護衛役だったグスタフさんに庇われてなんとか生き残ったこと。その時に、護衛の多くがアルバンのために命を落としたこと。
なんとか助かった、と、アルバンは言っていたし、それはきっと嘘ではないのだろうけど、決定的な情報が、欠けていたのだ。
「顔に傷を負った。僕はまだどうしようもなく子供で、臆病で、腰抜けだった」
それから、アルバンは静かに語り始めた。
この世はクソだ。
一日でも早くこの肉体が壊れて死んで腐って崩れて、誰にも顧みられず誰にも脅かされず、誰の記憶からも消えてしまえば良い。
あの女は弱かった。
薬で跳ね除けられなかった。
痺れた腕では無理だった。魔法でどうにかは出来ただろうけど、殺せなかった。殺しておけばよかった。あんな穢らしい行為、おぞましいこと、あの女の血と命なんて顧みなければ良かった。
臆したのは僕だ。
分かっている。僕の方が身分だって高い。
王宮管理官は「いかがでしたか?」と聞いた。
聞かれた瞬間に拳を振りかぶっていた。
馬乗りになって顔を殴った。何度も何度も何度も。人の鼻の骨を折る感触は気色が悪い。人間の体温は気色が悪い。ぬるつく血の臭いが不愉快で仕方ない。最悪だ。死んでくれ。一刻も早く。消えろ消えろ消えろ。
折れた歯が手に刺さった。僕の手の骨も砕けていた。そんなものは関係なかった。僕の体は汚い。汚い。汚い。
アレクサンダーが止めるのも鬱陶しかった。
放っておいてくれと叫ぶ気力もなかった。ただ気の狂った獣のように殴っていた。暴力の快感だけが、快楽だけが不快さと憤りを緩和させた。思考が纏まらない。なのに、アレクサンダーやアロイスや、シャルロッテやディートリンデを殴ることは出来なかった。
結局のところ、僕は中途半端だった。
理性を手放したいのに、もう狂ってしまいたいのに、手放すことが出来ない。
誰も彼も死んじまえ、くたばれ、そう願っていても、殺せない。頭を掻きむしって悪夢を見て叫びながら目覚めるだけ。大規模に魔法を展開すれば世界なんて、王城から見渡せる範囲なんて簡単に更地に出来るのに、僕は出来なかった。そんな度胸はどこにもなくて、起きている間は死んだように浅い息をしていた。
目の下の隈が取れなくなった。
女という女が気色悪いと思って、女官に不意に近寄られるとその手を振り払うようになった。
僕は壊れた。
僕の頭は壊れた。
ただ、雇った人間から、グリンマー領に住むツェツィーリアの日常を聞くことだけが慰安だった。
ツェツィーリア・グリンマー。
僕の好きな人。
彼女の日常は平坦で他愛無い。本を読んでチェスで遊び、時にはミニチュアの戦場を作って庭で遊び、ボート遊びをする。彼女がボート遊びの途中で池に落ちたと聞いた時には、申し訳ないけど少し笑ってしまった。
幸いなことに、僕の好きになった女の子は魔力無しの黒髪で、それが故に縁談とか婚約とかとは無縁で、本人も恋愛に興味がなさそうで……彼女は、僕にとって「女」ではなく、どこまでも無垢で無邪気な「女の子」だった。
真実はともあれ、僕にとってのツェツィーリアはあんな穢らわしい行為とは無縁の清潔な存在で、その事実がひたすら嬉しかった。
だけど、僕は覚えたての猿みたいなどうしようもない男でしかなくて、自分の性欲を持て余した。あの女によって、それまでただ、何も知らないツェツィーリアを想って自分勝手な妄想をして終わったのが、吐き気がセットになった。僕はツェツィーリアと、彼女と、いつか結婚してそれがしたかった。だけど、それって、僕があの女にされたのと同じことだ。
僕はツェツィーリアを穢したかった。
自分の汚さに耐えられない。
今すぐに首を吊って死んだ方が良かった。
魔法としても、身分としても、僕は彼女に無理強いが出来てしまう。簡単だ。今すぐにでも王宮管理官に「ツェツィーリア・グリンマーが欲しい」とさえ言えば良い。彼女は拒否出来ない。逃げられない。そうすれば、ツェツィーリアを犠牲にすれば僕は救われる。他の女を宛てがわれなくて済む。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
そんなことをしてはならない。
絶対にだ。
そんなのは敗北と同義だ。
あいつらや、あの女に膝を着いて負け犬として人生を送るなんて真っ平だ。
そんな惨めな生き物、彼女が相手にする訳ないだろう。
魔法が使えないのに、ナイフを持って暴漢に立ち向かっていくような、そんな、女の子が、不本意に僕の元に寄越されて、何もしない訳がないだろう。
でも、もしも無理矢理犯したら、ツェツィーリアは僕を殺してくれるかな?
酷く魅力的な発想で、誘惑に等しい考えで、妄想だった。でも、そんなことになれば、ツェツィーリアは断頭台に送られる。
白銀殺しとなったら子爵令嬢の尊厳なんて守られないだろう。石を投げられる彼女なんて、そんなの、あって良い筈がない。間違っている。僕が楽になれても、ツェツィーリアが、あの子が酷い目に遭ってはならない。絶対に。僕はその世界を認めない。断じて。
我慢しろ。耐えろ。
僕はあの子を好きに出来てしまうんだぞ!
回らない思考で、睡眠不足の頭で、何日も何日も考えた。
果てしなく長い地獄のような時間だった。
今すぐ救われたくて、何度、ツェツィーリアを呼び付けようかと思ったか知れない。
考えて、考えて、考え続けて……。
馬鹿になってしまった僕は、馬鹿なりに結論を出した。
「あぁ……僕が子供だからいけないのか」
あなたはまだ未熟だから教えてあげます。
大丈夫、心配しないで。
よく慣れた女を寄越します。
気に入らなければ別な者を手配します。
つまり、それって、僕を舐めてるってことだ。
神童とはいえ、賢くっても、所詮はまだものの道理の分からない子供だから。幼いから。きっと簡単に懐柔出来る、そう思われてるんだ。
公爵家の令息で、白銀で、王宮住まい。立場としては僕は限りなく王族に、王子に近い。扱われ方も現状、アレクサンダーやアロイスと一緒だ。
過去の王子たちがいつから自立したのか、大人として扱われたのかを思い返した。
行政、福祉、討伐、立法……つまりは実績が必要だった。実績があれば、影響力が発生する。僕は研究一辺倒で、そっちの実績も少しはあったが、まだ足りない。
手っ取り早いのは、討伐だった。
武力は面倒だけど、分かりやすい実績作りの手段だった。
誰だって武力を持った人間と対峙する時には身構える。その気になったら簡単に自分を殺せる人間を侮る馬鹿はそう居ない。
政治関連はそもそも、長期的に信頼関係を構築して話を聞いて貰うところから始めて議論と検討の末に実績になる。その実績も、一人では成り立たない。既に僕は議会にも意見を提出はしているが、通るにはまだ時間がかかる。それだって、僕の名前が筆頭に出るかどうかは分からない。
人を食らう魔獣を仕留めよう。
僕の研究分野とも被る。種族、特徴、生態……書物で得た知識は全て頭に入っている。魔力も潤沢、魔法も得意だ。大丈夫。上手くやれる。
きっと、上手くやるさ……。
半ば強引に許可を取った。
国王陛下も王妃殿下も、心配する言葉をくれたが、止めようとしなかった。最後に何か言いたげにして、それでも沈黙した。
せめて、と、最も強いグスタフを付けた。
幼い頃から、僕たちに剣術の稽古を付けたのはグスタフだった。剣技と、荒っぽくて悪い言葉を教えてくれたのはグスタフだったし、彼は僕にとっては数少ない信頼できる大人だった。
グスタフは僕の身に何が起きたのかきっと知っていたんだろうけど、何も聞かなかった。
魔獣が多いと評判の、北にあるフリートホーフ領、その更に北の山脈に向かう道中でも、グスタフは僕の隣に座って、いつものようにぶっきらぼうで、白銀なんてものに対する敬意も畏れもない態度で接してくれたから、気が楽だった。
酒の味を覚えたのもこの時だ。
グスタフは王宮を出たらかなり適当な大人で、夜、焚き火の前で眠ろうとしない僕にウイスキーを回し飲みせた。
僕はたまたま酒に強い体質だったらしくて、喉が焼けるような酒精と、強烈な風味が頭を突き抜ける感覚が気持ちよくて、すっかり酒好きになった。
その過程で、グスタフが選んだ護衛たちとも仲良くなった。グスタフを入れて、全部で十五人。気の良い奴らばかりだった。冗談を言って、歌を歌って、ふざけて笑って、一緒に酒を飲んだ。
最初はぎこちない態度で、腫れ物に接するようにしていた彼らは僕より五、六歳くらい上の人たちばかりで、男しか居ない環境が気楽だった。
身分を捨てて騎士か、護衛か、傭兵になっても良いかも知れないと思った。
強くなって、武力だけの人間になって、それから、グリンマー領の婿養子にして貰うために頭を地面に擦り付けるのもアリかな、なんて。
まあ、ちょっとした空想。
旅は楽しかった。
あのヒステリックで頭のおかしい母親だけの実家と、気色の悪い王宮管理官や、世話焼きで心配性の女官ばかりだった王城から出ると、世界は驚くほど広かった。都会しか知らないから分からなかったけど、人は思ったほど密集して暮らしてはいないし、途中の村々で見る農夫たちはみんな懸命に働いていた。
彼らはただ、自分に与えられた仕事をして、そうやって生きていた。農夫は一家総出で仕事をするから、農作業に従事する人々の中には当然、女性だって居たけれど……不思議と嫌悪感は湧かなかった。
船は使わなかった。
陸路で北の果てまで進んだ。
出発した時にはなんでなのか考えてもみなかったけど、旅程を組んだのはグスタフだったから……僕には休暇が必要だと判断したんだろう。何日も経ってから気付いた。
馬に荷物を乗せて、自分は馬を引いて歩いて、足の裏が豆だらけになるまで歩き続けて、疲れ果てて気絶するように眠る。泥のような眠りが僕を癒した。
魔獣が蔓延る北の山脈まで入って、狩りは順調に進んだ。
最も凶悪だとされる特定危険種も何体か討伐した。僕の魔力は殆ど底無しで、どんな魔法を使っても枯渇する気配がなかった。
夏だった。
それでも夜は吹き下ろす風で凍えるように寒くて、防寒着を着て火に当たって、仕留めた獲物の肉を食べて凌いだ。寒いと酷く空腹になることも初めて知った。グスタフはまるで父親のように僕を気遣った。他の護衛たちも、その時にはもう大半が兄貴気取りで、僕の頭をぐちゃぐちゃに掻き混ぜたり、肘で小突いたりするようになっていた。
「スレースヴェルグの巣がある。抱卵してるな。放っておけば、そのうちありゃ餌を求めて南下するな。帰る前に仕留めるぞ。アルバン、いけるか?」
「楽勝」
「上等。油断するなよ」
スレースヴェルグは巨大な鷲に似た魔獣だ。人も家畜も襲う危険種。風属性の魔物で、とにかく飛行速度が速い。竜に次ぐ速さで飛ぶとされている。滑空して獲物を狙い、地面に叩き落としてから食べる習性がある。
スレースヴェルグは翼を広げると10メートルを超える。大喰らいで、その巨大な体格を維持するために必要なだけの肉を欲する。抱卵していて、その子供までもが孵化したとなれば、いずれはこのあたり一帯でも餌が不足して、南にある人の集落に向かう可能性は大いにあった。
グスタフの意見に反対はしなかった。
大型の危険種を三十体以上は仕留めていたから、もう充分だろう。
あのスレースヴェルグを仕留めたら、帰ろう。
ーーそう、思っていた。
高い、笛を鳴らすような音。
スレースヴェルグが鳴いている。何度も、何度も繰り返して。叫ぶように。悠然と大空を飛翔する筈の生き物が、何度も旋回しながら飛んで、そして、見上げていたその大きな影、翼に、突然、穴があいた。
超高高度からの魔法攻撃。
スレースヴェルグの羽根が飛び散る。墜落する。絶命した巨大な鷲の死体が、雪を纏った黒い火山岩の上に落ちる。叩き付けられる。
風が真上から、落ちてくる。叩き付けられる。粉雪がキラキラと舞って飛び散った。
ゆっくりと、赤い、スレースヴェルグよりひと周り小さな生き物が、下降してきた。
やばい。
本能が警鐘を鳴らした。
あのグスタフさえ、国一番の騎士さえ動けないでいた。呼吸さえ出来ない。誰もその場で動けなかった。
動くべきか、逃げるべきか、その判断さえ付かなかった。
もしかすると、あの場で何もせず、息を殺していれば、どうにかなったのかも知れない。
分からない。
それは僕が選択しなかった未来で。
「……待て、アルバン!」
グスタフが叫んだ時にはもう遅かった。
僕は魔力を練っていた。
仕留めるつもりだった。
怖いが、確かに強いが、やれる、と思った。
火竜はまだ幼体だったし、見たところ、魔力保有量も僕と大差なかった。僕はその日、まだ一体も魔獣を仕留めていなくて、魔力も十分だった。数日前にはワイバーンも仕留めていたし、体構造的にも可動域は既に大まかにだけどわかっていた。だから、注意すればやれる、と思った。
相手は火属性だからと、氷で攻撃しようとした。
それが失策だった。
閃光。
熱。
衝撃。
「……バン! アルバン!」
グスタフの叫ぶ声で目が覚めた。
「起きやがれ! 死ぬぞ!」
寝起きで、頭がグワングワンしていて、だけど、聞いたこともないような必死な声でグスタフが叫ぶから、飛び起きた。飛び起きようとしたけど、起き上がれなくて、変だなって思って、自分の体を見たら……下半身が吹っ飛んで、内臓を撒き散らした護衛が僕の腰にしがみ付いたまま絶命していた。
あ、昨日の夜、僕の頭を小突いた奴だ、と思った。
悲しいとか怖いよりも先に、冷徹なまでの平坦さで「あ、死んでる」と思った。
凄い力でしがみつかれたみたいで、腕を引き剥がすのが大変だった。やっと離れてみると、そいつは物凄く必死な顔で、目を見開いていて……咄嗟に、横から突き飛ばして貰ったから僕は助かったんだな、ってことが分かった。
辺りを見ると、黒い火山岩が溶けているところがあったりして、体の一部が吹き飛ばされてなくなっていたりする、護衛たちの死体がところどころに転がっていた。すぐ横にも剣を握ったままの誰かの腕だけが転がっていて、僕は「あの剣の飾りは誰だったっけ」なんて考えていた。
右の耳は聞こえなかった。どうやら鼓膜が破れたみたいで、音が水の中に居る時みたいに多い。そのせいでか現実感がなくて、でも、目の前でグスタフは戦っていた。
僕一人を生かすために。
竜は燐光を纏った口を、鋭い牙を見せながら、グスタフの頭を食いちぎろうとしていた。僕はグスタフの背に庇われていた。チラチラと燐が光っていて、一度ブレスを吐いたら次を吐くまでにはタイムラグがあるんだなと思った。
どれくらいかかるんだろうかと考えて、同時に、その時が来たら僕もグスタフも死ぬんだと悟った。
グスタフは剣で必死に応戦していたが、そのグスタフの剣技をもっても、竜の皮膚を通せないようだった。
古い文献の記述を思い出した。
竜の体は、オリハルコンの武器しか通さない。
「ぐっ……!」
グスタフの手足が変な方に曲がって、横に吹っ飛ばされていった。焦れた竜が尾を使って薙ぎ払ったからだった。
火事場の馬鹿力、ってやつだったんだと思う。
来る途中に立ち寄った村で、鍛冶場を見せて貰った。精錬前の砂鉄も見た。
地中にはあらゆる鉱物の欠片があって、地中深くには鉄よりも希少な金やプラチナも眠っている。
金属たちは視認できないごくわずかな、極小の粒になって存在している。知っていたけど、具体的なイメージはなかった。でも、砂鉄を見て、鍛治を見て、その時の僕には、きっと同じことだなって納得出来たから、やった。
竜は大きかったから、槍が良いなと思った。
いや、駄目だな。
僕は剣しか習ってない。
失敗はできない。
やり直しは効かない。
命は誰でも一つしか持ってない。
剣だ。竜は僕をナメてる。まだブレスを吐けない。さっき、グスタフと戦っている間、竜は牙で食い千切ろうとしていた。興奮している時には爪より牙で攻撃する生き物なんだ。
火竜は素早い。
目で追うのがやっとだ。
よく見えない。
視界が悪い。
遠近感が掴めない。
顔が、痛いような気がする。
痛い。
焼けついている。じくじくと痛む。激痛。油断すると目玉がぐるんと上を向いて、今すぐにでも気絶しそうだ。
起きろ。死んでもやれ。やり遂げろ。
痛みなんて無視しろ。構うな。やれ。
やれ!
手の中に硬い感触があった。
イメージした通りの剣の柄の感触。腰に提げたものと同じ形にしようと魔法を使って、きっとその通りになった。
剣の姿を確認するだけの時間的余裕はなかった。
竜の首が牙が、燐光が散る。熱が顔に当たる。それだけで、顔の右半分が灼けるように痛い。屈んで、踏み込んで、真上を見た。
赤黒い鱗が並んでいる。
規則的に。
美しい生き物だ。
その中に、一枚だけ、逆立って生えている、少しだけ大きなものがあった。
何も考えずにそこを狙って腕を上げた。
真っ直ぐに突き立てた。
金色に光る剣が深々と突き刺さった。
それは殆ど僕の真上で。
ボタボタと、熱い血が流れた。僕の上に降り注いだ。
「ぅ、あっ、あああああああぁっ!」
激痛。
火傷に更に酸と毒をぶっ掛けられたような痛みだった。真っ赤に熱せられた鉄板に生肉を乗せた時のような音が自分の顔からしていた。
痛い。痛い。痛い!
こと切れた竜の体が崩れた。のしかかってくる。魔法で作ったオリハルコンの剣を振り回して投げ捨てたすぐに退避するべきなのに避けられず、痛みと苦痛によって悶絶するしかできなかった。
「っ、の、クソバカが!」
グスタフと、生き残った護衛が走ってきて、僕の上に倒れ込む火竜を何とか退かした。
その場に転がって、体を丸めて絶叫する僕を、誰かが気絶させた。
生き残ったのはグスタフと三人の護衛だけ。
気が付いた時には、フリートホーフ辺境伯の邸宅の中だった。
目が覚めて、でも、それでも痛くて、目覚めては気絶するのを繰り返した。当時のフリートホーフ辺境伯はあらゆる手を尽くして医師も薬師も手配してくれたが、その治療は意味を成さなかった。
「こんな症例は見たことがありません。酷い火傷を負われたとの話ですが、まず、その傷が余りにも深い。骨にまで達しておられる。この状態で戦っていたとは、俄かには信じ難い……常人であれば即死していましょう。当たりどころが良かったとしても、死んでいておかしくない傷です。ですが……その傷が、再生している。焼け焦げた古い肉と、新しく作られた肉が混じり合い、癒着して、失われた顔の部分を作ろうとなさっている。特に……眼球。運び込まれたのとほぼ同時に崩れ落ちていましたが、それが新たに作られている。しかし、眼球の、その、向きが……。」
「生まれつきの斜視だ。ガキの頃からそうだった」
「そうですか。流石は白銀、と称せましょうか。再生した目にも、強い魔力反応があります。恐らくはご自身の体も、治ろうとなさっているためにこのような反応が起きているのでしょう。ですが……患部だけでなく、その周辺の皮膚にもメスが通りません」
「ユニコーンの妙薬は?」
「試しましたが、効きません。恐らく、竜の血の方がユニコーンの妙薬よりも強いためでしょう」
「竜の血があるんだ。エリクサーならどうなんだ」
「それこそ何が起きるか分かりません。メスが入らず、ユニコーンの妙薬まで効かないとなると、エリクサーの投与後に何があっても、今度こそ何も手立てがなくなるのです。幸い、麻薬は効くようなので、苦痛をある程度まで緩和することは可能のようですが、それも……廃人にならないとは言い切れません」
気絶するその直前に、横で聞こえたグスタフと、呼ばれた医師の会話で、それだけは覚えている。
発狂するほどの痛みが去っていって、鎮痛のために投与された麻薬による倦怠感と共に意識を取り戻した時にはもう、酷い顔になっていた。
顔のほぼ半分。赤と白と黄色の、グロテスクな傷跡が、額の一部にまで広がっていた。髪の生えていた筈のところまでそんな状態で、指で触ると感覚が鈍いくせに痛みだけはある。加えて、ぶよぶよとしていて、芋虫みたいだなと自分で思った。
「は、はは。ははははははっ!」
醜い。
全てが。
こんなに醜ければ、あの女だって逃げ帰っただろうに。
僕が傲慢でなければ、あの護衛たちは死んだりしなかっただろうに。
醜い。全てが。僕を構成する全てが醜い。
なぁんだ。
世界がクソなんじゃない。
僕がクソ野郎なだけじゃないか。
生き残ったのは、グスタフとその他の三人だけ。
その三人も、二度と護衛が出来ない体になって、見舞金を貰って家に帰ったと聞いた。
片目を失ったグスタフに伴われて王城に戻った。
「なんて醜い」
「お可哀想に。以前は風情のある美少年でいらしたのに」
「火竜に遭遇したとか」
「幾ら白銀とはいっても、アレでは……。」
それまで、アレクサンダーやアロイスと共に、僕のことを有難いと言って媚び諂っていた奴らは離れていった。さざなみのような哄笑が遠くから聞こえてきた。
鼓膜は再生したし、以前よりも耳が良くなった。五感が鋭くなって、研ぎ澄まされて、疲れにくくなった。
髪だけは生えてきた。でも、顔の傷は治らなかった。
鏡を見るたびに笑えた。
冗談みたいに醜い。
でも仕方ない。
愚かさと傲慢さの代償を支払いとしては格安だ。当たり前だ。十五人の命も人生も使い捨てたんだから。彼らの命には価値があった。あったんだ。間違いなく。僕がそれを台無しにした。
グスタフは僕を責めなかった。
討伐した幼体の火竜は、秘密裏に王家の持つ倉庫に運ばれて、王家の所有物となった。
竜の死体を王家が僕から買い取って、その金で、亡くなった護衛と、働けなくなった護衛たちへの見舞金を賄った。
僕の体は刃物が通らなくなった。
同時に、魔法薬も効かなくなった。
普通の生薬、動物や植物由来の薬は効く。けれど、魔獣や魔植物由来のものは薬も毒も全てが効かない。様々な検査をして、僕自身も色々と検証してみたが……僕の体にはあの時、竜の逆鱗から流れた血が入り込んで、僅かにだが混ざったせいらしかった。
オリハルコンのナイフでなら傷が付くが、それ以外では付かない。
打撃に対しても異常に強くなった。体全体がやたらと頑丈になって、ロープで首を吊ったのに、全く死ぬ気配がないことには笑うしかなかった。
やがて、薬も毒も効きがどんどん悪くなって、自害するのが難しくなったと悟った。
僕はとうとう怪物になった。
「ツェツィーリア、君はどんな歪んだ顔で僕を見るかな?」
それでも、身の程知らずにも、まだ僕はツェツィーリアが好きだった。
もう欲しいものはそれしかなかった。
きっと頭がおかしくなった。
イカレている。
分かっている。
でも、愚かで醜い怪物になったなら、欲望に任せて女を求めて、何が悪いっていうんだ?
醜怪なものは醜怪に生きるしかない。
生きていくしかないなら、救いが欲しい。
愛されなくていい。
僕を見なくてもいい。
君を眺めて過ごしたいだけ。
君を囲う籠が欲しい。美しい籠を設えよう。
楽園のような鳥籠に閉じ込めて、一生、独り占めして、そうやって、死ぬまでの時間をやり過ごそう。
ああ、でも、ストレスを与え過ぎると、自殺しちゃうかも知れないから。
長生きしてくれるように、安全で、快適な場所を作らなきゃ。
「ーーって、感じで、病んではいたんだけど、表向きはまだマシになったフリして、辺境伯家の養子になるって立候補したんだよね」
は〜、しんどかった。
物凄く軽い感じでアルバンが半眼になりつつ茶化すが、聞いた方の私はそれどころではない。
「うっ、ぅえっ、うぇえええぇえん……!」
アルバンも、護衛の人たちも可哀想だ。
なんでアルバンがこんな酷い目に遭わなくちゃならないんだろう?
涙も鼻水もジャバジャバな私はもう、頭の中身もグズグズになってしまったので、一番辛かったであろうアルバンに縋り付いてしまう。本末転倒過ぎるが、心が不安になると、もう全自動でアルバンに縋ってしまうのが癖になっているため、ベショベショのまま抱き付いてしまった。
「えっと……やっぱり、人かどうかも微妙な状態の夫が嫌……って訳ではなさそうだね。よしよし。なんで泣いているの?」
「うっ、ずび、ずびばぜん、子供の頃のアルバン様が、か、かわいそうでっ……!」
「僕のために泣いてくれるの? ありがとう。まあ、振り返ってみると……君がそうやって僕のことを想ってくれるなんていうのは、かなり想定外だったかな? えーと、今更だけど、僕、常軌を逸して力が強くて頑丈だけど、それでも良いの?」
「んっ」
「わ」
しつこい!
なんで私がこんなジャバジャバに泣いてると思ってんだ!
ややキレつつキスしたら、舌まで入れられてなんか、なんかすっごいエロい感じのキスをやり返された。
違う!
今そんな場面じゃないでしょうが!
「アルバン様っ!」
「あ、ごめんね。つい。嬉しくって」
なに一人でポワポワしてんだ。ニコニコしやがって。顔が可愛いのがムカつくな? いや好きだが?
「ツェツィーリアが嫌じゃないなら、僕はそれで良いんだ。君に嫌われるんじゃないか、距離を置かれるんじゃないかっていうのが怖くて、言えなかった。ごめんね。黙っていて」
「事情が事情なので、仕方ないと思います。話すのだって辛かったでしょうに、それでも、教えてくれたんですよね? ありがとうございます」
「うーん、なんで君がお礼を言うのかな? 普通、先に言っておけって怒るところだと思うんだけど」
「そうかも知れませんが、私はアルバン様にメロメロなので……。」
「そ、そっかぁ……! 僕も君に首ったけだよ!」
風魔法でハンカチ出して、そうっと私のベチャベチャな顔を拭ってくれる。水魔法でぬるめのお湯出して湿らせてのサービス付き。完璧。理想の夫過ぎる。
こんなんどうあっても骨抜きにならざるを得ないが?
「うぅ、こ、これからもっと、もっとアルバン様の傷の乾燥ケア、頑張りますね!」
早速、アルバンには不評だけどよく効く軟膏を塗りこんでやるぜ!
と、意気込んでベッドから降りようとしたものの、やんわり、大きくて力強い腕に引き留められた。
「それも良いんだけど……今日、グリズリーの件とか色々あったでしょ? お風呂も別々だったし、君の体に怪我がないか、先に確かめてみても良い、かな……?」
あっ、目がちょっとスケベ。これはスケベ。でも目元が照れてピンクだし、目が泳いでいるしでもう百点満点。愛おし過ぎる。降伏せざるを得ない。
「はい。どうぞ」
私の目の奥もきっとハートマークであろう。
アルバンは小さい声で「ありがとう」と言って、私のネグリジェを剥ぎ剥ぎして、全身くまなく撫でて見て触って、どこも怪我してないことを確かめた。
怪我がないと知って安心したのか、途中からアルバンがふざけて、私の足を手に持って、足の指の一本一本にキスまでしてくる。擽ったい。笑い転げてしまった。
「んふ。んふふっ。待って。待ってください。んふっ、アルバン様、エッチします?」
「しない。すっごいしたいけど」
「私はいけると思うのですが」
「いや、駄目。産後にエリクサー使ったっていっても、疲労がまだ残ってるかも知れないし……やっぱり産後一年は控えたいかな。君は二人もの人間を自分の体で作り出したんだし、元々虚弱なんだから、負担が掛かっていない訳がない。何度も言うけど、僕は君のことが、この世で何よりも大切だから……くれぐれも自分の体を大事にしてね!」
「私ばかりが大切にされるのは不公平では?」
「……怒るよ? さっきも説明した通り、僕は常軌を逸して頑丈な怪物だから心配無用! ツェツィーリアの体のことが第一優先!」
下着姿のまま、誘惑しちゃえ〜! とアルバンにピトッとくっついたが、べりっと引っ剥がされてポイっとベッドの上に投げられる。ぶっとい指で丁寧に優しく、せっせとネグリジェ着せられてしまう。
「いけない。もうこんな時間だ! 明日もあるんだし、ツェツィーリアは疲れているんだからさっさと寝る!」
テキパキと掛け布団を掛けられてしまう。
これ、アルバン本人はプンスカ怒っているらしいのだけど、全く怖くないし、なんなら愛おしいだけである。正直キュンとする。
天蓋下ろされて灯りも消されて、隣にアルバンが滑り込んできて。
「アルバン様」
「どうしたの?」
「大好きです」
「僕もだよ! おやすみっ!」
さっさと寝なさい、とお布団の上から何度かポンポンされて、幸せな気持ちで、うふふと笑いながら眠った。




